第54話 通常運転?

 残念ながら、ペイロン流の訓練はたった一日で終了してしまいました。


「転科?」

「おう。これ以上、総合魔法ではやっていけねえってよ」

「ふうん」

「まあ、魔法習う予定がいきなり走らされちゃなあ」

「魔法使うのにも、体力は必要だよ」


 筋肉は正義だ。


「まあ、出来が悪いんだから転科もいいだろうよ」


 確かに、成績悪かったっていう話だもんね。それも、熊の出自を聞いてやる気をなくしたからじゃないかなー。


 あれだけ爵位にこだわる連中だもん。平民出身の教師からは、何も教わる事などないとか思っていても不思議はない。


 ただ、それならどうして今年は総合魔法を選択したんだよって話。気になるー。




 気になる事はあるけれど、学生としてはその前にもっと気になる学内行事がやってくる。学期末試験だ。


 去年、この後に来る成績優秀者を集めた国王主催の舞踏会に特別招待、なんてのを知らずに張り切ったのも懐かしい。


 それもあるから、今年は手を抜きたかったのに……


「シーラ様から、手紙で念押しされた……」

「さすがね、お母様」

「レラの性格をよく把握してるよ」


 酷くないかね? この兄妹。


 本日の昼食は、コーニーとロクス様と一緒。年末恒例、個別食事会にお友達達が招かれているからだ。


「そうそう、明後日は私達も個別食事会に招かれているわよ」

「へ? 私も?」

「もちろん。主催者はシェーナヴァロア様よ」


 王太子の婚約者ですね。去年、リネカ・ホグターが起こした事件を傍観していたら、その後ヴィル様に捕まって一緒の部屋に入れられたっけ。


 そこからの縁で、時折校内や寮内で行き交う時は、ちょこっと声を掛けられたりしてる。


 彼女の側にいる女子学生は、未来の王宮侍女候補でもあるらしく、こちらに対しても礼を欠かさない。一線は引いてるけど。


 知らなかったんだけど、王宮侍女っていわゆるメイドのような仕事をするのではなく、王太子妃や王妃の側近なんだって。どちらかというと、秘書のような役割みたい。


 なので、選ばれる際にも学業が重視されるそうな。確かに、シェーナヴァロア嬢の周囲にいた女子学生達は皆出来る女って感じだわ。


 で、そのシェーナヴァロア嬢から、個別食事会へのご招待? 何故?


「うちの派閥、忘れたの? あの方は学院卒業を待って王家へ輿入れされるのよ? 未来の王族だもの、もちろん王家派である我が家とも親しく付き合っておいた方がいいって訳」


 あ、なるほど。でも、去年はなかったのに。あれか? コーニーの社交界デビューが迫ってるからかな?


「で、デュバル家も王家派でしょ? だからレラも呼ばれてるのよ」


 暗に、来年には襲爵するんだから、と言われたような気がした。それもあったな……


「他の王家派の家の子も呼ばれるの?」

「さすがにそれはわからないわ」

「多分、呼ばれないと思うよ」


 私とコーニーの会話に、ロクス様が横から口を出した。


「どういう事? お兄様」

「多分だけどね。ほら、我が家は派閥でも上の方だろ? 現在学院内で同じような格の家は他にないから、多分我が家だけだよ」

「でも、レラは呼ばれてるわよ?」

「レラは例外」


 例外扱いされちゃったよ……




 個別食事会当日、案内された個室に入ったら、本当に私達三人以外はいなかった。でも、テーブル大きくない? 食事の用意も、結構多いように見えるんだけど。


「ベーチェアリナ嬢も来るのかな?」

「それにしたって、椅子の数が多いわ」


 だよねえ。シェーナヴァロア嬢、ベーチェアリナ嬢、ロクス様、コーニー、私で五人だ。なのに、椅子は八脚。あとの三人、誰?


「もしかして……」


 ロクス様がそう言いかけた時、部屋に入ってきた人がいた。あれ?


「ヴィル様?」

「休暇以来だな。元気にしていたか?」

「兄様、いつ王都に戻られたの?」

「つい先程だ。戻ってすぐ、殿下に引っ張ってこられたんだよ」

「という事は、王太子殿下もいらっしゃるんですね。では、ルメス殿下もいらっしゃるのかな?」

「ああ、それぞれ婚約者殿を呼びに行ってるよ」


 ああ、それで八脚なんだ。にしても、王子二人とか。いきなりロイヤルな空間になるね、ここ。


 その後すぐ、王太子と第二王子がそれぞれの婚約者と共に来て、食事開始。今回のメニューも美味しゅうございます。


 そして、本日のデザートはなんとフルーツタルト! これ、もしかして冬でもフルーツを出荷してる領地のフルーツかなあ?


 王国には、魔法で寒い時期にも暑い時期の作物が作れるようにしている領地がある。そこ、フルーツも多く作ってるんだよね。


 ちなみに、その技術を提供したのは研究所です。つまり、私のアイデア。ビニールハウスならぬ、とある魔物扱いの樹木の樹液を使ったハウス栽培なんだよねー。


 旬の物よりは少し小ぶりだけど、その分味が濃厚。おいしいいいいい。


 食事の間は言葉少なだった王太子が、デザートになった途端何やらぶっ込んできた。


「ところでヴィル。ユーインはどうしてる?」


 それ、黒騎士の事ですよね? そういや、彼、あの後どうしたんだろう? 私が王都に帰ってくる時は、まだ森に入っていたはずだけど。


 王太子に聞かれて、ヴィル様がうんざりした顔で何故か私を見る。


「その件ですが……レラ、悪いがあとで簡単なものでいいからあのバカに手紙を書いてくれ」

「……どういう事ですか?」

「どうあっても深度を六まで進めるって聞かないんだ」


 はい? 深度六? 黒騎士、一体いつまでペイロンにいるつもりよ。


 普通、深度を六まで進めるのには十年はかかるって言われてるのに。私だってまだ五なのに。


 私が反応を返す前に、王太子が驚いたようだ。


「待てヴィル。深度というのは、魔の森の事だよな? 深度六というのは、どの程度の深さなんだ?」

「どの程度というか……片道だけで八時間はかかりますよ。まあ、魔法を使えば半分以下に短縮出来ますが」

「入り口からの距離……だよな? 短縮しても片道四時間かそこら?」


 まあ、深度六ならそうなるわな。深度五だって、そこそこ距離があるんだし。


 王太子は少し考え込んだ後、ヴィル様に命令を下した。


「すぐにユーインを連れ戻せ。今すぐだ!」

「殿下! 今すぐなど、無理ですわ」

「無理なものか。アスプザットにはペイロンと常時繋がれた移動陣が――」

「殿下!」


 シェーナヴァロア嬢の声が響く。王太子、失言ですねー。移動陣、使い捨てって設定なのにー。


 アスプザットの王都邸に敷かれた移動陣は、他と違って常に使える。使う際に魔力を通す必要があるけどね。


 しかもその魔力の通り方に癖があって、ただ通せばいいってもんじゃない。間違った通し方をすると、使用者に電撃がいくって仕掛けがあったりする。


 シェーナヴァロア嬢に窘められた王太子は、ちょっと落ち込んでる。年齢が上だからか、それとも結婚相手が王太子だからか、シェーナヴァロア嬢はこの事を知っていたんだね。


 でも、ベーチェアリナ嬢は知らなかったようだ。驚いているもん。同じ「王子の婚約者」であっても、王太子とそれ以外だと大きな開きがあるのを初めてしったわ……


 軽い咳払いをして、王太子が再び命令を下す。


「先程の事は、この場限りの話とする。皆、この部屋を出たら忘れるように」

「はい」


 とはいえ、アスプザットの兄妹は前から知ってるし、私は開発に関わった人間だからやっぱり知ってる。


 第二王子も王族だから、知っていたんだろうね。つまり、皆と言っても対象はベーチェアリナ嬢だけだ。


「ともかく、ヴィルはあいつをだな」

「それに関して、レラに今すぐ王都に帰れと書かせますからしばしお待ちを」


 ああ、黒騎士に手紙を書いてくれってのは、王都に帰るよう説得の手紙を、って事だったんだ。何やってんだ黒騎士。


 ちょっと遠い目になりかけてたら、ロクス様がくすりと笑った。


「ユーイン卿も必死ですねえ」

「何の事だ? ロクス」

「いやですね、兄上が言ったんじゃありませんか」

「何を?」

「最低でも深度を揃えないと、レラを口説くどころか話すら聞いてもらえないって」

「あ」


 あ。そういや、そんな事をヴィル様に言われたって、黒騎士が言っていたっけ。忘れてた。


 そして、言ったヴィル様本人も忘れていましたね!?


「ヴィル……お前という奴は……」


 王太子と第二王子からの責めるような視線は、甘んじて受けてもらいましょう。


 という訳で、「とっとと王都に帰ってこいやあ」という内容をオブラート百枚くらいに包んだ手紙を黒騎士に書き、ヴィル様に託した。


 しかし、手紙程度で帰ってくるもんかね?


「すぐに帰ってきたら、レラがユーイン卿と出かけるって言えば、すぐに帰ってくるんじゃないかな?」


 えー? まさかそんな。ちょっとロクス様、無言で笑うのやめてください。


 いや、試しませんよ? 試しませんからね!? 手紙にもそんな事は一言も書かなかったから!


 個別食事会の翌日、ヴィル様は私の手紙を持ってペイロンに向かい、即日黒騎士を連れ帰ったそうな。


 だから、移動陣をそんなほいほい使うなっての。そろそろ設定が崩れそうなんですけど? それで研究所やペイロンが大変になっても、知らないよ?




 とうとう学期末試験がやってきた。今年は騎獣の実技試験が受けられるのが、私的には大きい。


「やっと……やっとまともに試験が受けられる……」

「ゴン」

「ありがとゴン助。お前のおかげだよ」

「ゴンゴン!」


 気のせいか、教師も涙ぐんでいるんですけど。周囲のクラスメイト達は、やはり遠巻きにこちらを見てるだけ。


 ゴン助、悪い事しないよ? 大丈夫だからね?


 弓はちょっと腕が落ちた気がするけれど、まだ十分巻き返しが利く点数。学年末までには頑張る。


 総合魔法の実技は、何故か連携魔法を一人でやる事になった。本当なら二種類の魔法を連続発動でいいはずなのに。


「お前の魔力なら三人分くらい余裕だろ」

「そりゃそうだけどさ」

「これは実戦でも使えるから」

「いや、使ってるから知ってるよ」

「だよなあ」


 ガハガハ笑うな熊め。ゴン助は可愛いけど、こっちの熊は可愛げなんぞ皆無だわ。


 という訳で、やりましたとも複数人でやる連携術式を一人で。見栄えを重視して、火を使ってみました。いやあ、空に向かって上がる火柱、綺麗ですねえ。


 私以外にも、希望者は一人でやる連携魔法を実技試験に出来た。当然のように、上位陣は全員出来るっていうね。


「今は出来ない奴らも、来年にはせめて二人連携分くらいは一人で出来るようにさせるからなー」


 熊の宣言に、上位陣以外の生徒から悲鳴が上がってた。大丈夫、慣れれば難しくないから。


「いや、だからといって四人分の連携を一人でやるのは、さすがに無理だと思うよ?」


 えー? そうですか? 出来ると思うけどなあ。そう言う第三王子だって、三人分までは出来てるじゃない。慣れだよ慣れ。


 魔道具の方は、ペイロンで大量に手に入れた鬼ツノガイの貝殻を使って見た目も綺麗なオルゴールを作ってみた。


 ゼンマイ仕掛けじゃなくて、魔力で動くやつ。貝殻の加工は楽しかったなあ。これは女子に人気でした。


 貝殻は装飾にも使ったけど、実は薄く削って音を出す素材にも使ってる。何かの拍子に殻からいい音がした事があったんだよね。それで思いついたんだ。


 錬金術では、解毒薬を作った。この解毒薬、植物系の毒に利くんだってさ。


 総合魔法は言うに及ばず、魔道具でも錬金術でも高評価をもらった。これで今回の成績優秀者には入れるんじゃないかな。


 いや、決して入りたい訳ではないんだけど。でも入っていないとシーラ様に怒られるし……ジレンマ。


 と、とはいえ、これで晴れて休暇を楽しめるってもんです。今年もアスプザット家にお世話になるなあ。

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