第52話 授業は大変
大黒熊のゴン助が学院に入ったから、やっと私もまともに騎獣の授業を受けられるようになった。
でも、何故か遠巻きにされてるんだよね……
仕方ないか。大黒熊って、基本肉食だし、今居る騎獣の中では最強だから。周囲の騎獣が怖がって動けなくなるかも。
「……でも、きちんと動いてるねえ。しかも、いつもよりお行儀がいい」
騎獣で使う魔物は、あくまで人慣れしやすいってだけだから、やっぱり命令に従わない時もあるんだ。
で、そういった時の対処法も学ぶのがこの授業なんだけど……
「こりゃ参ったねえ。他の子達が、すっかり大黒熊に支配されちゃってるよ」
先生、そこ、笑うとこですか? どうやら、ゴン助が他の騎獣達を圧倒してるそうな。
で、ゴン助は強い魔物で知能も高めっぽいから、私の意を汲んで他の騎獣達にも人間に逆らうなと指示しているんだってさ。
一見するといい事なんだけど、いざ騎獣を実践した時に、命令に従わない騎獣の対処法を学んでおかないと、思わぬ怪我をするそうな。
えー……貴重な訓練の時間を取ってしまって、ごめんなさい?
「いやいや、大黒熊がデュバルの言う事を聞くのなら、逆に安全に対処法を学ぶ手もある。ちょっと、その大黒熊に命令して、ほんの少しだけ他の騎獣達に暴れさせてくれないかな?」
「え? いいんですか?」
「うん、少しだけね」
騎獣のクラスは少人数。二学年だけで、私を含めて二十人もいない。
このくらいなら、あの騎獣達が暴れたとしても何とか出来るか……
「ゴン助、あっちの騎獣達に、ほんの少しだけ暴れさせる事って出来る?」
「ゴン!」
気前よく鳴いたゴン助は、騎獣達をぎらりと睨んだ。途端に、生徒を乗せた騎獣達が暴れ出す。
いや、本当に出来たよ。大黒熊凄えな。もしかして、ゴン助が凄いの?
今までおとなしかった騎獣達がいきなり暴れ出した為、生徒達はパニック状態だ。
「皆! 落ち着け! こういった場合、どうするかはちゃんと教えたはずだぞ」
確かに、座学で聞いた覚えがある。まず、騎獣の視界を塞ぐ。大体の騎獣が、これで動かなくなるから。
見えないって事象は、パニックをも超える恐怖を呼び起こすらしい。で、次は声にほんの少しの魔力を乗せて安心させる言葉を聞かせる。
言葉の意味そのものはわからなくても、乗せた魔力から騎獣を落ち着かせようとする乗り手の感情のようなものが伝わるらしい。
なので、乗り手がパニック状態の時に声を掛けると逆効果になるんだってさ。
とりあえず、今回は生徒にパニックは見られない。無事、騎獣をおとなしくさせる事に成功した模様。
知っていても、実践しての成功体験って大事よね。
新学年もこなれてくる頃に、学期末試験はやってくる。あー、もう年末かー。早いなー。
その学期末試験ギリギリになって、双子が戻ってきたらしい。
「試験、大丈夫なのかしら?」
「一応、後見役の子爵家で勉強はしていたみたいだけど」
ルチルスさんとランミーアさんが、同じクラスの双子兄をこっそり見ながら小声で言い合ってる。
どうでもいいけど、私の目の前でやらないでもらえますかね?
「そういえば、選択授業の履修登録って、あの二人してたっけ?」
「一応、してるんじゃない?」
「でも、どの授業を選んだのか、誰も知らないわよ?」
「ミア……一体誰に聞いてきたのよ」
「え? クラブの仲のいい子や先輩達」
同級生に聞き込むのはわかるけど、何故先輩? そして、やっぱりここから動く気はないのね。まーいっかー。
本日の教養授業が終わり、さて選択授業へ移動をと思ったら、目の前に件の人物が立っていた。
「少し、時間をもらえないだろうか?」
「無理です」
「え……」
いやだから、どうして君ら双子はこっちが拒否すると驚くんだよ……
「次は選択授業ですから、教室を移動します。時間がありません」
「あの……では昼食の時にでも」
えー? やだよ。お昼は親しい人と食べたいし。拒否すると延々次策を口にしそうだったから、こっちから提案してみた。
「放課後なら、いいですよ」
私、クラブには入っていないからね。
「……わかった」
最初の頃に比べると、随分と気弱な感じだな。
本日の選択授業は総合魔法。熊がいる。騎獣の授業でも熊で、こっちでも熊……もしかして、私は熊に縁があるのか?
「何だ? しけたツラして」
「ほっとけ……って、あれ?」
目の端に、何か濃い色が入った。あ、褐色姫。総合魔法を選択してたんだ……
褐色姫は俯いていて、こっちが目に入っていないみたい。で、その隣には取り巻き連れたダーニル。
褐色姫に何か言ってるみたいだけど、表情見るに自慢話してるっぽい。屋根裏部屋に突撃してきた時、一緒に寮監に捕まった縁かな?
まー、二人してくっついていてこっちに来なければそれはそれでいいやー。
「よーし、授業を始めるぞー。もうじき学期末試験だからな。全員気合い入れていけよー」
二学年に入ると、使う魔法の幅がぐんと広がる。特に、他者と連携して使う魔法というのが出てきた。集団魔法の小型版ってところかね?
二人ないし三人で力を合わせて大きめの術式を使うってやつ。成績上位陣は去年の学祭で集団魔法を経験してるから、未経験の生徒を教える側に回ってる。
ええ、当然私もですよ。ちなみに、複数人で連携して行う術式は、三つの種類がある。
一つ目は全員で同じ術式を使い、それを束ねるもの。
二つ目は一人を制御役として残りの人が制御役の人に魔力を譲渡するようにするもの。
で、三つ目が去年の学祭でやった幻影魔法のように、それぞれが術式を制御し、一つの大きな術式に見せるもの。
今回は一つ目の術式を使う。これはこれで全員で合わせないといけないから、大変なんだよ。
私の元にいるのは、総合魔法のクラスでも成績があまり振るわない子達。熊め……狙ったな?
一人は男子でロセルト・ヤセッツ、二人は女子でシインセア・ドーザとウイゼル・オヒヴェイド。
ただなあ、どうもこの三人、最初から感じ悪いんだよ。やる気がないっていうか、人の話を聞く気がないっていうか。
去年はこのクラスにいなかったから、今年から選択したらしいんだ。珍しい事。
さて、どうしよっかなー。
一、一応説明だけして、本人達のやる気のなさを理由に放置。
二、何とか説得。
三、鉄拳制裁。
個人的には一なんだけどなあ。こっち見て熊がニヤニヤしてるから、やっぱ三かねえ?
二? 一応挙げただけで現実的じゃないね。やっぱ脳筋は肉体言語でしょう。
「さて、では提示された術式だけど――」
「はあ? 何で僕がお前ごときに教えられなきゃいけない訳?」
お? やる気か?
「それはね? 君達の成績が悪いからだよ? 知ってる? 私の去年の総合魔法の成績。学年一位だからね?」
「ぐ……だ、だからって! 子爵家の人間である僕に、偉そうにするな!!」
「おやあ? それを言うなら、私は伯爵家の娘ですけどお?」
「ふん! 庶子の癖に偉そうにするな!」
「「そうよそうよ」」
ほほう。ちらりと目の端に映ったのは、こっちを見て笑うダーニルだ。余計な事を吹き込んでるのは、お前かまったく。
「それは否定しておくけど、やる気がないのならこの授業は辞めるんだね。選択授業の履修変更は途中からでも出来るから」
「バカにするな!」
言うが早いか、今日やるべき術式をこっちに撃ってきた。いや、そもそも二人以上で成立する術式だから、一人分だとへなちょこだけど。
でも、当たればそれなりに痛いもの。当たれば、ね。
ロセルト・ヤセッツが撃った術式は、私の少し手前でかき消えた。
「な!」
撃った当人だけでなく、女子二人も目を丸くしてるよ。
「魔法も鍛えればこういう事が出来るようになる。では、お返しね」
さっき彼が撃ったのの三倍になる術式を展開し、相手に放った。
「ひい!」
当てるわけないでしょー。ぎりぎりのところで、こっちの術式も消しておいた。
でも、その場を三人は見ていない。目をぎゅっと閉じて頭抱えちゃったからね。
「さて、まだやる?」
うずくまる三人を見下ろしながら笑顔で聞いたら、三人ともに泣かれた。泣くくらいなら、最初からやるなよなー。
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