第51話 熊を下す

 平和だ。何故か知らないが、褐色双子はあれから姿を見かけない。ついでにダーニルもあれ以来何も言ってこない。


 不気味な気はするけれど、平和だ。


「ああ、あの双子かい? 何でも、学院長から後見を務めるノグデード子爵の元へ抗議文が送られたそうだよ。で、双子は再教育という名目で子爵家に滞在しているそうだ」

「そうなんですね」


 双子の姿を見なくなってから数日、運良く昼休みをロクス様と過ごす事が出来、双子不在の理由を教えてもらった。


 さすがは監督生。


「確かにあの二人、色々と足りていなかったものね」

「普通は学院に入る前に、教育をしておくべきものなんだけどなあ」


 相変わらず、アスプザット兄妹は容赦なしですねー。




 騒動の中心だったリネカ・ホグターが消え去り、お騒がせ娘だったというミスメロンも退学になって、学院は大分落ち着きを取り戻したらしい。


 てか、そんなに問題児ばかり入学してたの? 貴族って、ヤバくない?


 ……そういや、来年にはその貴族の仲間入りだよ。いや、今でも一応伯爵令嬢なんだけどさ。


 んー、何か引っかかるな。何だっけ?


「ローレルさん、次は選択授業だけど、のんびりしていて大丈夫?」

「おっといけない。次は外だよ。教えてくれてありがとう、ランミーアさん」

「どういたしまして」


 ぼけーっとしていたら、移動の時間がなくなるよ。次は騎獣の授業だ。とはいえ、私はずーっと見学ですけどねー。座学で点数取るからいいんだい。


 と思っていたのに。


「デュバルには待たせたなあ。やっと君でも乗れる魔獣を手に入れたよ!」

「え? 本当ですか!?」


 その前に、君でも乗れるって、人聞き悪いなあ。魔獣が私を見て怖がるのが原因であって、決して私の騎獣技術が悪い訳ではない。


 いや、乗った事ないから技術がどうとかの問題じゃないんだけどさ。


 で、目の前に連れてこられたのはでっかい熊でした。


「先生、これって……」

「こいつなら、君を怖がる事もないだろう! どうだね!? この堂々たる体躯! ふてぶてしい目元! まるで従う気がないだろう?」


 いや、それ騎獣としちゃダメなんじゃないの?


 私用にと連れてこられた熊……正確には、黒大熊という魔物だ。凶暴で人も食べる種なんだけど。こんなの学院に持ち込んじゃダメだろ。


「先生、これ、ペイロンから運んだんですか?」

「いや? 小王国群産だって聞いてるよ? 大物を怖がらない騎獣を、って注文したら、これが来たんだ」


 誰だよ!? こんな厄介な魔物を騎獣にって売りつけたやつは!


 黒大熊は魔の森にも棲息していて、大体深度三の奥から深度四の中程までにいる。それなりに厄介な魔物って事だね。


 今も不満そうにゴンゴンと威嚇の声を出してるよ。


「……ちなみに、どうやっておとなしくさせてるんですか?」

「薬物だね!」


 騎獣科、結構危険な授業だったかもしれない……


 薬でおとなしくさせてるって事は、それが切れたらヤバいのでは? とはいえ、確かに私を見ても怯えないしなあ。


 よし。ならばここは弱肉強食の理に従って、こちらの強さを見せてやろうではないか。


 魔力を薄く広げていくと、魔物からは大きな存在に見えるっていうのは知ってる。倒すのが面倒な場合、そうやって相手を威嚇して逃げさせるのも狩りの技なのだ。


 さて、この熊は……あ、立ち上がっちゃった。


「ゴウウウウウウン!」


 ぐあーっと口を開けて両腕を持ち上げ、完全に戦闘態勢です。


 おのれ……ここまでしてやったのにいい度胸だ。所詮人間に生け捕りにされた黒大熊。私の敵ではないわ!


 ちらりと見ると、他の生徒は教師がうまい事逃がしてくれている。先生グッジョブ!


「食らえ! 緊縛結界! 続いて幻惑攻撃!」


 さすがに学院が買った熊だから、殺すわけにもいかないので、まずは暴れられないように結界で縛り上げる。


 そこから幻惑で恐怖をお届け。おお、怖がってる怖がってる。


「ふっふっふ、私に従うのなら、この恐怖から解放してあげよう」


 恐怖を与えているのも、私だけどね。黒大熊はゴウンゴウン泣いて苦しがっている。さあ、私に従うがよい!


「ゴ、ゴン……ゴン……」


 ふむ、声も弱くなっているね。そろそろかな?


「ちゃんといい子にするね?」

「ゴン……」

「暴れたり、人を襲ったりしたら、さっきよりももっと怖い事、するからね?」

「ゴン!? ゴンゴン!」

「やらなきゃいいだけだよ。おとなしく言う事聞けば、おいしいご飯もちゃんともらえるから。頑張れ」

「ゴン!」


 ゴンゴン鳴いてるから、この熊の名前はゴン助でいいんじゃなかろうか。あ、でも学院の熊だから、勝手に名前付けちゃダメなんだっけ。


 ……私の心の中だけで、ゴン助と呼んでおこう。


 すっかりおとなしくなった大黒熊……もといゴン助は、私に向かって頭を垂れている。


「すみませーん、時間取っちゃって……あれ?」


 何故だろう? 先生も生徒もこっちを見て怯えてるんだけど。もうゴン助は悪い事しないよ? 大丈夫だよ?




「ローレルさん! 騎獣の授業で熊と決闘して勝ったって本当!?」


 その日の夕食時、寮の食堂に行ったらランミーアさんに捕まった。で、開口一番これ。


「ミア、そんな聞き方はローレルさんに悪いわよ」


 ルチルスさんが止めてるけど、興奮してるランミーアさんは気にしていない。


「え? でも大きな熊に勝ったのよね? 凄い事じゃない」

「えーと……そもそも、熊と決闘はしていなんだけど」


 あれは、躾けのようなものだと思うんだ。


「え? そうなの? なーんだ、残念」


 何が残念なのかな? そこのところ、問い詰めちゃうぞ。


「ミアったら……」

「だってルル、この話、学院中に広がってるのよ? 目の前に噂の本人がいるのだもの、詳しく聞きたいじゃない」


 待って。何それ。学院中に広まってる? まさか、さっきの決闘云々ってやつ!?


 私がショックを受けているのがわかったのか、ルチルスさんが気まずそうにランミーアさんの脇腹を肘で突く。


「えっと、あのね、悪い意味ではないのよ? ほら、誰にも出来ない凄い事をしたんだって事で――」

「ミア、もう黙りましょうね」

「はい……」


 ルチルスさん、笑顔で怒るとはまた器用な。ランミーアさんの方は、ルチルスさんを怒らせたせいかしょんぼりしてる。


 とりあえず、二人が落ち着いたので、騎獣の授業で何があったかを話した。ら、ランミーアさんの目が興味津々に輝いている。


「凄いわ! 相手に傷一つ負わせずに勝つなんて! それで、その熊は騎獣に出来るの?」

「え? ええ、一応、私専用って事になったみたい」

「えーと、良かった……のかしら?」


 先程の事もあるからか、ルチルスさんは素直に喜んでいいのかどうか迷っているらしい。


 そんな彼女に、ランミーアさんが言い放つ。


「いいに決まってるじゃない! だってローレルさん、今まで騎獣がないせいで授業を受けるのが大変だったんでしょう? 試験の時だって、色々不便だったと思うわ。でも、その熊がいればその辺りが全部解決するんでしょ? だから、やっぱり良かったのよ」


 ランミーアさんって、不思議。彼女が「良かったんだ」と言えば、本当にそう思えるんだから。


 うん、そうだよね。これでやっと騎獣の授業をまともに受けられるようになったんだから。今回の事は、良かったんだよ。


 まあ、余計な噂もついてきたけどね。


 そういえば、二人は幼馴染みらしくお互いを愛称で呼んでる。ランミーアさんがミアで、ルチルスさんがルルなんだね。


 いいなあ、いかにも友達って感じで。コーニーとはお互い愛称で呼び合う仲だけど、友達というよりは、親類って扱いだしなあ。


 いつか、私にも愛称で呼び合えるお友達が出来る事を祈っておこう。


 それからというもの、騎獣の授業では私もゴン助に乗って参加出来るようになった。


 いやあ、馬は何とかペイロンで乗れるようにしておいたけど、熊はまた違うね。


 でも、ゴン助は頭がいいようで、乗り手の考えを読んで動いてくれる。この子、本当に普通の大黒熊なのかな? 変異種とかで、知能が高いんじゃない?




 この話、何故か学院内だけで収まらなかった。


『レラ! とうとう熊を伸したって本当!?』


 ……ニエール、あなたの言う熊は所長の事だよね? そしてどうしてペイロンの研究所にまで、この話が広まっているのかな?


『え? 大黒熊なの? なーんだ、てっきりうちの熊を伸したのかと』

「待て待て待てニエール。自分ところの所長が伸されたら嬉しいの!?」

『うーん、嬉しいとかよりは、ざまあみろって感じかなあ』


 熊よ……ニエールに何やったんだ……


 それはともかく、今回の通信はその事を話す為のものじゃないでしょうに。


「ニエール、そっちの研究は進んでるの?」

『ああ、それね。うーん、素材の選定だけでもかなりかかりそう。試作したものは、軒並み爆発したから』


 あっぶな。だから蒸気は危険だって言っておいたのに。重いピストンすら動かすんだから、相当なエネルギーなんだよね。


 研究所では、線路と並んで機関車の設計、研究をお願いしている。あ、ちゃんと伯爵の許可も取ってるよ。勝手にやる訳にいかないからね。


 街道の使用許可等は、まだ降りていないけど、機関車と線路だけでも作っておけば、領内での移動や物流に使えるから無駄にはならない。


 とはいえ、私も詳しく知ってる訳じゃないしなあ。素材から形状まで、全部研究所にお任せです。頑張れー。


 こっちはこっちで、街道の使用許可が下りた事を想定して、高架橋のアイデアを出している最中。


『でも、そんな高いところに線路を敷いて、列車そのものを持ち上げられるの? あ、駅を上に作るとか?』

「それも考えたんだけど、駅は移動しやすいように下に作る方がいいんじゃないかなー」

『じゃあ、どうやって列車を上まで?』

「ループ橋を使おうかと」

『るーぷきょう?』

「詳しくは今度図面付きで送るよ」


 王都の周囲をぐるっと回らせれば、十分な高さを確保出来るんじゃないかなー。一周でダメなら、もう一周させればいいしね。

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