第49話 目的がわからない相手は対処出来ない

 寮にも人が戻ってきて、とうとう新学年が始まった。


「二年生かー」

「周囲は代わり映えのない顔だけどね」


 私の呟きに、ランミーアさんがチャチャをいれる。うん、一応クラス替えはあったらしいけど、ほぼ一年のクラスがそのまま持ち上がってるね。


 相変わらず第三王子とその取り巻きもいるし、他も去年とあまり変わらない顔ぶれだ。


 個人的に、ダーニルや褐色姫がいないのが救い。


「あら、いるじゃない。ほら、あそこ」


 うん、ルチルスさんが言うように、このクラスには褐色王子が来たらしい。

いや、王子かどうかは知らないけど、姫と兄妹で王族なら王子でいいよもう。


「何でも、隣のクラスには彼の妹がいるそうよ」

「え? 兄妹なのに同学年なの?」

「双子なんですって」

「まあ」


 さすがに双子は不吉、なんて迷信はこの国にないけど、不思議とオーゼリアには双子があまりいないらしい。特に貴族の家には。


 本当に生まれにくいのか、それとも生まれてすぐ……怖いからやめておこう。


 ともかく、この学院に来るような子達にとって、双子は縁がないのは本当。


 そんな学院に、見た目からして異国の人間ですーっていう双子が入ってきたんだからさあ大変。


 とはいえ、そこは貴族の坊ちゃん嬢ちゃん、いきなり突撃かます事はなく、まずは遠巻きにして少しずつお近づきになろうという作戦のよう。


 褐色王子の方は、そんな周囲に我関せずを貫いている。余裕のある態度は、さすが王族というべき?




 新学年も、選択授業の履修登録から始まる。とはいえ、余程の事がない限り、一年の時と同じものを選ぶそうだけど。


 という訳で、私も総合魔法と魔道具は履修する。


「ま、俺がいる以上逃がさねえけどな」

「熊め……覚えてろよ」

「誰が熊だ誰が。そういや、ニエールに面白い事提案したんだって?」

「ああ、あれね」


 どのみち研究所の助けは必要だから、熊の耳に入るのは当然だ。


 新学年が始まるまでに、屋根裏部屋で考えていたあれこれを提出する。


「今考えてるのは、こんな感じ」

「何だこりゃ? ……本当に蒸気でこんなもん、動かせるのか? 魔力の方が確実だと思うけど」

「動かせるのは絶対。魔力のみで動かすのはまあ、この後かなあ」


 何せ動かすものの質量が質量だから、動かすエネルギーも相当なはずなのよ。


 で、それを全部魔力で動かそうとすると、今の技術だと確実にコスト高になるんだわ。


「今ある技術で大量輸送を実現しようとすると、まずは蒸気機関かなって」

「……度々思うんだがよ、お前のその発想、一体どこからくるんだ?」


 前世の記憶からだよ。言えないけど。


「まあそれはいいから。重要な部分は研究所で考えてもらうとして、こっちも出来る限りの案を出したいんだよねえ」

「なるほどな。それでこれか」

「うん」


 高架線にした際の、排水方法とその下を通る街道の舗装及び排水に関して。


 オーゼリアでも当然雨は降るし、梅雨ほどでなくとも雨ばっかりの時期とかもあるからね。排水は大事。


 特に線路を通す高架橋は、全部石材で作る予定だから。といっても、形は魔法で簡単に変えられるから、鉄骨鉄筋いらずのコンクリートみたいな感じかな。


 そうなると、雨水どうするよって事になる。今はそれをどうするかを考えてる最中だ。


 普通に傾斜つけて脇に流し、そこから柱伝いに下に落とすかなあ。で、側溝作って最終的にはそこに……


「失礼する」


 誰だ? 人が考えてる最中に。入り口見たら、例の褐色双子が立っている。


 あれ? この二人、今ノックもしていないし入室許可も取らずにドア開けたよね?


 そうなると、当然熊からこう言われるわな。


「おい、準備室に入る時にはちゃんと許可をもらってからにしろ」

「え?」


 いや、そこでなんであんたらの方がきょとん顔するのさ。


「もしかして、僕らが誰かを知らないのか?」

「自己紹介もまともに出来ねえ学生なんぞ知らねえな。とっとと失せろ」

「え……」

「ほらほらほら! 今日は授業がないからもう放課後だ! 寮に帰るなりクラブ行くなりしな!」


 殆ど押し出す勢いで、熊が二人を追い払ってドアを閉めた。あ、鍵もかけたな。


「何なんだ? ありゃ」

「どこぞの亡命王族だってさ」

「ああ、あれが……てか、亡命してきたんなら、もうちっと肩身狭い様子みせろや、図々しい」


 熊の言ももっとも。それよりも、気になる事があるけどね。


「どした? 変な顔して」

「変は余計だ。あの二人、ここになにしに来たんだろうね?」

「うん? 履修届……はまとめて担任から届けられるしなあ。ここがどこか、わからなかった訳じゃねえだろうし」


 でっかくドアに書いてあるからね。「総合魔法科及び魔道具科準備室」って。あれでわからないという人はいないだろ。


 とすると、やっぱり……


「何だ? 心当たりでもあるのか?」

「さっきの双子、妹の方が二度、寮の部屋に突撃してきた」

「はあ? ……確か、あの二人の後見役は、貴族派の子爵家だったよな」

「って、聞いてる」

「派閥違いの家の娘に、何の用だ?」


 本当にねえ?




「という事がありまして」


 新学年始まってすぐは、授業がないので午前中で終わる。本格的に始動するのは明日以降だ。


 昼食は寮の食堂で取って、その後コーニーに部屋に来ないかと誘った。ランミーアさん達も領地の土産話を聞きたかったみたいだけど、それは明日の学院の食堂でね。


 で、部屋に入って諸々の結界を起動した後、コーニーに準備室であった事を話した。


「まさかあの二人、学院内で学生は皆平等っていうのを知らないのかしら」

「多分」


 まあ、本当に平等に出来る訳じゃないけど、一応身分の上下は考慮されないって建前になってる。


 でないと、教師陣が萎縮しちゃうからね。大抵の教師は下級貴族の出身か、裕福な家の平民だから。


「だとするなら、後見のノグデード子爵家の責任ね。そろそろ子爵家に抗議がいってるかも」


 おうふ。貴族の家怖い。しかもこの場合、熊から苦情を上げられて、学院長か副学院長辺りから抗議が行くらしい。


 副学院長はまだしも、学院長って王族じゃん。そんなところから抗議文が来たら、子爵家当主の心臓が止まっちゃうかも。


 とはいえ、後見してるっていうのなら、国内でのお約束ごとも教えておかなきゃいけないし、学院での過ごし方も教育しておくべきなんだって。


「それにしても、部屋に来たり準備室に行ったり。何だか気味が悪いわね」

「相手の目的がわからないもんね」


 情報が少なすぎて、推測すら出来ない状態だもん。


「ともかく、向こうはレラに対する執着があるのは、間違いないわね

「えー? 何で私ー?」

「さすがにそこまでは。でも、今回も部屋に来るんじゃないかしら」


 って言ってたら、部屋の鍵の辺りが何やら不穏な音を立ててる。


 え……部屋に人がいるのに、ピッキングでもしようってか? いや、この部屋の鍵、魔法鍵だからピッキングしても開けられないけど。


 それより、そんな事したら後でお腹がピーピーになるよ? 教えないけどさー。


「あれ、放っておいていいの?」

「いいんじゃない? 何やっても開けられないし。誰がやってるかは、後で確認しておく」


 誰がやってるかも、カメラにばっちり残るだろうしね。その前に、態度ですぐわかるかも。


 もしくは、明日の学院を休んだ人が、犯人だね。




 で、翌日。


「隣のクラスの双子の妹、今日体調不良で休んでるんですって。異国から来たっていうから、環境の変化に体が参ってしまったのかもしれないわね」

「そーかもねー」


 もしくは、どこぞのドアの呪いを受けて、お腹がピーピーになったとかかなー。


 その双子の片割れである褐色王子は、本日何人かの学生と親しげに話している。全員男子だから、寮で交流とかしたのかな。


 ただ、気になるのは第三王子が遠巻きにしてる事かなあ。あれ、王宮から何か言い含められてるのかも。


 王族であっても、在学中は寮に入るそうな。だから、男子寮で一緒だろうにね。


 取り巻き達も、あまりいい顔をしていない。普通の人なら裏表ない態度はいいのかも知れないけど、君らは王子の側近候補なんだから、もう少し表情を取り繕う事を覚えた方がいいのでは?


 私としては、褐色姫がこっちに執拗に絡んでこなければいいんだけどなあ。目的がわからない相手って、気味悪いし。


 これが世話になってる貴族派に頼まれて、王家派の家の娘である私の弱みを握れとかいうのなら、まだ対処の仕方もあるんだけどなー。


 さすがに、そんな単純じゃないよね。

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