第48話 彼女の正体

 人の少ない寮は、それなりに平和。日中は自室でのんびり鉄道や遊園地の構想を練る。


 高架橋にしたら線路が沈まないから、メンテが楽になるよなーとか、踏切がないようにしないと事故起こるよなーとか。


 遊園地はジェットコースター必須だよなあとか、定番のコーヒーカップ、お化け屋敷はどうだろうとか。


「んー、でもジェットコースターはいきなりハードな奴を作るのもねー。受け入れてもらえないかもしれないし」


 こっちでは行儀悪いと言われる、床に敷いた絨毯の上に直に座って唸る。目の前には、アイデアを書き出した紙。


 やっぱり、一人でやるのは限界があるなあ。ニエールと通信繋げて、二人でやるか。


 そんな事を考えていたら、ドアがノックされた。コーニー?


「はーい」


 この部屋に来るのは彼女しかいない。たまに友達を連れてくる事もあるけど。


 ちなみに、同学年のランミーアさんやルチルスさんは、あまりここにこない。まあ、学院でも食堂でも顔を合わせるからね。


 気の抜けた格好でドアを開けると、そこには褐色の肌の彼女が立っていた。


「失礼、こちら、ローレル・デュバルさんのお部屋で、間違いないかしら?」

「え? ええ、そうですけど……」


 何故、この人がここにいる? あれ? 別に私達、いきなり親しくなってたり、しないよね?


「いきなり訪問した事、許してくださる? 私、ぜひあなたにお話しを聞きたくて。中に入ってもいいかしら?」

「悪いわね、取り込み中なの。失礼」


 返事も聞かずにドアを閉じた。マナー違反はわかってるけど、向こうも初対面の人間の部屋に来ているのでおあいこだ。


 普通、寮の部屋は相手の自宅と同義だという。見知らぬ相手の家をいきなり訪問したりしないように、親しくない相手の部屋にはずかずか入ってはいけないのだ。


 今の場合、褐色の彼女と私はお互いを知らないし、誰かに紹介もされていないので親しくない。つまり、いきなり訪ねてくるのはアウト。


 にしても、話を聞きたいって、どういう事?




 おかしな襲撃を受けたけど、断ったせいか翌日からは襲撃なし。食堂で顔を合わせる時も、何となく怖がられている様子。


 部屋に入れるのを断ったら、何だか苛めているみたいに見えるでござる。何言ってんのかわかんないけど、自分でもよくわかってないからいいや。


「嫌われたわね」


 寮の人数がまだ少ないので、食堂利用の際はコーニーと一緒。まだ学院は始まってないから、学院の食堂を使う訳にもいかないしね。


「別に構わないけど、あの『私可哀想』ってされるのはちょっと……」

「ああ、あれね」


 今も、うなだれる彼女に声をかける人もいる。その度に笑って「大丈夫、なんともないわ」と言ってるようなんだけど、ちらりとこちらを見る事を忘れない。


 ただ、声を掛けた人がこちらを見て、誰がいるかを確認すると「あ……」って感じで引いてくんだよねー。


「そういえば、彼女やっぱり国外の人なんですって」

「素性、わかったの?」

「一応ね。近づかない方がいい相手だったわ」


 そう言って、コーニーが声を潜めて教えてくれたのは、褐色の彼女の後ろにいる人物。


「誰? そのノグデード子爵って」

「貴族派の家よ。あまり大きくはないけれど。派閥の中では中の下ってところかしら」

「ふうん……」


 そんな家が、国外に伝手なんてあるのかね?


「あとは……詳しくは部屋で話しましょう。レラのところ行っていい?」

「もちろん」


 研究所からコーヒー豆も分けてもらってきたしね。


 夕食後、食堂からそのまま屋根裏部屋へ。何となく背中に視線を感じたけど、無視。


「いるわね、背後」

「そーだね」


 屋根裏部屋へ行く階段は、普段使われない。だから、この階段を日常的に使っているのは、私だけ。


 その階段までついてくるんですけど?


「追い払う?」

「いいよ。どのみち部屋には入れないから」


 今度ノックしてきたら、バレバレの居留守を使ってやる。




 部屋に入ってコーヒーを入れる間、コーニーは自分の定位置に座ってる。


「この絨毯、肌触りがいいわねえ」

「森林羊の毛を使ってるからね」

「なるほど」


 もちろん、素材は自分で狩りました。ただ、手織りの絨毯は作り上げるのに手間がかかるんだよね。なので、二年待ったよ。


 部屋にコーヒーのいい香りが充満する頃、ドアがノックされた。いや、これノックっていうより、ぶったたいてる?


「……例の彼女かしら?」

「えー? でも前はちゃんと普通のノックだったんだけど」

『ちょっと! とっとと開けなさいよ!!』


 ドアから聞こえてきた聞き覚えのある声に、思わずコーニーと顔を見合わせる。


「今のって……」

「ダーニル?」


 あのやかましい奴が、何しに人の部屋へ来たんだ?


 ドアにはまだ防犯用にカメラを仕込んであるので、モニターで確認する。あ、ダーニルと取り巻きと、褐色の彼女だ。


 ドアが開かない事に腹を立ててるのか、今度は蹴り出した。おい取り巻き、そこで暴れている伯爵令嬢にあるまじき物体を止めろよ。


 ただまあ、取り巻き達もダーニルの暴れぶりを見て、恐れをなしたようだから無理かな。


「あー、あー、部屋の前で暴れている人、これ以上暴れると寮監を呼びますよー」

『ふっざけんじゃないわよ! 今すぐ出て来て謝罪しなさい!』


 謝罪? 思わずコーニーと顔を見合わせる。ダーニルに謝らなきゃいけないような事、何かあったっけ?


 二人して首を傾げていたら、向こうから答えをくれた。


『黙ってるんじゃないわよ! あんな田舎くんだりまで行ってやったっていうのに、何人を仲間はずれにしてんのよ! おかげでユーイン様のお顔を見られなかったじゃない!!』


 ああ、狩猟祭の時の事か。いや、あれは私が悪い訳じゃなく、騒いだあんたとミスメロンが悪いんであってだね。


『早く! ここを! 開けなさ――』

『そこで何を騒いでいるのですか!!』


 おっと、別の声が割って入ったぞ。モニターの中の取り巻き達が慌てている。


 階段を上って姿を現したのは……寮監の先生だね。確か、副寮監から正寮監になったルタ・シェノア先生。刺繍の授業を担当してるんだって。


 そのシェノア先生が、かつかつと靴音を鳴らして階段を上ってきた。


『他人の部屋の前で騒ぐなど、淑女としてあるまじき行為ですよ』

『で、でもそれは、ここを開けないあいつが悪いんであって――』

『言い訳は無用です。全員ついてきなさい!』


 シェノア先生に怒られて、ダーニルとその取り巻き、それに褐色の彼女は全員ドアの前から消えた。


「何だったんだ?」

「文句が言いたかったんじゃない? 相変わらず考えが足りていないようだけど」

「そんなダーニルにも、お友達が出来たようで」

「ああ、全員男爵家の娘達ね。ダーニルは一応伯爵家に連なる娘だから、媚びを売っておけとでも思ってるんじゃない?」

「もしくは、類は友を呼んだか」


 性格の悪い人間の側には、似たようなのが集まるもんだ。




「それで? あの褐色の彼女の出自って、どんなよ?」


 やっと静かになったので、コーヒーカップをコーニーの前に置く。私はマグカップでミルクをたっぷりと入れた。


「小耳に挟んだ程度なんだけれど、どうやら彼女達、亡命貴族らしいわ」

「亡命?」


 それに、「彼女達」? 他にもいるって事?


「肌の色から、ここからは大分離れた国出身だろうとは思ったんだけど、出てきた国の名前はヒュウガイツ王国」

「それって……」

「ええ、森を抜けた向こうの国の名前よ」


 魔の森は、我が国を含めて五つの国に繋がっている。その一つがヒュウガイツ王国。


「何でも、ヒュウガイツで内乱が起こったんですって。それで、一部の貴族は伝手を頼って国外に出たらしいの。あの彼女……名前はグウィロス・ルシアミ・ヤヌと、双子の兄グウィロス・クオンマ・ティギットもそうなんですって」

「……もしかして、ヒュウガイツ王国って家名が先に来る国?」


 でないと、今の名前の表記の説明がつかない。私の言葉に、コーニーは頷いた。


「そうよ。それと、あの二人は普通の貴族じゃないって話なの」

「それって……」

「王族らしいわ」


 また、でっかい話が出てきたなあ。


「背後がしばらく出回らなかったのって、そのせいらしいのよ」

「ああ、王族だから、後見してる家も隠すって事?」

「みたいよ」


 だからそこの家が関わってるってわからなかったのか。


 ん? でもそれってほんの数日前の話じゃね? 何で今は情報が漏れてるの?


「そこなのよねえ。完全に隠すつもりでもなかったみたい。というか、隠す事自体、貴族派の勝手な動きだったようなのよ」


 亡命してきたのが王族だから、出自を隠しておこうと思ったら、兄妹の方は話が広まってもなんとも思わなかった、って事?


「多分だけど、子爵家の子息とその辺りの調整を行ったんじゃないかしら。あの家からは、男子が一人在学しているだけだから」


 兄妹だから、兄の方が寮で子爵家の息子と話したのかもね。で、一斉に情報が広まったと。


「じゃあ、さっき来たのは……」

「亡命したとはいえ他国の王族なんだから、今度こそは部屋に入れろと来たのかもしれないわね」

「えー」

「子爵家とは派閥違いだから、受け入れなくても問題ないわよ」

「じゃあ拒否しておく」


 いくら寮の部屋とはいえ、自室によく知らない人はいれたくないし。あれこれ見られたくない。


 にしても、亡命王族ねえ。関わりたくないなあ。

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