第47話 新入りが、現れた!

 楽しい長期休暇はあっという間に終わってしまった……


「もう王都に帰らないといけないなんて」


 朝食の後、王都へ向けて出発する。本当はまだ十日程休暇は残ってるんだけど、移動に時間がかかるし、寮に戻るのを早めた方がいいんだって。


 長期休暇明けは帰省した生徒が一斉に戻るので、学院がごった返すそうだ。それを避けるには、早めに戻るのが一番なんだとか。


 荷物は先に移動陣で王都のアスプザット邸に送って、人間の方は馬車移動だ。本当は移動陣で人も王都へ移動出来るけど、表向きまだ隠してるからね。


 朝食の席でぐずぐず言う私を、ルイ兄が笑った。


「王都に戻ったら、新学年だろう? 下の子が入学してくるんだから、しっかりしろよ」

「えー」


 新入生が入ってくるって言っても、親類の子がいる訳じゃないしなー。


「派閥で今年入学する子、いるのかしら」

「確か三人程いるよ。狩猟祭の時、向こうの父親からよろしくと言われたから。男子らしいし、僕が面倒見る事になるね」


 同じ派閥の家の子が先輩として在学している時は、後から入ってくる子の面倒を見る事があるんだって。


 今年は王家派閥でも男子の新入生が三人いるから、ロクス様が頼まれたわけだ。


 これが女子だったら、天幕社交の場でコーニーが頼まれたんだろうなあ。


 派閥トップの家の子も、大変よねえ。




 ヴァーチュダー城を出発するのは、ルイ兄も一緒。勉強先の領に戻るんだって。


「ルイ兄、元気でね」

「レラもな。それと、あんまりロクス達に迷惑かけるなよ?」

「う……」


 かけてない、と言い切れないところが悲しい。


「お、揃ってるな」

「あ、熊」

「熊ゆーな!」


 いや、熊だし。熊の後ろには笑う伯爵とニエール。見送りかな?


「俺も同行するんだよ」

「えー?」

「えー、じゃねえ。行き先は一緒なんだからいいだろうが」

「レラ、熊のこと、よろしくね」

「ニエールに言われちゃしょうがないかー」

「お前らな」


 研究所の所員も、長く在籍してればしてる程、熊扱いするからね。ニエールも、実は結構な古株だ。


 彼女の場合、貴族学院に在学中から長期休暇の度に研究所に入り浸ってて、卒業してすぐ研究所に入ったんだよね。


「皆、道中気を付けてな」

「皆様お元気で」


 伯爵とニエールが見送ってくれて、全員を乗せた馬車は出発。ルイ兄だけ方向が違うから、窓から手を振った。


 馬車は熊を乗せたのが一台、ヴィル様、ロクス様、コーニー、私を乗せたのが一台。後は使用人用のが何台か。


 そういえば、黒騎士と白騎士達の姿、見なかったね。彼等はまだペイロンに滞在するのかな。


 それとも、私が知らないだけで既に王都に戻ってるとか?


「ユーイン卿はまだペイロンに残るそうだね」

「え?」


 ビビった。ロクス様、私の考えを読んだんですか?


「そうらしいな。どうあっても、深度を進めたいそうだ」


 びっくりした。ヴィル様とのただの話題だったみたい。それにしてもヴィル様、黒騎士の話題を出されてもあまり不機嫌にならなくなったね。これもルイ兄効果かな。


 ヴィル様の言葉を聞いて、ロクス様が私を見て笑う。何?


「いや、ユーイン卿は早いところ深度を六まで進めたいんだなあと思って」

「えー?」

「少なくとも、深度五までは進めないとね」

「でなければ、あいつを認められないからな」


 ちょっと、ロクス様もヴィル様も、何言ってんだか。


「そういえば、黒騎士に聞きましたよ、ヴィル様。何かおかしな事を言ったそうですね」

「おかしな事?」


 む、とぼける気ですか?


「深度で劣っている間は、振り向かないとかなんとか」

「ああ、あれか。嘘は言っていないぞ? 実際、浅い場所にしか入れない男に、レラが振り向くとは思えないが?」


 ぐ……反論出来ない。確かに、深度は大事だ。でも、それも何か違うと思うのだけど!


 何とか言い返そうと思ったのに、ロクス様が先に反応した。


「ああ、それでユーイン卿はあんなに急いでいたんですね」

「そうなのか?」

「森に入って数日で、深度を二まで進めていました」

「あいつの実力なら、深度四辺りならすぐに入れるようになるだろうよ」

「兄上……実力は認めているんですね」


 本当にね。あれだけ嫌ってる相手なのに。いや、少しは和らいだみたいだけど。


 ロクス様の言葉に、ヴィル様がふいっとそっぽを向いてしまった。この話題はここまでみたい。


 ちなみに、会話に参加していないコーニーは馬車に乗るとすぐに魔法を使って寝る。馬車に乗ってるしかないこの時間が窮屈なんだって。


 ペイロンから王都まで、馬車で五日かかるもんな。その間ずーっと座ってるしかないのは、確かに苦痛かも。


 本当はもっと早く移動出来るんだけど、貴族は急がないんだってさ。それもどうなの?


「あまり速度を上げると、馬車酔いする人もいるからね」


 ロクス様が教えてくれた。確かに、街道とはいえ舗装されている訳じゃないから、馬車は結構揺れる。


 んー、揺れを抑えるのって、板バネとかサスペンションとかだっけ。車輪にも手を加えるといいかも。


 タイヤ作るなら、素材も考えないとなあ。今まで馬車移動なんて、殆どしなかったからこんなに揺れるとは思わなかったし。


 街道の使用許可とか、ペイロンの土地探しとか、鉄道を通すにも常設の遊園地を作るにも、まだまだ課題は山程ある。


 一つ一つ、地道にやっていかなきゃ。


 本当に五日掛けて、王都に到着。いや、疲れたわ。揺れるって、思ってる以上に体力持っていかれるね。


 侯爵邸にて、熊は別行動。そのまま侯爵家の馬車を借りて、学院に戻るそうな。ついでに、移動陣で送った荷物も受け取ってたね。


 侯爵邸では、既に先に送った荷物が届いていた。荷解もされているのは、ありがたいよねえ。


 先に戻られていたシーラ様が、笑顔で出迎えてくれた。


「今日は疲れたでしょう。明日はゆっくり休んで、学院の寮に戻るのは明後日になさい」

「はい」


 シーラ様のありがたいお言葉に、ロクス様達と素直に返事する。休暇明けまでまだ六日あるから、余裕を持って寮に戻れるよ。




 予定通り寮に戻る。このくらいに戻っている人はまだ少ないそうで、何故か上位貴族ばかり。


「上位の家は、移動の日数を多く取るからよ」


 親から子へと、早く行動する事の優位性を教えるのかもね。


 人が少ないせいか、いつもよりも寮が静かだ。食堂も人が少なく……あれ? 何だか目立つ人がいる。


 窓際の席に座っている、黒髪に褐色の肌の少女。顔立ちも濃くて、一目でオーゼリアの人間じゃないのがわかる。


 誰?


「あら、見ない顔ね。誰かしら?」


 いつの間にか隣にいたコーニーが、同じ少女を見て眉をひそめる。狭い学院だからか、見慣れない人間がいるとちょっと警戒するらしい。


「新入生とか?」

「時期が合わないわ。新入生が寮に入ってくるのは、もう少し先よ」


 そうなんだ。まあ、彼女の見た目からして、新入生というより留学生と言った方が通りそう。


 でも、オーゼリアって留学生、受け入れてたっけ?




 彼女の事は、続々と戻ってくる在寮生の噂の的となった。


「見た? あの子」

「見ましたわ。小王国群からかしら……」

「え? でもあそこからの留学生なんて、もう何十年とないと聞いてるわよ?」

「でも、どう見ても国内の家の子女ではないでしょう?」

「そうよねえ。一体、どこから来たのかしら」


 遠巻きにひそひそと、でもしっかり聞こえる声で話す彼女達の技量は、かなりのものだ。とはいえ、その技量を発揮する場所って、どこだろうね?


 噂の彼女は、ひそひそ話が聞こえているだろうに、どこ吹く風といった様子で相手にしない。メンタル強いなあ。


「それにしても、不思議ね」

「コーニー?」


 コーニーのお友達も私の友達も、まだ寮に戻っていないので食事時は一緒にいる。


 彼女は窓際の席に座る褐色の少女をちらりと見て、続けた。


「普通、留学生にしろ何にしろ、世話をした家があるはずだから、そこから話が広まるはずなのよ。彼女、いつ見ても一人だし。それもあり得ないわ。貴族の家に生まれた以上、社交は必須。学院内とはいえ、世話を任された家の子女なら彼女が周囲に溶け込めるよう、動くはずなのに」

「それが、一切ないと?」

「ええ」


 誰かの伝手で入学……編入かな? した訳じゃないとか? でも、留学である以上、どこかの家を頼っているはず、というのがコーニーの意見。


「もしかして、貴族じゃなくて王家とか?」

「だったら我が家に話が回ってくるはずでしょ?」


 それもそうか。アスプザットは王家派のトップ。余所の国からの留学生があったら、それこそコーニーにお世話係が回ってくるのが普通なんだ。


 でも、それがない。


「じゃあ、中立派か貴族派?」

「どちらの家の令嬢も、動いていないの」

「世話をした家に、男子しかいないとか?」

「だったら、同派閥の家の令嬢を頼るわよ。派閥っていうのは、そういう繋がりも大事だから」


 学生とはいえ、家の派閥からは逃れられないって事かー。世知辛いねえ。

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