第45話 終わりの舞踏会
狩猟祭は、それ以降も何事もなく日程を消化し、本日は最終日。今日もいい天気だなあ。
天幕社交の方は、誰が優勝するかで盛り上がっている。さすがは最終日。
「今回は若い方が成績を伸ばしているそうよ」
「まあ、では久しぶりに優勝者の平均年齢が下がるかしら」
「いつもいつもじいさん連中が勝つより、いいのではないかしら?」
「まあ、いやだ。そんな言い方」
うふふおほほとそこかしこから挙がる笑い声。そうかー、若い者っていうと、どこぞの次男三男とかかなあ。
長男も来てるけど、彼等は家を継ぐ為に狩猟よりはそこにかこつけた他家との「外交」が忙しいらしい。どこも大変だ。
最終日の狩猟は、短い時間のみ行われる。具体的に言うと、朝から昼まで。午後は後片付けの時間になるので、参加者達はスワニール館で夜の舞踏会までお休み。
最終日の舞踏会は、夜遅くまで続くからねえ。踊らなくても、酒飲んだり交渉したり情報交換したりしてるそうな。
天幕社交も、最終日は割とまったり気分。必要な話は、ここまでに全て出し終えてるからね。
そんなのんびりムードのところに、角笛が響いた。お、狩猟が終わったようだね。
ちなみに、この角笛は男性陣に知らせる為ではなく、女性陣に知らせるものなので、これが響いた時点で採点も終了してる。
後は表彰式? だな。優勝者には、狩りの女神に扮する主催者側の女性から冠をもらえるのだ。月桂冠っぽいやつ。月桂樹じゃないから、もどきだけど。
これは昔話に出てくる、狩猟をこよなく愛した神様が被っていたものをモデルにしてるんだってさ。狩猟関係ではよく使われるものらしい。
で、去年まではこれを渡す狩りの女神役はシーラ様でした。
「なのに、何故今年は私?」
「本来、ペイロン伯爵夫人やその娘がこの役をやるのよ」
だから去年まではシーラ様がやっていた訳だ。この方、昔はペイロン伯爵令嬢だったし。
で、現在のペイロン伯爵には夫人はおらず、当然娘もいない。でも、娘もどきはいるよね? って事で、私に回ってきたんだって。
「コーニーがいるじゃないですかー」
「この子はアスプザットの娘ですもの」
「私はデュバルの娘ですが」
「だから、よ」
ああ、そういう……
これまで長年狩猟祭をブッチし、とうとう今年は招待すらされなくなった家……というより、実父自身か。
そのイメージを吹き飛ばす為にも、やっておけって事ですね。
んで、来年の襲爵をスムーズにする為の準備でもある、と。加えて、新生デュバルは派閥の皆さんともよろしくやっていきますよという表明しとけって訳ですか。
なんとまあ、一回の女神役で二つも三つも意味を持たせるなんて、コスパのいい事で。
天幕から出て、優勝者を称える場へ皆さんで移動。途中で私は一行から外れ、表彰台の裏側へ。
ここで女神を表す花冠を被り、月桂冠もどきを手に持つ。表の方では、今回の狩猟祭の優勝者を称える言葉を、司会者が述べていた。
「では、今回の栄えある優勝者を紹介します! フェゾガン侯爵令息ユーイン卿です!」
おっと、黒騎士が優勝か。
正規の招待客以外が優勝っていうのは、割とある話。狩猟祭自体が派閥の行事なので、参加する事に意義があるって感じの人が多いから。
まあ、ガチ勢もいるんですけどね。今年もいたけどな。
そんなガチ勢を下して優勝かあ。腕はいいんだな、黒騎士。そういや、初心者講座の時も、ヴィル様についていけたのって黒騎士くらいだったみたいだし。白騎士二人はバテてたよなあ。
「では、狩りの女神より優勝の冠を授けられます」
お、出番だ。月桂冠もどきを手に、表彰台に上ると、司会者と黒騎士がいた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
定型の挨拶をして、跪いた黒騎士の頭に月桂冠もどきを乗せる。誰が考えたんだよ、この構図。小っ恥ずかしい。
とはいえ、身長差があるから屈んでもらわないと頭に手が届かないけどな。
無事月桂冠もどきを渡し、これにてお役目終了ー。いやあ、お疲れ様でしたー。
昼は好きに過ごし、夜には舞踏会。料理も出るけど、食べてる暇はないよって事でその前に軽くお腹に入れておく。
「誰も食べないのに、料理がもったいないなあ」
「残ったら使用人達のお腹に入るから、無駄にはならないのよ」
「そっか」
残り物をかよーとも思うけど、普段は絶対に食べられない食材や料理なので、残った方が使用人達には好評なんだって。
ちなみに、スワニール館で働いている人達は、表に出る人達はヴァーチュダー城から来てるけど、下働きの人達は地元の人を期間限定で雇っている。
こんなところにも、経済効果が。
コーニーとおしゃべりしながら、支度をしていく。今夜のドレスはまたしても新品。
アクセサリーは自前で用意した黒真珠のあれこれ。コーニーは金真珠のあれこれ。
「今更ながら、作っておいて良かった」
「本当よね」
さすがにアクセサリーまで一回使ったら二度と使わない、なんて事はないのでね。
いや、ドレスの場合、一回着たらもう着ないって人、本当にいるらしいし。つい前世の価値観から「もったいない」って言っちゃうよ。
まあ、捨てる訳じゃなくチャリティーに出したり布地として使ったりするそうだから、いいのかな。
後は、ペイロンはまだしも余所の領だと洗濯技術が進んでなくて、染みとか落とせない事もあるんだとか。
ここは研究所であれこれやってるから、洗濯も魔法で綺麗に汚れを落とせる。いや、私があれこれやらせました、はい。
「……コーニー、どんな汚れでも落としますって洗濯機を出したら、売れるかな?」
「せんたくき? 魔道具か何か?」
「うん、そんな感じ」
「どうかしら……大体、どこの家も洗濯専用の使用人を雇っているから、その仕事を取ってしまわない?」
その問題があったか……便利な魔道具を出すと、苦労はなくなるけどそれを仕事にしていた人達から収入を奪う事になるのがなあ。
「んじゃあ、染みだけを綺麗に抜きます! とかはどうだろう?」
「いずれにしても、伯父様やお母様に相談するべきだと思うわよ。ものは出来上がってるの?」
「ううん、まだ」
「なら、先に所長とニエールに相談ね」
はい、そうします。
舞踏会場は、スワニール館のホール。これに参加するのも、今年が初めてだ。去年までは、免除されてたからねー。
「凄い人数」
「招待客が一堂に会するからね。家族連れの人達も多いし」
そういえばそうだね。
会場には、ルイ兄のエスコートで入る。コーニーはいつも通りロクス様。ヴィル様は一人での入場だ。
そういや、こんな場でもヴィル様のパートナーはいないんだね。
「男性はパートナーなしでも問題ないもの。ただ……」
「ただ?」
コーニーがちょっと嫌そうな顔をしている。言いにくい事なのかな。
「これを機に、兄上に近づこうという女性が多くてね。今回も大変だったみたいだよ」
代わりにロクス様が教えてくれました。なるほどなー。
「正直、ヴィル様の相手っていつ頃決まるんですか?」
「まだわからない。父上や母上は考えてらっしゃるんだろうけど……」
だよねー。侯爵家の嫡男だから、結婚相手も自分じゃ決められない。家同士のあれこれがあるから。
「ただ、今のところ他派閥……中立派辺りの家からもらう事になりそうだね」
「そうなんですね」
中立派は幅が広く、王家派に近い家から完全中立、王家派と対立している貴族派寄りの家まである。
そこからっていうと、王家派寄りの家からかなあ。
会場に入ると、視線が集まる。そりゃそうか。派閥トップの家族と、開催地の領主の家族が入ってきたんだから。
ちなみに、伯爵は一番最初に会場にいて、招待客を出迎えている。ルイ兄や私は、あっち側じゃないの?
「あれは領主夫妻だけがやるんだ。義父上は独身だからね」
ルイ兄がこそっと教えてくれた。そっか。
ここでも、ルイ兄やヴィル様達ががっちりガードをしてくれるので、近づこうとする人はいない。
「やあ、お嬢さん方。いい夜ですねえ」
いた。白騎士のチャラい方だ。あああ、コーニーの機嫌が悪くなってるうう。
「こんばんは。イエルがいつも済まない……」
「いや、ロルフェドも大変だな」
「ははは」
ヴィル様から可哀想なものを見る目を向けられたロルフェド卿は、乾いた笑いを浮かべている。
ロルフェド卿、チャラ白騎士の面倒を押しつけられてるんだな。
そういや、いつの間にかヴィル様は彼の事を名前で呼んでるね。これもルイ兄のコミュ力お化け効果かな。
「ところで、お前らの団長はどうした? 姿が見えないようだが」
「ああ、何か王都から至急の連絡が来たとかで、舞踏会は辞退したらしいよ」
「ほう」
白団長、王都に帰ったのか。良かった。でも、部下を置いて行くのって、どうなの?
「魔の森の調査を放り出して帰るとはな」
ヴィル様が唇の端だけ釣り上げて笑う。黒い、黒いですよヴィル様。
それに対し、ロルフェド卿は苦い笑いを浮かべた。
「いやあ、俺らは先発隊のようなものだから。多分この後本格的な調査隊が組まれるんだと思うよ」
「まあ、何にしても魔の森に入るのなら、初心者講座を受けてもらうがな」
「あれか……」
げんなりするロルフェド卿に、ちょっと笑いがこみ上げる。でも、あの講座は大事なものなので、免除はしません。あしからず。
森で生き残る為だ。頑張ってくれ。
「お、今日の主役の登場だね」
ロクス様の言葉と共に、女子の黄色い声が聞こえた。会場の入り口にいるのは、黒騎士。
狩猟祭の間は茶色ベースの狩猟服だったけど、今は正装なので黒。やっぱり、黒騎士には黒が合うと思う。
その黒騎士は、こちらを見ながらも奥へと進んでいく。まずは伯爵に挨拶しに行くんだな
「今日の主役のお相手くらい、しなきゃダメよレラ」
コーニー……言ってたら、曲の準備が始まった。んでやっぱり、黒騎士は私の前に来て手を差し出す。
「一曲、お相手願います」
「はい」
今回はヴィル様も何も言わない。ルイ兄は笑って私を送り出す。ロクス様とコーニーは、何だかにやついてるんだけど。
白騎士二人の反応は、見ていない。
何だか、黒騎士と踊るのにも慣れちゃったよ。そして突き刺さる女子の視線にもな。
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