第44話 狩猟祭中日
中日は午前中完全フリー。なので、昼まで惰眠を貪ろうと思ってたのに……
「レラ! 起きなさい! 寝坊よ!」
「コーニー……もう少し寝かせて……」
「だーめ。ほら! もう朝食の時間なんだから」
ううう、さよなら私の二度寝時間。
朝食は、晩餐で使うのとは別の小ぶりな食堂で食べる。ここは家族の食堂で、伯爵とルイ兄と私、それにアスプザット一家しか使えない。
本館に滞在している招待客達は、自室で食べるんだって。
「やっと起きたか」
食堂に顔を出したら、一番にヴィル様に言われた。確かに、私が一番最後らしい。
「コーニーにたたき起こされた」
「失礼ね。叩いてはいないわよ」
「叩く勢いで起こされた」
今度は本当にコーニーに背中を叩かれた。痛い。
本日は、公式の行事は昼からスワニール館の庭園で園遊会、午後から狩猟場でゲーム大会、で夜は舞踏会が控えてる。
私は昼の園遊会と夜の舞踏会だけ参加必須だってさ。
「じゃあゲーム大会は不参加で」
「夜までどうする?」
「移動遊園地に行く!」
毎年の楽しみなんだよ、移動遊園地。さすがにジェットコースターはないけど、小さいながらも観覧車はあるんだ。
他にもメリーゴーラウンドとか、高いところを回るブランコとか。去年までは狩猟祭には参加していなかったから、そこで遊び倒してたんだ。
「レラはゲームより遊園地か」
「まだまだお子ちゃまだねえ」
「よし、レラ、兄ちゃんが一緒に遊んでやるからな!」
いらないし。特にルイ兄、私をいくつだと思ってんだよ。
……いや、そりゃ遊園地ではしゃいでますけど。これには訳があってだね。
「なんだ、レラは午後から遊園地か?」
「あら、芝居に付き合わせようかと思ったのに」
「はっはっは。たまには子供らしいところを見せてくれるものだな」
サンド様にシーラ様に伯爵まで。もーいーよ。ふんだ。
朝食の後、園遊会までは時間がある。ので、滅多に来ないスワニール館を探索中。
メンバーはコーニーと私。それにヴィル様とロクス様とルイ兄。加えて何故か黒騎士と二人の白騎士。
ちなみに、騎士三人はルイ兄が連れてきた。ルイ兄いいいいい。
「いやあ、夕べから五人で呑んでてさ。色々わだかまりも消えたから、いいかと思って」
五人って、ヴィル様達も? よく見たら、いつも黒騎士がいるところでは眉間の皺が深いヴィル様が、今日はそれ程でもない。
「ルイ兄、一体何したの?」
「え? いや、俺は特に何もしてないよ」
「嘘だ」
「信じろ。ただ、ヴィルがユーインを嫌ってるのって、原因があるんだろうって思ったからさ。ヴィルは、ユーインが何を考えているかわからなくて気味悪かったんだって。ユーインの方は、ただ単純に今まで周囲に興味がなかっただけらしいんだ。それで感情があまり顔や態度に出なかったらしい。あいつらしいよな」
いつの間にか、黒騎士の呼び方が家名から名前になってるし。コミュ力お化けはこれだから。
にしても、周囲に興味がなかった……ねえ。じゃあ、今は少しは興味が出てきたって事かな? ……黒騎士って、メンタリティは幼児なんじゃね?
それはともかく、黒騎士見る度にヴィル様が不機嫌になるよりは、今の方がましだからいっか。
「で? スワニール館を見て回るって言ってたが、どこを見るんだ?」
「んー、ここには狩猟祭の時しか来ないから、三階以外あまり知らないんだよね」
後は食堂とかかな。毎年来てる割りには、中を見て回った事はない。大抵、移動遊園地か大道芸人のところに行ってたから。
三階は領主家族の部屋と客間、二階は大食堂と遊戯室、ラウンジ、応接室などがある。
一階は図書室、書斎、ホールなど。デカい館だけあって、部屋数も様々だわな。
回ってる最中に男性陣が遊戯室にはまった。ので、とっとと置いてコーニーと二人図書室に来る。
本の匂いって、いいよなあ。
「ここ、古いもの結構置いてあるってお母様が仰ってたわ」
「へー。あ、これ」
手に取ったタイトルは「陽炎の館」。
「あら、それ学院祭でレラ達の出し物の原作ね」
「うん。まさかここにあるとは」
「有名作だもの。あっても不思議はないわ」
そっかー。そういや何度も舞台化されるくらい、人気だったっけ。おかげで色々なバージョンがあって、統一するのに苦労したわい。
他にも、あの時先生方が言っていたタイトルが一通り揃ってる。……この本を購入してここに並べたの、誰だろう?
「ねえ、コーニー」
「何?」
「ここにある本って、誰が買ってるの?」
「誰って……そりゃあ伯父様じゃない?」
伯爵が、これを買ったってか? 「陽炎の館」も「暁に燃ゆ」も「我が想いは遠き湖に」も「死神と私」も、どれも恋愛ものと言えるのですが。
いや、それだけじゃないけどさ。でも、メインは恋愛っぽいよね。
それを、あの伯爵が?
「ギャップがありすぎて頭が拒否する……」
「ぎゃっぷ、って何?」
「落差かな」
間違ってるかもしれないけど、いーや。
園遊会は、整えられたスワニール館の庭園で行われる。
「その為に着替えとは……」
「そういうものよ」
日中用のドレスだけど、狩猟祭とはまた違う装いだ。しかもこのドレス、今日この時の為に仕立てられたって。何と言う無駄遣い。
でも、お金持ってる層が遣わないと、お金って回らないっていうからね。これも経済効果と思おう。
実際、領内の経済は狩猟祭の時に凄く良くなるっていうしね。領主家だけでなく、招待客や観覧客もお金を落としていくから。
という訳で、招待客には気持ちよくお金を落としてもらう為、今日もせっせともてなすのだ。
「でも、周囲ががっちり固められてるんですが」
「夕べ言ったでしょ? 今回の狩猟祭では、レラが一番狙われているんだから」
おかしい。未婚女性っていう意味なら、コーニーだっているのに。彼女は侯爵令嬢だぞ?
「でも、私はお嫁に行く身だもの。そりゃ実家との繋がりがほしい人もいるでしょうけど、狩猟祭は王家派閥の行事だから」
ああ、派閥内の結婚となると、色々面倒な根回しがいるって事ね。あれ? デュバルも王家派閥じゃないの?
「アスプザット家は派閥のトップ。デュバルは……言っちゃ悪いが、派閥の中ではかなり下。根回しなく、次期当主に求婚しても、許される状況って訳だ」
解説をありがとう、ルイ兄。そうか……つまり、私も実家も軽んじられてるって訳だね?
よっしゃ。来るなら来いや。返り討ちにしてやんよ!
「こら。何殺気出してんだ」
「あて」
ルイ兄が頭はたいたー。せっかくシービスが綺麗に整えてくれたのにー。
「今、園遊会の真っ最中。森で魔物狩ってるんじゃないんだぞ」
「わかってるよ」
「なら、その殺気と闘気を抑えろ」
ちぇー。これでおかしな考えもつ連中、一掃しようと思ったのに。
まあ、ルイ兄にヴィル様、ロクス様が固まっていたら、他の男性陣は近寄ってこれないね。
「こんな端にいたのか」
近寄ってくるの、いました。黒騎士達だ。
「おー、皆してローレル嬢を守ってるのかー」
「こらイエル。大きな声で言うなよ」
「いやいやー、だってあっちの方に、虎視眈々と狙ってる連中がいるからさあ」
「それはそうだが……」
二人の白騎士が言い合ってる。あ、思い出した、ロルフェド卿だ。一人黄色い声をもらえなかった人。うん、ご愁傷様です。
「……何でローレル嬢が哀れむ目でこっちを見てるんだ?」
「さあ?」
仲いいね、白騎士二人。
結局ルイ兄達に加えて騎士三人も私達の側にずっといたから、声をかけられる事はなかった。
その代わり、ダンスは六人全員と踊ったけど。園遊会用の、ホールドがほぼない古いダンスがあるんだよ。いや、ホールドなくて良かったわ。
園遊会の後は、移動遊園地へ。実はちょっと考えてる事があってね。移動遊園地をちゃんと見ておこうと思ったんだ。
「うーん、やっぱりおとなしいかんじだなあ」
キャーキャーいう声が上がるのは、特大ブランコのみ。円形にブランコが釣られていて、中央の塔部分が回るから自分で漕ぐ必要なし。
それなり高いところまで行くから、子供達にとってはスリルがあって楽しいらしい。落ちない工夫もしてあるしね。
観覧車は、思っていたよりも小さかった。あれ? こんなんだったっけ?
まあ、記憶って曖昧だからなー。それに、あれに乗ってた頃ってまだ自分が小さかったし。
「ローレル嬢は移動遊園地が好きなのか?」
「えーとまあ、はい」
いつの間にか、隣には黒騎士。そしてコーニー達はちょっと離れたところで小型の馬を見てる。移動動物園も一緒に来てるんだね。
それはいいけど、何故黒騎士と二人で放置されてるのかな? ……まーいっかー。
「それにしても、狩猟祭に移動遊園地を呼ぶとは」
「以前はなかったんですけど、今代の伯爵になってから呼ぶようになりました。どの乗り物も無料で楽しめるようになってます」
「ではこれらの費用は、全て伯爵家で賄っていると?」
「ええ。ペイロンは普段質素な暮らしをしていますけれど、ここぞという時には金に糸目は付けません」
この移動遊園地を呼ぶようになったのも、大道芸人や芝居の一座を呼ぶようになったのも、今の伯爵になってからなんだ。
それまでは、狩猟祭に連れてこられる子供達は、スワニール館でお留守番だったんだって。
もちろん、領地の子供達にはお楽しみなんかない。観覧で来ている親子連れにもね。
「狩猟祭の招待客も、観覧で来る人達も、家族連れで来る事は珍しくありません。でも、幼い子供は狩猟には興味が持てないでしょうし、女子ならなおさらです。そういった子供達や、普段魔物の恐怖に耐えている領地の子供達の為に、せめて狩猟祭の間だけでも楽しんでもらいたいというのが、伯爵の考えなんです」
「……素晴らしい考えだ」
ふっふっふ、そーだろそーだろ? 伯爵は凄いんだぞー。
「ここでは、色々と考えさせられる事が多い。やはり、来て良かった」
お、珍しくも黒騎士の顔がほころんでいる。そんな表情も出来たんだ。元がいい造りの顔だから、ちょっと笑っただけでもすんごいインパクト。
ミスメロンやダーニルがキャーキャー言う訳だ。
そして、キャーキャーは夜の舞踏会でも起こりました。そういやお嬢さん方も多く来てたね。
中には絶賛嫁入り先募集中な女子も多く、黒騎士や白騎士が大人気。もちろん、ヴィル様もロクス様もルイ兄も人気だ。
「凄いね」
「本当にね」
コーニーと私は、端の方で見物だ。今は伯爵とサンド様、シーラ様が一緒にいてくれるので、面倒な相手からのダンスは全てシャットアウトしてくれてる。いやあ、強力でいいなあ。
「二人は昼間、移動遊園地に行っていたそうね。どうだった?」
「動物園の動物が可愛かったわ」
コーニーは動物園に貼り付いてたもんな。もふもふは正義です。
「レラは?」
「そうですね。色々参考になりました」
「参考?」
ふっふっふ。それはまた後ほど。
女子からの猛攻撃を逃れて、ヴィル様達がこちらに避難してきた。
「参った……」
「いやあ、なかなかどうして、女性は強いよね」
ロクス様、視線がシーラ様にいってますが、それは自分の母親が強いと言いたいんですかね?
ルイ兄も、珍しくぐったりしてる。コミュ力を発揮して、未来のお嫁さんを見つけてきてもいいのよ?
元々舞踏会って、そういう意味もあるっていうしね。
「余所のお嬢さん方の目が凄い怖いわ」
コーニーが言うように、女子達がこっちを睨んでる睨んでる。そんな顔しては、目当ての男子に嫌われるぞー。
まあその男子が一斉にこっちに来ちゃったから、面白くないんだろうけど。舞踏会は始まったばかりなんだから、もうちょっと頑張れ男子。
お、曲が始まるな。ぼけっとしていたら、目の前に手が差し出された。黒騎士?
「ローレル嬢、一曲お相手を」
こう来たか。でも拒否するのもなんだし、一曲くらいはいっか。
初めの曲はワルツ。これ、絶対過去に転生者いたよね、本当に。他にも聞き覚えのある曲が何曲かあるしさ。
そういう足跡を辿るのも面白そー。その前にやりたい事が山積みだけどね。
踊ってる最中は、会話なんかもしたりする。
「魔の森には、銀珊瑚というのがあるそうですね」
「ええ。でもあれは深度六にしかありませんから。採取は難しいですよ」
「なるほど」
もうね、なんで森に珊瑚があるんだよというツッコミは今更だからやらない。貝やサメが森にいるんだから、珊瑚がいたって不思議はない。
きっとこの世界の海には、ペンギンじゃない鳥が泳いでいるんだよ。
銀珊瑚は岩場に棲息していて動かないから、氾濫の兆候でも浅い場所まで出てこない。
じっと獲物を待つタイプの魔物なんだよね。磨くと凄く綺麗だから、高値で買い取ってもらえる品の一つ。
「銀珊瑚が採れたら、あなたに贈らせてほしい」
「……ありがとう、ございます」
それは、知ってて言ってるのかな?
銀珊瑚にはいわゆる石言葉があって、「永遠の愛をあなたに捧げる」ってもの。
だから、プロポーズの際に指輪や腕輪にして贈る人が多いんだ。
もしや、ルイ兄辺りから吹き込まれたかな?
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