第43話 前半戦終了

 狩猟祭も三日目になれば、ちょっと天幕社交もだれてくるというもの。なので、安全を確保した場所での狩猟観覧の日が設けられている。


 ちゃんと日よけの屋根と、座り心地のいい座席、それに流れ矢が当たらないように結界を張る充実ぶり。


 観覧席は、階段状になっていて、上に行くほど序列が高い。遠くまで見通せるからね。


 そして今年は、カメラとスクリーンを使って離れた場所の様子もこの観覧席で見られるというね。スクリーンは、例の幻影魔法の応用だ。


「まさか、幻影魔法にこんな使い方があったなんてね」

「私としては、この短期間で実用までこぎ着けた研究所の連中が信じられませんよ」


 ニエールの寝不足、絶対これ関連だったな。確かに面白いんだろうけどさあ、何も今年の狩猟祭に間に合わせなくても良かったんじゃね?


 来年もあるとは、ちょっと今は言えないのか。だからニエールも根を詰めた……訳ないな。ニエールだもんな。


 目の前の面白そうな術式を完成させるのに、夢中になってただけだわ。


 その甲斐あって、スクリーンには奥様お嬢様方も大興奮だ。


「まあ! 旦那様があれ、あのように!」

「んまあ、宅の息子の勇姿が!」

「あら嫌だわ、お兄様ったら。獲物を逃がしてしまわれて」


 感想は色々だね。そして、仲でも一際黄色い声を集めていたのが……


「キャアアアアアア! ウィンヴィル様あああああ!」

「ロクス様、弓の腕も素晴らしいのね!」

「ああ、ルイ様……私、一生あなたについていきます!」

「ユーイン様あああああ!」

「イエル様も素敵ー!」


 あー、あの五人ですね。一人、名前が挙がっていない人がいるけれど……まあ、頑張れ。


 魔法使用が禁止されている狩猟祭では、獲物を仕留めるのは弓のみと決められている。


 参加者の中には剣の方が得意って人も多いらしいけど、ルールはルールだからね。


 そして、アスプザットの兄弟は弓も上手い。これも魔の森に入っているからなのかね。


 魔法が通りにくい魔物もいるから、弓や剣、その他の物理攻撃用の武器を持って入るのは当たり前だから。私も、剣の使い方をたたき込まれたし。


 ルイ兄も当然、剣も弓も教え込まれている。あの人は物理攻撃の方が得意なんだよね。


 白騎士は魔法専門と聞いていたけど、弓も出来るんだね。黒騎士の方は、騎士団でも使うのかも。慣れた感じだ。


「ペイロンには、素晴らしい技術がありますのね」


 そう言って微笑むのは、華奢な感じの女性。この人、あのゾクバル侯爵の奥方なんだって。あのおっちゃんに、この人かあ。


「おかげで今年は例年とは違う楽しみ方が出来ますわ」


 そう笑うのは、ヘユテリア夫人。ゾクバル侯爵の奥方ユザレナ夫人とは個人的にも親しいそうな。


 タイプは真逆なのにね。人間って、自分にはないものを相手に求めるのかな。


 そんな事を考えていたら、またしても黄色い歓声が上がった。誰かが獲物を仕留めたのかな?


 スクリーンを見たら、おっと、黒騎士か。


 この狩猟祭、人によって温度がまちまち。ガチで優勝狙う人もいれば、接待だしーと力を抜いている人もいる。


 ヴィル様達は、どちらかというと接待モード。まあ、派閥トップの家の兄弟だからね。


 それに、アスプザットはペイロンと一緒で名より実を取る家。狩猟祭は大事だけど、そこで優勝する事にはあまり重きを置いてないんだって。


 それよりは、参加者が気持ちよく参加出来る方に配慮するんだそうな。もてなし側だからこそかなあ。


 ルイ兄も同じ。あの人は次のペイロン伯爵だから余計だね。完全主催者側だもん。


 そして妹分の私は、こうして女性陣のもてなし側に回る、と。


 が、頑張ってる。頑張ってるよー。




 狩猟祭中は、夕食は晩餐会だ。毎日なので、割と胃にくる。それにしても、おっさん率が高いのに、皆よく食べよく飲むよなあ。


 料理に肉多めなのは、狩猟祭で狩った獲物が出る事が多い為。本日は鹿とうさぎだってさ。キツネは毛皮目当てだから食べない。


 鹿肉のパイとウサギ肉のロースト、それに温野菜、スープ、川魚などなど。


 席は毎日替わるから、食堂に入ってみなければわからない状態。意外と初めましてな人と隣り合わせになったりするから、結構気を遣う。


 とはいえ、話題は狩猟祭に合わせておけばいいので、話題を考える必要がないのは楽だよねえ。


 ただ、今夜の席順は納得いかん。


 目の前にはゾクバル侯爵、右隣には黒騎士で、左隣は白騎士その一だ。


 誰だよ席順決めたの! すっごい気まずいわ!


 ……伯爵ですよね知ってます。主催の伯爵だけは常に定位置なので、そっちを睨んだけど離れているから私の思いなんぞ届きやしない。


「おお、このパイの鹿肉、フェゾガンが仕留めた鹿かもしれんな」

「恐れ入ります」

「本日、こやつは鹿を二頭も仕留めたのだぞ。いい腕だ」

「そうなんですねー」


 笑顔が引きつる。右からは「褒めて」という圧を感じるし、左からは笑いの気配を感じるよ。


 どっちにも向けずに、目の前でにやつくゾクバル侯爵とだけ空々しい会話をしていた。


 礼儀に反する? お子ちゃまだから知らないやい。


 晩餐会終了後は、男性女性に別れてそれぞれの時間を過ごす。男性は酒とタバコとカードゲーム。


 中にはチェスのような将棋のようなボードゲームもあるって聞くな。ともかく、その辺りは女子はやるなと言われていてだね……


 女子はお茶とお菓子とおしゃべり。夕飯後にお菓子って、入るものなのかね? まあ、お茶のお供だからがっつりしたものじゃないんだろうけど。


「コーニーとレラはここまででいいわよ。お部屋に戻りなさい」

「はーい」


 コーニーと二人で声を揃えてシーラ様にお返事。コーニーも、社交界デビューはまだだからね。彼女のデビューは来年の二月だ。


 学院生は準成人と見なされるとはいえ、デビューしているのとしていないのでは扱いがかなり違うそうな。


 まあ、晩餐会後のおしゃべりの話題は社交界のものばかりだそうだから、単純に話についていけないよね、って事で免除っぽい。


 今回参加している未婚女性のうち、社交界に出ていないのは私達だけだった。


「皆デビュー済みって訳か」

「そうね。在学生も何人かいたけど」

「そうなの?」

「レラ……気付かなかったの?」


 気付いてませんでした。コーニーに呆れられたー。


「寮で顔を合わせる時もあるでしょうに」


 基本、他人の顔を覚えていないんだよね。苦手っていうか。それに、学年違うと接点ないよね?


 言い訳並べたけど、コーニーは呆れたまんまだった。


 スワニール館の本館は上から見るとロの字になっている。で、表側の三階にあるのが領主の部屋で伯爵が使ってる。


 同じ並びに後継者用の部屋があるから、ルイ兄はそこ。私の部屋は表から見て右側の縦棒の場所にある。コーニー達は中庭を挟んで反対側の縦棒部分。


 本館に滞在出来るのは序列が高い家か爵位が高い家。それ以外は敷地内に散らばる複数の離れに滞在する。


 時刻は夜の九時。寝るにはまだ早いよね、って事でコーニーが部屋に来た。


 シービスがお茶とお菓子を持ってきてくれる。うん、夕飯がっつりだったから、お茶だけでいいかな。


 カップとソーサーではなく、研究所で作ったタンブラーに入れてベッドにごろん。


 このタンブラー、飲み口に工夫がしてあって、倒したくらいじゃ中身がこぼれない。でもちゃんと飲み口から中身が飲める優れもの。


 保温保冷も出来る。当初は森に入る人用に作ったんだけどね……今では普通に部屋で使ってるよ。


「明日は狩猟祭の中日ね」

「そだねー。今回の中間結果、どうなるんだろう?」


 狩猟祭中日には、狩猟そのものはお休みで、全員で楽しめるゲームをする。狩猟場を使った宝探しゲームや、ゲートボール風の簡単ゲームなどなど。


 もちろん、参加せずにチェノアンでゆっくりするもよし、狩猟場周辺にいくつも建てられた芝居小屋で楽しむもよし。


 この時期は移動遊園地も来ているので、領民の子供も大はしゃぎだ。芝居も遊園地も、身分問わずに楽しめるようになってる。


 狩猟祭も中日くらいになると、天幕社交が一段落するのでこういう楽しみが必要になるんだよね。


 それに、招待されていないけど観覧だけする、なんて人達も来てるし。


 そういや、ミスメロンとダーニルもそれだったな……それぞれ家に送り届けられたそうだけど、道中も騒いで大変だったらしい。


 にしても、二人とも黒騎士狙いとは。


「で? どうなの?」

「へ? 何が?」

「ユーイン様よ。今夜は隣だったでしょ?」

「そだね」

「お話しはしなかったの?」

「ゾクバル侯爵とだけ話してた」

「レラ……」


 だって、下手な事を言ったら、即婚約! とかいいそうだったんだもん。ゾクバル侯爵が。


 あの人、なんであんなに黒騎士の肩を持つんだろうね? むさ苦しいおっちゃんが女子のように恋バナにときめく訳じゃあるまいし。


 ……本当にそうなら、気味悪いのでやめていただきたい。おっちゃんはおっちゃんらしく、剣や狩猟の話題にときめいていてくださいよ。


「……レラは気付いていないと思うけど、ユーイン様以外にも色々いるから、明日は気を付けるのよ?」

「どういう事?」

「中日は昼間も夜も、ダンスがあるでしょ? 参加者の中には、適齢期の殿方も何人かいるわ。そういう人にダンスを申し込まれるだろうし、下手したら結婚も申し込まれるかもって言ってるの」

「えええええ!?」


 何で!? どうしてそうなるの!?


「どうやら、派閥の中ではレラがデュバルを継ぐ事が広まってるらしいわ。もう来年には襲爵だから、今のうちに根回ししているのね」


 なんと、そんな事をやっていたのか……


「で、伯爵家の娘ってだけなら、レラは……言い方悪いけどちょっと傷持ちでしょ? でも、家を継ぐとなったら話は別。次男三男にとってはいい獲物なのよ」


 マジかー……


「その、次男三男って、今回多く来てる?」

「派閥の家はどこも家族ぐるみで来てるから、いるわよ、何人も」

「おおう……」

「まあ、場所がペイロンだし、レラが魔の森に入ってるって話はよく知られてるから、力尽くでどうこうしようってバカはいないと思うけど」

「そんな事になったら、再起不能にする」

「程々にね」


 でもそうか……だとすると今夜の席順、その牽制もあったのかな。


 こんな事なら、黒騎士ともっと交流しておけば良かった。顔もろくに覚えていない家の男子より、黒騎士の方がまだましに思える。


 それにしても、襲爵か……今更だけど、気が重いね。

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