第42話 白団長の理由

 二日目の狩猟祭も無事終了。……無事、って言っていいよね? 少なくとも、初日みたいな騒動はなかった。


 自白魔法で聞き出した内容は、録音しておいたのでシーラ様にそのまま提出。ヘユテリア夫人に目で要請されたのは私だけど、こういうのはやっぱり大人がやるべき事だと思うんだ、うん。


 何せ私、未成年ですから。


 そう主張したら、シーラ様に苦笑されました。


 狩猟祭期間中は、私達も全員、チェノアンにあるスワニール館に滞在する。チェノアンって、実質領都扱いなんだよなあ。ペイロンで一番大きな街だし。


 そのスワニール館は、華美な装飾はないんだけど、大きさといい敷地の広さといい、かなり贅沢な造りになっている。


 装飾だって、華美じゃないってだけで直線的で幾何学模様を多用したアールデコっぽい感じ。


 ……これ、造った頃に地球からの転生者が関わってたりとか、ないよな?


 そのスワニール館、領主の家族が使うエリアに私の部屋もある。アスプザット家の部屋もね。


 晩餐会までの空き時間、自室ではーやれやれと思っていたら、シービスが来た。


「お嬢様、ヴィルセオシラ様がお呼びです」

「はい?」


 はて? もう自白録音は渡したんだし、お役御免のはずよね? 何で?


「ああ、じゃあ着替えないと……」

「部屋着のままでよろしいとの事ですよ」


 そんなに急いでるの?


 シービスに連れて行かれた先は、シーラ様の使ってる部屋……ではなく、伯爵の部屋だ。


 もしや、白団長の件って、大事になってる?


「失礼いたします。レラお嬢様をお連れしました」

「入りなさい」


 中から答えたのは、シーラ様。シービスが開けた扉の先には、やっぱり伯爵とシーラ様と……あともう一人。


 ゾクバル侯爵だ。狩猟祭には毎年参加している王家派の重鎮で、確か序列は二位のはず。


 見た目厳ついおっちゃんで、確か伯爵とは年が近かったはず。伯爵とシーラ様の曾祖父の妹に当たる人が嫁入りしている関係で、侯爵にもペイロンの血が入っているって聞いたな。


 普通の子供は、彼の姿を見ると泣くらしい。大柄なのと、目つきの鋭さと、あとは髭が原因かな。


 入り口で固まった私に、伯爵が眉尻を下げる。


「夕食前に、悪いなレラ」

「いえ……」


 伯爵の言葉に、答えを濁したら侯爵がにやりと笑った。


「何をかしこまっておる。ここは非公式の場だ。楽にせい」


 この侯爵とは、こういう場で対するのは初めてだけど……うん、やっぱりペイロンの血を感じるわ。


 とりあえず、立ったままでは何だから、ソファに腰を下ろす。


「レラ、今回あなたを呼んだのは、ベーホルンソン伯爵夫人から聞いた事に関してるわ」


 自白魔法の事かな? それとも、録音魔法の方?


 どっちだろうと考えていたら、予想外の内容が伯爵の口から出て来た。


「実はな、ユルヴィル伯の目的がわかったんだ」


 え? いきなり?


 驚いていると、ゾクバル侯爵が頷いている。んん? もしかして、白団長の狙いはゾクバル侯爵!?


 なんという、無謀な事を……


「そのツラでは、儂が目当てと気付いたな?」

「え? いやあ……」

「よいよい、いい読みだ。もっとも、あやつの方は読みが浅かったがな」


 そう言って豪快に笑うゾクバル侯爵。本当に、何がどうして白団長はこの人に狙いを定めたんやら。


「白……ユルヴィル伯は、侯爵閣下に何を求めたんですか?」

「派閥の鞍替えよ。鼻で笑ってやったわ」


 あちゃー。本当に無謀だわ。


「まあ、なかなかに魅力的な条件を申し出ておったがな」

「ほう? どのような条件か、伺っても?」

「構わん。ユルヴィル家の領地には、良質な魔法銀を産出する鉱山が多くあるだろう? そこの権利をよこすと言ってきおったわ」

「領地の鉱山の権利を? 正気ですか?」

「まあ、口約束かもしれんがな」


 魔法銀は産出する鉱山が少なく、単価がとても高い金属。魔力をよく通すので、魔法回路に使われる素材だよ。


 研究所で作る道具にも多用している。もっとも、研究所では、銀から魔法銀を作ってるけどねー。製法は内緒だ。


 で、その魔法銀の鉱山、何故かユルヴィル伯爵領に多いそうな。家と鉱山の関係性は……多分、ある。


 ただ、これを言っちゃうと魔法銀の製法を暴露するようなものだから、言えない。よい子の私は、口を閉じておくのだ。


 とりあえず、ここで私が知っておくべき事は、白団長の目的は王家派閥の重鎮ゾクバル侯爵の派閥の鞍替え。その見返りに、自領の鉱山の権利を持ち出した。知ったからどうって事はないけど、情報は力になるからね。


 それにしても……着眼点は間違っていないのかもだけどさ、相手が悪いわ。筋金入りの王家ラブな家だぞ、ゾクバル侯爵家って。


 宮廷に出入りしてれば、そのくらいわかりそうなものだろうに。案外、白団長はそういう事を教えてくれるお友達がいないのかな?


「それにしても、鉱山の利権は大きいでしょうが、それだけでよくレヴァン卿を鞍替えさせられると思いましたね」


 伯爵の言葉に、ゾクバル侯爵レヴァン卿が苦い顔をする。おりょ? どうかしたのかな?


「実はな、儂と親父殿の事を絡めて、話をしてきおった」

「前侯爵閣下ですか?」

「知っての通り、儂と親父殿は少々……いや、はっきり言うか、大分仲が悪い」


 あ、ぶっちゃけた。


 侯爵家の親子仲の悪さは有名らしく、特に隠してる事でもないみたい。いや、普通は隠すんじゃないの? 醜聞だよね?


「やつの家もそうらしく、そこを突けば儂が動くと思ったようだぞ」

「浅はかね」

「まったくだ。大体、儂と親父殿の諍いは、やつの家のそれとは大分違う。一緒にされるのも腹立たしいわ」


 侯爵、怒ると顔が怖くなるので抑えて抑えて。それだけ、白団長の勧誘にイラッとしたんだろうけど。


 あの人、人を苛立たせる才能だけはあると思うんだ。


 怒る侯爵を伯爵が宥めていると、ふと何かを思い出したように、ゾクバル侯爵がにやりと笑った。


「まあ、奴の目の前で鞍替えを断った時は、そこそこ見物だったがな」

「何て言って断ったんです?」


 興味本位で聞いてみた。そしたら……


「何、奴の顔を見て『お前が嫌いだから断る』と言っただけだ」


 おうふ。いつかどこかで聞いたような内容だ。見ると、伯爵は噴き出してるし、シーラ様は俯いて笑いをこらえている。


 ええ、私も同じ事、言いましたからねー。白団長、好き嫌いで断られるの二回目、おめでとうございまーす。




「それにしても、ユルヴィル伯爵の行動、中立派の意向かしら」

「それはないな」


 シーラ様の疑問に、ゾクバル侯爵が答える。そのこころは?


「派閥の意向なら、見返りも派閥に関するものであるべきだ。だが、奴が用意した見返りは自領の鉱山利権。どう考えても伯爵の独断だ」


 なるほどー。そういう考え方をするんだ。


「第一、中立派は我等が王家派や対立している貴族派のようにまとまってはおらん。派閥の鞍替えと称して、自分の家に助力させようとしておったのだろうよ」


 せこ。だったら、最初から派閥鞍替えじゃなくて、うちを助けてーって言えばいいのに。貴族の家は、それをなかなか言えないらしいけどね。


 これでゾクバル侯爵家とユルヴィル伯爵家に強い繋がりがあれば別だけど、そうでないなら助けを求めた家の方が一段下に見られるんだって。


 だからこそ、万が一に備えて貴族の家は婚姻などで繋がりを強めるし、派閥を作る。一つの家だけでやっていけるところは、ほぼないんだって。


「……今回の白団長の動き、中立派が知ったらどうなるんでしょうね?」

「……その、白団長というのは、ユルヴィル伯爵の事か?」


 あ、やべ。気が抜けてつい。伯爵にも「こら」って小声で怒られたけど、侯爵の方は笑ってるよ。


「そういえば、あやつは白嶺騎士団の団長を務めておるな。よいよい、ここは公の場ではないのだし、何も間違ってはおらん」


 本当、この侯爵閣下は豪快だよ。




 さて、狩猟祭への参加をごり押しした結果、白団長は目的を達するどころか相手のゾクバル侯爵に嫌われちゃった訳だけど、残りの日数、参加するのかな?


 私の疑問に、ゾクバル侯爵が答えてくれた。


「尻尾を巻いて逃げ帰っても、笑われるだけだから残るだろうよ」

「貴族って、大変ですね」

「お前も貴族だろうが」


 そーですね。それっぽい生活を殆どしていないから、ついうっかり忘れそうになるよ。


「そういえばお前、フェゾガンの倅に求婚されたそうだな?」


 げ! どこで聞いたんだその話!


「で? どうするんだ? 受けるのか?」

「受けませんよ!」

「何だ、シーラに聞いたら来年まで返答はお預けだそうじゃないか」


 ぐぐぐ。シーラ様を見れば、にこやかな顔でこちらを見ている。


「いや、相手の事、よく知りませんし……」

「これからの一年で知っていけば良かろう。それとも何か? あの倅じゃあ不足だと?」

「そういう訳では……」


 嫌に黒騎士を推してくるなあ。侯爵と黒騎士、何か繋がりがあるの?


「フェゾガンの倅を婿に迎えれば、ユルヴィルの奴の鼻を明かせるぞ?」


 そんな理由だけで結婚決められるかあああああ!

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