第41話 天幕社交は色々ありまして
天幕社交の現場からシーラ様に連れられて、狩猟場の外周に設けられている観覧エリアにきた。
ここ、狩猟祭を見に来た人の為に用意されてるんだけど、狩猟の現場は当然見られない。流れ矢とか当たったら大変だからね。
それに対して毎年不満を言う観客がいるんだ。今年もそれなのかと思ったら、ちょっと違ったらしい。
「どうして私が中に入れないのよ! お父様に言いつけるわよ!」
「私はデュバル家の娘なのよ! 早く案内しなさいよ!」
何故ここにいる、ダーニルとミスメロン。どっちか一方でも頭痛いのに、何で揃って来やがるんだお前ら。
あー……警備に就いてるペイロンの私兵達の顔が、どんどん険しくなっていく。
ペイロンって、常に魔物の脅威にさらされ続けている場所だからか、結束が固いんだ。
特に志願制の私兵は、故郷愛に溢れている者がなる。当然、王家派のみならず、ペイロンをこけにし続けているデュバルは皆大嫌いなんだよなあ。
私は三歳からここで育っているし、何より家から捨てられた身。おかげでここに受け入れられてるけど、ダーニルは無理でしょ。思い切り家の名も出してるし。ここでその名を出すのは逆効果だよ。
それに、ミスメロンって社交界追放じゃなかった? あ、それは乙女ゲーヒロインの何とか男爵令嬢か。ミスメロンは退学食らっただけだった。
でも、貴族なら誰もが入る学院を退学って、大分評判落とすよね。本来なら、恥ずかしくて表に出られないーとかいうべきなんじゃないの?
元気に余所の領にまで来て、お父様に言いつけるはないでしょうよ。
「……噂には聞いていたけれど、酷いわね」
そらシーラ様も頭抱えたくなるわな。どっちも面倒な存在だもん。
ミスメロンの方は父親が厄介。ダーニルも、ある意味父親が厄介かな。ミスメロンの父親、ナリソン伯とは違う方向でだけど。
「レラ、あの様子、何かで保存出来て?」
「出来ますよー」
カメラと録画機器は、以前作ったのがある。最初の目的は防犯用だったんだけど。そういや、学院で証拠に使ったっけ。
「そう。ではあの二人の様子、こっそり保存しておいてちょうだい。後で使うわ」
後で、なんですね。シーラ様の笑顔が怖い。コーニーは天幕に置いてきて、私は連れてきたのって、そういう意味だったんだ。
ちょうど狩猟祭の様子を録画しておこうと思って、録画メディアになる魔力結晶はたくさん用意してある。
側にいる兵士に頼んで、三つばかり持ってきてもらった。てか兵士、何故君の腰にある袋から魔力結晶が出てくる?
「こんな事もあろうかと、全員が三つ程所持しております!」
誰だそんな用意周到な事考えたの。ああ、ロクス様ですかそうですか。おかげで楽出来るからいいや。
物陰からこっそり二人を録画してるんだけど、まあ同じ事を口にして騒ぐ騒ぐ。
「いい加減になさいよ! 私はナリソン伯爵家の娘なのよ!? お前達ごとき平民なぞ、いくらでもクビに出来るんだから!」
余所の領の人事にまで首突っ込めませんよー。特にペイロンはナリソンと直の取引ないはずだし。
「私はデュバル家の娘だって言ってるでしょ! 早く入れなさいよ!!」
お前もいい加減気付けダーニル。家に招待状来てなかったでしょ? てか、実父はどうした? まさか単独で来たの?
録画中なので、口には出せないけどなー。
「ああもう! 早くなさいよ! でないと、ユーイン様の勇姿が見られないじゃない!!」
「ちょっと! あんたもユーイン様狙いなの? 許さないわよ!」
「まあ、一体、誰が、誰を、許さないと言ってるのかしら? たかが田舎の伯爵家、しかも庶子風情が図々しい」
「な、何ですってえええええ!?」
いや、ダーニル、それ私の台詞。あんた、第三王子狙いじゃなかったの? まさかの黒騎士狙いかい。ミスメロンは、まだ諦めてなかったんだ。
にしても、あんたの家も伯爵家でしょうが。家格だって……あー、でも今なら実家の方が下がってるかー。
でも、ナリソン家も他ならぬミスメロンの失態により家格が下がってると思うんですけどー。あ、下がってるのは家格じゃなくて評判か。
今にもキャットファイトを始めそうなところで、シーラ様からの声が。
「保存は出来ていて?」
「バッチリです」
「そう。ならもういいわね。そこの二人を捕縛なさい!」
「は!」
シーラ様の命令にすぐ反応した警備の兵士達は、あっという間にミスメロンとダーニルを囲んで観覧エリアを後にした。
何か連れて行かれる最中も「ユーイン様ああああ!」とか「フェゾガン様あああああ!」とか叫んでるのが聞こえる。元気だなあ……
狩猟祭初日は、とんでもない騒動で終わった印象。あ、録画メディアはシーラ様にちゃんと提出しておきました。
何に使うかは、聞かないでおいた。
結局、あの二人は捕縛後すぐにそれぞれの家に送り届けられたってさ。例の録画と共に。
どうやら「後でガタガタ抜かすと、出るとこ出てこの映像見せっぞ」と伝えたらしい。いや、それ脅し……まあいっか。迷惑行為抑止と思えば。
ちなみに、ナリソン伯爵家は型どおりの伝言で済ませたそうだけど、デュバル家はそうはいかなかったそうな。
積もりに積もったあれこれを、使者として立った分家当主が嫌味満載で実父に伝えてきたってさ。お疲れ様です。
ダーニルのやつ、しばらくおとなしくしていたからもう大丈夫かと思ったのに。忘れた頃にやってくるなんて、天災のような奴だなもう。
狩猟祭の勝敗は、開催期間中の七日間に、いかに高ポイントを取ったかで決まるそうな。
狩った動物の数もそうだけど、狩る動物の種類によってポイントが違うので、ウサギ二匹よりキツネ一匹の方が高ポイント、なんて事もある。
なので、慣れていてかつ優勝を狙う人は七日間の配分を一番大事にするんだって。
以上、ロクス様情報でした。
そんな狩猟祭二日目、またしてもとんでもない客がきた。昨日とは思いっきり種類が違うけど。
やってきたのは、第二王子。何せこの行事、「王家派」の重要な行事だからね。王家としては、自分達をもり立ててくれる派閥の催しものだもの、そら大事にもするわな。
という訳で、去年までは王弟殿下やら王太子やらが来ていたけど、今年は第二王子が来た。
格が下がってんじゃねえの? とか言わない。王族、それも直系が参加しているというのが大きいのだ。
まあ、ぶっちゃけると、ただいま王太子殿下は南の小国群を外遊中なんだよね。だから来られないってだけ。
その辺りはヴィル様から愚痴を聞いたから、確かな話。王太子殿下、ヴィル様も外遊に同行させようとしたんだって。
でも、ヴィル様本人とサンド様、それになんと国王陛下からも待ったがかかったらしい。
その結果、王太子殿下は泣く泣く外遊に出たそうな。
……二人って、そういう関係じゃないよね? 殿下には婚約者いるし。違うよね?
第二王子は狩猟に参加しないのかと思ったら、しっかり参加するらしい。そして、彼は自身の婚約者を同行している。
あの、べーチェアリナ嬢だ。彼女は当然、天幕社交に参加している。しかも、序列は最上位。王家に入るお嬢様だから、当然っちゃあ当然。
そして、もてなしは最上位から始まるので、シーラ様とコーニー、そして私も同じ天幕にいる。それも私は同じテーブル。
「お久しぶりね。元気でしたか?」
「ご無沙汰しております。ええ、おかげさまで健やかに過ごしておりますよ」
べーチェアリナ嬢、こうして見てると落ち着いていて、さすが高位貴族家のお嬢様って感じ。
あの学院の食堂で酷く怒っていたのは、大事なお友達が酷い目に遭わされていたからか。
周囲の奥様やお嬢様方とも和やかに会話し、うまく社交をしている。もしかして、同じテーブルにされたのは、少しは見習えという事でしょうか、シーラ様。
脳筋には酷ですよ。
「今回は、ユーイン卿やイエル卿も参加しているのですってね」
おっと、いきなり黒騎士達の名前が出たぞ。そういや、あの騒動の時二人とも王太子殿下と一緒だったね。ヴィル様もだけど。
「ロルフェド卿も参加なさってますよ」
さりげなく、もう一人の白騎士の名前も出しておく。いや、何か黒騎士の事を言われると、色々突っ込んで聞かれそうで……
「シイヴァン様の友人として、参加なさってるのよね。あの方、本当に交友関係が広くてらっしゃるわ」
ほほほ、と笑うのは、派閥の序列三位のラビゼイ侯爵家の奥方、ヘユテリア夫人だ。
ふくよかな体型だけど目が鋭い。抜け目ないって感じで、この人の前だと気が抜けないんだよなあ。
「そうそう、友人といえば」
一拍間を置いて、ちらりとこちらを見てきた。何だ?
「ベーホルンソン伯が連れてらした方、白嶺騎士団団長のユルヴィル伯爵よね?」
そこかー。
「ユルヴィル伯というと、魔法の大家ですね」
「ええ、べーチェアリナ嬢もご存知の通り、白嶺騎士団の団長を何人も輩出してきた家ですわ。他にも高名な魔法士の名が多く挙がります」
「ベーホルンソン伯と、親しいのかしら……」
「特にお付き合いがあるとは、聞いた事がないのですけれどねえ」
ベーホルンソン伯爵家は、序列的に中の中。つまり、この天幕ではなくもうちょっと離れたところの天幕に夫人がいる。
これはーそっちの天幕に行った時に、夫人に事情を聞いてこいという事ですよねええ。
しかも、シーラ様が同じテーブルにいない時を見計らって。相変わらず、ヘユテリア夫人は抜け目ねええええ。
まあ、話題の一つとしてあげればいいだけだから、そんなに難しくはあるまい。おそらく、ヘユテリア夫人もシーラ様と一緒なんだ。
そろそろ社交をお勉強なさい、って。
だから! 脳筋にそれを求めるのは酷なんですってば!
天幕社交は、当たり前だけどそれぞれの天幕ごとに行われる。天幕間の移動が許されているのは、もてなし側だけ。
つまり、シーラ様、コーニー、そして私。メンツ、おかしくね?
まあ、その辺りは置いておいて、ヘユテリア夫人に押しつけられたミッションを遂行しないとならないのは、すんごいプレッシャーだわ。
「レラ、顔が酷いわよ」
「コーニーが酷い事言う」
顔が酷いって。そこはせめて顔色が悪いとか言おうよ。表情が暗くなってる自覚はあるから、酷いと言われても納得しそうになるけど。
「ヘユテリア夫人に、何か言われたの?」
ギク。シーラ様、鋭い。
「ベーホルンソン伯爵夫人に、ユルヴィル伯爵参加の裏を聞いてこいと」
「あの方らしいわ。で? どうにかなりそう?」
「打つ手なしでーす」
だからね、脳筋にそんな頭脳戦を期待しないでほしいのよ。
でも、シーラ様は甘やかしてはくれなかった。
「何とかなさい」
「うえ……」
「別に正攻法でなくともいいわよ? 得意の魔法を駆使してみたら?」
え? どういう事?
訊ねようとシーラ様を見たら、コーニーと二人で大変いい笑顔でこちらを見てるんですけど。怖い。
「大丈夫。ベーホルンソンなら序列は中の中だから」
「あらお母様。今回の件で序列は落ちるのではなくて?」
「可能性はあるわね」
わー、派閥内のあれこれって怖ーい。
でも、魔法か……使っていいなら、使っちゃおうっと。
件のベーホルンソン伯爵夫人がいるのは、最初の天幕から数えて三つ目。本当に序列の中間の家が集められたところ。
「皆様、今年もようこそおいでくださいました」
天幕入ってすぐ、シーラ様が笑顔でご挨拶。天幕にいた奥様お嬢様方も、椅子から立って一礼。
シーラ様はアスプザット侯爵夫人。身分からも派閥内序列からもかなり上の人だもんね。
さて、ヘユテリア夫人からの要請を話したせいか、私はベーホルンソン伯爵夫人と同じテーブルに配置された。
軽くご挨拶したのち、悪いけどこのテーブル全体を覆うように軽く結界を張る。それから、全員に自白効果のある術式を使った。
何故全員かっていうと、一人だけに使ったら違和感出ると思って。この術式、使ってる最中とその前後の記憶が曖昧になるんだよねえ。
さて、術式が完全に行き渡ったところで、質問開始。
「ベーホルンソン伯爵夫人にお尋ねします」
「はい……」
夫人は目がうつろだ。これ、周囲から見られたらおかしく思われるだろうけど、他に二つあるテーブルでは、シーラ様とコーニーが場を盛り上げて注意を逸らしてくれている。ありがたや。
「ご主人とユルヴィル伯爵は、どういうご関係ですか?」
「夫と……ユルヴィル伯爵……我が家の、次男ラジェールが、白嶺騎士団に入団しました関係で、お付き合いさせていただいています」
何と、そんな繋がりかい。まあそりゃあ、息子が世話になってる相手なら、いっちょ有名な行事にお誘いしちゃおうかなーなんて思ったりするかもね。
「では、ベーホルンソン伯爵がユルヴィル伯爵をお誘いしたんですね?」
ベーホルンソン伯爵夫人は、うつむき加減で何か考え込んでいる。あれ? 自白術式が効いていたら、考え込むなんて事、ないはずなのに。
よく見ると、夫人の手が震えている。あ、これ考え込んでるんじゃなくて、術式に抵抗してるんだ。夫人は、魔力が多めなのかも。
魔力量が多い人って、大抵魔力抵抗力も高いっていうから。私がいい例だね。
もう少し術式を強める必要があるかなあと思っていたら、夫人が俯いたままぽつぽつと話し始めた。
「六月の頭頃に、ユルヴィル伯が我が家を訪ねていらっしゃいました。その際、夫と二人で何やら話し合っていました。私がその内容を知ったのは、少し後です」
二人だけで? ない訳じゃないけど、息子を通じた繋がりだよね? そういう場合はオープンな付き合いだから、夫人も同席するのが普通のはず。
もちろん、白団長側も妻同伴が基本。男性だから一人で訪問してもマナー違反にはならないけど。
「ユルヴィル伯がいらしてから連日悩む夫に、いても立ってもいられなくて話し合いの内容を問いただしたのです。そうしたら……」
「そうしたら?」
「狩猟祭に参加出来るよう、手配を頼まれたと」
じゃあ、白団長側から言い出したって事? 六月の頭に? まだその頃は、森に兆候は出ていなかったはず。
つまり、白団長は森が氾濫する兆候があってもなくても、今年の狩猟祭に参加する気でいたって事?
「それを、受けたんですね?」
ベーホルンソン伯爵夫人は、無言で頷いた。
「そうしなければ、ラジェールに何が起こるかわからないと言われて」
脅したのか白団長。本当、ろくな事しないおっさんだな。これも、後で伯爵達に話しておかないと。
それにこの内容、そのままヘユテリア夫人に話していいのかね……後でシーラ様に確認しておこうっと。
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