第40話 狩猟祭、開幕
ペイロンは夏真っ盛り。国土の北にある割りには、夏は暑い。しかもじめっとした暑さ。魔の森のせいかね?
何せこの森、広いしデカい木が多いし、何なら木も魔物だし。そこから吐き出される湿気は凄いんだ。
この時期は特に森の奥の方では毎日のように雨が降ってるし、雷も鳴ってる。雨雲がろくに移動しない当たり、やっぱり魔の森だよなあ。
そして、大量に降った雨、どこにいったんだろうね?
「はー、今年も暑いねえ」
「そうね。毎年、狩猟祭の時期はこうよね」
ただいま、コーニーと二人で明日から始まる狩猟祭用の衣装合わせをしております。
狩猟祭に私達は関わらないけど、男性陣が狩猟をしている最中、女性陣は天幕で別の社交をする訳だ。
で、社交界デビューはしておりませんが、ここでも学院生は準成人扱いが出てくるのよ。
コーニーは去年から、私は今年から天幕社交に参加する。ある意味、プチ社交界デビューだね。
あー、いらねー。
さすがに祭りが目前に迫っている関係か、ただいま魔の森へは誰であろうと立ち入り禁止。広場も閉鎖されて、警護が厳重になっている。
前にいたらしいよ、酔っ払った馬鹿が人の目を盗んで森に入り込んだって事件が。
当然、その馬鹿は既にこの世にいない。魔の森舐めるな。
その事件が起こったのは、当時の狩猟祭期間の真ん中当たりだったそうで、その年は異例の中止に追い込まれたそうな。
人死にが出ちゃ、そうなるよなあ。
で、それ以来同様の馬鹿が出ないよう、森は閉鎖されて広場の警備が厳重になった。
期間は狩猟祭の前後三日を含めて十三日間。その為、閉鎖されるまでは、いつもより多めに魔物を狩っておくのだ。
いやー、大猟でした。奥から出てきた魔物も大分数を減らしたみたいで、その後は深度に合わせた魔物しか出て来ていない。
この予兆、波のように来るそうだから、また奥から押し出された強力な魔物が浅い深度に出てくるだろうって。
でも、夏が終われば私は王都。ああ、こっちに残ってあれこれ狩りたいいいいいい!
「レラ、眉間に皺が寄ってますよ」
「はーい」
ヴァーチュダー城の奥で、身内だけの夕食時。明後日はとうとう狩猟祭だ。
去年までは、こそこそ隠れて覗いていたんだけど、今年からはもてなし側だもんなあ。正直、うまくやれる自信はない。
でも、シーラ様によると『未成年なんだから、失敗しても大目に見てもらえますよ。それより、ここで失敗をしてきちんと学んでおいた方がいいわ』との事。えー……
一応、今年二月の舞踏会で顔は晒してますが。あれはかなり招待客を絞った場だったそうだから、今年初めて狩猟祭に参加する私を待っている婦人方もいるんだって。なんで?
「そういった方々は、レラがデュバルを継ぐ事を知っている方達なのよ」
「お母様、レラが家を継ぐ話は、まだ内緒なんじゃなかったの?」
「表向きはね。でも、どうしても漏れるし、それに派閥内での調整はしておかないと大変だもの。夫君が知れば、その夫人も知るものよ」
夫婦で情報共有って事ですね。貴族の夫婦って、ただ家族ってだけでなく、共に戦うパートナーって意味合いも強い。
夫は男性社会で、妻は女性社会で家の為に動く訳だ。そして、それが出来ない家は没落していく。私の実家のように。
「そういえば今回の狩猟祭、デュバル家は招待しているんですか?」
ルイ兄の質問に、ぴくりと肩が動く。その問題もあったかー。
実は、デュバル家は私が覚えている限り、狩猟祭には参加していない。それもまた、派閥内での地位を悪くしている要因でもある。
まあ、あの実父に狩猟が出来るとは思えないけど。思い切りメタボ体型ですからねー。
一応、若い頃はそれなりの体型だったらしいけど。
ルイ兄の質問に答えたのは、伯爵だ。
「いや、今年はあえて招待していない。レラがうちに来てから、一度も参加していないしな」
え? じゃあざっと十一年くらい参加していないの? ……やばくね?
さすがに『狩猟祭に参加しなかったから、お前ハブな』、という程単純ではないけれど、付き合いって大事だって聞いたよ?
「いてもいなくても同じでしょう」
「長い事参加していないのではね」
「下手に招待なんかしたら、あの鬱陶しい娘を連れてきそうだから、ちょうどいいわ」
アスプザット兄妹、ばっさりです。
「鬱陶しい娘?」
ルイ兄が首を傾げている。そっか、ルイ兄はダーニルを見た事ないんだっけ。
「私の腹違いの……妹? の事」
「ああ、例の。いや、さすがに庶子を連れてくるのはダメだろう」
まあねえ。色々と言いたい事はあるけれど、この国の貴族家における庶子の扱いって、かなり悪いから。
まず確実に爵位は継げないし、相続も出来ない。貴族男性と庶民女性の間に生まれたら、確実に母親の手元で養育され、庶民として生きて行く。
まあ、私と同じ名前をつけて、ほどよいところで入れ替えようともくろんでいたっぽいんだけど。
バレないと思ったんだろうか。だとしたら、すんごく頭悪い。
狩猟祭初日、天気はからっと快晴だ。この時期、魔の森以外のペイロン領では雨はほぼ降らない。
「おお、青い空」
「これだけ天気がいいと、暑くなりそうね」
「だね」
コーニーと小声で話しながら、ちらりと参加者の方を見る。
ルイ兄の隣には、何故か黒騎士と白騎士二人がいる。いや、彼等三人はルイ兄の友人という枠で参加してるんだけど。
狩猟祭は、招待枠以外にも直前で参加する方法がある。それがこの「友人」枠。
つまり、招待客のお友達なので、一緒に来ちゃいましたーって枠だ。参加者一人につき、大体三人までは認められている。
ただし、宿泊施設には限りがあるので、連れてきた招待客と同室になるけどな。それもちゃんと、事前通達がなされている。
てか、招待されている家は既に何度も来ているので、このシステムの事は熟知しているけどね。
で、例の三人は、ルイ兄が自分の友人枠で参加させてる。おかげでヴィル様の機嫌が悪い悪い。
しかも、やっぱりいたよ白団長。あの人も、参加者の友人枠で狩猟祭に参加になったんだって。
誰だよ? 白団長を「お友達」枠で参加させたの。
狩猟祭は、開催の言葉を伯爵が行い、すぐに狩猟が開催される。場所は魔の森とは別の、人の手が入ったレフヤベックの森。
近くには、領都チェノアンがあり、狩猟祭中はそちらにある領主館スワニール館に滞在するんだ。
スワニール館は敷地も広いし館も大きい。しかも綺麗。そして、敷地内にはいくつもの離れが点在している。
大人数を収容出来る為、狩猟祭に参加する人はこのスワニール館に滞在だ。私達も、祭りの期間はこっちに移動。
ちなみに、スワニール館に滞在出来るのは参加者のみ。観覧者は領都の宿屋にどうぞ。
その観覧者は、森の一部までは入っていいって事になってる。ちゃんとロープを張って兵士を配置して、これ以上入っちゃだめよなラインを設けているよ。
ここに魔法を使わないのは、何でなんだろうね。
さて、男性陣が狩猟を楽しんでいる間、私達は天幕で女性陣のおもてなしだ。皆様、既にいくつも用意された天幕の中で歓談中です。
この天幕、派閥の序列が関係してくるので、人員配置は毎年胃が痛くなるそうな。
やっているのはシーラ様。本当ならペイロン夫人の仕事なんだけど、伯爵は独身だからね……
「ルイが結婚したら、やっと私の肩の荷が下りるわ」
とは、シーラ様の言。そだね。ルイ兄の奥さんになる人が、今シーラ様がやってる仕事を引き継ぐんだなー。
頑張れ、ルイ兄と未来の奥様。
コーニーは同じ天幕だけど、別のテーブルでおもてなし中。私とシーラ様は、もう少ししたら別の天幕に移動だってさ。
ちなみに、今いる天幕は序列が一番上の家の方々が揃ってる。参加してるのは、皆様シーラ様とほぼ同じくらいの年齢の方達。
彼女達は夫や息子と共に、この狩猟祭に来ている。中には娘も参加している人がいて、並んで席に座ってるよ。
母親の方はもちろん、娘の方も気合いの入った装いだ。華美になりすぎない衣装と装飾品、髪型の合わせ方は、さすがだね。
高位貴族にもなると、センス良く服や小物を合わせる侍女を専門に雇うっていうからなあ。
誰が選んだかはしらないけど、装っている本人にとても合っている。
そんな娘さん達は、しきりに天幕の外を気にしている様子。さっきの騒ぎ? いや、その前からか。
天幕は入り口が大きく開けられていて、森での移動の様子が遠目に見ることが出来る。
うん、娘さん達が見ているの、参加者達だね。ここって、派閥内の大お見合い会場でもあるのかー……
多分、余所の天幕も同じなんだろうなー。一番人気は、やっぱりヴィル様かしら? ああでも、ルイ兄も人気高いと思うんだー。
ただなあ、あの人誰とでも仲良くなれるけど、そこまでなんだよね。特別がいないっていうか。
ちょっとルイ兄の未来が心配になってきましたよ、妹として。
そんな事をつらつら考えていたら、何やら天幕の外が騒がしくなってきた。
「まあ、何かしら」
「観覧席の方角からですわね」
ご婦人方も気づき、ちょっと落ち着かない。
「シーラ様、見てきますか?」
「いいえ、あなたはここにいなさい。誰か」
ダメだって。代わりに側に居たメイドに声をかけ、外を見てくるように指示を出した。
ちぇー。それを口実にここから逃げようと思ったのにー。
メイドはすぐに戻ってきて、シーラ様に耳打ちする。あれ? シーラ様が驚いてるよ。
どうしたの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます