第39話 色々と面倒臭い
私がデュバルを継ぐ事、それはもう国王も了承済みだという事。そこからこれは確定事項で、動かせない事などをヴィル様がルイ兄に説明した。
「それと、これは父上が王宮で前ユルヴィル伯ラケラル卿から聞いてきたんだが、今回のヘリダー卿による引き取り申し出、あれはヘリダー卿が一人で動いているものらしい」
おおっと。自分の父親であるラケラル卿にも、了承を得ていないとは。
あ、その人は私の母方のおじいちゃんでもあるのか。会った事ないから、実感わかないや。
それくらいなら、分家の先代達に当たるじいちゃんズの方が、よっぽど身近だね。年寄りなのに、そろいもそろって筋肉自慢をするじいさん達だけど。
「まあ、前当主殿が隠居しているのなら、それもありだとは思うが……」
「だが、身内に周知していないのは、おかしくないか?」
「……」
親族だったり、派閥内でも特に親しく付き合ってる家とかには、養子なり離れていた子を引き取るなりする時に周知するもの、らしい。
その後の付き合いとかも関係してくるから、当然っちゃあ当然だね。
でも、現ユルヴィル伯はそれをやらなかったんだ。色々勘ぐっちゃうぞ。
「……ラケラル卿の承諾を得ていないという事は、ユルヴィル家も一枚岩ではないという事だよな?」
しばらく考え込んでいたルイ兄は、ヴィル様に確認してる。その質問に、ヴィル様は大きく頷いた。
「実際、ヘリダー卿の子息カルセイン卿から、レラが手紙をもらっている」
「はあ? カルセインから? ……って、そういやあいつ、ユルヴィル家の一人息子だっけ」
そうなの? そういえば、ルイ兄はヴィル様と同い年で、一緒に学院を卒業した身だ。同年代の事は知っててもおかしくないんだっけ。
ヴィル様がわざわざカルセイン「卿」と言ったのは、付き合いがない証拠だな。
逆に、名前でそのまま呼んだって事は、ルイ兄はカルセイン卿と付き合いがあったんだ。
ルイ兄、コミュ力お化けだもんな。誰とでも仲良くなれる人だよ。
「カルセイン卿は、父親のヘリダー卿を追い落としたいらしい。その助力を、レラに頼んできた」
「……何故、会った事もないレラに?」
「レラ本人に、というより、こうしてレラから話を聞いた我々に、じゃないのか?」
ああ、なるほど。本命はペイロンなりアスプザットの家で、私は釣り餌のようなものか。
未成年者にあんな手紙を渡せば、当人が判断せず親なり保護者に相談するはず。そこまで考えてのあの手紙?
私の従兄弟って……
「だが、レラの魔力があれば、ヘリダー卿を追い詰める事も出来るかもしれないぞ?」
「まだわからん。何せ『あの』ユルヴィル伯爵家だ。魔法に長け、数多くの高名な魔法士を輩出した家だ。先程ロクスも言った通り、門外不出にしている術式も多いと聞く。レラの魔力を封じる術がないとも限らない」
おお、それは困る。魔法を封じられちゃったら、ただの非力な少女だよ。
……一応、剣も使えるけどな。だって、ペイロンにいて魔の森に入るには、物理攻撃もある程度出来るようにならなきゃダメって言うんだもん!
こんな面白……興味深い森があったら、入りたいじゃない!
それに、ちょっと前までは森を抜けて向こう側の国まで行こうと思ってたしさー。今はある理由でちょっと考え直してるけど。
「それにしても、これ、ただのユルヴィル家のお家騒動じゃないか? そうなったら、外側から手を出すのは礼儀に反するぞ?」
どうも、家の跡継ぎを巡る騒動などに他家が関わるのはよくない事、として社交界では嫌われるらしい。
ちなみに、法整備はされていないので、関わったところで法的に裁かれる事はない。
でも、貴族の世界って慣習の方が法を上回る事も多いっていうしなあ。それもどうなのよとは思うが。
「ともかく、今のところラケラル卿はこちらに助力するという事だ。もっとも、あまり期待は出来ないけれどな」
これにはルイ兄も納得してる。
「隠居の身じゃあな。でも、息子のヘリダー卿よりラケラル卿の方が顔が広いんじゃなかったか?」
「その通り。中立派どころか、王家派や貴族派にも付き合いがある。これは家というより個人の付き合いだな。ラケラル卿は、人望のある方だから」
……暗に、白団長の人望がないって言ってますよー、ヴィル様。事実なんだろうけれど。
何せ直属の白騎士達にさえ、慕われている様子がないし。カルセイン卿からの手紙を、白団長に内緒で私に渡す辺りからも窺えるよ。
「ラケラル卿に期待するのは、ユルヴィル家関連で反ヘリダー卿の家や人物をまとめてもらう事だな。これにはカルセイン卿も含まれる」
つまり、祖父+孫陣営と、息子陣営との戦いという訳だ。……息子の方、陣営と呼べる程人が集まるのかね?
いやいや、油断は禁物だと、ついさっき思ったばかりじゃないか。人は人望だけで動く訳じゃない。そこに明確な利益があれば、十分動かせる。
白団長の場合、そっちを警戒した方がいいのかも。
「とまあ、あれこれ言ったけれど、この辺りは父上や伯父上の仕事だ。我々はその手伝いを頼まれる程度じゃないかな?」
ヴィル様の言う通りかも。伯爵達だって、私達が中心で動くなんて思ってもいないだろうしね。
未成年でもある私は、おとなしくみんなに守られておこうっと。何せ未成年だから!
ヴィル様の言葉に、ルイ兄も笑って頷く。
「そうだな。成人しているとはいえ、まだまだ半人前だ」
「なんだ、ルイが弱音を吐くとは珍しい」
「俺もそれなり成長したって事だよ」
ルイ兄……余所の領に行くって聞いた時は寂しく感じたけど、成果はあったんだね。義理の妹として、嬉しいよ。
「そういえば、フェゾガンがいる裏の理由って何だ?」
ルイ兄いいいいい! 今それ聞くううううう!? さっきまでの私の感動返してえええええ!
コミュ力お化けのくせに、どうしてこう空気を読まない時があるんだよ!
ああ、ヴィル様の機嫌が急降下してるううう。
首を傾げるルイ兄に、ロクス様が笑いながら説明した。
「ユーイン卿は、レラに求婚しに来たんだよ」
「え!?」
驚くよね……私だって驚いたよ。
でも、続くルイ兄の言葉は想定外のものだった。
「フェゾガンって俺達と同い年だよな……レラは十四になったばかり……ああ、でも、年回りとしては悪くないのか」
「ああ!?」
「いや、考えてもみろよヴィル。フェゾガンは学院の成績もいいし、今も黒耀騎士団では将来を嘱望されている。俺達と同い年だから、レラより五歳くらい上だろ? 貴族の結婚としてはいい年齢差じゃないか?」
「だからってなあ!」
「レラだって、いつかは嫁に行くんだ。今から覚悟しておいた方がいいぞ。特にお前のところはコーニーもいるんだから」
「! ……どっちも嫁に行く必要なんかない!」
ヴィル様……それは言っちゃいけないやつ。ほら、コーニーもうんざりした顔をしてるじゃん。
今回の黒騎士の件がイレギュラーというだけで、縁談自体はおかしな話じゃないんだよ。学院の同級生にだって、婚約者持ちはそれなりにいるし。
そういや、その婚約者持ちの間で問題が起こったね……同級生じゃなくて上級生だったけど。
元凶の女子学生は退学になったっていうし、もうあんな騒動は起こらんじゃろ。
……起きないよね?
「それにしても、白嶺騎士団はいつまでいるつもりなんだ? それに、調査って具体的には何をやってるんだ?」
ルイ兄の質問に、ヴィル様とロクス様が顔を見合わせている。うん、白騎士達が何をしているか、私もコーニーも全然知らない。
「一応、森には入ってますよ」
「え? じゃあ例の講習、受けたんだ?」
「ええ、ユーイン卿も」
「へえ……ヴィル、いい加減不機嫌を直せ。お前の悪い癖だぞ、それ」
「やかましい」
子供みたいな言い方に、ルイ兄もロクス様も笑ってるよ。いつもは長男らしく振る舞ってるんだけど、時たまこういう面を見せるんだよね、ヴィル様って。
でも、それもまた魅力に繋がってるんだろうなあ。こういう面を知っている女の子が、何人いるかは知らないけど。
「それで? お前らの目から見て、あの三人はどうだ?」
「どうて、どういう意味だよ?」
ルイ兄の質問に、ヴィル様が眉間に皺を寄せる。それに対し、ルイ兄は食い気味だ。
「だから、あいつらの実力だよ! 森でやっていけそうか? どのくらいの魔物を仕留めたんだ!?」
うん、やっぱりルイ兄はルイ兄だわ。
「……とりあえず、フェゾガンは最速で深度三に進んだ」
え? そうなんだ? 早くない? まだ森に入り始めて二ヶ月弱ってところだよね?
「深度三かあ。始めてどのくらいでだ?」
「学院が長期休暇に入ってすぐ、我々と一緒にペイロンに来て、二、三日してから入り始めた」
「って事は、約二ヶ月ってところか。やるなあ! あいつ」
ルイ兄が嬉しそうなのとは対照的に、ヴィル様はまたしても怒り始めた。
「何がやるなあ、だ! ああの野郎、レラを口説き落とす為に精を出してるんだぞ!」
「いいじゃないか、目標があるからこそ頑張れるんだろ? でも、なんで森の深度とレラを口説くのが関係してんの?」
「それは、兄上がけしかけたからですよ」
「ロクス!」
「けしかけた?」
怒るヴィル様を余所に、ロクス様が横から説明する。
「ええ。レラと同じ深度にならなければ、口説く以前に話も聞いてもらえないって言ったんです」
それでか! 多分ヴィル様が何か言ったんだろうとは思ってたけど、そんな事を言ってたとは……ちょっとジト目で見ちゃうぞ。
あれ? でも、ヴィル様は時間をかけろって忠告したんじゃなかったっけ……
まさか、それも口説く時間を削る為かね?
ルイ兄は、ロクス様の言葉を聞いて腕を組んでる。
「ふうむ。やる気の根源はこの際置いておいて、フェゾガンは有望だな。で、白嶺の二人はどうだ?」
「やる気は認めますよ」
「そうか……」
白騎士、魔物狩りには向いてなさそうだもんな。
「魔法の威力は高いんですが、使いどころが悪いですね。おそらく、戦闘慣れしてません」
「あの二人は白嶺に入ってまだ一年かそこらだろう? 経験が足りないんじゃないか?」
「そうだとしても、ペイロンがそれを斟酌する理由にはなりませんよ」
「確かに。魔物達に、こちらの都合など通用しないしな」
うん。森に入ってくるのがズブの素人だとしても、魔物達は手加減なんてしてくれない。命が惜しければ入らなければいい。
でも、今は白団長の命令があるだろうからねえ。
「……ヘリダー卿は、あの二人だけを連れてきたんだよな?」
「ああ」
「だとすると、魔の森の調査というのは表向きの可能性はないか?」
それは、裏の目的があるという事? アスプザット兄妹の視線が、私に集中した。
「いや、レラではなく。俺には、それも表向きの事のように思える」
「……本気で引き取る気はないと?」
「ヘリダー卿も、今更レラを引き取れるとは思っていないんじゃないか?」
「だが、実際伯父上を交えてレラに直接話をしているぞ?」
「それこそ、あわよくば、程度かもしれん」
私は、あわよくば手に入れちゃえって思われる程度なんだ。いや、いいんだけど。心の底からほしいって言われるよりは。
ただ、何だか軽く見られてるなあというのが腹立たしい。
「じゃあ、ヘリダー卿の本来の目的は?」
「この後に、うちの派閥最大の行事があるだろう?」
「! 狩猟祭か!?」
へ? 狩猟祭? でもあれ、別に非公開の行事じゃないよね? いや、参加するには招待状が必要だけど。
見学者も毎年多く来る行事だし、見るのが目的なら見学席に入ればいいのでは?
「狩猟祭に横やりを入れるつもりか!?」
え? そっち?
「いや、さすがに王家派を全て敵に回す度胸はないだろう。参加する家や、見学と称してくる家の確認くらいじゃないか?」
「それを、わざわざ今の時期からするか?」
そうだよねえ。ヴィル様からのツッコミに、ルイ兄は笑ってる。
「うーん……さすがに王宮のあれこれは俺じゃわからんからなあ。ただ、本気で森の調査をするのなら、もっと人数を連れてくるはずだ。そうは思わないか?」
「確かに……最初からおかしいとは思っていたが……」
「ただまあ、これも俺の勝手な推論だ。ヘリダー卿の狙いがデュバル家にあるのなら、確かにレラを欲しがるだろうし。今回あの二人を連れてきたのも、ここで経験を積ませるつもりなのかもしれないし」
うーん、とはいえ、白団長の動きが怪しいって事は変わらないね。引き続き警戒しておこっと。
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