第36話 お手紙もらっちゃったよ
翌日からは、また森へ。初心者講座から逃げたヴィル様とロクス様がコーニーを連れて行ったので、またしてもソロでの狩りだ。
「んじゃ、深度五に行きますか」
森の氾濫の情報は他の人にも周知されたらしく、森に入る人達がピリピリしている。
そんな中、深度五以上に入れる猛者達は、いつもよりも元気だ。
「おっしゃあ! 普段奥から出てこない魔物を中心に狩るぜえ!」
暑苦しい筋肉を見せびらかしながら暑苦しい事を言っているのは、ペイロン伯爵家の分家筆頭、クインレット家現当主アロメート卿。一応子爵位を持っているんだけど、ペイロンじゃアロとかおっちゃんと呼ばれている。
気さくないい人なんだけど、何せペイロンの血筋。脳筋故に頭脳派の人達を軽視しがちなんだよねえ。
具体的には、ジルベイラとかその兄のティエントとか。
「お! レラじゃねえか! お前、単独で深度五に入れるようになったんだって?」
「うん」
「よおし! 今日はおっちゃんと一緒に行こうか」
「え? やだよ。一人で行く」
「え……」
何でそこでそんな傷ついた顔するのさ。おっちゃんは暑苦し過ぎるって。
それに、森に入るならやっぱり一人の方が楽だもん。
固まるおっちゃんを放置して、とっとと森に入った。あのまま復帰するまで待ったら、暑苦しい涙を見ないといけないからね。
大体、おっちゃんは私よりも深度が深い場所に入れるのに。今は少しでも奥の魔物を間引いて、氾濫の勢いを削ごうって時なのにさ。
未成年の面倒見るより、一匹でも多くの魔物を間引いてよ。
本日も大猟大猟。初見の魔物を狩ったから、あれも多分深度六かもっと奥の魔物だな。
引き取り所で出したら、案の定ジルベイラの顔色が青くなった。
「レラ様……これ……」
「深度五で狩ったからね? 奥には行っていないよ?」
行って帰ってだけで時間がかかるから、午後五時までに森から出るには深度五でも奥の方へは行けないんだってば。
でも、今日狩ってきたのはオオツノヒヒだけじゃない。なんとサメ。しかもデカい。
森にサメって……まあ、貝もいるからいいや。その名も森林サメ。安直なネーミングだとは思うけど、わかりやすいのは確か。
そのサメを、本日は六匹狩ってきましたー。
「これ、閣下にお報せしておきますね」
「やっぱり?」
図鑑でも、かなり後ろの方に載っていたんだよね、森林サメって。それだけ、奥地での目撃情報があったんだろうなあ。
ヴァーチュダー城に戻ったら、いきなり白騎士に拉致られた。
「ちょっと来て!」
そんな一言で、客間に連れ込むのって騎士としてどうなの? 睨んだら、白騎士が情けなさそうな顔で謝ってきた。
「本当ごめん! でも、うちの団長の目を盗んで君に近寄れないしさ」
団長ってえと、白団長か。
「……騎士団の団長に、私に近づくなとでも言われたんですか?」
「まあね」
やっぱり。あの白団長、一体何がしたいんだ?
ここ、白騎士に宛がわれた客間だな。
「それで? 私をここに引っ張り込んで、何がしたいんですか?」
「ええと、君に用があるのは俺じゃなくてね。もうちょっと待って」
……用があるのが白騎士でないなら、まさか黒騎士? でも、黒騎士なら白騎士の手を借りるような真似はしない気がするんだけど。
良くも悪くも真正面から突っ込んでくるような人だよね、黒騎士って。
そういや、漏れ聞こえたところによると、既に深度三に進んでるって話だけど。
本気で深度五まで進めるつもりかな……
考え込んでいたら、部屋の扉がノックされた。
「イエル? いいかい?」
ん? この声……確かもう一人の白騎士、ロルフェド卿だっけ。
白騎士がそっと扉を開けた隙間から入り込んできたのは、やっぱりロルフェド卿だった。
「時間がないから、単刀直入に言うね。これを、読んでやってほしいんだ」
ロルフェド卿から、一通の手紙が手渡された。封蝋の紋章は……フクロウと羽ペン。
これ、どこの紋章だ? いまいちそっち方面の知識は浅いんだよねえ。
「これ……」
「その……君の従兄弟にあたるユルヴィル伯爵子息カルセインからの手紙なんだ」
何ですとー!?
手紙を渡された後、読むのは自室の方がいいという事で、早々に客間を後にした。
グズグズしていると、白団長に見つかっちゃうからね。私は別に構わないけど、あの二人が怒られるのは気が引けるし。
自室に帰って書き物机の上に手紙を置く。さて、手紙の中身は一体どんな内容やら。
でもなー。何か読む気が起きないんだよねー。
だって、あの白団長の息子からの手紙だよ? どんな呪いの内容が書かれているのやら。
机の前でうだうだ考えていたら、コーニーが来た。
「……どうしたの? 何だか変な顔して」
「失礼だな! ……ちょっと、考え事しててさ」
「レラには似合わないわよ? 考え事なんて」
色々失礼だな! 確かに考えるより動けの人間だけど!
「それで? 何を考えていたのよ?」
「これ」
コーニーからの問いに、机の上に置いた封筒を指差す。
「……手紙? 誰から?」
「白騎士の団長の息子から」
「え?」
さすがに驚くよねえ? あの白団長の息子から、私宛の手紙だもん。
「封の紋章を見てもいい?」
「うん」
封筒をひっくり返し、封に押された紋章を見せる。またコーニーが驚いた。
「これ、ユルヴィル伯爵家の紋章じゃないわ」
「え?」
「個人の紋よ」
「個人?」
そんなのあるの?
「ユルヴィル伯爵家の紋章は、蔦とグリフォンと盾なの」
「じゃあ、これは」
「おそらく、カルセイン卿自身の紋ね。紋章については習った?」
「簡単には」
「家の紋章があるように、一定の家格の家の長男と女性にはそれぞれ個人の紋があるの。ちなみに、女性の紋章は母親から受け継ぐものよ」
日本での女紋みたいなものか。あれは西側がほとんどだって話だけど。
「長男の紋章は、生まれてすぐに作られるの。ヴィル兄様も持っているわ。そして、それは継承されないの。一代限りの紋章よ。で、その個人の紋章を封蝋に使うって事は、極個人的な手紙って事になるの」
会った事もない従兄弟から、個人的なお手紙もらっちゃったわー。
でも、そうなると家が絡まない内容って事になるよね。本当、なんでこんなものをもらう事になったんだ?
「だから、それを知る為にも早く開けなさいよ。一人で読むのが嫌なら一緒に読むから」
「ありがと」
コーニーが一緒なら、心強いや。ペーパーナイフで封を切り、封筒から中身を取り出す。便せんは二枚。
開けて二人で読み始め、段々顔がこわばっていった。
「これ……」
「お母様に相談しましょう」
「伯爵にも居てもらおう」
全く、会った事もない相手になんつう内容の手紙を書くんだ。
ヴァーチュダー城の奥の部屋。シービスに頼んで伯爵とシーラ様に時間を作ってもらった。まだヴィル様達には同席してもらっていない。
「それで? 改まって話しとはどうしたんだ?」
「実は……」
内容を口にするのはどうかと思ったので、手紙そのものを持ってきた。それを目の前に座る伯爵に渡す。
「何だこれ?」
「ユルヴィル伯爵家子息の、カルセイン卿からのレラ宛ての手紙なの」
「何だと? そんなものがいつ……」
「白騎士……ロルフェド卿から手渡しでもらいました」
「あいつ……読んでいいのか?」
伯爵からの確認に、頷いて返す。内容が内容だったので、私の手には余るから。
伯爵はシーラ様と二人で寄り添うように手紙を読み進め、すぐに二人とも顔をしかめた。
「……どういう事だ?」
「あの家は、どうなってるの?」
そう思いますよねえ。あの手紙、どう読んでも自分の父親を追い落とすのに手を貸してほしい、って内容にしか読めないもん。
「大体、何故レラにこんな手紙を書いてくるんだ? ロルフェド卿はこの内容を知っているのか?」
「それは……わかりません」
「だよなあ」
そう言うと、伯爵は黙って目を閉じる。考え込むときの癖なんだよね。
「……ロルフェド卿とカルセイン卿は、学院で同級だったな」
「ヴィルと同じ年よ」
「なら、あいつに聞いてみるか。レラ、これをヴィル達に見せてもいいか?」
「もちろんです」
断る理由がない。どうせ、後でコーニーと二人であれこれ話すだろうし。
緊急で呼び出された二人は、ちょっと戸惑っていた。
「どうしたんですか? 伯父上。母上も」
「急な呼び出しだなんて。驚きましたよ」
「ちょっとあってな。まずは、これを読んでくれ」
二人からの言葉に、伯爵が苦い笑いを浮かべている。
「手紙? 誰のです?」
「レラ宛ての手紙だが、差出人はユルヴィル伯爵家のカルセイン卿だ」
「はあ? カルセインって、あいつが? 何故レラに?」
「理由はわからん。だが、我々の中でカルセイン卿を知っているのはお前達くらいのものだろう?」
コーニーも一年だけ被っていたけど、最上級生と新入生とじゃ関わりなんてないしね。
同じ被っているでも、ロクス様なら学年も近いし、ヴィル様がいる関係で知っていても不思議はない。
その二人が手紙を読み進め、伯爵と同じような感想を口にした。
「どういう事だ?」
「何故、カルセイン卿がこんな手紙を、レラに?」
「それを知りたいのは我々も同じだよ」
本当にねえ。いっそ、白騎士二人をここに連れてきて、問い詰めたい気分だわ。
「ねえ、いっそユルヴィル伯爵家の内情を調べてみましょうか」
そう提案したのは、今まで黙っていたシーラ様だ。
「だが、他派閥の家だぞ?」
「わかっているわよ。でも、付き合いのない家という訳じゃないわ。あちらは中立派なんだし」
王家を中心に国をもり立てようという王家派、貴族の力をより強くするべきと考える貴族派、それとどちらにも一長一短があるとしてどちらにもつかない中立派の三つが、王宮の三大派閥となっているらしい。
アスプザットやペイロンは王家派。で、ユルヴィル伯爵家は中立派。王家派は貴族派とは仲が悪いしほぼ付き合いはないけど、中立派の家とはそれなりに付き合いがあるそうな。
それは貴族派も同じで、いかにして中立派を取り込むかが、お互いの派閥の課題になっているんだとか。
「……手間を掛けて悪いが、サンドに頼むか」
「そうね。それがいいと思うわ」
サンド様なら、交渉ごととかにも精通してるもんね。
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