第35話 答えただけー
初心者講座を受けた白騎士達は、翌日からもビギナー用の赤いつなぎを着て森に入っていく。
どうも、調査の為には森に入らないとならない、森に入る為には魔物が倒せなくてはならない。
それで二人でなるべく深い場所まで入れるようにするんだって。なるべく深くって……深度五もそれなり深いけど、それだって行けるようになるのは大変だよ?
ちなみに、森の中央は深度十と言われてる。まだ誰も、到達した事はない。他の国でもそうらしいよ。
ペイロンで一番深い場所まで入った記録は、深度八。ただし、入っただけですぐに戻ってきたっぽい。そう記した手記が残ってる。
まあ、そこまで行かなくても、深度四辺りからでも調査は出来るんじゃないかなあ。四くらいなら入ってる人は多いから、あの二人でも問題ないと思うんだ。
ただなあ、二日目にして既に二人の目が死んでるんだけど。大丈夫かね?
「大丈夫だろ」
簡単に言うのはヴィル様。
「そうですかね?」
「この土地が合わなければ王都に帰るさ」
……帰れるのかね? 白騎士のトップが居座っちゃったら、帰還を言い出せないんじゃない?
「それより、ユルヴィル伯がいつまでここにいるのかの方が僕は気になるよ」
そういえばそっちの問題もありましたね。忘れたい事を思い出させてくれてありがとうございますロクス様。
「そういや、今日は森に入らないのか?」
コーニーと私が、今日は普通の格好をしているのを見て、ヴィル様が聞いてくる。
本日の私達は、街歩き出来るような軽装です。初夏とはいえまだ涼しいので長袖のワンピースに麦わら帽子。手には籐のバスケット。中身はもちろん、真珠。
「昨日たくさん真珠を狩ったから、今日は研究所でどんなアクセサリーにするか決めようと思って」
「コーニーと二人でおそろいにするつもりでーす」
だから二人で研究所に行くんだよー。という訳で、本日は森はお休み。昨日、鬼ツノガイをたくさん狩ったからってのもある。
あの後、狩りすぎってジルベイラにお説教食らっちゃった。あの貝だけは、取り過ぎは禁止されてるから。
昨日はついつい夢中になっちゃって、狩り過ぎちゃったんだよねえ。やっぱり、鬼ツノガイに関しては養殖を検討してほしいわ。
それも含めての、研究所行きなのだ。
ペイロンの魔法研究所は、いつ来ても騒々しい。研究って、もっと静かにやってると思ったよ。
「お。レラにコーネシアお嬢様じゃねえか」
「あ、熊」
「誰が熊か! まったく。今日はどうしたよ? またユルヴィル伯爵から逃げてきたのか?」
「違うよー」
「今日はアクセサリーを作ってもらおうと思って。真珠は持ち込みよ」
昨日の今日ではいいデザインも思い浮かばなかったので、研究所のアクセサリー担当のデザイナーに相談しようってなったんだ。
機能付きアクセサリーを買い求める人達も、デザイナーと相談して決める人が多いっていうしね。
「そうか。あ、レラ。後でニエールを寝かしつけてくれ」
「了解」
また徹夜したな? 懲りないんだから、ニエールも。
「ニエール、どうかしたの?」
「いつものように研究に没頭しすぎて徹夜が続いてるみたい。強制的に寝かしつける役を任されたわ」
「ニエールったら」
ほーら、コーニーにまで呆れられてるぞー。ニエール自身は、気にしないだろうけどね。
アクセサリー部は、研究所の一階表側にある。この研究所、奥へ行けば行く程やばい連中がいるから。
ちなみに、一番やばいと言われているのは地下三階の奥にある研究室なんだって。何を研究している部署なのか知らないけど、オカルトめいた噂はたくさんある部署だ。
曰く、夜中に悲鳴がするとか、子供のすすり泣く声が響くとか、女性の恨み節が聞こえるとか。どんな魔境だよこの研究所。
そんなやばい箇所を隠すように、表側には綺麗な部署を置いたって訳。大きな窓からは日差しがたっぷり入るように計算された天井の高い室内は、居心地がいい。
「珍しいですね、お嬢様方がいらっしゃるなんて」
私もコーニーも、ここのアクセサリーの機能くらいなら、自分の魔法でどうにか出来るからね。伊達に魔の森に入っていたりはしないのだよ。
二人してこの部署に来た理由を話し、早速デザインの相談を。
「真珠のパリュール、デザインは一緒で、使う真珠を変える……ですか」
「そうなの」
「何かいいデザイン、ある?」
「んー、真珠の色が違う以上、デザインも替えた方がいいんですが」
そうか。色味が大分違うもんな。
「同じデザインでも、違う真珠を使えば印象が大分変わるんだよね? でも、そこをあえて揃っているように見えるよう、考えてほしいんだ」
「腕の見せ所でしょ?」
二人でお願いしたら、担当のお兄さんが苦笑してた。でも、最終的には受けてくれたので、三日後にデザイン画を見せてくれるってさ。
「いくつか描きますので、お好きなものを選んでください。その時にぴんとくるものがなければ、また描き直します」
うん、素敵なデザインを期待しています。ついでに、鬼ツノガイの養殖やらない? って持ちかけたら、凄くびっくりされた。
養殖って考え自体がなかったみたい。鬼ツノガイも魔物だから、下手に繁殖させると厄介だけどね。
でも、他の魔物よりは養殖しやすいと思うんだ。あんまり動かないし。それなりの腕のある人間なら簡単に狩れるしさ。
重要なところは後日詰めるって事で、今回は提案だけ。多分、本格的にやるとなったら、研究所全体どころかペイロン全体を巻き込む話になるから。
特産品の安定供給なんて話、おいしくないはずがない。
アクセサリー部を出た後は、ニエールを寝かしつけてから研究所の休憩室でまったり過ごす。
下手に城に戻ると、会いたくない人にばったり会っちゃうかもしれないから。
ここで出るお菓子、城で作ってるものなんだよね。そしてここにも前世の記憶を遺憾なく発揮してます。
ちなみに、本日のお菓子はドライフルーツのパウンドケーキ。お酒の香りが利いてるわー。
「まさかあの鬼ツノガイを人の手で増やそうなんて。本当、レラの考える事って変わってるわよね」
そうかなー? 真珠といえば、養殖って出てくるくらいなのに。いや、天然の方がお値段が高いのは知ってるけどさ。
それもこれも、前世の記憶のおかげですかねー。
「今日も白嶺騎士団の二人は、森でしごかれてるのかしら?」
おいしいお茶とお菓子を頂きながら、コーニーがぽつりと呟いた。
「どうだろう? 初心者講座は一日だけだから、その後は自己責任だしねー」
「それもそうね」
まあ、実際はあの団長に強制されてるっぽいけど。
晩餐会の後は、彼等と夕食を共にする事はない。一緒に食べてもいいけど、食べなくてもいい。
朝食に関してもそうで、向こうは表のダイニングルームで食べてるけど、私やコーニーは奥にある家族用の小さなダイニングを使ってる。
おかげでストレスフリーで食事が出来ますよ。
だが、やはり平穏は破られるものらしい。研究所から出たらヴィル様達と行き会わせ、一緒に城へ戻るとシービスが曇り顔で待っていた。
「お嬢様、旦那様からお話しがあるそうです」
伯爵が? 思わず兄妹と顔を見合わせちゃった。
「シービス、レラだけか?」
「そう伺っております」
「伯父上が、レラだけに話?」
呼び出しの場にいるの、伯爵だけじゃなさそうだね。とはいえ、伯爵が呼んでるなら行かないという選択はない。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「レラ、気を付けろよ」
ヴィル様、注意喚起なんでしょうけど、怖じ気づくのでやめてください。
シービスに案内されて向かったのは、城の表側。やっぱり、伯爵だけじゃないな。
「シービス、普段着のままだけど、いいの?」
「ええ、旦那様からは特に着替えは必要ないと聞いております」
客ではあるけれど、そこまで気を遣わなくていい相手って事だね。あー……多分、白騎士の親玉がいるんだろうなあ。
表にいくつかあるうち、一番いい客を通す応接室に到着。
室内には……やっぱりいたよ、ユルヴィル伯爵。他にはペイロンの伯爵以外、白騎士も黒騎士も同席していないらしい。
「来たか。レラ、こちらへ」
伯爵……ややこしいな。こっちは伯爵、あっちは白団長でいっか。伯爵が自分の隣を指してる。隣に座れとは。
無言のまま腰を降ろすと、目の前にいる白団長の顔がよく見える。
晩餐会の時は席が離れていたのもあって、よく見てなかった。何と言うか……あまり好きになれない感じ。
顔の造作とかではなく、表情というか、目元というか。根性悪そうなのがにじみ出てるよ。
整えた口ひげ、髪もきちんと手入れしてそう。肌が白いのは、あまり外に出ないせいかな。
それと、顔全体のイメージを決めているのは、酷薄そうな目元。何と言うか、こっちを値踏みしている目だよね、あれ。
「タフェリナ嬢とは、晩餐会以来か。なかなか顔を合わせる機会をいただけなくてねえ」
「ユルヴィル伯爵、彼女の事はローレルと呼んでくれ。晩餐会の時に、そう紹介したはずだが?」
伯爵の言葉に、白団長はひょいと片眉を上げた。
「おや? 確か令嬢の名はタフェリナといったのではなかったかな?」
「少々事情があるのだよ。貴族学院の院長より、ローレルと名乗る事を薦められている」
「ほう。学院長に」
わー。伯爵二人の間に火花が散ってるように見えますうううう。
「では、ローレル嬢。あなたは前置きという貴族の流儀はお気に召さないというので、率直に言おう。我が家に来る気はないかね?」
さらっと嫌味を挟んだな? ペイロンもちゃんとした貴族の家なのに。この人も、ここを田舎貴族と侮ってる一人か。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「我が家の養女として引き取りたいと思っている。どうかね?」
「お断りします」
率直に、というのなら、こちらも率直に返しますよ。ユルヴィル伯爵は、特に気を悪くした様子もない。
「我が家は君の母親の実家だ。それを聞いても、気持ちは変わらんかね?」
「ええ、もちろん」
知ってて断ってるんだよ。今の今まで放っておいたくせに、いきなり引き取りたいとか寝言ほざくな。
それに、さっきも「貴族の流儀はお気に召さない」と言ったよね? なら、貴族の令嬢としてではなく一個人の「私」として対しましょう。
まあ、伯爵の手前、それなりの礼儀は尽くすけどね。
私の返答を聞いた白団長は、特に気分を害したという事もなく、淡々と聞いてきた。
「ほう? 理由を聞いてもいいかね?」
「嫌だからです」
伯爵、隣で笑いをこらえないでもらえます? 目の前の白団長は、伯爵の様子にむっとしている。
「その、嫌な理由をこそ聞きたいのだがね?」
「嫌いなものを嫌うのに、理由がいりますか?」
強いて言うなら、何となく気に食わないとか生理的に無理とか、そんな感じ。
だが、相手も簡単には引き下がる気はないらしい。
「こう言ってはなんだが、ペイロンはもうじき災厄に見舞われる」
「知ってます」
何せ予兆を持って帰ったの、私だからね。
「その災厄に関して、君に出来る事はないだろう。ペイロンのお荷物になるつもりかね?」
「ぶふっ!」
……伯爵、こちらが突っ込む前に噴き出すの、やめてよね。いや、私も笑いそうになったけどさ。この白団長、私の事、調べなかったのかな?
髪や瞳の色が変わる程、一晩でいきなり魔力が増えた人間なのに。それとも、魔力量なぞ関係ねえってタイプ?
確かに、魔力量が多いから魔法が得意、って訳でもない。それは私も思う。要は、持っている力をどう使うか、だから。
でも、学院でも魔法系の成績、いいのになあ。それくらいも、調べなかったんだろうか。
さすが、今までほったらかしていた親族なだけはある。そこも含めて、気に入らないんだよ。
伯爵に噴き出されて、白団長は不機嫌顔だ。そこに、私の隣から伯爵が追撃する。
「いや、失礼。横から言わせてもらうが、森の氾濫に彼女がいてくれるのは、心強くこそあれ、荷物だなどと誰も思わんよ」
「それは、ペイロン伯だけの考えでは?」
「そう思うのなら、誰に聞いてもいい。自分の目と耳で確かめて見るといい」
そこまで言って、伯爵は白団長の方をぎらりと見た。
「出来るものならな」
おお、伯爵の挑発だよ。対するおっちゃん、あからさまに気分を害したって顔で、無言のまま部屋を出て行っちゃった。
「……いいんですか?」
「いいんだよ。大体、レラだってそこそこの事を言ってただろうが」
「だって、聞かれたから」
聞かれなかったら、貝のように黙っていようと思ったよ?
……本当だよ?
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