第34話 真珠狩りイエー!

 今回白騎士達が来たのは、王宮からの要請だそうな。


「魔の森の氾濫は、国にとっても一大事。陛下が心配されています。そこで我等白嶺騎士団が先に来たのですよ。我々ならば魔法による調査も慣れておりますからね」


 したり顔で白嶺騎士団団長が述べる。つまり、王家から今の森の状態を調べておきたいと依頼されて来たと。


 あれか? 黒騎士が王宮に報告に行ったら、白騎士を土産に持って帰ってきたって事?


 ちらりと見た黒騎士は、口を真一文字に結んでいる。白騎士団長の顔を見ようともしない。


 これは……持って帰ってきたというより、押しつけられた方かな? 王宮って、色々あるんだなあ。


 このメンツで和やかな食事なんて出来るのかねえ? と思ったけど、さすが半分以上のメンバーは大人だ。


 当たり障りのない話題で切り抜けていく。私はユルヴィル伯爵からは一番遠い席だからか、向こうから声を掛けられる事もなく、食事に集中。


 ともいかなかった。


「では、ローレル嬢は学院の一学年を修了したのですね」

「はい」

「成績優秀だと聞いています。フーマンソン所長は、臨時で学院の教師を務められているとか」

「ええ。総合魔法と魔道具の授業を請け負っております」

「そうでしたか」


 人当たり良く話すこの人物は、ユルヴィル伯爵や白騎士と一緒に来た人で、白嶺騎士団の一人だって。


 名前はロルフェド・マースト・レロガット。レロガット伯爵家の次男で、家を継げないから得意の魔法で身を立てる為、白嶺騎士団に入ったそうな。


 そんな事、ここでぺろっと言っちゃっていいのかね? 周囲から窘められていないから、いいのか。


 にしても熊、やろうと思えばこんな擬態が出来るとは。学院に戻ったら笑いの種にしよう。


 何とか晩餐会を無事終わらせ、男性陣はこれから酒の時間らしい。


 女性は女性でお茶とお菓子でおしゃべりを楽しむものだそうだけど、今回は完全身内だからねー。


「今日はもう部屋に戻りなさいな」

「はーい」


 シーラ様の許可が出たから、コーニーと二人で部屋に戻る。時刻は夜の十時。寝るにはまだちょっと早いよなあ。


「レラ、そっち行っていい?」

「もちろん」


 部屋に戻る最中コーニーに言われたので、そのまま二人で三階の私の部屋へ。




 寝室に飲み物とお菓子を持ち込んで、二人だけのちょっとしたお茶会だ。


「それにしても、あのユルヴィル伯爵が何も動かなかったのは意外だわ」


 そういえば、コーニーはユルヴィル伯爵の近くの席だったね。色々と理由をつけて席を離したの、伯爵かシーラ様か知らないけどグッジョブだな。


「さすがに、あんな場所で引き取る云々は出ないんじゃない?」


 一応、建前として王宮から仕事を依頼されたって事になってるんだから。


「それはそうだけど……ねえ、明日から、白嶺騎士団の二人も森に入ると思う?」

「どうだろう? まあ、入る場合は初心者講座の受講からだけど」


 あれは身分も立場も関係ありません。森に入ろうと思ったら、絶対に受けなきゃいけないものだから。


「そういえば、ユーイン様もあまりレラの事、話題に出してなかったわ」

「周囲に合わせたんじゃないかな?」

「そうね……あのユルヴィル伯爵に、手を出すなって言われたんだものね」


 そーいやそんな事、言ってましたねー。シーラ様が怒ってましたが。


「ねえレラ」

「何?」

「明日、一緒に深度四に入らない?」

「いいよ。真珠狩りでもしようか?」

「いいわね」


 深度四といえば鬼ツノガイ。鬼ツノガイといえば真珠。色々な鬼ツノガイを狩って、真珠をたくさんゲットしよう。


「新しいアクセサリーが作れるくらい、真珠を狩ろう」

「楽しみ!」


 たまには、こんな楽しみもないとね。




 翌朝、城を出ようと思ったら、背後から声がかかった。


「お嬢さん方、少しお待ちを」

「……何か、ご用かしら?」


 声を掛けてきたのは、黒騎士のお友達の白騎士。地の底から響いてきそうな低い声で嫌そーに返事をしたのはコーニー。


 そういえば白騎士の事、軽くて嫌って言ってたっけね。


 で、その白騎士と次男さんは何の用かな?


「いやあ、実は僕らも今日から魔の森に入るよう、団長から言われていてね。でも、不案内でしょう? 出来たら案内してほしいなあって思って」


 本当に入るんだ……まあ、黒騎士も鍛える為にーとか言っていたもんな。白騎士もそうなのかもしれない。


「あら、それでしたら」


 白騎士のお願いに、一転してコーニーが笑顔になる。うん、続く言葉は想像がつくよ。


「広場の方で、初心者講座の受け付けをしていますから、そちらにどうぞ」

「初心者講座?」


 お、白騎士二人の声がハモった。


「魔の森に入るために、必ず受けなくてはならない講座の事です。座学と実地の両方を行いますから、お覚悟なさいませ。早くしないと、本日分の受付、締め切られてしまいますわよ」


 では、と言い残して、ぽかんとする二人を置いていく。背後で「お前も受けたの?」とか聞こえたから、黒騎士も合流したらしい。


 そういや黒騎士、深度二に進めるんじゃなかったっけ? ……まーいっかー。


 招かれざる客が来た日でも、魔の森は相変わらずだ。当たり前か。人の都合なんて、自然の前にはどうでもいい事だもん。


「あら、兄様達」

「え? 本当だ」


 コーニーが指差す先には、確かにヴィル様とロクス様。二人とも、誰かと話し込んでる。


 あれ、確か初心者講座の責任者じゃなかったっけ? ちなみに、初心者講座はペイロンの役所が管理していて、責任者も役所の人。


 で、彼はジルベイラの兄で将来の分家当主。


「コーニー、レラ」


 話が終わったようで、ヴィル様達がこちらを見つけて駆け寄ってきた。


「兄様達、何をしてらしたの?」

「いや、それが……」


 ヴィル様、何かそんなに言いづらい事でもやってたの?


「ティエントに捕まったんだ。初心者講座の手伝いを頼まれてね……」


 ああ、なるほど。


 初心者講座の講師って、なり手が少ないんだよね。現役で森に入っていて、それなり能力が高い人が望ましいんだけど、そういう人は講師やるより魔物を狩って収入を得たい人が殆どなんだ。


 なので、ペイロン関係者は責任者に捕まると漏れなく講師役を頼まれるというね……


 二人の場合、講師の手伝いに当たる付き添いかな? 講師はそれなりの年齢でないと舐められるらしいから。


「兄様達、また付き添いを押しつけられたの?」

「そういう事だ」

「面倒だから嫌なんだけどねえ。ほら、今王都から白騎士が来てるでしょ? 彼等が受講しそうだから、僕らを宛がおうって話になってるらしいんだ」


 ヴィル様もロクス様も、うんざりした顔を隠さない。そんな二人に、コーニーがにっこりと笑った。


「ああ、それなら、晩餐会にいた二人は受講するようよ?」

「ネドンか……あいつならまあ」


 お? 白騎士の事は、そこまで嫌いじゃないんですね、ヴィル様。


「じゃあ、イエル卿は兄上の担当という事で」

「待て待て、お前だけ逃げようとかずるいぞ」


 さすがロクス様。小さな事も見逃さない。


「とりあえず、私達には関係ない話みたいだし、先に森に入りましょうか」

「そうだね」


 男二人は放っておこう。


「待て。二人だけで森に入るつもりか? 他にも――」

「ヴィル様、私、単独で深度五に入れますが?」

「ちなみに、今日は深度四で真珠狩りをする予定よ」


 二人でにっこり笑って言ったら、ヴィル様もそれ以上は何も言えなかった。はっはっは、こういう時実績って物を言うよね!




 深度四になると、森も少しは静かになる。背後からは、騒々しくしている連中の声が聞こえるけどね。


「さて、鬼ツノガイはどこかなー?」


 あの貝は水場にいない。大木にひっついて棲息しているのだ。貝にあるまじき生態だと思うのよ。


 深度四をしばらくうろうろしていたら、丁度いい感じの大木にぶち当たった。


「レラ、いたわ」

「お。なかなかの大きさで」


 前方にある大木の幹には、鬼ツノガイがびっしりついている。大きさもそこそこ。あの貝殻の色から察するに、金真珠が取れそうだ。


「金真珠ならコーニーのだね」

「じゃあ、レラ用に黒真珠も探しましょう」


 了解。どのみち今日は真珠狩りだ。見つけた端から鬼ツノガイを狩りまくろう。


 海の真珠貝から取る真珠と違うのは、鬼ツノガイはある程度の大きさになれば確実に真珠を抱えているという点かな。


 あと、真珠の大きさは貝の大きさに比例する。まあ、大体真珠が取れる大きさ……大人の手のひら大になった鬼ツノガイは片っ端から真珠狙いで狩られるので、あまり大きな真珠は取れないけど。


 鬼ツノガイの養殖とか、出来ないかねえ。あいつら、真珠が採れるくらいの大きさになると、途端に凶暴になるけど。


 今度研究所に提案してみようっと。


「いつものようにいく?」

「そうだね」


 鬼ツノガイの弱点は、意外な事に水。水につけると窒息するんだよ。本当、貝のくせになんという生態なのか。


 で、肝心の真珠なんですが、実は貝が死んでから採ると質が落ちる。ではどうするか。


 貝を一時的に麻痺させるか仮死状態にして、殻を割って取り出す。その過程で貝は死ぬので一石二鳥。


 私の場合、貝を一撃で殺さないように手加減するのが一番大変。


「んじゃ、いきますか」


 近寄りすぎると毒液飛ばして攻撃してくるし、油断してると殻で挟んで指先とか食いちぎろうとしてくるからね。凶暴な貝なのだよ。


 だから、ある程度の距離を置いて魔法で攻撃するのが一番。水をシャボン玉のように浮かべ、それで貝を覆う。


 苦しがって貝が開いたら、そこからさらに水圧を使って殻をばきっと逆パカする。


 すかさず身の中から真珠を取りだし、討伐終了。貝殻もアクセサリー素材になるので、持って帰る。鬼ツノガイの身は食べられないんだよね。毒があるから。なので身は放置。


「お! なかなかいい大きさの真珠が採れた」

「まあ、こっちの真珠は形が悪いわ」


 ああ、バロックパールってやつだね。でも、これはこれで数揃えてじゃらじゃらしたネックレスにすると味があるんだよなあ。


 という訳で、歪なやつは全部私がもらい受けた。


「まだまだ数が足りないね」

「どんどん狩るわよ!」


 今日のコーニーはやる気に満ちている。




 そんな調子で鬼ツノガイを狩りまくっていたら、危うく門限に遅れるところだった。


 門限ってか、森に入っていていい時間の制限だな。森から出たら、丁度五時の鐘の音。


「間に合った……」

「ちょっと熱中しすぎたわね」


 でも、そのおかげで大量の真珠をゲットだぜ!


 金真珠も黒真珠も、アクセサリーのセット、いわゆるパリュールを作るくらいはある。


「コーニー、作るアクセサリーのデザイン、どうしようか?」

「いっそおそろいにしましょうか?」

「いいね」


 おそろコーデはよくやるけど、パリュールのおそろはまだやった事がないもんね。


「私は来年の二月にデビューだし、レラも再来年デビューだもの。今のうちにあつらえておくのはいいと思うわ」


 そういえば、そんなものもありましたね……


「あ、その前にレラの誕生日がもうすぐよね。そこに間に合えばいいんだけど」

「そうだった」


 すっかり忘れてたわ。私の誕生日は七月。十歳からはバースデーパーティーを開いてもらってる。招待するのは身内ばっかだけど。


 夏の長期休みの間だからか、アスプザット兄妹は昔からお祝いしてくれるんだよね。


 そうか、もう誕生月かー。


「レラの誕生日が来たら、あっという間に狩猟祭だもの。夏は忙しいわ」


 そーですね。今日の真珠狩り、無事終わって良かった良かった。


 狩猟祭では、まだ未成年って事でメインの行事は免除されるけど、子供も含めた行事が多いので、そちらにはかり出される。一応、もてなし側として。


 なので、当然ドレスも必要だしアクセサリーも必要。真珠なら、森で自力で調達出来るので、その分費用が安く済む。だから真珠って好き。


 あ、バロックパールのネックレス、誕生日につけようかな。あれなら簡単に作れるはずだし、何なら自分で作れる。


 金具の部分だけ、研究所の誰かを捕まえて教えてもらおう。


 何故研究所の連中かというと、あそこ、アクセサリー部門を持っているから。色々な機能を備えたアクセサリーの研究に余念がありません。


 防御力を上げるネックレスとか、毒耐性を挙げるブレスレットとか、催眠魔法を遮る指輪とか。ニエールが肌身離さずつけてるのがこれ。私はぶち抜くけど。


 まあ、そんなものを欲しがる人って、大抵お金持ちだったりするので、単価が凄く高い品になってる。


 なので、アクセサリー部門は、デザインにも力を入れてるって聞いた。真珠にそういった効果はないけど、貝殻の方は素材だけあってあるんだよねえ。


 鬼ツノガイの貝殻から作り出したボタンやイヤリングは、雨避けになるそうな。そこまで水が嫌か、貝のくせに。


 雨は避けられるけど、その程度。水を使った攻撃には効き目は薄いってさ。中途半端な素材だけど、見た目が綺麗なので割と人気らしい。


 どんなデザインがいいかあれこれ話しながら広場を行くと、いつかどこかで見たような光景が。


「……ぐったりしてる赤が多いわね」

「そうだね」


 ビギナー用の赤いつなぎを着た人達が、地べたに座り込んでる。疲れてそうだねえ。


 で、彼等の向こうにピンシャンしてるヴィル様とロクス様。あ、二人の足下にぐったりしてる白騎士が二人。


 そうか……同じ騎士でも、黒騎士とは体力が違ったか……

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