第33話 逃げられなかった……

 ユルヴィル家。実母の実家で、魔法の名門。両親の結婚を反対していたそうで、母亡き今、母の血を引く兄と私を引き取りたがっているという。


 でも、それ、本当かね? 兄はまだしも、私の事は実家を出された時に引き取るチャンスがあったのにね。


 今頃になって近寄ってこようというのが、どうにも不気味。どんな裏があるんだろう。


「レラ様、ユルヴィル家に関するあれこれは、私も小耳に挟んでいます。このままここにいるより、裏から出て避難なさった方がよろしいのでは?」

「そっか。じゃあ城に――」

「いえ、これから彼等は城に向かうでしょう。ですから、一旦研究所の方へ避難なさってください」

「研究所?」

「ええ。あちらの方が、色々誤魔化しが利きますし」


 つまり、誤魔化さなくてはいけないような事が起こる、という訳だね?


「いずれはあの方々の前に出なくてはならなくなるでしょうけど、時間稼ぎはしておいても損はないと思いません?」

「思う。と言うわけで、研究所に行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 ジルベイラに見送られながら、買い取り所の奥から出て研究所へ急いだ。




「という訳で、しばらく匿って」

「ユルヴィル伯爵家ねえ……あそこ、うちの事を毛嫌いしてやがるから、確かにこっちには来ねえかもな」

「そうなの?」

「おう。魔法の大家か何か知らねえが、うちが開発した術式に文句言いまくりやがるんだよ。特に今の当主がな!」


 知らなかった。そんな関係だったんだ、研究所とユルヴィル伯爵家って。


「まあ、そういう事なら、しばらくうちにいろや。ついでに何か作ってもいいぞ?」

「それが本音か熊め」

「熊ゆーな!」


 まあ、ここに逃げ込めたのは良かったよ。今頃、城では何が起こっているのやら。


「あ、レラ、来てたんだ」

「あー。ニエール久しぶり……って、目の下真っ黒! あんたまた寝ないで研究してたな!?」

「え? いや、ちゃんと寝たよ?」

「目をそらしたところが怪しい。食らえ! 催眠光線!」


 変身ヒーローの必殺技のように、指を額に当てて光線を出す振りをする。実際には、魔法を放ってまーす。


 相手はもちろん、徹夜続きのニエールだ。


「ちょ!」


 眠りを誘う術式って、割と古くからある。でも、古いおかげで対抗措置も考え抜かれていてさ。


 ニエールは誰にかけられてもいいように、常に備えているんだよね。寝かされて、研究の邪魔をされたくないから。


 でも、私が改良した眠りの術式、通称催眠光線は今ある対抗術式をぶち抜く代物だ。


 という訳で、ニエールは強制的に眠らせておきました。ただ、そのまま床に倒れちゃったから、部屋まで運ばないと。


 あ、怪我しないように、ちゃんと魔法で保護したよ。


「俺が運んでおくわ」

「何言ってんだ? この熊は。この隙に女子の部屋に入ろうとか思ってんじゃないでしょうねこの変態!」

「な! 変態ってなんだ変態って!」


 騒ぐ熊を放置して、魔法でニエールを浮かせて職員宿舎へ。ぐっすり眠るニエールの顔には、疲労が濃い。


「全く、寝ないと人間死ぬんだからね」


 ぼやきつつ、彼女の部屋のベッドにそっと寝かせる。この調子だと、何回か徹夜で倒れてるな。


 私がこっちにいる間は、隙を見て強制的に寝かしつけようっと。




 ニエールを寝かしつけた後、研究所の隅っこで収納バッグの改良を行う。たまに後ろを人が通るけど、皆顔見知りだから軽く挨拶していく。


「そういやニエール知らん? 見かけないんだけど。またどっかで倒れてるのかねえ?」

「ニエールなら、強制的に寝かしつけたよ。今自室で寝てる」

「ははは、そっか。ならいいや。レラがこっちにいる間は、二日にいっぺんくらいの頻度で寝かしつけてやって」

「うーす」


 やっぱり徹夜ばっかしてたな。全くもう。


 収納バッグの改良点は、やっぱり出し入れの部分だよな。研究所でも、あの「にゅるん」は不評だから。


 だったら誰かがいいアイデア出してよとも思うけど、ここの人達新しいものを作るのは好きなんだけど、改良は好きじゃないんだよね。好き嫌いしおって本当に。


 まあ、自分で作った魔道具だから、最後まで面倒見るさー。


 出し入れが問題なら、いっそ触れたものは何でも入れるようにするか。そうすると、バッグを持っている人間をバッグ側で認識しないといけないんだけど……


「魔力を通せばいっか」


 魔力は指紋なんかと一緒で、個人で微妙に違うらしい。人によっては、魔力を辿って個人を特定出来るんだって。どうやるんだろう?


 知っている相手の魔力パターンを覚えるのが先か。で、周囲から検出したパターンと比較、一致したらその相手って感じ。


 これ、魔道具に出来るんじゃね?


「いやいやいや、今は収納バッグの改良が先だ」

「何が先だって?」

「あ、熊」

「誰が熊か!!」


 あんただあんた。他にいないだろうに。いい加減抵抗するのやめなよ。


「で? 何やってんだ?」

「収納バッグの改良。出し入れの時が微妙って意見があったから」

「あれか……そんなレラに残念なお知らせだ」


 嫌な予感がする。聞いたら絶対後悔しそうだ。


「聞きたくなーい」

「聞け! ケンドが城に戻れってよ」

「まだこっちに来て少ししか経ってないのにい」


 逃げた意味ないじゃん……


「ここから離れたくないいい」

「我が儘は許さん。腕ずくでも連れて行くぞ」

「なら魔法で抵抗してやるうう」

「やめんか! シャレにならんわ」


 シャレにするつもりないからいいもん!




 結局伯爵の言葉には逆らえず、城に戻る事になった。なんでも、王都から来た「客人」を交えて晩餐会をするから、それに出席するように、だって。


「えー。私まだ未成年なのにー」

「今回はペイロン伯爵家がもてなす側だからな。もてなされる側なら、未成年は出席しなくていいんだが」


 何だよそれ。未成年だから、森に泊まっちゃだめって言われたのに。こういう時だけ未成年でも出なさいってか。


 逆にお子ちゃまだからもう寝るーとか言って通るのかな。通らないだろうな。


 なんかね、学院に在学している以上、準成人とみなされるんだって。在学中に社交界デビューするしね。


「面倒くせ」

「人との付き合いなんざ、基本面倒くせえもんばっかだよ」

「熊も出るの?」

「おう。向こうさんのご指名でな。ったく、面倒この上ねえよ」

「本当だよ」

「一応、お前の親族だろ?」

「生まれてこの方一度も会った事がないから、他人も同然です」

「そうか」


 熊とあれこれ言い合いながら、城までの道を歩く。途中で鐘の音が響いた。


 他では知らないけど、ペイロンでは朝の六時、九時、昼の十二時、午後三時、夕方六時に長目の鐘が、それ以外の時間は一時間ごとに短い鐘が鳴る。


 さっきの鐘は、夕方六時の後の鐘だから、現在は夜七時か。少し薄暗くなってきたかなあ。


 城に到着すると、シービスが玄関ホールで待ち構えていた。


「お嬢様! 今までどこにいらっしゃったんですか!」

「えーと……」

「大方研究所に入り浸っていましたね? ちょっと熊さん! あなたもあなたです! お客様がいらしているというのに、お嬢様を研究所にとどめおくなんて!」

「ええ? 俺が悪いのかよ……」


 さすがの熊も、シービスにはタジタジだ。このまま放っておくと、熊が退治されてしまうかもしれない。


「シ、シービス、支度、しなくていいの?」

「は! そうでした。急いでお支度を! 本日の晩餐は少し遅れて八時からの予定です!」


 あら。ヴァーチュダー城の夕食は、何もなければ午後七時。つまり、何かあったんだね。


「さあさあ、お部屋に参りますよ」

「はーい」


 シービスに押しやられて、部屋へと向かう。


 女の支度は、古今東西の別なく時間がかかる。部屋に戻ってすぐ風呂に放り込まれ洗われて、全身と髪を乾かした後にドレスに着替える。


 晩餐用のドレスは、夜会のそれとはまたちょっと違う。スカートは広げないで、袖も飾り程度。あと手袋はなし。


 あとアクセサリーがちょっとだけ少ない。


「お嬢様はまだ社交界デビュー前ですからね。髪は結い上げず髪飾りもリボンだけにしておきますよ」

「シービスに任せるー」

「まあ、お嬢様ったら」


 正直、着飾る気にならないし。オシャレは好きだけど、今回は出席者がねえ。


 本当、何しに来たんだユルヴィル伯爵。


 シービスが選んだドレスは、若々しい薄緑の地に草花が刺繍されたもの。

髪飾りはドレスよりも濃い緑のリボンのみ。


 それを結い上げないで一部編み込み、そこにリボンも一緒に編み込んで下ろしてる。髪を結い上げるのは、デビュー後の髪型だ。


 これに真珠のネックレスとイヤリング、ブレスレットを付ける。この真珠、森で採れたもの。


 嘘じゃないよ。この世界の真珠は、魔の森の魔物から採れるんだよ。深度四に出る鬼ツノガイから出るんだ。


 何で森に貝の魔物が出るんだよと思わないでもないけど、出るものは仕方ないし、真珠も採れるんだからしょうがない。


 という訳で、内陸の領にもかかわらず、真珠はペイロンの特産品だ。それを不思議がっているのは私だけで、他は誰もおかしいと思わない。


 こういう時、ここは異世界なんだなあって実感するよ。いや、召喚とか転移とかでなく、転生してるから私もこの世界の人間なんだけど。


「さあ、お支度整いましたよ」

「ありがとう」


 大きな姿見に映るのは、いつもと違う雰囲気の自分。こうして見ると、外見は悪くないんだよなあ。胸部装甲は薄いけど。


 いや、まだ十三歳。希望はあると信じたい。デカいとそれはそれで大変だとは聞いたけど。


 それでも、前世でもツルッとペタッとしていた身としては、揺れる胸元は憧れだ。

 シーラ様やジルベイラのようになりたいなんて贅沢言わないから、せめてCカップは欲しい。

 己のストーンとした胸元を見ながら黄昏れていたら、表の部屋の方が賑やかに。現在、私がいるのは一番奥の部屋だ。


「レラ、支度は出来た?」


 そう言って入ってきたのはコーニー。彼女のドレスは私のものより濃い緑。


 上から下へ向かって濃くなるグラデーションで、所々に白い真珠をビーズのように縫い付けている。刺繍はなし。


 髪は綺麗に巻いて真珠の髪飾りがつけてある。ネックレスもイヤリングもブレスレットも真珠。


 ただし、コーニーのは金真珠。私のも白ではなく黒真珠だ。鬼ツノガイは、種類によって採れる真珠の色が違う。


 ちなみに、一番簡単に採れるのは白で、値段もお安い。黒も金も簡単には採れないのでお高い真珠です。


「あら、髪飾りはリボンだけ? 真珠は付けなかったの?」

「うん、シービスに全部任せちゃった」

「まあ」


 ちょっと呆れられた。だって、今回は面倒臭かったから。でもそんな本音は言わない。


「さあ、兄様達がエスコートしてくれるわ。行きましょう」


 表の部屋には、正装したヴィル様とロクス様。二人とも格好いい。さすがイケメン兄弟。


「お、レラも支度出来たな」

「真珠の数が少ないんじゃない?」

「未成年なので、これでいいんですよ。ええ、未成年ですから」


 子供だって辺りを強調しておく。決して森での宿泊の許可がもらえなかった八つ当たりではない。




 ヴィル様のエスコートでダイニングルームへ。ロクス様はコーニーのエスコート。


 何故、またこの組み合わせ?


「ないとは思うけど、念の為にね」

「どういう事ですか? ロクス様」

「僕は次男で余所に婿入りしても問題はない。兄上は嫡男で嫁をもらう立場。どちらがレラの相手と見られるかってところだね」


 んー? 侯爵家の嫡男であるヴィル様は、私の側にいても家を継ぐ者同士として結婚はあり得ない。と、周囲は思う。


 でも、これがロクス様だと、あの二人お似合いなんじゃなーい? とか周囲が勝手に盛り上がる可能性がなきにしもあらず。


 そんな感じ?


 貴族の世界って、本当面倒くせえな!


 表の方にあるダイニングルームには、既に伯爵とシーラ様、それに黒騎士と白騎士がいた。


 今来た私達四人分を差し引いても、椅子の数からまだ三人程来ていない人がいる。


 一人は熊として、もう二人。そのうちの一人が、例のユルヴィル伯爵だ。自分の席に座り、黙って食事開始の時間を待つ。


 私達がダイニングに入って少し、残りの三人が同時に来た。


「悪い、少し遅れたか?」

「いや、時間前だよ」


 ……誰だ? あれ。大柄な体に仕立てのいい服、伯爵とも仲が良さそうな感じ。


 んー? でもあの声、聞き覚えがあるんだけど……


「それにしても、ジアンのそういう格好は、見慣れないから不思議に感じるなあ」

「ふん」


 じあん? 事案……じゃなくて、ジアン? え、熊ああああ!?


 危うく叫び出すところを、何とか押さえ込んだ。あれが熊? 普通の人間に見えるよ? あのいつも伸ばしっぱなしの髭も綺麗に剃られてるし。


 髪も整髪料でなでつけてある。えええええ? 劇的にも程があるんですけど!?


 直視できなくて、膝に目を落とす。熊も化けるんだ……


 また熊の席が私の目の前ってのもなあ。当主席は伯爵だけど、その脇にシーラ様とユルヴィル伯爵。


 シーラ様側から黒騎士、コーニー、見た事ない人だから、多分白騎士の一人が座って私。


 ユルヴィル伯爵側は、ヴィル様、黒騎士と仲良しの白騎士、ロクス様、熊の順。


 私と熊が下座に座るのは、ペイロンの養い子とはいえ正式な養子じゃないから居候扱いな私と、貴族ではない熊だから。


 熊の場合、伯爵家が後援している研究所の責任者であり、今回の主賓であるユルヴィル伯爵の願いって事で同席してるからなあ。


 気のせいか、その主賓からの視線が飛んできてるような。


「さて、では全員揃ったから始めようか」


 伯爵の鷹揚な一言で、気の重い晩餐会は始まった。

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