第31話 兆し
ペイロンに戻って十日。本日も元気に森に入ってた。はっはっは、初見の魔物も倒せて爽快。
広場にある時計塔が示す時間は午後の五時。夕方からそろそろ夜の時間帯に入る頃。とはいえ、夏場の今はまだ周囲が明るいけどな。
ペイロンって、地球の北欧まではいかないけど、かなり北に位置する領なんだ。だからか、夏は夜まで明るいけど、冬は日中でも暗い時間が多い。
そんなまだ明るい日差しの中、広場が何だかざわついている。
「何だ? あ……」
黒騎士だ。騒動の中心というか、彼を中心に人が輪を作ってるよ。
黒騎士の前には、まだ若い素材屋の男性。素材屋ってのは、ペイロンの役所に所属する役人の事。
彼等が魔物を査定し、一括して買い取る事からそんな呼び名が付いたんだって。
この時間帯、森から帰ってきて素材屋に査定してもらう人達で広場はごった返す。今も、輪を作りながらも、あちこちで査定が行われてるし。
何だか慌てている素材屋に対し、黒騎士は一言告げた。
「これでいいんだろう?」
よく見たら、彼の足下には黒オオトカゲが転がってる。ここからでもわかる程、綺麗に狩ってるわ。
黒オオトカゲは、見た目はコモドドラゴンっぽい大きさで、皮はワニっぽい。名前の通り黒く、皮と爪、牙、内蔵の一部が素材。
肉は臭みが強くて食べられないそうな。試した勇者、いるんだね……
素材に皮が含まれているので、なるべく傷を少なく狩ると買い取り金額が高くなる。黒騎士の黒オオトカゲ、あれ多分魔法で狩ったな。
水で溺れさせたり氷で凍死させると傷が少なくて済むんだ。剣を使うと、どうしても皮に傷が入るから。
でも、あれを狩ったという事は、黒騎士は深度二に進むな。深度一を卒業する目安が黒オオトカゲの討伐だから。
でもあの人、ついこの間初心者講座を受けたばっかりだったはず。
普通は、受講して森に入り、大体一ヶ月から二ヶ月程度で深度二に至るんだけど。まさか数日で進める人が出るとはなあ。
黒騎士よ、少しは遠慮というものをだね。本人はしれっとした顔で、素材屋に向かってるけど。
素材屋の若い人も、ぽかんだよ。そういや、私が最初に魔の森に入って帰ってきた時も、あんな顔をした人がいたなあ。私の場合は、年齢がね……
眺めていたら、黒騎士の方から深度を進める話が出た。
「明日からは、深度二に入ってもいいのだな?」
「ええと、お待ちください……」
若い素材屋、何やら手元の冊子で確認中。見た目からして、新人かなあ? 中堅とかなら、黒オオトカゲを見た時点で深度を進める許可を出すのに。
若い素材屋が冊子で一生懸命黒オオトカゲを探している間に、広場の奥から中年の素材屋が来る。
「何やってんだ新人!」
あ、やっぱ新人だったか。今来た人は、見るからに中堅以上だなあ。彼等は何故か勤続年数が長くなればなる程、一様に柄が悪くなっていくんだよね。
まあ、森に入る連中なんて、気の荒いのばっかだから。そういう連中と対してると、どうしても柄が悪くなるんだろう。
「あ、あの、こちらの人が、黒オオトカゲを狩ってきて、明日から深度二に入りたいと」
「お。こりゃ立派な黒オオトカゲだな。兄さん、あんたが狩ったのか? 一人で?」
「ああ」
「よし、じゃあこの鑑札を。次からは深度二まで進んでいいぜ」
「感謝する」
「いいって事よ。明日からも、いい成果を期待してるぜ」
そう言って、中堅素材屋は新人を引っ張りながらその場を立ち去った。
黒騎士がもらった鑑札、あれは余所から来た人用のもの。ペイロン関係者は顔なじみだから、わざわざ鑑札出す必要がないんだ。
役所の人間が、手間をケチってるともいう。
「ローレル嬢、あなたも戻っていたのか」
「え? あー、はい」
見つかっちゃった。まあ、ボケーっと見てたからね。
「あなたは奥まで入るから、もっと遅くなるかと思ったんだが」
「ええ、本当ならそうしたいところなんですけどね……」
「ローレル嬢?」
深度五って、森の入り口から徒歩で片道二時間ちょっとと言われている。私は魔法で色々やってもっと短くしてるけどねー。
そして大事な一点が。私、森に入っていい時間が決められているんだよ。ある意味門限のようなもの。
それが、午後五時までなんだ。森の中での宿泊も許可が下りてないから、深度五に行っても、あんまり狩る時間がない……
「悔しいいいいいい!」
「え?」
しまった。黒騎士の前で、つい。一応伯爵家の娘で、ペイロンとはいえそれなりの淑女教育も受けたけど、やっぱり地がねえ。
前世は中流よりやや下くらいの庶民だったし、こういう時に化けの皮が剥がれる。
でもまあ、この素を見て結婚を諦めてくれれば、それでもいっか。
「失礼。私は森の中に入っていい時間帯が決められているので、それが悔しくて」
「そうでしたか」
納得したとう風に頷く黒騎士。あれえ? 思っていたような反応じゃないんですけ
ど。
「あー……先程見てましたが、黒オオトカゲを狩ったんですね」
「ええ。アスプザットから、あれを狩れば深度二に進めると聞いたものですから」
ん? ヴィル様、そこは真面目に答えたんだ。まあ、嘘を吐くのはあの人らしくないもんね。
どっちかっていうと、ロクス様の方がにっこり笑って嘘を言いそう。コーニーの嘘は、私以外の人は見抜けるからいいんだって。解せぬ。
ふと気配に気付いて目を上げると、黒騎士がこちらを見ていた。じっと見られると、落ち着かないんですけど!
「それにしても、初心者講座からまだ十日かそこらですよね。それなのに、深度二に進むなんて」
「ああ、アスプザットにも時間をかけるよう言われていたのだが……やはりどうにも焦ってしまう」
「焦る?」
何を? そんなに奥で強い魔物を狩って、自分の腕を上げたいのかな?
あれ、また黒騎士がこっちを見て……見つめてる?
「あなたに、追いつきたいから」
「へ?」
「森に入れる深さで劣っては、負けたも同然。このままでは、口説く事もままならない。それは、私自身が許せない!」
「はあ?」
「必ずや! 私も深度五まで進む事をここに誓いましょう!!」
いや、そんな誓いはいらないのだが。
つか、今知った。黒騎士、見かけによらず脳筋だ……どうしよう、脳筋の人間は、ペイロンの地と相性がいいんだけど。
これ、黒騎士がずっとここに居続けるってルート、あるんだろうか……
つか、誰だ黒騎士に変な考え吹き込んだの!
「あのう、つかぬ事を窺いますが、何故いきなりそんな事を考えたんですか?」
「そんな事とは?」
「いえ、深度云々です。その、誰かに何か、言われませんでしたか?」
何となく、誰が言ったか想像出来るんだけど。一応、確認をね。
言い渋る黒騎士にさらに問い詰めたところ、予想通りの名前が出て来た。
「……アスプザットが、深度で劣っている間は、あなたは振り向くことはないと」
ヴィル様ああああああ! 嫌いなのはわかってるけど、そういう事言っちゃだめでしょうが! 本気にしちゃってるよ黒騎士。
深度で劣ってる間は振り向かないって事は、同等かそれ以上になったら振り向くって意味も含むんじゃないのこれ!?
ヴィル様は、たまにとんでもない事をしでかしてくれる。いや、いい人なんだけどね。いいお兄ちゃんなんだけどね!
どうしたもんかと頭を抱えていたら、黒騎士に尋ねられた。
「あなたの成果は、どこに?」
「ああ、それはこの中に……」
「これ? ……この、小さなバッグに?」
あれ? 黒騎士は収納バッグ、知らないのかな? まだ身内での試用中ではあるけれど、こんなん作ったよーっていうのは、もう周知されてるはずなのに。
「魔道具です。見た目以上のものを出し入れ出来るんですよ」
「なんと……」
昨日コーニー達が出してる時、見ていなかったのかな。興味深そうにバッグを見ている。
「これに、一体どれだけの魔物が入っているのか」
「……見ますか?」
「いいのか!?」
凄く嬉しそう。そうか、この人も魔物を狩るのが楽しいんだな? 脳筋だもんな。
よしよし、なら深度五で狩ってきた魔物、見せてあげよう!
「奥の買い取り所の方で出しますよ。その方が、邪魔にならないだろうし」
何せ広場は他の人達が狩ってきた魔物で埋め尽くされてるからね。広場は割と早い者勝ちなところがあるのだ。
買い取り所は広場の縁にあって、森の入り口の真反対。木造の横に長い建物で、広場に面してる側は壁がない建物。出入り自由って感じ。
同じような建物が横にいくつか並んでいて、そっちは軽食とか酒なんかを出してくれる食堂になっている。
「こんにちはー。買い取りお願いしまーす」
「はーい。……あら、レラ様じゃありませんか」
「うお! 出たなお色気怪人!」
「いい加減やめてくれません? その変な呼び方」
「えー? だってー」
ばっちり胸やら腰やら強調する服着てるじゃーん。
買い取り表片手に奥から出てきたのは、黒髪垂れ目にナイスバディな顔見知りのお姉さん。左目に泣きぼくろがあるのがまた色っぽい。
小さい頃、初めて会った時に思わず「お色気怪人」って呼んで以来、何となくそのまま私の中で定着しちゃったんだよなあ。
ちなみに、同じタイプのシーラ様にそれを言わなかったのは、多分自衛本能のなせる技だったんだと思う。
シーラ様、怒るとめちゃくちゃ怖いから。かといって、目の前のお色気怪人……も
とい、素材屋のジルベイラが怖くないかというと、それもちょっと違う。
彼女は、自分の容姿にあまり関心がない。綺麗であってもナイスなスタイルであっても、どうでもいいようだ。
ついでに、私が彼女を「お色気怪人」と呼ぶ事自体も、どうでもいい事に分類されているらしい。でなかったら、今頃大目玉を食らってる。
そんな彼女が肌や髪のケアをして、スタイルを強調するような格好をしているのは、それが自分の武器になると知っているから。
使えるものは何でも使う。そういう合理的なところは、さすがにペイロンの血だ。
ジルベイラは、ペイロン伯爵家の分家の娘になる。伯爵とシーラ様のはとこに当たるはず。
ただ、彼女は魔力が低く、かつ筋力もそうない為に戦闘能力がないと判断されたらしい。だから、ペイロンの序列は低いそうな。
それでも本家や地元の役に立ちたいと、魔物や森の事を勉強して素材屋として働いている。そういう面は、とても優秀な人なんだ。
そのジルベイラが、辺りを見回している。
「ところで、買い取りの魔物はどこです? 広場?」
「違う違う。こっち。ちょっと場所空けてもらっていいかな」
「ああ、例の新作魔道具を使ってらっしゃるんですね。ならこちらにどうぞ」
ジルベイラに案内されたのは、買い取り所のさらに奥。こんな場所、あったんだ。
「ふふ、レラ様が面白いバッグを作ったって聞いたものだから、きっと必要になると思いまして、増設しました」
「なんで私が考えた事わかるのー!?」
「何となくですわ」
もう! 相変わらずだなジルベイラは。
「だからお色気怪人だって言うんだよ……」
「色々と失礼ですよねー。大体、お色気という点で言うなら、シーラ様もそうじゃありません?」
「いや、シーラ様にそれを言う勇気、私にはありませんて……」
「それをここで言ってしまうのが、レラ様ですよね」
バッグからあれこれ出しながらも、お互いに軽口を叩き合う。付き合いの長さもあ
るけれど、彼女とは相性が割といい。
そうでなければ、いきなりお色気怪人とか言わないから。
にゅるんにゅるんと狩った魔物を出していくと、段々ジルベイラの顔が険しくなっていった。
「レラ様、確認ですけど」
「何?」
「これ、今日一日だけで狩ったんですよね?」
「うん、そう。何か、問題でも?」
「ええ、あるかも知れません」
え? マジで?
結局、買い取りはまた後日という事で、狩った魔物はそのままバッグに逆戻り。
ジルベイラと一緒にヴァーチュダー城に戻って、伯爵と話す事になった。
あ、黒騎士もいたわ。
城の表側、伯爵の執務室に通された。執務机の前に設えられたソファセットに、全員で腰を下ろす。
「それで? 簡単な話は通信で聞いたが、詳細を聞かせてくれ」
「はい閣下。まずは、こちらをご覧ください」
ジルベイラが伯爵に渡したのは、さっき私がバッグから出した魔物の一覧だ。そっか、あんなにあったのか。
「うん? ……これは」
何故か、一覧を見ていた伯爵の顔色が、徐々に悪くなっていく。え……そんな変なもの、狩ったっけ?
「特に、後半が顕著です」
「そうだな……」
二人は何やらうなずき合うと、私を見た。
「レラ、話を聞かせてくれ」
「一覧にある魔物を、深度五のどの辺りで狩ったか、詳しく教えてほしいんです」
どの辺りと言われてもなあ。
「深度五に入ってまもなくの辺りですよ。森での宿泊が認められていないから、日帰りでしか行けないし」
大変不満です。でも、まだ未成年だから外泊禁止って言われたら、従うしかないんだよね。年齢ばかりはどうしようもない。
なので、日帰り出来る距離の深度五エリアにしか入っていない。具体的には、深度四と五の境目辺り。
本当は、もっと奥まで行きたいんだけどなー。
私の話を聞いた二人は、同じように眉間に皺を寄せている。さっきの話と合わせると、何か良くない事が起こってる?
「閣下……」
「レラが戻ってきてるって事は、ヴィル達も戻ってきてる頃だろう。シーラも交えて、話す」
「はい」
伯爵の言葉に、ジルベイラが力強く頷いた。
「レラ、奥へ行くぞ」
「はーい」
本当に、何が起こってるんだっての。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます