第30話 魔の森
久しぶりのペイロンに浮かれていたのに、いきなりプロポーズされるわ、実家を継ぐ話が出てくるわ、母の実家が暗躍してるわ。
盛りだくさん過ぎてキャパオーバーだっての。
「せっかくのペイロンなのにい……」
「大分お疲れね、レラ」
ただいま寝室のベッドの上。コーニーと二人でダラダラしてます。夜も大分遅いし、本当は明日に備えて寝た方がいいんだけど、興奮状態だからか寝付けない。
コーニーがここにいるのは、そんな私を心配して。いつも私の気分が落ちてる時は、そっと側にいてくれるんだよなあ。
コーニー大好き。
「もう本当、自分が男だったらコーニーをお嫁さんにするのにー」
「あら、私が男でレラのお婿さんになる手もあるわよ?」
「それはもったいないからダメ」
「どういう意味よ」
その将来性有望な胸部装甲がなくなるのは、色々損失なので嫌です。
そんなコーニーも、いつかはどこかにお嫁に行っちゃうんだよなあ。寂しい。
あ、お嫁と言えば。
「今更なんだけど、ヴィル様ってまだ結婚相手、決まってないよね?」
「派閥間での調整が、うまくいっていないらしいの。お母様達が話しているのをちらっと聞いただけなんだけど。候補だけはたくさんいるらしいわ」
「そっかー」
アスプザット家は派閥のトップだから、余所の派閥のお嬢さんをもらうにしろ、同派閥のお嬢さんをもらうにしろ、調整が必要らしい。
他派閥からだと同派閥からの突き上げをくらうし、同派閥からでも「何故うちじゃないんだ」的な事を言われるんだって。
どっちにしても大変だ。
「またヴィル兄様が人気だから、色々大変みたい」
「あー、なるほどー」
ヴィル様、見た目はいいからなあ。あ、剣の腕もいいし、頭もいい。家族思いで弟妹にも優しい。
うん? ヴィル様のダメなとこって、どこ?
「コーニー、大変だ」
「どうしたの?」
「ヴィル様の悪いところが見当たらない」
「……それはいい事なんじゃなくて?」
あれ? そうなの?
「でもほら、一つくらいダメなところがあった方が、親近感がわくというか」
「兄様の結婚はほぼ政略だから、お互いを尊重しあえる相手であればいいと思うわよ?」
えー? どうせなら、素敵な恋愛をしてほしいじゃーん。折角イケメン頭良し腕良しの三拍子……どころじゃなく揃ってる人なんだから。
「もう、レラったら。兄様の事は置いておいて、自分の事をまず考えなさい」
「えー……でもお、黒騎士の事を考えるのもなあ」
どっちかっていうと、「なんでいきなりプロポーズしたんだよ」としか思えない。何か、裏があるとか?
でもなあ、伯爵家の娘とはいえ、三歳で実家を出された出来損ないだしい、私と結婚して得られるメリットって、ほとんどなくね?
本当、不思議。
「ともかく、お母様が突きつけた条件があるじゃない? 来年のあなたの誕生日までに、ユーイン様はレラを口説き落とさないといけないんだから。これ、今まで以上にぐいぐいくるかもよ?」
「うげ……」
あの何考えてんだかわかんない様子で、押されまくるのか? ちょっと勘弁……
「まあ、強引な手は使えないだろうけど」
ああ、シーラ様の「一生女性が必要ない体にする」発言があるからね。さすがシーラ様、エグいわあ。
そもそも、黙って強引な手なんて使わせるかい!
「襲われそうになったら、魔法で反撃する!」
「それ、相手が死にかねないからやめて」
「事故って言っておく」
事故なら、最悪の結果になっても仕方ないよね?
笑顔で言い切ったら、コーニーが呆れた様子で溜息吐いてる。
でもさあ、見てくれはよくてもよく知らない相手からいきなりプロポーズされた身にもなってほしい。
軽くホラーなんだけど。
「まあ、ユーイン様も、どうしてこんな急にとは思うわね」
「でしょ!? もうちょっと段階踏んで欲しいよ」
「でも、段階踏んでもレラだと気付かないんじゃないかしら」
ぐ……コーニー、酷い。でも反論出来ない。自分でも、そうだって思うから。
だって! 仕方ないじゃない! 前世でもモテた経験なんかないし、お付き合いした記憶もない。あれだ、喪女ってやつだ。
そして今世では育った場所が脳筋の里。恋に恋する乙女な心が育つ素養がみじんもないよ。
毎日のように体鍛えて魔法鍛えて魔物狩っての日々だもん。
「あちらも、レラのそういうところをわかっていて、いきなりの求婚だったんじゃない?」
「えー? そうかなあ?」
それはそれで、いつどこでそれを知ったんだって疑問が残る。何にせよ、今の私は十三歳、もうじき十四歳のお子ちゃまだ。
いや、来年には成人するけどさ……この国、十五歳で成人なんだよね。
そういや、襲爵も来年だっけ? それ以降なのかな? 何にしても、面倒な事この上ない。何でこんな事になったんだろう?
「とりあえず、明日から楽しみね」
「憂鬱です……」
明日なんてこなければいいのに。
晴れ渡る空、濃い緑の匂い。ああ、魔の森だあ。
「今日もいい魔物狩り日和りだね!」
久しぶりの魔の森だよ! テンション上がるう。朝から森用のつなぎを着て、長靴も履いて準備万端。
これ、どっちも魔物素材で作ったもの。つなぎも長靴も中に履いてる靴下も通気性、吸水性、伸縮性に優れていて、いくら動いても汗でべたつく事がない。
長靴もそうだから、足が蒸れる事なく行動可能。これも、随分前に作ったんだよなあ。
しかも表面は防水性に優れているというね。森の中って、湿地帯とかあるからさー。これでないと、靴や服が濡れて大変なのよ。
でもこれら、最初は周囲から変だって笑われたんだよなあ。腹が立ったから、最初は自分一人で使って森に入ってたわ。
でも、同行していた大人が私の様子から興味を示し、一人二人と使うようになって、今では魔の森の標準装備になっている。
はっはっは、機能性は勝つのだ!
天気のいい空に向かって右手を突き出し笑っていたら、背後から声が聞こえてきた。
「夕べ憂鬱とか言っていたの、誰かしら……」
「そんな事を言ってたの?」
「大方フェゾガンが原因だろ」
相変わらずのアスプザット兄妹ですね! そして、ヴィル様に憂鬱の原因と言われた黒騎士はといえば、しれっとした顔で側にいる。
まあ、魔の森で鍛えたかったそうだから、ここにいるのも頷けるというもの。
にしても、イケメンは何着ても似合っていてムカつきますね! それ言ったら、ヴィル様やロクス様もか。
コーニーは何着ても綺麗可愛いのでいいのだ。
つなぎ、私とコーニーはおそろでオレンジ、ヴィル様が紺でロクス様が緑。黒騎士はビギナー用の赤だね。長靴だけは皆そろいで黒。
他にも森に入る人達は皆同じようにつなぎに長靴なんだが、柄は迷彩。
……冗談半分で研究所に作ってもらったら、森の中では本当に紛れ込めるらしく、高評価でしたよ。
その分、仲間同士も見失うという問題が発生しまして。慌てて研究所の方から仲間同士を認識出来るアイテムを出したさ。有料だけどな。
ちょっと前の事を懐かしく思い返していたら、黒騎士がすっと私に近寄ってきて手を差し出した。
「ローレル嬢、魔の森を案内してはもらえないか?」
「あ、無理です」
「え……」
黒騎士からの依頼を速攻断ったら、ヴィル様がお腹抱えて笑ってる。さすがの黒騎士も、その様子にはむっとしてるみたい。
でも、無理だから。
「黒騎……あなたは魔の森の初心者なので、初心者向け講座を受講する必要があります。受付は向こうですよ」
あなたが着ている赤のつなぎは、そういう意味。周囲にお仲間がいるでしょー。
「講座? 受講?」
「受付で詳しく教えてくれます。それを受講しないと、魔の森には入れません」
これ、実はアイデア出したのは私。私が森に入るようになったのは七歳から。その頃の魔の森って、返ってこない人の数が多くてさ。
特に、新人って呼ばれる、森に入り始めて一年未満の人達の死亡率がもの凄く高かった。
なので、それを下げる為にも、ベテランに魔の森の危険な箇所や歩き方を教えてもらう講座を開設してもらったんだ。
それまでは、先達の技術を見て盗め! っていう、乱暴なものだった。いやいやいや、出来る人は出来るけど、出来ない人はそれ絶対無理なやつだから。
なので、あらかじめ知っておきたい知識や技術をまとめて、さらに慣れている人を講師役に据えて講座を開設してもらったんだ。
まずは座学で一応の知識を、その後実際森に入って実地で学ぶスタイル。この時に、深度一に入る許可ももらえるって訳。
これをやってから新人の死亡率がぐんと下がって、その結果を受けて魔の森に入るには、初心者講座の受講が必須になったんだ。
魔の森に入る人間なら、誰でも講座は受講しなければならないもの。身分は関係ありません。
何故だかショックを受けている黒騎士の肩を、ヴィル様がぽんと叩く。
「という訳だ。フェゾガンは他の新人と一緒に初心者講座を受けてこい。レラは俺達と森だな」
「あ、それですが。私、単独でペイロンヒヒを狩ったので、深度を五に進められる事になりました。なので、一人で行きます」
「はあ!? ペイロンヒヒを単独で!?」
「レラ、それ本当?」
「本当ですよ。疑うのなら、伯爵に確認してください」
ヴィル様もロクス様も、信じてくれないのかね? まあ、ペイロンヒヒって、厄介な魔物だからなあ。
「あれ、単独で狩れるものか?」
「信じられないけど、伯父上に確認しろって言われては……ね」
「兄様達! レラが凄腕なのは今に始まった事ではないでしょう? どうして信じないのよ」
「いや、そうは言っても、ペイロンヒヒだぞ? すばしっこい上に魔法攻撃が効きづらく、かつこちらの魔法防御をぶち破ってくる厄介な魔物なんだぞ? それを単独で狩ったと言われても、すぐには信じられないって」
ヴィル様の言い分もよくわかる。実際、狩るのは大変だったから。
「レラ、信じていない訳じゃないけど、どうやって単独で狩ったんだい?」
ロクス様に聞かれたので、素直に答えておく。別に隠す必要はないから。
「こっちの速度を魔法で上げて、相手よりも速く動けるようにしたんです。その上で、鋼鉄製の鏃にちょっと細工して、それを魔法で撃って攻撃しました」
銃のような感じ。鏃が弾丸代わりだね。矢にするよりも扱いが楽だったよ。
あと、鏃の形にもちょっとした工夫をしてみた。前にテレビで見た貫通力のある鏃ってのの形をうっすらと覚えていたから、それを参考にして作ってもらったんだー。
……何でそんな番組見てたんだって話だけど、ドキュメンタリーって面白いんだよ。
んで、私はいらない知識程頭に残るタイプなのだ。おかげで勉強にはさっぱり発揮されない記憶力だったけどね……
それはともかく、一応矢にしたものでも試したけど、やっぱり鏃単体の方が簡単に撃てたわ。
私の説明に、ヴィル様もロクス様も顔色を青くしてる。なんで?
久しぶりの魔の森は、相変わらずやかましい森だった。うん、ここが静かで綺麗だった事なんて、記憶にある限り一度もないな。
「向こう行ったぞ!」
「追え追えええええ!」
「今日こそは丸焼きにしてやるうううううう!」
そんな人々の声と共に、あちこちから魔物の叫び声や怒りの鳴き声が響く。ああ、これぞ魔の森。
普通の狩りなら人の声で獣が逃げるんだろうけど、魔物は逆に寄ってくるから。
ああやって声を出しておびき寄せ、迷彩つなぎで相手の目を攪乱、隙を突いて狩るそうな。
「さて、急がなきゃ」
深度五って、森の入り口からかなり奥に入ったエリアだから、行って帰ってって考えると、結構な距離なのだ。
本当は、深度五にもなったら森に一泊コースなんだよね。だから研究所も、簡易宿泊所の開発に手を付けたんだから。
深度四までは、森の中に道が出来ている。獣道ではなく、割とちゃんとした道。といっても、下草を刈って歩きやすいようにしてあるだけだけど。
でも、深度五からはそれもない。道なき道を、自分の力だけで進まなくてはならなくなる。
というのも、深度四まではそれなりに入れる人がいるから。アスプザットの兄妹も、深度三や四まで入るし。
でも、深度四と五の間には高くて分厚い壁があるのだ。その為の試金石が、ペイロンヒヒの討伐って訳。
ヴィル様も言っていたけど、あれは魔法士泣かせな魔物なんだよね。大体は、複数人……それも物理攻撃と物理防御に長けた者を複数配置したパーティーで挑む。
それを単独で狩ってきたんだから、そりゃヴィル様達も簡単には信じないよねー。伯爵も驚いていたし。
「さーて、初の深度五。何が出るかなー?」
本当は、深度五も越えて、森の中央まで行く予定だったんだけどなあ。そうしたら、森を越えて向こう側の国へ行けるはずだったのに。
でも……
「む? 前方二時の方向に敵発見!」
深度五に入ったら、途端に魔物を見つけた。よっしゃ! 本日初の狩りと行くぞー!!
収納魔法は、大変いいものです。今までは、狩った魔物は移動陣を使って森の入り口の広場に送るしか運搬方法がなかったんだけど、これのおかげで手元から離さずに運べるよ。
まだ試作段階だから他の人には貸し出せないけど、正式運用になったら、研究所の方から発売なりレンタルなりされるでしょう。
という訳で、私以外の人は今も移動陣で広場に獲物を送ってる。
本日の収穫。ペイロンヒヒ二頭、森林羊亜種三頭、大牙ウサギ一羽、大こぶ猪四頭。はっはっは、一日の結果としては大猟大猟。
他にも虫系の魔物も出たけど、あれは素材が安いので全て丸焼きにしておいた。虫嫌い。
結界で包んでから焼けばいいってわかってから、虫系は全て丸焼きにしてる。形が残るのを見るのは嫌だから。黒焦げの炭にしてしまえば、見ても問題なし。あの形状がね……
他にも深度五までの行き来で狩った魔物もいるから、こっちは私の蜘蛛、アルビオンへのお土産だ。
そこそこ強い魔物も狩ったので、いい餌になるでしょう。そしていい糸を出してもらおうじゃないか。
あ、森林羊亜種の毛も、いい毛糸になりそう。糸を染めてショールにでもしようか
なー?
るんるん気分で森から出たら、何やらぐったりしている人多数。何かあった?
「お、レラか」
「ヴィル様、この人達って……」
「ああ、森に入る前に伯父上に捕まって、今回の初心者講座、実地の付き添いをやってたんだ」
「え? ヴィル様が?」
「そうだが?」
ああ、それでこの……ヴィル様って、体力お化けだから、この人のペースで森を歩くの、大変なんだよね。
今回の初心者講座の方々、お疲れ様です。
「……そういえば、黒騎士も初心者講座を受講していたのでは?」
「あいつならあそこだ」
ヴィル様。すごいぶすっとした顔。彼が指差す先には、いつもと変わらない様子で立っている黒騎士がいる。
ああ、ヴィル様の体力についていけたのって、黒騎士だけだったんだ。さすがは騎士ってところかな。
「レラ、朝ぶりね」
「コーニー、ロクス様も。二人も、今戻ってきたの?」
「ああ、久しぶりの森で、ちょっとはしゃいでしまったよ」
ロクス様がはしゃぐ……コーニーを見ると、苦笑しているよ。
「二人の狩りの結果、楽しみですねー」
「そうだなー」
私もヴィル様も棒読みだが仕方ない。今日の森の魔物にとっては、災難だったなとしか言えないや。
でも、魔物だからいっかー。
コーニーとロクス様の結果、凄かった。試作品の収納魔法を付与したバッグ、二人にも貸し出してるんだけど、広場で中身出してる間中周囲からどよめきが起こってたわ。
「凄えな……」
「つかなんだ? あのバッグ」
「ああ、研究所の試作品らしいぞ」
「本当か!? ああ、早く販売してくんねえかなあ……」
「ばーか。最初は高すぎて俺らには手が届かねえよ。それよりは、貸し出しの方を狙う」
「それだって、貸出料、高えぞ?」
「買うよりは安く抑えられるさ」
獲物の話というよりは、収納バッグの話かね。いや、話題になってくれるのはいいんだけど。この先の事もあるし。
売れてくれないと、私の取り分が増えないからねー。レンタルでもいいよ。
「さあ、これで全部よ」
コーニーとロクス様の前にうずたかく積み上げられているのは、森林羊、ペイロン山羊、ペイロン狼、ミドリシマトカゲ、ペイロンオオヘビ、それらが複数。随分狩ってきたねえ。
「レラの方は、今日の結果はどうだった?」
「そこそこー。コーニー達はまたたくさん狩ってきたねえ」
「久しぶりの森だったから、頑張っちゃった」
にっこり笑うコーニーは、黒の巻き毛が少しも乱れていない美しい様子。うん、汗にまみれて狩りをするのは、コーニーらしくないからね。
「バッグの使い心地はどう?」
「いいわね。ただ、大きな獲物を入れる時の、あのにゅるんって感じが、ちょっと……」
あー、あれなあ。確かに見た目シュールなんだよねえ。私は妙な慣れがあるけれど、そうでない人には確かに気持ち悪いわな。
「その辺りは、改善点としてあげておくわ」
「お願いね」
何せまだ試作品。これからまだまだあれこれ機能を盛り込んでいかなくては。
いやあ、完成までの道のりは遠いなあ。
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