第23話 祭りの当日

 準備期間はあっという間に過ぎ去り、とうとう学院祭当日であーる。


「いやあ、何だかあっという間だった感じ」

「本当にねえ」


 コーニーと二人で、正門前に。アスプザット侯爵夫妻とヴィル様のお出迎えでーす。


 ロクス様がここにいないのは、監督生の仕事があるから。学院祭は何かとトラブルも起こりやすいので、監督生達は大変なんだとか。


 お疲れ様でーす。


「あ、来たわ」


 見慣れた意匠の馬車が向こうからやってくる。正門前で停まり、中からヴィル様が先に出て来た。


「お、出迎えか?」

「そうでーす」

「久しぶり、兄様」

「二人とも、元気そうで何よりだ」


 挨拶を交わしながら、シーラ様が下りるのに手を貸している。シーラ様、本日の衣装も凄い。


 昼間の装いなので肌の露出はほぼないのに、むせかえるような色気です。さすがシーラ様。周囲の男子学生も、顔を赤く染めながらこっちを見てるよ。


 当人は、私とコーニーに向かってにっこりと微笑んでいる。


「久しぶりね、コーニー、レラ。元気にしていましたか?」

「ええ、お母様」

「二人とも変わりありません、シーラ様」


 笑顔で頷くシーラ様の後ろには、今馬車を降りたサンド様が。あれ? ちょっとお疲れの様子。


 シーラ様にこそっと聞いてみる。


「サンド様、お疲れのようですね」

「ええ、ちょっと王宮でもめ事があってね。うちの人が仲裁を任されたのよ」


 あー、何か面倒臭そう。サンド様、本当大変ですね。


 アスプザットは派閥のトップなので、そういう仲裁役もやらなきゃならんみたい。


 しかも、自派閥間のもめ事だけでなく、他派閥とのもめ事とかあった日には……ね。貴族ってたいへーん。




 学院祭では、親や親族を学生が案内するのが伝統だそうです。諸々の事情で出来ない場合を除き、どこの家もそうしてるそうな。


「ヴィルの時から来ているから、もう恒例行事のように感じるわ」

「そうだなあ。うちはレラで打ち止めか。少し寂しいねえ」

「嫌だわあなた。まだ先の話よ」


 ぽつりと呟くサンド様に、シーラ様が苦笑する。自然に私も入ってる辺り、お二人の思いが身に染みます。ありがたや。


「今からだと、どこがいいかしら?」

「学年を問わずなら、剣の模擬試合が見られるんじゃない?」


 コーニーとプログラムを見ながら相談中。効率良く見学出来るよう、案内しなくては。


 事前にある程度回る順は決めておいたんだ。プログラムはもらってるから。で、その中から見応えのありそうなものをピックアップしている。


 そして、こっそり自分が出演する分は削ろうかなあとか考えていたら、コーニーに阻まれました……くそう。


「そういえば、あなた達二人は何をやるの?」

「私は乗馬よ」


 コーニーがやるのは、前世で言うところの障害飛越競技ってやつ。その為のコースも馬場に作ってある。


「レラは?」

「総合魔法で、集団魔法を見せます」

「集団魔法を、見せる?」

「詳しくは、見てのお楽しみという事で」


 何せ幻影を見せる術式だからねー。内容だけでなく、何をやるかを言っちゃうと面白みが半減すると思うんだ。


 デロット先生とは、その後も打ち合わせの為に何度か顔を合わせ、その度に絵の方向性も相談しあった。


 おかげで満足のいく出来ですよ。いやあ、先生がいてくれて、本当に良かった。


 これまでの制作のあれこれを思い出していたら、いつの間にか剣の模擬試合会場に着いていた。わあ、凄い人。


「席、あるかしら?」

「大丈夫でしょ。観客席はかなり大きめに作ってあるっていうし」


 見渡せば、それなりに空いている。この時間帯、馬上槍試合もあるから、そっちに人が流れているのかも。


 模擬試合とは言え、実力が拮抗している生徒同士でやるものだから、結構な迫力だ。


 しかも、剣の選択授業を選んでる生徒って、高確率で卒業後騎士団に入るっていうからね。剣にかける情熱も凄いよ。


「そういえば、ロクス様って、剣の選択授業、受けてましたっけ?」

「取ってるはずだぞ。でもあいつ要領いいから、こういう場に出ないような成績にしてるんだよなあ」


 何それ凄い。ヴィル様曰く、ロクス様が本気出せば、彼の学年で一位を取る事も可能なんだって。


 でも、剣の授業も上位陣がこの模擬試合に出るから、それに引っかからないようにコントロールしてるんだとか。


 ロクス様って……でも、監督生からは逃れられなかったんだ。あれは教師からの指名制だそうだから。




 その後もあちこちの模擬試合や展示などを見て、昼食前にコーニーの乗馬を見に行く。準備の為に、ちょっと前に彼女とは別行動。


「馬場はこっちですねー。室内では古典馬術の実演中です」

「コーニーの出番まで、そっちを見ていこうか」


 サンド様の一声で、古典馬術の見学へ。


 体育館くらいの広さの円形の建物に、円形の馬場とその周囲に観客席。古典馬術はもう始まっていて、人を乗せた馬達が整列して移動していく。


 あー、これ、前世にテレビで見たことあるー。海外の旅番組だったかなあ。あの時も思ったけど、揃った動きをする人馬って、綺麗だよねえ。


 古典馬術を見た後は、いよいよコーニーの乗馬だよ。既に馬場の観覧席は大分埋まってる。


「おや、人気だねえ」

「女子の乗馬は毎年こうらしいですよ」

「ほう?」


 おっと、サンド様の目が怖いです。女子の乗馬と言っても、服装は乗馬服なのになー。


 あ、でも普段スカートで隠れている足の形が見えるか。ぴったりとしたパンツスタイルだから。動きやすいよう、伸縮性に富んだ素材で作られております。


 ええ、魔物素材ですとも。蜘蛛絹混合繊維、こんなところでもお役立ちとは。


 蜘蛛絹と羊型魔物の毛から採れる繊維と植物型魔物から採れる繊維を合わせると、伸縮性、吸湿性に優れた糸が出来るそうな。


 で、それで織った布を使ってるのが、あのパンツ。女子の足の形がばっちりわかるので、男子の観覧者が多いという訳だ。


 背後に座ったサンド様から、冷えた魔力が流れてくるんですけどー。怖い。


「あ、始まりますよ」


 コーニーの学年は、女子五人男子五人の計十人。成績順ではあるけれど、男女同数にするのが総合魔法と違うね。


 こっちは男女関係なく上から数えてるから。多分、熊が面倒臭がった結果だと思う。


 さっきの古典馬術とはまた違い、次々と軽やかに障害を飛び越えていく姿は、颯爽としていて格好いい。


 特にひいき目で、コーニーの乗馬は綺麗だと思う。


 何人かは飛び越えに失敗し、バーを落としていた。中には直前で馬が飛ぶのを怖がったのか、障害を避けちゃった子もいる。


 それも含めて、なかなか楽しめました。


「ただいま!」


 待ち合わせ場所で待っていると、制服に着替えたコーニーが来る。


「お帰りコーニー。お疲れ様」

「とても上手だったわよ」

「日頃、きちんと授業を受けているのが窺えたよ」


 シーラ様とサンド様の言葉に、コーニーが照れくさそうな笑顔を浮かべる。両親に褒められるのって、嬉しいよね。


 私も前世の学生時代、そうだったなあ。まあ、中学生くらいになると、親の評価なんていらねーやって強がってたけどさー。


 今思うと、ありがたいよね、本当。


「そういえば、レラの総合魔法の方はまだだったかしら?」


 おっと、しんみりしていたらコーニーから質問が来ちゃったよ。


「うん、学院祭が終わる間際にやるから」


 明るい空より、薄暗くなった方が映えるって事で、この時間帯に決まったんだ。練習中、周囲から見えないようにするのが面倒だったなあ。


 という訳で、総合魔法の実演の時間まではその辺りを適当に見て回る事になりましたとさ。




 今日は雲一つないいい天気だから、夕暮れの今時は空の色が綺麗なグラデーションになってる。オレンジから白、薄いブルー、濃いブルー。


 幻影は透過にはしていないので、周囲が明るくても見づらくなる事はない。その辺りは、調整済みだからねー。


 さあ、いよいよ私達総合魔法の実演が始まる。


『これより、模擬試合会場において、総合魔法の実演が始まります』


 放送も魔法なのは、この世界ならでは。スピーカーも、間に合わせだけど作って大正解。マイクとセットで今回の各会場で大活躍だった模様。後で大量発注とか、研究所に行くかもね。


 私は出演者控え室で、最後の打ち合わせ中。術式展開の順番とか、間違うと悲惨だから。散々練習したけど、それでも間違えるのが人間だよね。


 観覧席には、もうコーニーとアスプザット家ご一行様方が座ってるはず。こっちから席は見えるけど、さすがに顔の見分けまでは出来ないわ。


 あ、魔力で感知すればいいのか。お? 結構いい席取れたね。とはいえ、今回の実演、どの席から見てもいいように計算してあるけど。


 何なら、観覧席からでなくとも見えるんだよね。


「よーし、準備はいいかー?」


 熊の声に、出場者が全員頷く。


「んじゃ、お前らの実力、見せつけてこい!」

「はい!」


 試合会場は広くて、円形闘技場のような形になっている。これも今日の為に即席で造ったっていうんだから、凄いよなあ。


 熊の話じゃ、研究所の力を大分貸してるって話。その分の見返りもあるんだろうね。


 円形の試合場のど真ん中まで行進し、そこで一礼。それから決められた位置に散らばった。


 合図は第三王子に任せている。最初熊が私にって言ってきたけど、面倒だからやだって逃げた。


 そうしたら、じゃあ王子にやらせるかって決まったんだよね。本人には事後報告でしたら、さすが王族、爽やかな笑みで引き受けてくれたよ。


 そんな第三王子の声が、試合場に響く。


「始め!」


 集団魔法は、やり方が二通りある。全員の魔力を練り合わせて一つの術式にするのと、一人一人別の術式を起動、結果一つの術式になるようにするもの。今回は後者だ。そうでないと、成り立たないから。


 こっちの方が細かい調整が利いていいんだけど、その分面倒な計算が山のようにあるから大変だったわー。


 まずは背景担当の子が幻影を投影。観覧席からどよめきが聞こえた。ふっふっふ、まだまだこんなものじゃないのだよ。


 次に登場人物の担当が投影。ここでもさらにどよめきが。一部からは黄色い声が上がってる。多分、デロット先生のファンだね。


 知らなかったんだけど、デロット先生って一部の女子から熱狂的な支持を得ているそうだよ。この辺りはコーニー情報。


 さすがにこの術式の事を話す訳にはいかなかったから、熊と職員室に行った時に会ったって言っておいた。


 さて、最後に私の幻影を。一番地味だけど、何気に難易度の高い仕上がりにしてみました。


 私はテキスト担当なんだけど、皆が映した幻影の邪魔にならないよう、下の方に文字を流す、いわゆるテロップ状態にしている。


 こっちに映像はまだないから、テロップそのものがないんだよね。幻影とはいえ文字を流すって辺りに、どよめきというか、驚愕の声が聞こえてきた。


 幻影は、紙芝居……というか、静止画を使った動画って感じ。大盤振る舞いで、録音機を作って吹奏楽部に演奏をお願いし、録音させてもらったものをバックに流している。


 吹奏楽部に、凄く欲しがられたっけ。一応、熊からの貸与って形で期間限定で貸し出す事になったらしい。それが、演奏の報酬って事で。


 幻影の中で、ヒロインが辛い出来事に遭う時には会場から嘆きの声が、あわや命の危険が、という時には悲鳴が上がった。


 なかなか、皆様感情移入してくれてるようで。


 題材にした陽炎の館は何度も劇になっているらしく、そこで使われる音楽のスコアが一般に売り出されているんだって。


 で、それを取り寄せて場面ごとに演奏してもらったものを録音、ここで流してます。


 それにしても、デロット先生の描いてくれた絵、本当に凄いなあ。なんというか、ドラマチックな画風でこの物語にすごく似合ってる。


 あの時、依頼出来て本当に良かった。さあ、物語はクライマックスだ。


 ヒロインがヒーローと敵対する勢力に誘拐され、あわや命のピーンチ! 観覧席からも悲鳴が聞こえるわ。


 でも、ヒロインが冒頭で情けをかけた敵対勢力の下っ端君が、ここで恩を返すとばかりに敵の目をかいくぐってヒロインの元にヒーローを連れてきた!


 追いかけてきた敵対勢力と死闘を繰り広げるヒーロー! もう観覧席は幻影の虜だ!


 間一髪、ヒーローの剣が敵の胸に突き刺さる。力なく倒れる敵。ヒーローは、全てが終わったと確信して、ヒロインを抱きしめる。観覧席からは、感嘆の声。


 最後は、華麗な王宮での舞踏会の一幕。危険も去り、ヒーローとヒロインが仲睦まじく踊る場面で終幕の大きな文字。


 全ての幻影を映し終わり、術式を順番に解いていって、最後にまた第三王子の合図で一礼。


 あれ? 反応、なし? と一瞬焦ったけど、二拍くらい遅れて徐々に拍手が広まり、最後には満場の拍手喝采を浴びた。


 良かったー。大成功だ。暗い色になった空に、試合会場の喝采はいつまでも響いていた。




 合流したら、コーニーとシーラ様が大感激していましたよ。


「何あれ凄いわ!」

「素晴らしい出来だったわ。集団魔法の可能性が開けたわね!」


 そういや、こっちには映像を見せるタイプのエンターテイメントはないもんね。芝居か歌劇がせいぜいか。


「あれは、一体誰が考え出したものなんだ?」

「熊か? だが、あの熊にあんな繊細なものを考えつく感性、あったか?」


 ヴィル様、なにげに酷い。まあ、でもあの熊だからなあ。


「使ったのは幻影の術式ですよ。それを集団魔法用に少し手を入れたんです」

「って事は、レラが考えたのか」


 あ、しまった。何かヤバげな雰囲気……


「それを知っている者は?」

「正確に知ってるのは熊……所長だけで、後は、多分熊と私の二人で作ったと思われてるかと」

「そうか……所長には、私から一言入れておこう。レラ、集団魔法の事を聞かれたら、所長に聞くように言いなさい」

「は、サンド様」


 ……あの集団魔法、ヤバい代物だったんだろうか? でも、攻撃力はないんだけど。


「あなた。ヴィルも。そんな話は後日でいいでしょう? 今日は学院祭を楽しむ日ですよ」

「あ、ああ。そうだな」

「悪いレラ。つい癖で」

「いいえ」


 多分、二人が考えてくれてるのは、私の安全だ。実父が頼りにならない分、ペイロンの伯爵とアスプザットの人達が私を守ってくれている。


 ありがたいと思いこそすれ、迷惑に思う事なんてない。


 学院祭ももう終わり。ちょっと最後に面倒臭そうな雰囲気になったけど、もう全部忘れちゃえ。


 後は熊に丸投げだ。



 後日、学院祭での人気投票で、十年連続一位だった騎獣レースをぶっちぎり、我が総合魔法の幻影集団魔法実演がトップを取ったそうな。


 いやー、頑張った甲斐があったよ。


「でだな、あの魔法、王宮や各種劇場が売ってくれって言ってきてるんだけどよ」

「研究所で適当によろしく」

「丸投げかよ!」


 当たり前じゃない。こういう時の為の所長って肩書きでしょうが。サンド様やヴィル様のお墨付きもあるしね。


 いやー、あの時あの話を聞いておいて良かったわー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る