第24話 収納魔法と更迭と学年末試験

 平和だ。学院祭以降、目立ったトラブルはない。いちいち小うるさいダーニルも、何故だかおとなしいし。


 第三王子も、適切な距離感で接してくれている。たまに未練がましい視線を感じるけれど、無視してればいいし。


 いや、本当にこれ以上の手助けとかいりませんので。下手に王家とお近づきとかになりたくない。


 集団魔法に関して、演劇部辺りから使わせてくれという申し入れがあったそうだけど、研究所の方で権利関係を整理している最中だからと言って保留中、って話は熊から聞いた。


 あれに関しては熊に丸投げなので、私は知らなくていいんだけど。


 まあいい。きっと、これはいい傾向だ。邪魔がいなければ、思い切りあれこれ出来るし。


「という訳で、色々挑戦してみたいと思います!」

「やっと時間が取れたもんなあ」


 現在いるのは、熊ことペイロン魔法研究所のフーマンソン所長が使っている魔道具準備室だ。


 準備室と言えば聞こえはいいけど、ここ、もう熊の実験室になってるよね。いいの?


「いいんだよ。許可は取ってる」

「さすが熊。伊達に所長なんぞやってないね」

「熊ゆーな!」


 何を今更。最近じゃあ、生徒間でも「熊」で通るというのに。


 まあ、今はそれはいい。今日やるべき実験は。


「じゃーん! 大容量収納魔法ー!」

「おお、やっと実現出来そうか?」

「いやあ、長かったわー」


 正直、亜空間収納なら既に理論が確立されてたんだけどね。今のままだと使いづらい術式でしかない。


 まず亜空間を維持する魔力が半端なくかかる。普通の魔法士では、維持だけで魔力切れ起こすんだってさ。


 それに亜空間って理論上限界がないから何でも入れられるんだけど、入れっぱなしで何が入ってるか把握出来なくなるそうな。


 で、次に亜空間に何が入ってるか探索する術式が開発されたんだけど、あれは探索する空間の広さに比例して消費魔力が上がる。


 つまり、広さに限界がない亜空間内でやると、もれなく魔力枯渇を起こしかねないんだな。


 これらから、収納魔法というのは夢のまた夢になっていた。これを逆の発想で使えるものにしようやってのが、今回の実験の趣旨。


 まず、広すぎて使い勝手が悪いってのなら、逆に容量に制限をかければいいんじゃね? って事で、亜空間内に収納用の空間を設定する事にした。


 大きさは単純に大中小。研究所にある倉庫の大きさを基準に、小は倉庫一個分、中は十個分、大は百個分。当然、大きい方が消費魔力は多い。


 で、中に入れた品を覚えていなくても問題ないように、入れる際に自動で登録画面が出るようにした。ゲーム的な、あれなやつ。


 一回登録してしまえば、同じ品は次からは登録しなくても個数で管理してくれるよ。まさしくアイテムボックスだね。


 最初、事前に登録したデータベース的なものを用意しようかとも思ったんだけど、自分で好きに登録するのもいいかなって思って。


 合理性を優先するなら番号だけで登録もありだし、ものに名前を付けるタイプの人はあだ名で登録もあり。


 これで空間維持と探索に使う魔力を軽減出来た。取り出しには引き寄せの術式を使えばいいし、それも登録名と紐付けて出来るようにしてある。


 いやあ、ありものを組み合わせて作ったけど、結構大変でした。調整がね……色々とね……


 という訳で、実験開始! 収納魔法の出し入れには、急ごしらえで作ったバッグを使用。今回は実験なので、容量は小。一番小さいやつだ。


「ん。うまくいった。んじゃ、次はリンゴを入れて……と」


 バッグの口からリンゴを一個、収納魔法に入れる。よしよし、ちゃんと登録ウィンドウが出てきたぞ。


「なんだこりゃ」

「これで入れるものに名前を付けておくんだよ。そのものの名前でも、あだ名でも、番号でもいい」


 ただ、番号だけだと後で個数とごっちゃになりそうだけどね。その辺りは、使用者の好みかな。


 リンゴ以外にも、あれこれ入れてみた。机とかの家具も入れたけど、問題なし。取り出しも大丈夫。


 小さなバッグの口から、にゅるんと出し入れされる大型家具の姿は、割とシュールだったわ……


 でも、これで一応実験成功だ。


「これで魔物を移動陣で送る必要がなくなるー」

「その為の開発かよ」

「当たり前だよ! 森の前の広場で、もめ事が起こるといえば魔物の事だろうが!」


 みんな魔の森からまとめて移動陣を使って広場に狩った魔物を送るから、どれが誰のかわからなくなる時があるんだよね。


 で、これは俺のだいいやこっちのだって争いが起こる……と。中にはわかっていて自分が狩ったんじゃない魔物にまで所有権を主張する連中がいるからね。


 で、それらを解消する為にも、収納魔法の確立を急いだって訳。


「私もよく絡まれてたからさあ」

「ああ……命知らずな連中もいたもんだよなあ」


 うるさいな。ほっとけよ。まあ、絡んできた連中は漏れなく逆さづりにして反省を促していたけどさ。




 他にもあれこれ作ったり実験したりして楽しい学院生活を送っていた。そして学年末試験の到来である。


「どうして学校という場所は、試験が好きなのか……」

「わかりやすいからね。授業態度で成績付けるのも、能力差を考えると限界があるし」


 私の愚痴に丁寧に答えてくれるのはロクス様だ。最近、昼食はロクス様とコーニーの三人で取る事が多い。


 何でも、個別食事会は長期休暇前には増える傾向にあるらしい。でも、もうじき試験期間に入るのにな。


「だからだよ。その前に、なるべく派閥内の調整をしておきたいんだろう」


 なるほどー。派閥って、強固に見えて意外ともろいから、色々な方面から強化を図る必要があるって訳か。


「うちの派閥は、家族ぐるみの行事は夏にあるからね」

「ああ、ペイロンの狩猟祭ですか?」

「そう。内外に知らしめるのにも、いい機会だ」


 ペイロンの狩猟祭とは、その名の通り狩猟と祭りがごっちゃになったもの。もちろん、狩るのは魔物じゃなく普通の野生動物。


 魔物の狩りなんて、普通の貴族には無理だから。アスプザットの兄妹は、その限りじゃないよ。夏の長期休暇は、ペイロンに入り浸りだし。


 狩猟祭は一週間かけて行われ、狩猟以外にも軽業師が来たり出店が出たり移動遊園地が来たりする。大人も子供も楽しい祭りだ。


 貴族は貴族の、庶民は庶民の楽しみ方をするんだけど、一部の貴族はこの機会にお忍びで庶民に交じって楽しんだりもする。


 皆、知っていて知らない振りをしてるんだ。そういうのも、ペイロンの人達はお手の物なんだってさ。


「そういえば……王宮で、ちょっとした騒ぎがあったって、知ってる?」

「騒ぎ? 何があったの? コーニー」

「黒耀騎士団の団長のツーケフェバル伯爵が、更迭されたらしいわ」

「へ?」


 黒耀騎士団っていうと、あの黒騎士のいる? ツーケフェバル……確か、シーラ様に振られた恨みから、ペイロンとアスプザットを恨んでる人だっけ。


 その人が、何でまた更迭?


「団の予算を横領したり不正をしていたらしいの。ただ、本人は容疑を否認してるって」

「コーニー、どこからそんな情報を聞いてきたの?」

「お友達からよ?」


 おそるべし、お嬢様ネットワーク。親や兄姉が王宮に勤めていたりすると、最速で情報が来るらしい。


「そういうの、言いふらしていいの?」

「遅かれ早かれ広まる話だもの。問題ないわよ。国家機密じゃあるまいし」


 まあ、一騎士団長の不正程度だからね。


「次の黒耀騎士団団長が誰になるかって話は、聞いてるかい?」

「そこまでは。ただ、副団長が人望のある方だって話だから、その方が繰り上がるんじゃないかって」

「なるほど。そうなると、ユーイン卿がペイロンに来る事も、あり得るね」


 そうか、黒騎士はペイロンで腕試しをしたかったんだっけ。でも、対魔物と対人の戦闘は大分違うって話だけど。大丈夫なのかな。




 試験期間に突入ですよ。さすがに教室内も、教科書とお友達な生徒ばかりだ。ランミーアさんもルチルスさんも、休み時間までノートを見てる。


「二人とも、気合い入ってるね」

「学年末のこの試験は、落とせないもの」

「落としたりしたら、せっかくの長期休暇がなくなるものね……」


 ああ、補習ってやつですね。いつの世も、学生にとって長期休暇前の試験は厳しい関門よのお。


 おっと、他人事じゃないよ。私も気を付けなきゃ。下手な成績を取ったりしたら、ペイロンでも勉強漬けにされかねない。


 そういうところ、伯爵もシーラ様も厳しいんだよね。


 学年末は、学期末よりも試験科目が多く出題範囲も広い。何せ、学年末だから。


 で、ここで落第すると当然留年という事になる。学院側としてもそれは避けたいので、夏の長期休暇中に補習を行ってなんとか進級させる訳だ。


 教師側も出来れば補習なんかはやりたくないので、何とか試験で合格点を取ってくれってのが本音らしい。この辺りは熊情報。


 そんな試験期間も、順調に過ぎて今日で終了。本日の試験は全て選択授業だ。


 弓の方は大分腕が上がった。きっと先生の教え方がうまいんだと思う。その証拠に、私と一緒に初心者から始めた生徒も、皆腕が上がってる。


 騎獣の方は、相変わらず乗れる魔獣がおりません……来年には、何とか調達するって教師に言われちゃったよ。来年、選択するのやめようかな。


 という訳で、騎獣は今回もペーパーテストのみ。しかも、私だけ特別テストが用意されてるんですけど。いや、落第よりはいいんだけどさ。何だかね。


 この二つの選択授業の試験は、概ね良好だと思う。残りは総合魔法と魔道具と錬金術。


 錬金術の試験では、指定された魔法薬を作って提出する。今回出されたお題は「魔力減衰薬」。


 こんな薬、何に使うのかと思ったけど、魔力暴走を起こす子供に処方する事があるんだってさ。へー。


 私の髪色が変わる時にも、この薬があればなんとかなったのかね。ならないか。一晩で色が変わったって話だもんね。


 そもそも、私の場合は暴走ではなくいきなり魔力が増えた結果だから、減衰薬では対処出来ないものだったんだよ、多分。


 ちょっとしんみりしつつ、減衰薬を作って提出。合格点をもらえた。


 魔道具に関しては、例の収納魔法を提出して合格。何だかズルしたように思えるけど、熊がいいって言うんだから、いいんだろう。


 で、総合魔法なんだけど。


「本当にいいの?」

「いいって言ってんだろが。早くやれや!」

「知らないからね、もう……」


 なんと熊が出した試験、全力で魔法を熊にぶつけるってもの。死んでも知らんよ。


 ちなみに、この試験、私が一番最後。ここまでの攻撃は、熊が全部しのいで終了。その際、改善出来る点を指摘してるあたり、熊には余裕がありそう。


 それなら、本気でやっちゃっていいか。本人もいいって言ってるしね。


 今使える最大級の攻撃魔法は、高圧力で噴射する水。いわゆる、ウォーターカッターってやつだ。鉄も切れるってやつ。


 普段魔の森で魔物討伐をやっている関係から、火や風系等の魔法は使わないようにしてる。木々に甚大な被害が出るから。


 そうなると、残された攻撃魔法は魔力そのものを当てるか、水を攻撃に転じさせるか。


 他にも手はあるんだけど、素材を採る事を考えると水が一番いい方法だったんだよなあ。


 という訳で、高圧ウォーターカッター、いきまーす。


「うお!」


 約一分間、シャワーのように本数を増やしたカッターで攻撃。熊め、全部しのいだな。


「ちっ」

「お前えええ! 今舌打ちしただろおお!」

「ソンナコトシテイナイヨ?」

「嘘吐け!」


 とりあえず、とぼけておいた。




 試験結果は、総合六位。学期末とほぼ同程度だから、シーラ様に怒られる事はないでしょ。良かった良かった。


 さあ、いよいよ長期休暇。やっとペイロンに帰れるー。

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