第25話 長期休暇前の雰囲気って好き

 学年末試験が終わると、学院内は一挙に休暇前のムードに切り替わる。皆、休みは楽しみだよねー。


「二人とも長期休暇は、どうするの?」


 あと数日で終業式という日の夕食時。寮の食堂でランミーアさんに聞かれた。同席しているのは、いつものようにルチルスさんだ。


「私は自領で過ごすくらいよ」

「その辺りは、私達は代わり映えしないわねえ。ローレルさんは?」

「私は、ペイロンに帰るの」


 あそこはうちの領地という訳じゃないけど、育った場所だからやっぱり「帰る」って意識だなあ。


「そういえば、ペイロンって夏に大きなお祭りがあるのよね?」


 ルチルスさん、よく知ってるね。まあ、あれは領外でも有名だそうだから、知ってても不思議はないか。


「狩猟祭ね。男性が活躍するお祭りよ」


 何せその名の通り、狩猟がメインのお祭りだから、一週間、ぶっ通しで昼間は狩猟、夜は酒宴という祭りだ。


「男性しか楽しめないの?」

「そういう訳ではないけれど、狩猟が主な祭りで、女性は狩猟には参加出来ない決まりだから」


 ランミーアさんが何それって言ってる。まあ古い祭りだから、昔の考えを引きずってるのは確か。


「ただ、女性は別の楽しみがあるの」

「別の楽しみ?」


 ランミーアさんとルチルスさんの声がハモった。


「旅芸人が来たり期間限定の芝居小屋が建ったり、王都の劇場からも劇団や音楽団が来たりするのよ。移動遊園地も来るし」

「まあ」

「そうなのね」


 お、二人とも、目が輝いてるね。歌劇や芝居は、王都にいても学院生だとなかなか見られないからかな。


 社交界デビューしていても、夜の催しものにはなかなか出席出来ないって話だし。


 学院でも寮でも、食堂って割と情報が飛び交う場所なのよ。今もちょっと離れたテーブルで、同級生がぼやいてるし。


「うちの領、去年の収穫がいまいちだったそうなの。困るわあ」

「まあ。今年はよくなるといいわね」

「そうあって欲しいわよ。実家に帰っても、お父様もお兄様も難しい顔ばかりしているんだもの。気が滅入るわ」


 彼女は確か男爵家の娘だっけ。収穫が芳しくないって事は、西側の領の家だな。あの地方、去年は雨が少なくて農作物に被害が出たって話だし。


 こういう情報もね、寮や学院での雑談に耳を傾けていると、意外と入ってくるものなのよ。


 ただ聞くだけじゃ情報のかけらに過ぎないけど、そこから色々繋げて考える姿勢は、ペイロンで鍛えられたから。


 魔物の討伐に、情報は欠かせない。何も考えずに魔の森に入ると、即死しかねないんだよ。


「ねえ、ローレルさん。そのペイロンのお祭りって、アスプザットのご兄弟も参加なさったりするのかしら?」


 ランミーアさんの一言に、食堂内がしんと静まりかえる。え? なんで?


「ええと、もちろん三人とも参加しますよ?」

「本当に!? ああ、そのお祭り、私も行けないかしら!?」


 おおっと、凄い勢いだな。しかも、余所のテーブルからも凄い熱い視線が飛んでくるんですけど。


 あ、コーニーも別テーブルから声を掛けられてる。


「えーと、お祭りに関しては、私にはなんとも。ご実家のご家族に相談なされては?」


 ああいうのって、未成年だと本当に関わらせてもらえないからね。去年の狩猟祭の時も、シーラ様やコーニーと一緒に屋台巡りしたり芝居見物したりだったなあ。


 それに、いくらペイロンで育ったとはいえ、狩猟祭の招待に口だしする権利、私にはない。


 ペイロンの狩猟祭は、派閥内では重要な催し物の一つとされている。だからこそ、招待する家も厳選してるんだよね。


 その辺りは、伯爵とサンド様、他にも派閥の重要な家の当主達で話し合って決めるそうだから。


 私の返答に、ランミーアさんがちょっとトーンダウンしてる。


「やっぱりそうよね……うちはペイロンとは違う派閥だから、招待はちょっと難しそう……」

「うちもだわ」


 うーん、別派閥でも招待する家はあるけれど、彼女達の実家が招待枠に入ってるかどうかは謎だ。


 招待客は全員、魔の森から離れた街にある来客用の館で接待するんだよねえ。狩猟用の森も、そっちの方が近いし。


 館のキャパもあるから、厳選してるって話もある。館自体は、かなり大きいんだけど。それでもやぱり上限はあるから。


「何なら、観光だけでもいらしてみては?」

「あら? いいのかしら」

「ええ。狩猟見物や観光だけでも、といらっしゃる方達、多いんですよ」


 狩猟祭は、参加するだけじゃなく見物に来る客も多い。そういう客の中には、ペイロンで魔物素材を直接買い付けようって人もいるそうな。


 あと、内部を探ろうとする家とかね。人が多く来る時期は、どうしてもそういう人達も入り込むんだってさ。


 だからこそ、祭りの前後は厳戒態勢になるんだよなあ、あの領。おかげで犯罪検挙数がその時期は特に高くなるので、庶民には喜ばれます。


 他にも、観光客が多いという事は稼ぎ時でもあるからさ。宿関連は上から下まで手ぐすね引いて待っておりますとも。


 祭り見物に来るのは貴族だけじゃないからね。




 終業式も無事終了し、本日から長期休暇でーす。学院の玄関先は、またしても大変な行列に。


 さすがに夏の長期休暇は学院そのものが閉まるので、居残り組はいないそうな。


 その代わり、学院が主催する夏期合宿なるものがあるんだって。誰でも参加オーケーで、長期休暇の大半は食住の面倒を見てくれる。


 まあ、それなりお金はかかりますが。


 学院の正門で、コーニーと二人、ロクス様を待っている最中に夏期合宿の話になった。


「家の事情で帰省出来ない子とかが、行くそうよ」

「家の事情……」

「まあほら。実母が既になく、後妻が幅を利かせている実家に帰りたくないとか」

「ああ。妾腹の娘がでかいツラしてる家には帰りたくないとか」

「あと、遠すぎて簡単には帰れない子とか。貴族の家も、色々だから」


 身につまされますなあ。


 ロクス様は監督生だからか、教師に捕まっているらしく、まだ来ない。この情報を教えてくれたのは、通りがかったベーチェアリナ嬢だ。


 あの一件以来、通りがかると声を掛けてくれる。寮でもシェーナヴァロア嬢と一緒に気に懸けてくれてるみたい。


 まあ、イレギュラーな屋根裏部屋に住んでるからねー。私のせいじゃないけど。


 大分魔改造したので住み心地は良くなったし、何より広いのはいい。普通の部屋だったら出来ない改造もしているので、あの部屋を割り振ってくれた旧寮監には感謝だ。


 正門の近くには、私達の他にも迎え待ちの学生がちらほらいる。ここにいるって事は、門前まで馬車を乗り付けていい家って事だな。


「……あれ?」


 ダーニル布山もいるぞ? デュバル家って、乗り付けオーケーな家だったっけ?


「コーニー、あれ」

「あら、学院の問題児じゃない。デュバル家はとっくに乗り付けの許可なしになってるはずだけど」


 何でも、私の兄に当たる長男が病弱を理由に学院に入らなかった辺りから、乗り付けの許可が取り消されたそうな。


 シーラ様達からの情報だと、本当は病弱な訳ではなく、母に甘やかされた結果の引きこもりだそうな。


 ちなみに、甘やかした張本人の母は三年前に亡くなっている。


 虚偽の理由で貴族の義務である学院入学をブッチした訳だから、そりゃ乗り付け許可も取り消されるわな。


「やあ、お待たせ」

「あ、ロクス様」

「兄様、先生の用は終わったの?」

「うん。雑用を押しつけられただけだから」


 ロクス様、そんなさらっと……


 三人が揃ってすぐ、迎えの馬車がきた。さすがに今回は中からヴィル様が出てくる事はなかったよ。


 乗り込む際に、ダーニルの姿が目に入った。あの子、あそこでずっと待ってるつもりかね。


 まー、どーでもいっかー。




 王都のアスプザット邸は、何だか忙しそうだ。


「ああ、お帰りなさい」

「ただいま戻りました、母上。何だか、騒々しいですね」


 ロクス様もそう思ったんだ。まあ、使用人達がバタバタ走り回っているのを見れば、誰でもそう思うか。


 普段はこんな事、ないもんね。


「ペイロン行きの支度が間に合わなかったのよ。いくつか荷物は後で送らせるわ」

「なるほど。王宮で何かあったんですか?」


 何故、アスプザット家のペイロン行きの支度が調っていないと、王宮で何かあった事になるのか。未だによくわからない。


 でも、シーラ様はロクス様の言葉ににやりと笑う。


「少しは学んでいるようね。ツーケフェバル伯が黒耀騎士団の団長職を解任された事は、知っていて?」

「ええ。不正をしたとか何とか」

「その後始末と、新しく黒耀騎士団の団長に就任したフヴァン伯爵のあれこれとかをやっていたのよ」

「何故、母上達が黒耀騎士団の後始末を?」


 本当、そこだよね。アスプザットは騎士団とは関わりのない家なのに。武官より文官を多く出している家だもの。


「我が家というよりは、ペイロンの関係ね」


 ああ、脳筋の里か。……いや待って。ペイロンって確かに脳筋の家だが、武官というよりは魔物討伐のスペシャリストなんだけど!?


 黒耀騎士団って、武官のエリートだよね? どちらかというと、対人戦が多いんじゃない?


 その黒耀騎士団と、ペイロンがどういう関わりで?


 その辺りの疑問は、シーラ様の説明で一応解決した感じ?


「黒耀騎士団は、今後団員を一定期間ペイロンに預ける事になるそうよ」

「黒耀騎士団が……ですか? 魔物討伐を経験させると?」

「そうらしいわ。で、アスプザットはその調整を任されたの。後始末やら何やらは、その延長線上ね」

「黒耀騎士団は、王都とその周辺警備が主な仕事ですよね? 戦闘は対人が多いのでは?」


 ロクス様も、同じ事を考えたんだ。そりゃそうだよね。私は対魔物との戦闘しかした事ないけど、両方経験した人の話では大分勝手が違うらしい。


 魔物の中には、頭のいいものもいるけれど、人相手だとそれ以上に戦闘が「いやらしく」なるそうな。


 ロクス様の問いに、シーラ様の顔が曇った。


「実は、最近王都周辺の森に魔物が出るそうなの」

「ええ!?」


 マジで!? ロクス様とコーニーと一緒に声を出してしまったわ。それもそのはず、王都周辺で魔物が見つかるだなんて。


 この国では、魔物は魔の森でしか見られない。だからこそ、ペイロンが重要な土地になっている。


 それなのに、余所で魔物が出たとは。


「母上、それは本当なんですか?」

「本当よ。ただ、まだ公表はされていないから、外では口にしないように」

「わかりました」

「それもあって、まずは黒耀騎士団の団員をペイロンで鍛えようという話になったのよ」

「確かに……あそこなら経験を積むにはいい場所ですから」


 何せ、魔の森に入れば魔物は狩り放題だからね。その分、命の危険もあるけど。


 そういえば、黒騎士がペイロンに行きたがってたね。私は何もしていないけど、これで行けるようになって、良かったんじゃないかなー。

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