第26話 帰省しました
終業式の翌日、アスプザット邸からペイロンに向かう準備中。
「準備って言っても、別に持っていくものはないんだけど」
「着替えはないと困るでしょう?」
「普段着は向こうに残してきてるし、問題ないよ」
「一年いなかったんだから、成長して前の服、着られなくなってるわよ」
成長……したんだろうか? 思わず己の胸部装甲を見下ろすも、見事に平坦なままなんだけど。
「コーニーはいいよね……」
「ちょっとレラ、どこ見てるのよ」
「コーニーの胸部装甲」
「はあ?」
年齢よりも育っているコーニーの胸部装甲がうらやましいいいいいい。くそう、いつかもいでやる。
王都からペイロンまで馬車を使うのかと思ったら、意外にも移動陣での移動だった。
「ペイロンから王都まで、馬車に揺られたのは何の為だったのか……」
「仕方ないでしょー? 移動陣を敷いた場所からペイロンまでの片道しか使えないんだからー」
いいや、使える。何せ熊はその手を使ってペイロンから王都へ一瞬で来たんだから。
でも、今のコーニーの発言から考えるに、彼女もその事を知らないらしい。
……まあ、ペイロンで開発された技術だから、同派閥で格上のアスプザット家相手とはいえ、全部を公開していないのかも。
今回は楽に行けるからいいと思っておこう。帰りはまた馬車の旅かもしれないけど。いや、確実にそうだわ。
移動陣はさすがに全員揃って使うんですが、思ってもみなかった事が起こったよ?
「……何で奴がここにいる?」
「うはあ。もしかして、一番乗りなのかな?」
「あらまあ」
アスプザットの兄妹、それぞれの反応でした。彼等の視線の先には、黒騎士がいるよ。
いや、黒耀騎士団はローテーション組んでペイロンに修業? に行くってのは昨日シーラ様から聞いたけどさ。
何故、黒騎士一人でアスプザット一家と一緒に行くのかな?
「よろしくお願いします。アスプザット侯爵夫人」
「こちらこそよろしく、ユーイン卿」
シーラ様が笑顔で応対中。ちなみに、今回のペイロン行きに旦那様であるサンド様は同行せず。
アスプザット領の仕事を片付けてから、狩猟祭には顔を出すそうな。サンド様、お疲れ様です。
それはいいとして。ヴィル様の機嫌が悪いよー。本当に黒騎士と相性悪いのな。
「レラ。気を付けろ。あいつの側にいくと妊娠させられるぞ」
「え? 本当ですか?」
何それヤバい! 慌ててヴィル様の側に行ったら、背後から舌打ちが聞こえた気がした。
そっと後ろを見ると、何考えてるのかわからない黒騎士と、肩を揺らしているシーラ様が。
……さっきの舌打ち、黒騎士か?
「バカな事言っていないで、移動陣に乗りなさい。置いて行くわよ」
笑っていたシーラ様が、なんとか笑いを押し殺してる。いや、消せていませんよ。
アスプザット邸に敷かれた移動陣はかなり大きいもので、大人数大容量を一挙に送れる。
まあ、行き先はペイロンに固定されているので、王都から向こうへ行く時にしか使えないけど。
その移動陣の真ん中に黒騎士、ちょっと離れてシーラ様。アスプザット兄妹と私は、移動陣が敷かれた部屋に入ってきてすぐだったので、入り口付近にいる。
何故か、黒騎士がこちらに向けて手を差し出してるんだけど。……あれ、コーニーじゃなくて、私にかな?
それに気付いたヴィル様が、黒騎士に近づいて手をはたき落とした。あ、黒騎士、むっとしてる。
「レラ、こいつはいないものと思え」
ヴィル様が、こちらを向いて言い放った。
「いいんですか?」
「構わん。今回うちの移動陣で行くのは、こいつの我が儘だ。これ以上付き合ってやる義理はない」
そうなのか。まあ、私が行動する時は、大抵コーニーと一緒だから、黒騎士が入り込む余地はない。つか、入り込むつもりかね?
「アスプザット、貴様にどうこう言われる筋合いはないぞ」
「ああ? だったら馬車を使ってゆっくりペイロンに行くんだな。この移動陣は我が家専用だ」
「こちらのご当主と夫人に許可は得ている。それとも、貴様がいきなり代替わりして当主になったというのか?」
「何だと?」
おおっと、ヴィル様と黒騎士の言い合いだ。一触即発。そんな言葉が頭をよぎる。
はらはらしていると、シーラ様からの声が響いた。
「こら、男子二人で言い合いなんてするんじゃありません。むさ苦しい」
「母上……」
「見苦しいものを見せてしまいました、侯爵夫人。どうぞ、お許しを」
「ええ、許します。ヴィル? あなたは?」
「……謝罪します」
ヴィル様、渋々といった様子を隠そうともしない。シーラ様も呆れてますよー。
「まあいいわ。じゃあ、行きましょうか。レラ、お願い」
「はーい」
床に描かれた移動陣に、魔力を流す。私なのは、アスプザットの面子の中で一番魔力量が多いから。
魔力を得た移動陣が一瞬眩しく光り、次の瞬間にはもう先程とは違う部屋にいた。移動、完了です。
「空気が違うね」
「魔の森が近いですからね」
ロクス様の呟きに、軽く返す。ここは魔の森にほど近い場所に建つ、ペイロンの魔法研究所だ。
王都から直接ここに来る移動陣が敷かれているのは、アスプザット邸と王宮だけだって聞いてる。
もっとも、王宮の移動陣は滅多な事じゃ使われないそうだけど。あそこのは、緊急脱出用だからね。
だから、王宮の移動陣は王族の魔力を流さないと発動しない作りになっているそうな。
以前、酔っ払った熊が私に話して、翌日ニエールに締め上げられていたっけ。国家機密に該当するらしいですよ。
バラす相手もいないから、誰にも話さないけどなー。
狩猟祭は八月の半ばの一週間を使って行われる。で、今はまだ六月の上旬。祭りはまだ先だ。なので、まだ街中の屋敷であるスワニール館は使えない。
なので、魔の森に近く、研究所の目と鼻の先にあるヴァーチュダー城に向かう。
「おお、帰ってきたー」
私はここで三歳からの十年間を過ごした。だから、我が家に帰ってきたって感じなんだよね。
「ようこそ、アスプザット家の方々、ユーイン卿。旦那様がお待ちです」
玄関先で出迎えてくれたのは、ペイロンで家令を務めるおじいちゃん。ここと街中のスワニール館の管理を任されている人で、未だに狩猟祭はこの人がいないと回らないと言われているくらい有能なじいちゃんなのだ。
「久しぶりね、ザイン。兄様はお元気かしら?」
「はい。ご壮健でいらっしゃいます。お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいまザイン」
やっぱり挨拶はただいまだよねー。
ザインじいちゃんの案内でヴァーチュダー城を歩く。といっても、不案内なのは黒騎士だけで、私達に案内は実質必要ないんだけど。
今回は身内以外がいるから。その黒騎士は、ちらちらと城内を見回している。
王都で育ったなら、ここみたいに古い建築様式の城には縁がなかっただろうから、珍しいのかも。
重厚な廊下を行き、渡り廊下を通って城の奥へ。あれ? 身内以外がいるから、てっきり表で挨拶するのかと思ったのに。
奥へ、招くんだ。
「母上」
「話は後で聞くわ」
ヴィル様も、違和感を覚えたみたい。ヴァーチュダー城は、魔の森の最前線でもあるから、基本誰に見せてもいい表側と、身内以外シャットアウトしている奥とを完全に分けている。
アスプザット家と私だけなら奥へ行くのも当たり前なんだけど、黒騎士もいるのにこの対応はちょっと変。
まさか、黒騎士の家もアスプザット派閥に入るとか、言わないよね? 向こうも侯爵家だから、自身の派閥を持っていても不思議はないんだけど。
んー……いや、私が考えても意味ないね、これ。やめやめ。
そういう貴族的なあれこれは、伯爵やシーラ様に丸投げだ。だって私、まだ未成年だもーん。
奥の応接室に、伯爵はいた。
「おお、今年も賑やかなのが来たな」
「兄様、久しぶり」
いつ見ても、似ていない兄妹だよなあ。伯爵は四角くて大柄だけど、シーラ様は妖艶な美人。女性にしては背が高いってところは、共通項?
「元気そうで安心したよ、シーラ。南はどうだった?」
「それなりね。ああ、紹介は必要かしら?」
シーラ様の視線は、黒騎士に向かってる。まあ、ここで紹介が必要な人間なんて、彼しかいないもんね。
「そうだな。父君にはお会いした事があるが、ご子息には初めてだ」
「こちら、フェゾガン侯爵家の嫡男のユーイン卿です。王都の黒耀騎士団に在籍してらっしゃるわ。ユーイン卿、こちらがペイロン伯爵ケンド卿です。私の兄でもあります」
「お初にお目にかかります、ペイロン伯。ユーイン・サコート・フェゾガンと申します。以後、お見知りおきを」
「丁寧な挨拶痛み入る。ペイロン伯爵ケンド・ノプデスだ。ようこそ、ペイロンへ」
いくら家の爵位が上でも、子息である黒騎士より当主である伯爵の方が立場は上。こういうところに、貴族の世界は縦社会なんだなと感じるよ。
「レラも元気そうで何よりだ。学院はどうだ?」
「熊が来ましたよ」
「ははは、驚いただろう?」
「ええ、驚きましたとも。最初に教えておいてくださいよ」
「すまんすまん、ジアンが驚かせたいと言うものだから」
なーんでそこで熊の側に立っちゃうかなあ? もうちょっと養い子を大事にしてくれてもいいのよ?
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