第27話 こんなサプライズいらない

 奥での伯爵への挨拶は、あっという間に終了。シーラ様とヴィル様、ロクス様は今後の事で伯爵と打ち合わせがあるそうだから、そのまま部屋に残った。


「では、お嬢様方とユーイン卿はこちらへ」


 ザインじいちゃんが、部屋へと案内してくれるらしい。といっても私の部屋はそのまま残ってるはずだし、コーニーはここに来たら使う部屋は決まってる。


 実質、黒騎士の案内だけだね。


「ザインじいちゃん、私達は自分の部屋に行ってもいいよね?」

「お嬢様、お客様の前ですよ」


 しまった。ザインじいちゃん、礼儀作法とかにはうるさいんだよなあ。


 目線で怒られていたら、意外なところから助け船が出た。


「私なら、構わない」

「だって!」


 おお、黒騎士、いいところあるねえ。さすがに客である黒騎士にこう言われてしまっては、ザインじいちゃんもこれ以上は言えないらしい。


「まったく……わかりました。では、ユーイン卿はこちらへどうぞ」

「ああ」


 ザインじいちゃんに案内されていく黒騎士を見送って、私とコーニーは自分の部屋へ。


 ヴァーチュダー城の奥は、城主とその家族のエリアだから、私の部屋もこっちにある。もちろん、コーニー達が使う部屋も。


「レラも久しぶりよね?」

「そうだねえ。王都に行ったきり、冬は帰らなかったから」


 学院の休暇は、冬と夏のみ。春は連休があって学院が休みになるけれど、その程度だと帰省する学生はいない。


 大抵王都の屋敷にいるか、そのまま寮で過ごすかのどちらか。中には王都近郊に旅行する学生がいるくらいかね。


 私は春の連休、屋根裏部屋で自堕落に過ごしました。アスプザットの邸宅に行っても良かったんだけど、ちょっと周囲が騒がしくなってたから。


 いやあ、ヴィル様とロクス様の人気、侮ってましたわー。ちょっと所用で学外に一人で行っただけで、戻ったら質問の嵐。


 兄弟のどちらかと出かけたのかという邪推から始まって、将来はもう約束しているのかとか、酷いと肉体関係はあるのかとか聞かれるからね。


 お前ら、もうちょっと令嬢としての恥じらいを持てと言いたい。


 それはともかく、距離的問題もあるので、春の連休は寮でおとなしくしていましたよ、って事。


 私の部屋は、奥の三階にある。伯爵の私室も同じ階。コーニー達アスプザット家が泊まるのは、二階の客間。


「じゃあ、私はこっちだから」

「うん、後でねー」


 階段でコーニーと別れて、私は三階へ。


 一休みしたら、研究所に行くか、森に行くか。どっちにしよっかなー。この後の事を考えつつ部屋の扉を開けると、誰かいる。あれは……


「お嬢様! お帰りなさいませ」

「シービス!」


 部屋にいたのは、城の家政婦であり女性使用人の頂点に立つシービスだった。


 この人は伯爵やシーラ様が子供の頃からいるベテランで、実質私を育ててくれた人物でもある。


 年齢的にはザインじいちゃんに近いんだけど、私にとっては母のような存在だ。んで、表を束ねるのがザインじいちゃんなら、裏方を一手に引き受けているのがシービス。


 小柄で皺が目立つ顔だけど、多分若い頃はぶいぶい言わせていたと思う。シーラ様みたいな迫力美人ではないけど、可愛い系の美人さん。


 ちょっと濃いめの茶金の髪に、スミレ色の瞳。男の子四人を育てた子育てのベテランだ。


 そのシービスが、ちょっと目をうるうるさせながら見上げてくる。


「お元気そうで、安心しました」

「シービスも元気そうで、良かったよ」

「ほほほ、毎日若い者達を叱り飛ばしているせいでしょうかねえ」


 笑えない。シービスなら本当にやってそうだから。彼女には、伯爵でも頭が上がらないんだもん。


 見た目可愛い系のおばちゃんでも、侮るなかれ。彼女も立派に戦闘民属脳筋科なのだ。


「さあさあ、お疲れでございましょう。冷えた果実水でもお持ちしましょうか」

「うん、お願い」


 シービスが部屋を下がってから、ぐるりと見回す。うん、何も変わってないや。


 寮の屋根裏部屋も大分慣れたけど、やっぱりこの部屋は格別だなあ。


「あー、やっぱ落ち着くー」


 寝室に行ってベッドに寝転ぶ。私がいない間も、綺麗にしてくれてたんだなあ。


 ヴァーチュダー城での私の部屋は、三部屋で構成されている。子供にこんな贅沢を、と思わないでもないけど、城主の娘という立場なら当然なんだそう。


 最初に入るのは表の部屋。いわゆる大抵の人はいれてもいい部屋。その奥に居間。ここは親しい人しかいれない。


 なので、伯爵やアスプザット兄弟達くらいなら、異性でも入れる場所。


 で、さらに奥にあるのが寝室と水回り。ここは完全プライベート。どれくらいかというと、異性は完全NGってくらい。


 くふくふ笑いながらベッドでゴロゴロしていたら、表の部屋の扉をノックする音。


 寝室にいても聞こえるように、実は扉に術式が仕掛けてある。だからはっきり聞こえるんだ。


「はーい」


 シービスかな? でも、彼女なら声を掛けて入ってくるはず……


「ん?」


 扉を開けたら、いたのは黒騎士。思わずそのまま閉めちゃった。だって、黒騎士がここにいる訳ないよね?


 黒騎士が案内された部屋って、城の表側だし。客間はあっちにあるから。


 そこからこの部屋まで距離がある。それに、私の部屋がここだと誰が教えるの? 城の連中は、防犯の意味からも家族の部屋を訪ねられても教えないよ?


 どうやって、この部屋に辿り着いたのかな? まさか、何か発信器的なものを使ったとか? いや、魔法を使ってたら、すぐにわかるはず。


 あれ? さっきのって幻影? あんなもの見るなんて、疲れてるのかな自分。


 と思ったら、今度はさっきよりも大きく扉が叩かれた。


「うるさ!」


 開けない限り、ずっとたたき続けるつもりだろうか。


 渋々そーっと開けたら、やっぱり黒騎士。ちょっと機嫌悪そう。いや、すぐに閉めたのは悪いかもしれないけど、その前に女子の部屋にいきなり押しかける方もどうかと思うんだ。


「何か、用ですか?」

「入ってもいいだろうか?」

「ダメです」


 何でそこで悲しそうな顔をするかな。大して親しくもない女子の部屋に、入ろうとかするんじゃないよ。常識で考えろ。


 扉を閉めようとしたら、黒騎士め、足を突っ込んで閉められなくしたよ。このまま身体強化を入れてぎりぎり閉めてやろうかな。


「話がある」

「では別の部屋で」

「どうしてもだめなのか?」

「ダメです」


 ……黒騎士って、こんな性格してたっけ? いや、相手をどうこう言える程、知らないや。


 扉を挟んでの攻防戦に、黒騎士が変化球を投げてきた。


「……王都で道に迷っていた時、侯爵邸に送っていったのは私だ」

「そーですね」


 半ば強引にだったけどなー。でも、助かったのは本当なので文句は言わない。


 なのに。


「自ら言うのも何だが、あの時の礼をしてほしい」


 なんですとー!? 礼をねだるってか! 紳士にあるまじき態度ですね!


「それに」

「え?」


 まだ何かあるの?


「二月の舞踏会で頼んだ返事を、聞きそびれたままだ」


 ぐ……ペイロンへ行く手助け云々か。あれ、結局あの後ガンだった騎士団長が更迭された事で、自然とここに来る事が出来たんだから、いいじゃんか!


「えーと、それにつきましては、結果的に来る事が出来たのだからいいかと……」

「だが、あなたからの返事はもらえず終いだった」


 ……確かに返事、しなかったね! 悪うございましたよ! でも、どう連絡付ければいいかわからなかったし!


 いや、言い訳か。コーニー辺りに聞けば、教えてくれたはず。面倒臭いのと、学院のあれやこれやで忘れただけだしね。


 むー。部屋に入れるのは本当はよくないんだけど、いざとなったら、魔法でぶっ飛ばせばいいよね。正当防衛正当防衛。


 それに、ここには滅多に人がこない。伯爵も、まだ下でシーラ様達と何やら話してるし。


 とっとと話を終わらせて出て行ってもらえば、いっか。


「……どうぞ」

「ありがとう」


 表の部屋は、来客用の設えもしてある。


「まずは、座ってはいかが?」

「ああ」


 黒騎士の目、奥の扉に向かってるんだけど。女性の部屋って、大体似通った造りになっているから、あの奥に居間や寝室があるのはわかると思うんだけど。


 見ても入れないよ。親しくないし、異性だからね。


 あ、シービスにお茶持ってきてもらえば良かった。そろそろ果実水を持ってきてくれる頃なんだけど。


 いつまでも奥の扉を見ている黒騎士に、ここに来た理由を聞いてみる。


「それで? 話って、何ですか?」

「そうだな……早い方がいい」


 はて。黒騎士は何を言っているんだろう? 内心首を傾げていたら、いきなり相手が立ち上がり、テーブルを回って私の目の前で跪いた。


 彼の手が、私の手を取り、下から見上げる形でこちらを見る。


「ローレル嬢、ぜひ、私の妻になっていただきたい」


 はいいいいい!?


 今、この人、何言ったの? 聞き間違いでなければ、プロポーズしたよね?


 あれ? 実は幻でも見ていた?


「え……あの……」

「返事は急がない……と言いたいところだが、出来るだけ早く答えてほしい」


 幻では、なかったらしい……


「いや、あの、私、まだ十三歳なんですが」


 私の誕生日は来月七月だ。一応、この国でも誕生日で年齢を重ねる。去年まで、ここペイロンで誕生日を祝ってもらっていた。


 あ、今年も夏はこっちにいるんだから、祝ってもらえるか。


 じゃなくて! 今は目の前の黒騎士の問題だ!


「当然、婚姻はあなたが成人してからになる。それまでは、婚約という形を取りたい」


 ヤバい。なんか、じわじわ追い詰められてる感がある。


「えーと、結婚となると親に相談しなくては……」

「あなたは、実家とは疎遠と聞いているが?」


 誰だよ!? 黒騎士にいらん情報与えたの!


 って、学院入学時から実父本人がやらかしてるから、そりゃ社交界にも噂が回っててもおかしくないですよねー!


「そのー、親権はまだ実父にありますが、保護者はペイロン伯爵ですので」

「では、ペイロン伯に許可をもらえばいいと?」


 それも違うような……


 大体、会った回数が片手で足りるような相手と、いきなり結婚とか考えられないっての。


 ……あれ? じゃあ、黒騎士は何で私にプロポーズしてる訳? 好きだから、とかじゃないよねこれ。


 んー……確か、フェゾガン侯爵家って、アスプザットの派閥とは違うって話だよなあ。


 って事は、派閥間の繋がりを強くする為って目的じゃないはず。じゃあ、なんで?


 あー、この手の事は私じゃよくわかんないー。


「と、ともかく、伯爵とも相談しないとお返事出来ません!」

「そうか……」


 いや、そこでそんなしょぼんとしないでよ。私が悪いのかと思うじゃん。


 どうしたもんかと思っていたら、扉の向こうから聞き慣れた声が。


「レラー、入ってもいいー?」


 コーニーだ! 部屋で休んでたんじゃないの!?


 どうしよう。黒騎士がいるこの状況、見られても平気? 後で怒られる要素、ある?


 あるよなあ! うっかりしてたけど、未婚の女子は異性と密室で二人きりとかなっちゃダメじゃん! 誰か他にいてもらわないと。


 だって、ここに誰か来る事なんてほぼないし、来てもコーニーくらいだったんだもん! 見つかんなきゃいいやって、思うじゃない!?


「ああああ、あのあのあの」

「アスプザットの妹御か。これ以上ここにいては迷惑だろうから、私は部屋に戻るとしよう」


 黒騎士、何かにやりと笑ってるんだけど。嫌な予感。


 止める間もなく、黒騎士は立ち上がって部屋の扉を開けちゃった。


「レラ……って、ユ……フェゾガン様?」

「失礼」


 あああああ、コーニーが固まってる。それに、後ろにはシービスもいるううう!


 扉を開けた黒騎士は、再び私のところまで戻ってきて、手を取り紳士の礼をする。


「では、私はこれで。ローレル嬢、色よい返事をお待ちしております」


 黒騎士はそう言い残すと、颯爽と部屋から出て行った。


 コーニーとシービスは、呆然とした様子で黒騎士を見送り、次いでぐりんと音がしそうな勢いでこっちに向き直る。


「レラ! 今のユーイン様よね!?」

「お嬢様! まさか、先程の方と二人きりで部屋にいた訳じゃありませんよね!?」

「ご、ごめんなさい……」

「レラ!」

「お嬢様!!」


 ああ、やっちゃったー……




「それで、ユーイン様はレラの部屋に何しに来てたの?」


 さっきとは違い、居間の方でコーニーと向かい合わせに座る。こっちは床に絨毯を敷いて、そのまま座るようにしてあるんだ。


 こっちの方が、何か落ち着くから。


 そうしたら、一時ペイロンとアスプザットでこれが流行ったんだよねえ。王都のアスプザット邸にも、床に直に座る部屋がいくつかあるくらい。


 綺麗に手入れされた絨毯の上、大きなクッションにもたれるようにして座るのは気が楽。


 でも、今は目の前に目を吊り上げたコーニーがいるので、楽ではないかも。


「シービスと途中で行き会ったから、私の分も果実水を用意してもらってから一緒に来たら、ユーイン様がいるんだもの。びっくりしたわよ」

「私はお嬢様が密室で殿方と二人きりでいらした事に驚きました。これが他の者に見られていたら、お嬢様の評判は台無しですよ」


 私の評判って、そんなに高くないんじゃない? はい、嫁のもらい手がなくなるって話だよね。わかってます。


 でも、それってさっきの黒騎士の話に繋がるような……


 まさか、あの最後のにやりは、それを狙った?


「さあ、さっさと白状なさい」

「いや、それが……」

「そんなに、困るような話だったの?」

「ある意味では、そうなるかな」


 私の返答がはっきりしないからか、コーニーとシービスは顔を見合わせている。


「本当に、ユーイン様は何をしに来たの?」

「……妻になってほしいって、言われた」

「はあ!?」


 ああ、やっぱり二人も驚くよね? 私も驚いたよ。


「そ、それで、お嬢様は何とお答えになられたんですか!?」

「今すぐには返事出来ないって。だって、結婚となると家とか関わってくるんでしょ? 正直、私まだ十三だしさ。結婚なんて考えた事もないよ」


 私の答えに、二人とも胸をなで下ろしている。なんで?


「レラにしてはよくやったわ。早速、伯父様やお母様に相談しないと」

「そうですね。こうなると、ヴィルセオシラ様方がいらしていて、本当に助かりました」

「相手はそれを狙った気がするけどね」


 黒騎士は、伯爵やシーラ様が揃ってる事を見越して、プロポーズしたって事?


 二人が許可すると、読んでるのかな。どうなんだろ。

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