第28話 閑話 その頃の保護者達
部屋の中は、重い空気が流れていた。話していた内容を考えれば、当然か。
「そうか……まさか、ツーケフェバルが更迭されるとはなあ」
「不正をしていたのだもの。当然でしょう。団長という役職にありながら、団の予算を横領し、あまつさえ団員を不当に解雇していたなんて。本当にあり得ないわ」
母上の言葉に、伯父上が唸る。不正の内容を聞いてしまっては、母上の言葉が正しいと言わざるを得ない。
ツーケフェバルの罪。横領罪もそうだが、団員の不当解雇、それに団員からの陳情を握りつぶした罪は大きい。
解雇された者は大抵下級貴族なんだが、貴族というのは家格だけではなく、親類や派閥で繋がる。それは貴族のツーケフェバルも知っていただろうに。
自分は大丈夫とでも思ったのか、とある侯爵家と繋がりのある男爵家の三男を不当解雇してしまった。
今回の不正は、そこから芋づる式に見つかっている。解雇された男爵家の三男には言えないが、彼が祖父である侯爵家前当主に泣きついてくれて助かった。
「まあ、あいつには散々恨まれたから、ある意味良かったとは思うが」
伯父上がげんなりした様子で呟く。そういや、二月の舞踏会で王太子殿下に聞いた事があったな。
「母上、その昔、ツーケフェバル伯爵からの求婚を断ったというのは、本当ですか?」
俺の言葉に、何故か伯父上が飲んでいた冷茶を噴き出した。汚いなあ。ロクスも顔をしかめてるよ。
大体、そんなに噴くような事、言ったか?
母上は、指を顎に当てて何やら考え込んでいる。
「……あったかしら?」
覚えてもいないのか。ツーケフェバル伯、哀れ。
「お前……覚えていないのか?」
「一時期いくつもお断りしたのは覚えているけれど、いちいち相手の事までは覚えていないわよ」
どうやら、父上と結婚する前の時期が酷かったらしく、社交行事に出るたびに誰かしらに結婚を申し込まれていたそうだ。
「隣にサンドがいるのによ? どういう神経してるのかしらね、あれ」
「あわよくば、を狙ってるんじゃない?」
ロクス、けろっとした顔で言うな。母上が父上と結婚していなければ、我々は生まれていないんだぞ?
「ともあれ、ツーケフェバルは自身が犯した罪にふさわしい処罰を受けたんだ。それでいいだろう」
「そうだね。どこぞの親父のように、のうのうと暮らしてる訳じゃないからいっか」
ロクス、色々と隠せていないぞ。まあ、この場にいるのは、隠す必要のない相手だけだが。
「デュバルの方は、どうなの?」
「どう……とは?」
母上の問いに、伯父上が返す。確かに、あれだけじゃあ通じようがないが、そこは兄妹、わかっていてやっているようだ。
「全部よ全部。領地の事も、財政の事も、レラの兄の事や、あの娘の事。」
「……わかっている事から話そうか」
そう言って、伯父上が知りうる限りの事を教えてくれた。
「まず領地だが、酷い状況だ。うちからも支援をしているが、大本から建て直す必要がある」
「そこまで……」
「餓死者が出ていないのが不思議なくらいだ」
伯父上の言葉に、部屋がしんと静まりかえる。そんなに酷かったとは。
デュバルの領地は特殊だとは聞いていたけれど、もっと前に手を入れられなかったのだろうか。
「伯爵家の内情も酷いもんだ。財政が大分逼迫しているらしい。亡くなったヘピネル夫人の実家、ユルヴィル家へ再三支援要請があるそうだ」
「厚顔無恥とはこの事ね。夫人を虐げ続けたくせに」
母上がぎりりと歯を鳴らす。ヘピネル夫人は、レラの実母だ。子供世代である我々にとっては、デュバルの当主同様レラを捨てた親という認識しかない。
だが、親世代である母上達には、また違う見方があるようだ。
「そもそも、言ってはなんですが、デュバル家よりユルヴィル家の方が家格は上ですよね? 何故、そんな扱いを受けてまで、ヘピネル夫人はデュバル家に居続けたんですか? 長男の為?」
ロクスの疑問に、母上と伯父上が顔を見合わせる。何か、言いたくない事でもあるんだろうか。
やがて、伯父上が深い溜息を吐いた。
「多分だが、ヘピネル夫人はそれでもクイネヴァン……レラの父を愛していたんだと思うよ」
「え」
「それは……」
意外な言葉が出てきたぞ。ロクスも想定外の言葉に、何も返せないでいる。
「元々、ユルヴィル家としては、ヘピネル夫人をデュバルに嫁がせるつもりはなかったんだ」
「なのに、結婚を許したんですか?」
「ヘピネル夫人が、恋煩いで寝込んでしまったからな」
うわあ……レラの母上って、そういう人だったんだ。
「ユルヴィル家の前当主でヘピネル夫人の父ラケラル卿は、娘に甘い方だから。寝込む愛娘の姿に、彼の方が折れたんだ」
「それで、ヘピネル夫人がデュバル家に輿入れする事になったと?」
「そう。知っての通り、ユルヴィル家は魔法の大家だ。代々優秀な魔法士を輩出してきた家系で、現当主のヘリダー卿は白嶺騎士団の団長を務めている。おそらく、レラの魔力はユルヴィル家由来だ」
白嶺は騎士団と言っても、魔法の専門家集団だ。魔法士団と裏では言われている程。
状況に応じて、団員を各騎士団や兵団に送る形で国に貢献している。そこの団長を務めるという事は、相当な魔法の腕を持っている訳だ。
それにしても、知らなかった話が次から次へと出てくるもんだ。レラがユルヴィル家の血を引いている事すら、今知ったよ。勉強不足だったな。
でも、ならどうして、ヘピネル夫人はレラの髪と瞳の色が変わった事を、受け入れられなかったんだ?
自分の実家由来の魔力とは、思わなかったんだろうか?
それを伯父に聞いてみたところ、なんとも言えない返答が返ってきた。
「さすがのユルヴィル家でも、ここ数代は色変わりをするような者は出ていないからな」
「色変わり?」
「ああ、レラのようにいきなり魔力量が上がって、髪や瞳の色が変わる事を言うらしい。ユルヴィル家以外でも、そう出るものじゃない。それに、あそこまで劇的に色が変わる色変わりも珍しいそうだ」
普通は、少し髪や瞳の色が薄くなる程度だという。レラの場合、栗色の髪が銀髪になったっていうしな。
瞳の色も、全く違う色に変わったのだから、母親にしてみれば一夜で娘が別人になったようなものか。
それだけ、魔力の増え方が異常だったという事なんだが、なんとも不憫な奴だよレラも。
もっとも、本人を見ていると、不憫さなぞかけらも見られないが。
しばらく考え込んでいた母上が、伯父上を見る。
「では、やはりデュバル家はレラに継がせると?」
「そうなる。陛下も承知くださった」
この辺りは、知っている。王宮で聞いた時には驚いたけど。あのレラが? ってな。どう見ても、当主に向いているとは思えないから。
母上も同じ思いらしい。
「そう……あの子に当主などという重荷を背負わせるのは、気が進まないけれど」
「だが、誰かがデュバルの跡を取らなくてはならない。ターエイドでは無理だ」
ん? 聞き覚えのない名前が出て来たな。ロクスが伯父上に質問している。
「誰です? ターエイドって」
「レラの兄だよ。ヘピネル夫人の産んだ子だから、レラの同母の兄になる」
そういや、そんな存在がいたな。名前は知らなかったけど。
「伯父上、そのターエイドってのは、今どこで何をしてるんです? 学院で見かけた記憶はないですが」
確か、私と似た年齢だったはずだ。ならば貴族学院で顔くらい見ていても不思議はないんだが……
「ターエイドは学院に入っていない」
「え?」
貴族の義務である、学院に入っていない? いや、確かに相応の理由を添えて申請すれば免除されるが……
「病弱を理由に、屋敷から一歩も外に出ていないらしい。子供の頃からヘピネル夫人の干渉が厳しかったそうだが、彼女がいない今、精神的に不安定になっているのかもな」
父親は妾とその娘に夢中で、甘やかしてくれた母はとっくに亡くなっている。家から追い出した妹とも疎遠。ターエイド、詰んだな。
とはいえ、兄を差し置いて妹が家督を継ぐというのは外聞が悪い。伯父上達は、その辺りどう考えているんだろう。
「レラがデュバルを継ぐとして、そのターエイドはどうするんですか?」
「ユルヴィル家が引き取りたがっている。ラケラル卿にとって、愛娘の忘れ形見だ。今でもデュバル家に引き取りを申し入れているらしいが、一向に話が進んでいないと聞いている」
ああ、母親の実家か。それにしても、家庭内では夫人を虐げ続けたデュバル当主は、ユルヴィル家側から見てみれば憎い相手と言える。
その男の血を引いていても、愛娘の産んだ子は可愛いのか。その辺りはよくわからん。
「どうしてユルヴィル家に引き渡さないんでしょうね? デュバル当主にとって、跡継ぎの長男だから?」
ロクスの言葉に、それはないと思う。跡継ぎとして遇するなら、病弱云々言っていないで、学院に入れているはずだ。
あそこは貴族子女の自立の為に存在している。家を継げない者でも、学院で学び、力を付け、人脈を築く事で家を出た後も生きていけるよう、力を付けさせる。
嫡男なら当然、跡を継ぐ前に人脈を築く必要があったはずだ。
私の読みは当たっていたようで、ロクスの疑問に伯父上が少し迷いながら口にする。
「いや……多分、ユルヴィル家に対する嫌がらせだ」
「嫌がらせ?」
何だそりゃ。ロクスも同じように感じたらしく、怪訝な顔をしている。
「クイネヴァンは、ヘピネル夫人との結婚を嫌がったんだ。だが、当時健在だった自分の父と、愛娘の願いを叶えたいラケラル卿とに迫られて、仕方なく結婚した」
「何ですか? それ。政略結婚くらい、貴族なら当然でしょうに」
「確かにな。二人の結婚で、アスプザット派閥に属するデュバルの地位は上がったし、中立派のユルヴィル家からの後押しも期待出来た。ヘピネル夫人の一方的な恋から始まった結婚だが、結果政略としてはまずまずの結果が出ている。だが……」
「デュバル当主だけが、貧乏くじを引かされたと思った訳ですか」
「……デュバルにも、恩恵はあったんだがな。どうにも、クイネヴァンはロマン思考というか、自分の理想の女性像を追い求め続けたというか」
「はあ?」
思わず、ロクスと同じような声が出る。何だそれは。
「クイネヴァンは、けなげではかなげな女性が好みだったんだ。いわゆる、自分が守ってやらなくては、と思うような相手だな」
「ヘピネル夫人は、その理想からはほど遠かった、と?」
デュバルのおっさん、結婚した時いくつだよ……何夢見る乙女みたいな事言ってんだか。
「夫人は、その……顔立ちがきつめでな」
「まさか、それだけで?」
伯父上、言葉を濁すって事は、肯定しているようなもんですよ。
「結果、クイネヴァンと夫人の夫婦仲は悪くてな。いや、一方的にクイネヴァンが夫人を毛嫌いしていたというか」
「よく、二人も子供が出来ましたね……」
ロクスから呆れた声が出る。いや、本当にな。そこは当主の義務を果たしたというところか。
だが、何故か伯父上の表情がさらに淀んでいるんだが。
「実を言うと、レラは妾に対抗する為に、ヘピネル夫人が意地で産んだ子なんだ」
「え……」
いやいや伯父上。そんな事をこんな場所で言わないでほしい。
「その事もあって、クイネヴァンはレラに対して無関心なんだよ」
「うわあ……」
「どうしようもねえな」
「ヴィル、口が悪い」
おっと、母上からのお叱りの声が飛んできた。どうもペイロンに来ると、口調が荒くなる。おきれいな言葉使いだと、周囲の討伐者達に舐められるからなあ。
「ともかく、デュバルはレラが継ぐ。あの子はうちで育った子だから、こちら側だ」
「伯父上!」
何てことを。レラを道具のように言うなんて、伯父上らしくもない。
だが、帰ってきたのは厳しい目だった。
「ヴィル。お前はアスプザットの家を継ぐ者だ。それはそのまま、派閥の長の地位をも継ぐ事になる。それを忘れるな」
「……デュバルの存在は、派閥にとって重要という事ですか?」
「そうだ。デュバルの領地でしか、魔物を素材に加工する事は出来ない。魔物素材は、今では国にとってなくてはならないものだ」
確かに。ペイロン領だけの話ではない。魔物素材の売り上げは、国に税金という形で納められる。
そして、魔物素材を産出出来るのは、今のところペイロンの魔の森だけだ。王都近郊でも魔物が出現したという話だが、おそらく数も質も低いだろう。
「今までは、余所の領の事だからと誰も手を出せずにいたが、今回がいい機会だ。レラに継がせて、全てを終わりにする」
「終わりに、する?」
ん? 何かおかしな話になっていないか? デュバルは、魔物加工が出来る唯一の場所だよな? それを、終わりにするって言うのか?
だが、続く伯父上の言葉は、こちらの予想とはまるで違う内容だった。
「デュバルの土地には、古い術式が残っている。それを解除するのが、レラの一番の役目だ」
「古い術式?」
何だそれ。聞いた事ないぞ。
いや、今の我々だから、教えてくれたのか……
「デュバルに残る、古い隷属の術式。それを解けるのは当主交替の時以外にない。新しい当主が解除しなければ、また何年も領民が苦しむ事になるんだ」
「隷属……」
聞いた事がある。二百年以上前のオーゼリア王国や周辺国では、奴隷制度があった事。
その奴隷の管理用に作られたのが、隷属の術式。奴隷制度廃止と共に、全ての術式が廃棄されたんじゃなかったのか?
「隷属の術式を作り上げたのは、デュバルの先祖だ。だからこそ、あの地には、他にない隷属の術式がある」
「それは、一体どんな……」
「継承されるんだ。親から子へ。祖父母から孫へ。一度奴隷にされた者は、子孫全てが奴隷となる」
血の気が引いた。通常、隷属術式は使われた個人にだけ有効で、術式を使われた人間が子を為しても、その子には適用されない。
改めて子にも術式を使えば、話は別だが。
だが、それが継承されるとは。そんな悪魔のような術式が、デュバルにあるなんて。
「その術式で縛られているからこそ、デュバルの職人達は余所に移る事が出来ない。技術の継承も、隷属術式に縛られているんだ」
持っている技術も、財産と見なされ自分達の好きには扱えない。全ては、奴隷の主たるデュバル家当主のものだから。
「それ……今の当主は……」
「知っている。当主継承の為に、しなければならない術式の手続きがあるからな」
「わかっていて、そのままにしてきたのか!?」
「当主家には、実害がないからな。それと、先程も言ったが他家の領地内の事にはそうそう口出しは出来ない。それは、お前も知ってる通りだヴィル」
ああ、知っている。学院に入る前にたたき込まれるし、学院でも初手の授業で必ずやるからだ。
だが、だからといって、今まで誰も何も出来なかったのか?
「ヴィル。だからこそ、レラなんだ」
「……レラを当主に据える時に、隷属の術式の解除も行うと?」
「あの子なら、我々と同じ考えを持ってくれる。領民を救ってくれるはずだ」
確かに。レラならそうするだろう。領地運営なぞ面倒だと言うだろうが、隷属解除さえさせれば後は代官を置いてもいいと言えば頷く。
何より、虐げられ続ける人が実家の領地にいると知って、知らんふり出来る子じゃない。
「……レラはまだ十三ですよ」
「跡を継ぐのは十五歳の成人を迎えてからだ。学院に在学中の襲爵になるが、前例がない訳じゃない。何より、陛下のお許しがあるから問題はないだろう」
全て決まっている事、か。
レラ、とんでもない大荷物を背負わされるな。
でも、何でだろう。いつものように飄々と荷物を抱えたまま、森にすっ飛んでいくあいつの姿しか思い浮かばないんだが。
保護者組でそんな話し合いをしている最中に、フェゾガンがとんでもない申し出をしていた事を知るのは、もう少し先の事。
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