第22話 祭りの準備
四月。貴族学院では、一大イベントが行われる。二月は舞踏会シーズンで学院生の半分は忙しい時期だから、それが終わってから行われるらしい。
「で、何があるの?」
私の質問に、コーニーがにこっと笑う。
「学院祭よ」
ほほう。貴族学院にも、そういうのがあるんだ。陽気が良くなるのと、卒業生へのはなむけを兼ねてるそうな。
ちなみに、開催は四月の下旬。二月下旬の舞踏会シーズン終幕からはどこのクラブも全て準備に回されるらしい。
クラブ活動をしていない学生も巻き込まれるんだって。
「まあ、毎年最終学年生が一番盛り上がるんだけど」
苦笑するロクス様。あれか、学生生活最後の思い出にって感じかね。去年のヴィル様も、はじけたのかなあ。
今は放課後、クラブ活動をやっている人達は活動中の時間帯。学院の食堂で、コーニーとロクス様とちょっとしたお茶の時間を楽しんでいる。
この食堂、夕方まで開いていて、軽食や飲み物を出してくれるんだ。いわゆるカフェメニュー。
クラブ活動でお腹空かせた学生の為らしい。スポーツ系は体動かすから、寮での夕飯までお腹もたないよね。
私の目の前で、ロクス様が優雅にお茶を飲んでいる。
「日頃学院で僕達がどう過ごしているか、保護者に見せると同時に、学院で学んだ事を発表する場でもあるんだ」
在学生の家族や、親族を中心に、招待制で外部から客を入れるそうな。このチケットが、裏では高額で取引されるらしい。
こんなところにもダフ屋っているんだ……
ちなみに、模擬店は出ないんだって。残念。まあ、学院祭の趣旨を考えると、そうなるわな。
じゃあ何をやるのかと言うと、そこは貴族学院らしく、剣での模擬試合とか、馬上槍試合なんかが人気あるらしい。
女性向けだと、何と出演者全員女性の演劇が人気なんだって。どこのヅカですか。そういやこの学院、女子限定の演劇クラブがあるわ……
模擬試合に関しては、クラブ活動もあるけど、何より選択授業を選んでいる生徒から選抜して選手を決めるらしい。
剣や槍の授業も、そういえばあったね。私も弓を選択してるわ。
「レラがやってる弓も、そろそろ選手を募集する頃じゃないかな?」
「あー……明日、ちょうど弓の授業がありますよ」
「じゃあ、多分そこで話が出ると思うよ」
そうか……でも、弓の授業ではそこそこ程度の成績なので、選手には抜擢されないだろ。
弓も、他の模擬試合のように、的当てを披露するんだってさ。
「じゃあ、お嬢様な授業を選んだ人達って……」
「絵画や刺繍は、作品を展示するのが主だよ」
なるほど。確かに、絵や刺繍の実技披露とか言われてもなあ。
当日一日体験コーナーとかあってもいいかもしれないけど、来るのが家族中心となると、皆貴族だもんね。女性は刺繍や絵画の経験者が殆どか。
よくよく聞いて見ると、学院祭と言っても普段の授業の成果発表が中心だね。まあだからこそ、二ヶ月程度の準備期間でも開催出来るんだろうなあ。
これはあれか、文化祭というよりも、大がかりな授業参観みたいなものかね。
あ、演劇は別で、やっぱりクラブ主催で行うらしいよ。あの演劇クラブ、女子人気一番で毎年入部希望者が凄いんだって。
「演劇も人気高いけど、学院祭一番の人気は、何と言っても騎獣レースだよ」
「何ですか、それ」
「選択授業で騎獣を選んだ学生による、レースなんだ。特設会場を学院内に作って速さを競うんだよ。毎年見に来るファンまでいるらしい」
やばい。騎獣の授業、選択していますよ。でも、未だに私はろくに騎獣に乗れていない。
だって、どの子も怖がって逃げるんだもん。逃げない子は恐怖のあまり固まって動かないし。
仕方ないので、乗れる騎獣が届くまで座学中心となりました。おかしい……
一人遠い目をしている間も、兄妹は楽しそうにおしゃべりしていますよ。
「騎獣レースって、やっぱり高学年が中心なの?」
「いや、そんな事はないよ。学年ごとにレースは行われるから」
「そうなの。レラも、騎獣の授業を受けてるわよね?」
コーニー……ここでそれを言うか。
「私は乗れる騎獣がいないので、多分レースにも出ないよ」
「そうなの?」
「騎獣が怖がって乗れないんだろう。魔の森での経験が、悪い方に出たね」
ああ、なるほど。魔物を片っ端から討伐していたから。騎獣って、人慣れするおとなしい魔物を飼い慣らしたものが殆どだからね。
「学院祭での発表や模擬試合、レースなんかは真面目に参加しておくのを勧めるよ。学年末試験に響くからね」
「そうなの?」
コーニーと二人でびっくりだ。なんでも、学院祭への貢献度が、そのまま学年末試験にプラスされるらしい。
「試験で高得点を狙いにくい学生は、学院祭で頑張るのはここの伝統なんだ」
どういう伝統だよ。それと、試験を頑張れば祭り参加はしなくてもいいんですかね? ダメですかそうですか……
弓と騎獣、逃げられますように。
弓はなんとか逃げて、騎獣も最初から外されてましたー。やったね。
でも、落とし穴がありましたよ。
「ちょっと! どうしてあんたが選手なのよ!?」
ダーニルが出た。彼女の背後には、こちらを睨む女子三人。お供を従えてふんぞり返っている。
「聞いてるの!?」
「いいや?」
「な!」
聞く訳ないでしょうが。大体、何を騒いでいるのかすらわからないのに。
「あんたねえ!」
「教室で騒ぐのは、よくないと思うな」
おっと、脇から声がかかったと思ったら、第三王子だ。王子の言葉に、ダーニルも背後の女子も黄色い声を上げる。
お前ら……今、王子に言われたのは注意だからな? わかってる? 黄色い声を上げてる場合じゃないんだよ?
と思っても、ダーニル達の目は既にハート状態。ダメだこりゃ。
「君達、そろそろ授業が始まるから、席に座ったらどうかな?」
「は、はい!」
……まあ、ダーニルがおとなしくなったから、いっか。第三王子はこっちを見てにこっと笑う。
助かったのは本当だから、軽く会釈しておく。
にしても、さっきのあれは何だったんだろう? そういや、選手とかなんとか。
……嫌な予感がするー。だって、この授業、熊の総合魔法の授業だもん。
全員が席につくちょうどのタイミングで、熊登場。
「よーし、総合魔法の授業を始めるぞー。その前に、学院祭の開催が迫っているのは、知ってるな?」
まさか。
「我が総合魔法でも、当日魔法の実演を行う事になった。出場者はこっちで決めたから、逃げられないぞー」
熊よ、こっちを見てにたりと笑うのはやめていただきたい。今にも大口開けて、頭から丸かじりされそうなんだけど。
そんな熊に、果敢にも質問する生徒がいた。あ、ダーニル。
「先生! 質問があります!!」
「おお、ダーニル・デュバルか。何だ?」
「どうしてあいつが選ばれるんですか!?」
ダーニルの言葉に、先程背後にいた女子生徒三人がそうよそうよと合唱する。他の生徒は「何言ってんだ? こいつ」状態。
ダーニルが指差しているの、私だからね。熊も、見事に同じ顔をしてるよ。
「そのあいつってのは、ローレル・デュバルの事で間違いないか?」
「そうです!」
「んー……じゃあ、聞くが、総合魔法の成績が上位の人間、十人名前を挙げてみな」
「え?」
「実演に参加するのは、成績順だ。参考にしたのは、学期末試験とこれまで授業でだしてきた 個別試験の結果だ。全部上位陣は公表されてるから、わかるだろう? 挙げてみな」
「……」
黙っちゃったよ。多分、自分以外の人間に興味がないから、上位陣の名前も覚えていないんでしょう。
「挙げられないなら、もういいな? ちなみに、お前さんはその中に入ってないぞ」
熊の言葉に、教室中からクスクスと笑い声が漏れた。ダーニル、キジも鳴かずば打たれまいに。
「他に質問のあるやつはいるかー? いねえな? じゃあ、一応出場者の名前、挙げておくぞ。まずローレル・デュバル」
ああ、やっぱり……他にも、第三王子とその取り巻き、侯爵家のお嬢様の名前なんかが挙がった。
学院祭に向けての準備の為、教養科目も選択科目も授業は学院祭一色になってる。
具体的には、実演の下準備って感じ。弓でも騎獣でも、出場者に優先的に教師がついて指導してる。
弓は自主練の方が捗るし、騎獣に関してはもう……ね。はやく私を怖がらない騎獣、こないかなー。
もういっそ、長期休暇の際に魔の森で自力調達してもいいんじゃないかな。
で、問題の総合魔法の方ですが。
「集団魔法の実演ってとこまでは決まった」
「で? どんな術式を使うの?」
「それはおめえ、やる連中が決めないとなあ」
「丸投げかよ!」
殴っていいかな? この熊。私の手の方が痛くなりそうだけど。
一応、使えそう……というか、許可が下りそうな術式のリストは作ってくれたらしい。これなかったら、確実に投げ飛ばしてたね。身体強化入れて。
「んー……ちょっとショボいのが多いなあ」
「派手なのはやっぱ攻撃魔法だからなあ」
さすがに攻撃魔法を集団で、なんて出来る訳ない。威力が強すぎて、学院が吹っ飛びかねん。
「実際いたっていうぜ。十五年くらい前の事だってよ」
「何やったの?」
「上空に向けて、炎の集団魔法でドラゴンを描こうとしたらしい」
「結果は?」
「大爆発。教師連中がしっかり防御の結界を張っておいたし、周囲に人が近寄らないようにしていたから、被害は最小限で済んだそうだが」
「危ねー」
誰だよ、そんな術式にゴーサイン出したやつ。一旦出した炎って、制御もの凄く難しいのに。
そんなので上空にドラゴンとか、無謀としか思えない。
「大体、集団魔法って戦争で使うようなやつじゃない」
「ここしばらくは平和で、集団魔法使うような場はねえもんなあ」
「だよねー。……ん? これ」
「いいのあったか?」
「んー……さっきの話を聞いてて、ちょっと思い出した」
出した本物の炎を制御するのは難しいけど、炎に見せかけた魔法を制御するのは、そんなに難しくないはず。
見せかけ、それを人は幻影と呼ぶ。古くは敵を幻惑させる為に作られた……って、これも戦争用かよ!
「まあ、大抵の魔法は戦う用に作られてるからなあ」
「ニエールが嘆きそう」
ペイロンの魔法研究所にいるニエールは魔法が大好きで、今も何に使うんだって言われそうな術式を楽しそうに研究しているはず。
そんな彼女のモットーは、魔法の平和的活用だ。
「しかし、幻影を集団でやって、意味あんのか?」
「教師のあんたが言うな。……十人でやるんだよね? さっきのドラゴンじゃないけど、絵とかを空にでっかく描き出したら、映えるんじゃね?」
「ほう、なるほど。で? 何を映し出すんだ?」
そうか、何を見せるかも大事か……うーん。あ。
「今王都で流行っている芝居って、どんなの?」
「俺が知るかよ」
「熊に聞いたのが間違いだったわ……」
「熊ゆーな!」
仕方ないので、職員室へ行って女性教師を何人か捕まえて聞いてみた。
「それなら『暁に燃ゆ』じゃない?」
「あら、断然『我が想いは遠き湖に』よ」
「えー? 私は『死神と私』だと思うわ」
参った。こんなに出てくるんだ……
「えーと……じゃあ、誰もが知る名作と言えば、どれでしょう?」
「それなら絶対『陽炎の館』ね」
お、これは揃ったぞ? 内容を聞いてみたら、未成年でも見られそうなものだった。
ある下級貴族の娘が上級貴族のボンボンに見初められて婚約するも、社交界でボンボンに思い入れるお嬢様方からいじめを受ける。
一度は心が折れそうになるけれど、ボンボンが表立って彼女をかばい、必ず守ると宣言。
それに感動した娘が、雄々しく立ち上がって上級貴族夫人となり、家をもり立てるという話。
ふむふむ、ある意味女性の立身出世の物語?
「何言ってるの? 純愛物語じゃない」
「違うわよ、女性の独立物語よ」
「え? 家族愛の物語じゃないの?」
……ちょっと、先行きが不安になってきたよ。どうも、何度も舞台化されているせいか、色々なバージョンがあるらしい。視点を変えると物語が違って見える、ってやつかな。
でも、それだけバージョンがあるなら、こっちでアレンジしても文句は言われまい。
という訳で、題材はこの「陽炎の館」に決定。先生方に内容を書き出してもらったものを適当にアレンジし、童話風に仕上げてみた。
あとは、絵を描ける人が欲しいなあ。
「誰か、こちらが指定した場所を絵に描き起こせる人、いませんか?」
「それなら、美術のデロット先生がいいんじゃない? 学院祭の為と言えば、嫌とは言わないわよ」
それだと、仕事を押しつけるみたいだなあ。でも、私に描けない以上、誰かに描いてもらわないと。
空に文字ばかり浮かべたって、見栄えしないし。
デロット先生は大きな眼鏡にくせっ毛の、ちょっとおとなしそうな女性だ。
先程まで話していた女性教師に紹介してもらって、話を聞いてもらった。
「という訳なんです。枚数が多いんですが、描いていただけますか?」
「学院祭に、必要なんですよね? わかりました。引き受けます」
「ありがとうございます!」
よし、これで何とかなる。あー、肩の荷が下りた感じ。
って、まだまだこれからだよ!
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