第21話 メロンが現れた

 屋根裏部屋に不法侵入されかけた日の翌日。放課後寮に帰ろうとしたところ、後ろから呼び止められた。


「あなた、一組のデュバルさんよね?」

「はい、そうですが……」


 振り返った先には、見覚えのない女子が立っている。リボンの色は白。三年生だ。


「ちょっとお話しがあるの。ついてきてちょうだい」


 ついてきてくれる? じゃなくて、ついてきてちょうだい、か。多分、何かあるんだろうなあ。


 もしかして、例のアンタッチャブルかな?




 連れて行かれたのは、実習棟の裏側。ここ、クラブ棟とは離れているし、運動場とも離れているから、放課後のこの時間帯、人がいないんだよね。


 そうだ、何かあった時用の証拠を残す為、制服のリボン留めに使っているボタンに仕込んだ魔道具を起動させておこうっと。


 これ、屋根裏部屋の扉に仕込んだ魔法カメラと同じもので、見た目はブローチっぽいボタンにしか見えない代物。


 やー、研究所がいい仕事してくれましたよ。ボタン送ったら、翌日には仕上げて送り返してくれたからね。


 何でも、ニエールがノリノリで作成したらしい。彼女、こういう小さいものを作るのが得意で大好きだから。


 実習棟の裏には、やっぱり複数人の女子がいた。あ、そういえばアンタッチャブル令嬢の外見、聞いてないや。


 名乗ってくれればわかるんだけど……


「ようやく来ましたのね!」


 扇を片手に、ぷんすか怒っている女子を中心に、私を連れてきた三年生を含めて取り巻きが五人。


 見た途端、驚いた。メロンだ。メロンがいる。思わず視線が吸い寄せられるメロン。


「……ちょっと、聞いてますの?」


 コーニーも大きいけど、ここまでじゃない。凄いなー。メロンって、本当にいるんだ。


「先程から! 人の話も聞かずにどこを見ていますの!?」


 あなたのメロンです。とは言えないよなあ。視線を上げて顔を認識すると……誰だ? これ。見た事ないや。


 いやまあ、王都から離れていたから、大抵のお嬢様は見た事がないんだけど。


 王都にいれば、子供の参加するお茶会なんかもあって、それなり顔見知りにはなるらしいんだ。この辺りはコーニー情報。


 名前知らないし、彼女の事はミスメロンと呼ぼう。大変わかりやすいニックネームだと思います。


「まったく、これだから田舎ものは困るわ! ねえ、皆さん」


 取り巻き女子が口々にそうよそうよとはやし立てる。普通のお嬢様なら、泣いて逃げちゃうパターンかな。


 私も、魔物相手ならいくらでもなんとでも出来るけど、人相手はなあ。ヘタな事して殺しちゃったりしたら怖いし。


 どーしたもんかねー。つか、この人達、何にこんなに文句言ってるんだろう?


「あのー」

「何かしら?」

「何をそんなに怒ってるんですか?」


 あ、ミスメロンとその取り巻き達が、一瞬固まった。


「し、信じられないわ! あなた! 自覚はないの!?」

「ええ、まったく」


 私の返答が気に入らなかったらしく、ミスメロンはわなわなと振るえている。凄い、本当にこういう反応する人、いるんだ。


 なんか、感動。


「あなたはねえ! ユーイン様に勝手に近づいたのよ!? こんな罪深い事って、あるかしら!?」


 ……誰ですか? それ。勝手に近づいたって言われても、覚えがないんだけど。


 首を傾げていたら、こちらの態度が気に入らなかったらしい。ミスメロンが手にした扇を振りかぶった。


 そのままの勢いで振り下ろされたけど、その手を途中で掴んで止める。


「危ないですよ?」

「な……なななな」


 お嬢様の鍛えていない腕で振り下ろされる扇程度の速度なら、魔法を使わなくても対処出来ます。


 ええ、ペイロンで鍛えられたから。みんな不意打ちしてくるんだもんなあ。最初の頃はぽこぽこ当たって痛い思いをしましたとも。


 もっとも、当てるのは子供用の柔らかい素材の棒だったし、本気で振ってこないから速度も緩めだったけど。


 おかげで二、三年で躱せるようになったし、その後成長と共に攻撃阻止、反撃まで出来るようになりました。人間、やれば出来るもんだ。


 ミスメロンは私に掴まれた腕をはずそうともがいているけど、外せなくて段々顔が青くなっている。


「危ないですよ? 扇でも、当たり所がわるければ失明しかねませんし」


 淡々と説明したら、取り巻きのお嬢様連中共々、顔色が青を通り越して白くなっちゃった。


「た……」

「た?」


 俯いたミスメロンが、何かを口にした。確認しようと思ったら……


「助けてええええええ!!」

「ええー?」


 ミスメロン、大声で叫びましたよ。それと同時に、お嬢様連中、ミスメロンを置いて逃げ出しちゃった。


「これ、どうしよう?」


 ミスメロンは泣き出してその場にへたり込んじゃうし。置いて行ってもいいのかなあ。




 結局、あの後偶然通りかかったロクス様によって、事態は収められた。ロクス様、本当に偶然?


「やだなあ、僕監督生でしょ? 校内の見回りを先生に押しつけ……頼まれてさあ」


 半分本音が見えてますよー。ともかく、騒動になる前で良かった良かった。


 あの場でロクス様に見つけられた私とミスメロンは、そのまま職員室に近い空き部屋に連れてこられた。


 そこからミスメロンは一度治癒室に。私はこうしてロクス様に話を聞かれている。


「で? レラ。あそこで彼女と何をしていたの?」

「本当はもう少し人数いたんですけど……これです」


 ポケットに突っ込んだままの携帯映写機で、ボタン型カメラに収めた映像を見せる。


「これはまた」

「ミスメロンが言ってるユーインって人、誰でしょうね?」

「その前に、みすめろんって、何?」


 しまった。ミスもメロンもこっちじゃ通じないか……えーと。


「えーと、まくわ瓜の事です。まくわ瓜嬢ってとこですね」

「まくわ瓜……レラ、もしかして、彼女の胸を見てそう付けたの?」


 バレたー。でも、あれは誰がどう見てもメロンですよねー。へらっと笑ったら、ロクス様が深い溜息を吐いちゃった。


「まあ、気持ちはわかるけどね。そのチェータソキア嬢だけど、君に乱暴されたと言っていたよ?」

「全ては映像に残っている通りです。扇で殴られそうになったから、腕を掴んで止めましたけど」

「ペイロンで鍛えられてる君を殴ろうとは。命知らずだねえ、彼女も」


 本当にねえ。でも、ペイロンがどういうところか、知らないんだろうなあ。


「ペイロンの実態を理解していないんだと思いますよ。田舎ものって言ってましたし」


 私の言葉に、ロクス様が一瞬嫌そうな顔をした。多分ペイロンを田舎と馬鹿にされた事に怒ったんだと思う。


 ロクス様も、ペイロンが好きだもんね。長期休暇の時なんて、嬉々として森に入るし。


「まあナリソン伯爵家そのものが、ペイロンとは付き合いないから仕方ないのかも。当然と言えば当然か。ああ、それと」

「何です?」

「レラって、本当にユーイン卿の事、興味ないんだね」


 ミスメロンも、勝手に近づいた云々言っていたねえ。ロクス様がこう言うって事は、会った事はあるのか。


「誰なんですか?」

「この間の舞踏会で、ダンスを申し込まれていたじゃないか。ユーイン・サコート・フェゾガン卿だよ」

「ああ」


 黒騎士の事か。それならそうと言ってくれればいいのに。いや、名前言ってたっけ。覚えていない私が悪いのか。反省。


「ともかく、この映像はこっちにもらっていいかな? 学院に報告しないと」

「いいですけど……その結果、ミスメロンはどうなるんです?」

「良くて退学、悪ければ修道院送りかな?」


 わー。ミスメロン、やっちまったな。そういえば、退学にリーチがかかってる状態って、前に聞いたっけ。


「彼女はやってる事が陰湿だからね。今回もレラだから良かったものの、普通の令嬢なら怪我をしていてもおかしくない」


 本当ですよねー。ミスメロンは、私がペイロン育ちの脳筋だった事をありがたく思うべきだ。




 ミスメロンの処分は、割と早く決まった。まあ、退学リーチ状態だったから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。


「父親であるナリソン伯爵から、抗議が凄かったんだって。娘が退学になるのが承服出来なかったらしいよ」

「問題行動ばかり起こしていれば、退学になるのも当然だと思うわ」


 ロクス様とコーニーと三人での昼食。本日も私とコーニーのお友達は個別食事会に招かれている。


「そういえば、コーニー達は個別食事会とか、招かれないの?」

「どちらかというと、僕らは招く側かな?」

「家からは特に動かなくていいと言われているの。その分、学外での交流はきちんと取っているから、心配いらないわ」


 そういや、アスプザット家って、派閥のトップじゃん。忘れてたわー。だからそこの子であるロクス様もコーニーも、本来なら招く側って訳か。


 個別食事会は、親が同じ派閥にいる学生同士が交流を図る為のものだから、必ず開催しなくてはならないという事はないんだって。


 アスプザットの派閥は、名より実を取るタイプの派閥らしい。だからこれ見よがしに学院での交流はしないそうな。


 個別食事会も、派閥内の交流を図るという理由以上に、周囲に周知させる意味の方が強いそうな。


「これこれこういう家や、これだけの家が我が派閥には参加していますよ、と学院側に宣伝している訳だね」

「もちろん、他の学生にもよ。そして彼等は実家に帰省した際に、その事を親に話すわけ」


 それで今の派閥の動きなんかを知る事になるらしい。貴族の世界って、面倒臭い。

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