第20話 痕跡が残ってますよ
入場から始まった一連の舞踏会ミッション。ファーストダンスを無事終えて、ヴィル様以外の人とも踊るというハプニングもあったけど、何とかこなした。
これ、もう帰ってもよくね?
「駄目に決まってるでしょ。この舞踏会に関しては開始時間が早くて、その分終了時間も早く設定されてるの。だから、最後までいなきゃだめよ」
おおう。望みは絶たれた。
ただ、やらなきゃいけない事は全てこなしたので、残り時間は壁際の席で座っていてもいいそうな。
じゃあ、そっちで。
「なーんか、ちらちら視線を感じるんだがなあ」
私が移動したら、コーニー達も全員ついてきちゃった。ヴィル様は本日のエスコート役だから側にいる、だって。
コーニーとロクス様は疲れたから少しお休みする為に。本当かな。
「兄上、視線って、もしかして……」
「いや、デュバルじゃない。てか、あの親父、見かけないな」
ヴィル様、言葉使いが大分崩れてますよー。侯爵家嫡男なのに、いいのかね。ロクス様が何も言わないから、いいのか。
にしても、父の姿がないとは。こういう場には、嬉しそうにダーニルを連れてきそうなものなのに。
招待状がなくとも、パートナーとしての出席は認められたりするからね。でも、この舞踏会だけは別だっていうから、無理なのかな。
でも、あの父なら無理を押し通して連れてきそうなものなんだけど。もしくは、一人で出席でもこちらに嫌味を言ってくるとか。
何か、あった?
「こんなところに固まっていたのか」
首を傾げていたら、声を掛けてきた人がいる。あ、王太子だ。隣には、シェーナヴァロア嬢もいる。
「ごきげんよう、皆さん。よい夜ですね」
相手が王族、しかも婚約者は学院の上級生。という事で、席から立ってご挨拶をする。
何故かそのまま、王太子ペアもこの壁際の席に腰を下ろした。
「今夜の主役の一部が、端にいていいのか?」
「いいんですよ。うるさいのに絡まれかねませんから」
思わず「あんたもな!」と突っ込みたくなるような事を言ってきた王太子に、ヴィル様がぞんざいな返事をする。
王太子は、何やらニヤニヤしてるんですけど。
「それはフェゾガンの事か?」
「どっから見てたんですか?」
「そこの貴賓席だよ。あの時、周囲に人があまりいなかっただろう? 余計に目立っていたぞ」
「フェゾガンめ……」
ヴィル様って、王太子に気安いよね。同学年だったってだけじゃなく、普通に仲がいいのかな。
にしても、あのダンスの申し込み、見られてたのか……その実、ただのお願いをする為のダンスだったってだけなんだけど。
「で? ローレル嬢、彼は何を君に言っていたんだ?」
そんなとこまで見ていたのか。王太子、侮り難し。
「実は、ペイロンに行きたいので手助けしてほしいと言われたのですが。正直何をどうすればいいのかわからなくて」
「ペイロンに? ユーインがそう頼んだのか?」
「はい」
「そうか……」
そう言ったきり、王太子は何やら考え込んでいる。これ、放っておいていいのかな?
隣に座るシェーナヴァロア嬢を見ても、にっこり微笑まれるだけ。放置でいいんですね、きっと。
にしても、本当に私に何をやらせたいんだろう? あの黒騎士は。
「殿下、ユーイン卿は兄に頼まずレラに頼みました。その理由が、兄の方が母に近いからだというんですが、何かご存知じゃありませんか?」
「……逆に、お前達が知らない事の方に驚いたぞ」
ロクス様の言葉に、王太子が本当に驚いた顔をしている。一体、何を知らないっていうんだろう?
「今の黒耀騎士団の団長が誰か、知っているか?」
「ツーケフェバル伯爵でしょう? 彼が何か?」
ヴィル様の返答に、王太子は一つ頷く。
「ヤーガ・ツーケフェバルはその昔、君らの母君に求婚して断られたんだよ」
「はあ!?」
ヴィル様とロクス様、コーニーの声が重なった。いや、そりゃ驚くでしょうよ。シーラ様とサンド様って、幼い頃からの許嫁同士だし。
それもあって、シーラ様の社交界デビューのエスコート役は、サンド様だったらしい。そうする事で二人が婚約状態にあるって、周知する意味もあったんだって。
それなのに……まあ、玉砕覚悟ってやつかねえ。
「それ以来、アスプザットもペイロンも大嫌いらしくてね。配下の者達がペイロンに行って鍛えたいと願い出ても、一度として許可した事はないそうだ」
うわ、凄い公私混同。そんな狭い考えの人間じゃ、どのみちシーラ様には嫌われるな。サンド様との事がなかったとしても振られるコースじゃん。
にしても、こんな場所でそんな話を聞くなんて。
舞踏会は週末に行われたので、そのまま侯爵邸にお邪魔して一泊、翌日学院の寮へと戻った。
いつも通り部屋に戻ると、扉にちょっとした痕跡が残っている。
「んー? これ、無理矢理開けようとしたな?」
屋根裏部屋の扉には鍵がないので、扉ごと新調して魔法鍵をつけてある。ついでに防犯目的として、扉全体に常時発動型の結界を張り、私以外の人間が扉を開けようとしたり壊そうとしたら記録するようにしておいた。
ばっちり残ってんよ。
記録を見ると、最初は普通に開けようとしたみたい。でも開かないから、怒って扉を壊そうとしたみたいだねえ。
週末の日中は、寮に残っている人の数が少ない。皆王都に遊びに出るか、クラブ活動に勤しんでいるので。
だから、多少の音を立てても気付かれないと思ったんだろうなあ。
「でも、この顔、見覚えないんだけど」
後でコーニーに見てもらおう。もしかしたら、誰かわかるかもしれない。
「この人、四年生よ。でもごめんなさい、名前まではわからないわ」
「ううん、学年がわかっただけでもありがたいよ」
「……この映像、ロクス兄様に見てもらわない? 多分、名前もこんな事をした理由もわかると思うわ」
ロクス様かあ……確かに、監督生をしている彼なら、生徒の名前や繋がりを調べるくらい訳ないかも。
と言うわけで、昼食の際コーニーに呼びだしてもらった。
「珍しいね、コーニーから呼び出すなんて」
「ごめんなさい、ロクス様。お願いしたのは私なんです」
「レラが? なら、コーニーを通さずに直接伝えても良かったのに」
いやあ、新入生が五年生の教室に行くのは、勇気がいりますよ。コーニーなら、実の兄の教室だから周囲の目も和らぐけどさ。
ただの遠縁の娘、しかも一年生にはハードル高いっす。
「それで? 僕にどんな用事かな?」
「実はですねえ」
屋根裏部屋の件を、こそっと小声で説明した。
「ふうん。その映像は見られるの?」
「ここにありまーす」
手のひらサイズの映写版を見せる。スマホチックにしているのは、私の好みです。
「……ああ、確かに四年生だね。ハザリア・カザック。男爵家の娘だけど、彼女の家の本家の娘の方がある意味有名かな」
「本家の娘?」
「ナリソン伯爵家のチェータソキア嬢」
「げ」
コーニーにしては珍しい声が出た。顔も、もの凄く嫌なものを見た時のもの。
「その、チェータソキア嬢って、そんなに有名なんですか?」
「うん。何度か問題を起こしていてね。その度に父親のナリソン伯がもみ消したらしいんだ。今度問題を起こしたら、退学ってところまできてる」
何やったんだ? そのお嬢様。
「……チェータソキア嬢は、寮でも触らないようにって言われてる人よ」
「何そのアンタッチャブル」
「あん……何ですって?」
「何でもないです。どうしてそんな風に呼ばれてるの?」
コーニー、顔がもの凄く渋いです。本当に、何やったんだチェータソキア嬢。
「寮での事件なら、三回程あるらしいの」
「三回も?」
「うち、私が実際見たのは一回だけなんだけど、もの凄かったわ」
「えー……」
「チェータソキア嬢の幼馴染みの方と、学院で知り合ってお付き合いをしていた女子がいたの。そうしたら、彼に近づかないようにって、複数人で囲んで脅したらしいわ」
「うわー……」
「もちろん、脅された女子は怖いから、親を通じて学院に報告したらしいの。結果、チェータソキア嬢の暴走って事で、彼女と彼女の周囲に注意がいったのよ。でも、本人ではなく、取り巻きの騎士爵家の女子が退学になったんですって」
「なんで?」
「退学になった女子が首謀者って事になったそうよ。何でも、ナリソン伯爵家の分家の分家の娘らしくて、本家の意向には逆らえなかったみたい」
「可哀想に……」
「そんな事ないわよ。その退学になった女子、私と同学年だったけど、自分がナリソン伯爵家と繋がりがあるからって、子爵位以下の家の女子達を馬鹿にしてたもの」
「類が友を呼んじゃったんだね」
何て嫌な類だろう。
それにしても、虎の威を借りていたら、その虎から切り捨てられるとは。その騎士爵家の女子は、夢にも思わなかっただろうなあ。
「他にも、本家との付き合いがある分家の方や、親の派閥関連でのお付き合いなんかもあったりはするけれど、どこも節度を守ったものばかりよ。でも、たまにダメな集団も出てくるの。学院って、それなりの人数がいるから」
人の集団って怖い。いや、力になる時もあるけれど、人が増えると問題も増えるっていうのは、ペイロンで体験したし。
あそこ、領外からの人間も多く来るから。入ってくる人の数だけ、トラブルがあるんだよなあ。
ちょっと昔を思い出していたら、ロクス様からの申し出あった。
「ともかく、そのハザリア嬢に関しては、こちらから注意を入れておくよ」
「よろしくお願いします。まあ、多分今頃盛大に後悔してるだろうけれど」
「レラ、何をやったのかな?」
ロクス様、笑顔が怖いです。あと、やらかした事は確定なんですね。
それもそうか、自分で「後悔してるだろう」って言っちゃったし。
「えーと、入り口に張った結界に、ごく弱い呪術を」
「どんな結果が出るものを施したんだい?」
「十日くらい、お腹が緩くなるものですね!」
私が言った途端、二人とも飲んでたものを噴き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます