第19話 頼まれたんですが
さーて始まりました舞踏会。正直、ダンスは教養の一部として習ったくらいしか知らないんだけど。
そういえば、こっちのダンスはワルツが中心。誰だそんなものこっちに持ち込んだ転生者は! おかげでヴィル様と対面で踊る羽目になりましたよ!
招待された学生のファーストダンスは、当然エスコート役の人と。優雅な一時なんでしょうけど、何せ踊っている相手がヴィル様ですからねえ。
周囲からの嫉妬の視線がビシバシ飛んでくる飛んでくる。
「お! 思った以上に踊れるな、レラ」
「ここ三日程、コーニーにしごかれたんです……」
ええ、授業終わりにロクス様と一緒に捕まえに来てね。ロクス様曰く、この時期はダンスレッスン用の部屋が、優秀学生用に用意されてるからって。
なので、ロクス様を相手にダンスレッスンをしましたともさ。コーニーは必要ないくらいうまいので、私だけ。
「ロクス様の足を踏まないようにするの、大変でした」
「何だ、思い切り踏んづけてやれば良かったのに」
「後でロクス様に言っておきます」
「ぜひとも目の前で言ってくれ。ロクスの反応が見たい」
ヴィル様、にやりと笑ってる。兄妹思いの長男ではあるんだけど、その分悪戯も仕掛けたい人だからねえ。
コーニーなんか、毎度本気で怒ってるよ。ロクス様の場合は「仕方ないなあ」と言いつつ、忘れた頃に反撃しているけど。
ファーストダンスを踊り終わって、ほっと一息。これで今夜のミッションはコンプリートだ。
ふと見ると、王太子ペアや第二王子ペアも踊っていたらしい。いや、第二王子の顔は知らないけど、ベーチェアリナ嬢が一緒だから多分あの人がそうなんでしょ。
「これでもう何もしなくてもいいんですよね?」
「もう少し楽しもうって気はないのか?」
「いや、こういう場所を楽しめるような質じゃないんで」
何せ脳筋の里育ちだ。ヴィル様も知ってるくせにー。これは、からかいが入ってるな?
何か言い返そうと思ったら、脇から声がかかった。
「失礼」
誰かと思ったら、黒服イケメン……いや、黒騎士だっけ? 彼だ。
今日は騎士服を着ていないから、仕事で来ている訳ではないらしい。それもそうか。今日の警護は近衛の金獅子騎士団の管轄だそうだから。
会場のあちらこちらに、赤地に金の刺繍が入った派手な制服を着ている騎士がたくさんいる。あれが金獅子騎士団だそうな。
近衛が警備に入っているのは、この舞踏会が国王主催だから。どこで開催するか、誰が主催かで警備の騎士団とかが変わるらしいよ。
黒騎士は、本日夜会服をびしっと着こなしている。鍛えているからか、スタイルもいいしこういう服も似合うねえ。
そんな黒騎士に対して、ヴィル様は相変わらず塩対応だ。
「……フェゾガンか。どうかしたか?」
「貴様に用があるのではない」
「ああ?」
ちょ! ヴィル様、一気に柄が悪くなってますよ! でも、ヴィル様に用じゃないって事は、もしかして……
「ローレル嬢、一曲お相手願いたい」
私かよー。
「え? ええと……」
思わずヴィル様を見上げる。こういう時、断ってもいいの? それとも、申し込まれたダンスは全部受けなきゃ駄目なの? それすらわかんないよ。
「フェゾガン、悪いがレラはこういう場には不慣れだ。よって本日のダンスはエスコート役である私とのみ――」
「不慣れというのなら、なおさら受けていただきたい。練習相手だと思って」
「おい」
「ぜひ」
ど、どどどどどどどうしよう? これ、断ったら相手に恥をかかせたとかで、問題にならない? ヴィル様の背に、隠れちゃ駄目?
「あら、いいじゃない。お相手してらっしゃいよ、レラ」
コーニー!? いつの間に隣にいたの!?
「コーニー、面白がるんじゃない」
「別にそんな事考えてませんわ。ヴィル兄様じゃあるまいし。フェゾガン様が先程仰ったように、これからレラだって社交の世界に入るんですから、少しはダンスに慣れなくては。あちらが練習相手にって仰ってくださってるんだもの、受けない手はないわよ。ねえ?」
あー、駄目だ。コーニーに反論出来ない。
「別に、社交の世界に入る予定はないんだけど……」
「何事も経験してみるものよ。ではフェゾガン様。レラの事、よろしくお願いしますね」
「承った」
えー!? コーニーの手で、黒騎士に引き渡されたー!
そして再びフロアの中央へ。参ったなあ。実はアスプザット兄妹以外と踊った事って、ないのよね……
コーニーともおふざけで踊ったっけ。あの時は男女パートそれぞれを踊ってキャッキャウフフとしてた記憶が。
ああ、現実逃避。黒騎士の手は「逃がさんぞ」と言わんばかりに、私の手を握りしめてるし。
私、この人に何か怒られるような事、したっけ?
……したな。王都で迷子になった時、どうも近づいちゃいけない場所にいたそうだから。あれから要注意人物と思われているのかも。
フロアに出ると、再び周囲からの視線が物理攻撃のように突き刺さる。これ、気のせいじゃないよね? ビシバシ飛んでくるのですが。
しかも、ヴィル様とのダンスの時より、多くて鋭くないか? 踊り終わる頃には、満身創痍になってそう。
ちらりと見上げる黒騎士は、平然としている。気付いていないという事はないだろうから、気にしていないんだな。
曲は先程とは違うけど、やっぱりワルツ。ぐいっと腰を引き寄せる腕が力強いのなんの。
細身に見えるけど、騎士というだけあって力が強い。肩幅はヴィル様の方が広いから向こうが大きく見えるけど、身長も同じくらいだし。
そして、ダンスが上手かった。私のようなへぼでも綺麗に踊れている……ように感じるし。
実際周囲の目も嫉妬だらけだったのが変わった。なんか、凄い。
周囲に意識を向けていたら、いきなり黒騎士に囁かれた。
「ローレル嬢、唐突で申し訳ないが、あなたに頼みがある」
もしかして、これを言う為にダンスに誘った訳? 確かに、フロアで踊っていれば、多少の会話をしてもおかしくないし、周囲に内容は聞こえにくい。
良かったー、私が何かやった訳じゃなかったー。とりあえず、愛想笑いを貼り付けて訊ねる。
「……何でしょう?」
「ペイロンへ行く手助けが欲しい」
「ペイロンに?」
真剣な顔の黒騎士。ペイロン伯爵領といえば、魔の森。黒騎士は、あの森に入りたいのかな。
でも、それなら私より適任者がいるのに。
「ヴィル様……ウィンヴィル様の方が適任では?」
「奴では駄目だ。正攻法しか使えない」
それって、私なら裏技使えるとか言わないよね?
「それに」
「それに?」
まだヴィル様じゃ駄目な理由があるんかい。突っ込みそうになっていたら、これまた意外な言葉がきた。
「ヴィルセオシラ夫人と近すぎる」
……どゆこと?
問いただす前に、曲が終わってしまった。黒騎士はダンス最後の一礼まで完璧にこなして、私をエスコートしたままフロアを出る。
目指す先は、ヴィル様達がいるところだ。うわー、ヴィル様が不機嫌。コーニーとロクス様は面白がってるよ。
そこに私を連れて黒騎士登場。ヴィル様、黒騎士を睨まないで。彼が私をダンスに誘ったのには、訳があるんだから。
「やっと戻ったか」
「いやねえ、ヴィル兄様ったら。口うるさい父親みたい」
「コーニー!」
怒るヴィル様と、笑うコーニーとロクス様。周囲がびっくりしてこっちを見てるよ。ヴィル様、外では猫被ってるんだな。
「ではローレル嬢、色よい返事をお待ちしております」
黒騎士はヴィル様の目の前で、私の手の甲に挨拶のキスを落として去って行く。その姿に、またしても周囲からの悲鳴が上がってるんですけどー。
そして、本日もキスが長いですよ。たっぷり三秒はしていて、終いにはヴィル様に蹴られかけてたわ……
「レラ! あいつに何かされなかっただろうな!?」
ヴィル様、本当に心配性な父親みたい。思わず笑っちゃった。
「ダンス中に何をするって言うんですか。……ただ」
「ただ?」
アスプザット兄妹が声を揃える。
「頼まれ事をしたんですが……どうすればいいんだろう?」
いや、本当に。ペイロンへ行く手助けって言ってもさあ。あの領に関しては、私はただの居候で何の権限もないし。
考え込んで唸っていたら、ヴィル様が確認してきた。
「一体何を頼まれたんだ?」
「それが……」
正直に話すと、やっぱり三人とも「何だそれ」って顔をしている。そーですよねー。何だそれですよねー。
「どうしてレラに頼むんだ?」
「兄上に頼んだ方が確実ですよねえ?」
「頼まれても断るがな」
「……だからユーイン様は、レラに頼んだんじゃないかしら?」
コーニーの言葉に、思わず頷く。
あれ? そういえば。
「コーニー、さっきはフェゾガンって家名で呼んでなかった?」
「ええ、そうね。ご本人の前では、お名前で呼ぶ訳にいかないもの。私、まだ正式に紹介されていないのよ」
何でも、社交の場では、紹介されていないと相手の家名で呼ばなくてはならないらしい。
でも、本人がいない上に身内だけの場だと、名前で呼んでも失礼には当たらないんだって。本当、貴族のルールは面倒だわ。
あ、そういえば。
「ヴィル様に頼むと、正攻法しか使えないからって言ってましたよ」
「何だと? あの野郎……」
ヴィル様が気色ばむ。隣のロクス様が、のんびり宥めた。
「兄上、言葉が悪いですよ」
「あとそれと、シーラ様に近すぎるとも言ってました」
「母上に?」
私の言葉に、ヴィル様とロクス様が顔を見合わせる。
「お母様に近いって、どういう事かしら?」
「さあ」
シーラ様と黒騎士、何か関わりがあるのかね?
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