第18話 声を掛けられたんですけど

 光陰矢のごとし。時間はあっという間に過ぎていくもんだと、知っていたはずなのに……


「コーニー、どうしても行かなきゃだめ?」

「だめに決まってるでしょう? 招待主は国王陛下なのよ?」

「うう……」


 ただいま、寮から出てアスプザット侯爵邸にお邪魔しています。ここで支度して、王立歌劇場へと行くのだ。


 そう、本日は待ちに待っていない国王主催の舞踏会である。で、優秀学生に選ばれた学院生が招かれていた。


 ええ、私もその一人ですよ。


 ちなみに、コーニーもロクス様も優秀学生に入ってた。当たり前か。ヴィル様も六年連続でトップを取ったって言ってたしなあ。


 で、在校生三人の中で社交界に出入りしているのはロクス様だけ。といっても、学生のうちは出席出来る場所は限られているそうだけど。


「今夜のエスコートは僕と兄上でするからね。僕がコーニーを、兄上がレラを」

「よろしくお願いします」

「それは兄上に言いなよ。そういえば、遅いね」


 ヴィル様は王宮での仕事が長引いているらしく、一度こちらに戻って支度する予定が大分時間が押している。


 本日の私のドレスは、深い青地に銀糸で刺繍を施したもの。コーニーは緑地に黒糸で刺繍がしてある。


 お互い、自分の髪と瞳の色からだ。色違いだし刺繍の柄も違うけど、型は一緒。髪型もおそろにしたんだー。結ぶリボンの型まで揃えてるよ。


 ただね、決定的に違う箇所が……コーニーはシーラ様に似て、胸部装甲の値が高い。すなわち、既に結構なたわわ具合である。


 比べて私は、胸部装甲が弱い。見事なツルペタ具合なのだ。……そういや、前世でも貧乳だったなあ。そんなところ、引き継がなくても良かったんだけど。


 舞踏会とかは面倒臭いけど、これでも一応女なので、オシャレは純粋に楽しいんです。




 私達の支度が全て終わった頃、やっとヴィル様が帰ってきました。


「悪い! すぐ支度する!!」


 そう言って、慌てて浴室に消えていきました。大丈夫かな……


 侯爵邸にも、ペイロンの研究所が作ったあれこれが設置されているので、使用人の手を煩わせる事は少ないそうな。


 やべ、使用人の仕事を取ってしまったか!? と焦ったけど、大丈夫だったみたい。手が空いた分、他の仕事をしてるってさ。


 水くみとか洗濯とかって、大変だからね。


 出発ギリギリになって、ようやくヴィル様の支度が調ったようだ。お疲れ様です。


「いやあ、間に合わないかと思った」


 馬車に乗ってすぐ、ヴィル様がそんな事をぼやいたので、つい口から本音が漏れてしまう。


「いっそ間に合わずに欠席になった方が……」

「レラ、まだそんな事を言ってるの?」

「いい加減に諦めなよ」


 コーニーとロクス様に窘められたけど、諦められない!


 だってさあ、ずっとペイロンの魔の森近辺にいたんだよ? 華やかな場所なんて向いてないし、きっと田舎者だって苛められるんだ。


「レラのその妄想のもとって、一体何なのかしらね?」

「おとぎ話かなあ?」

「ペイロンにそんなもの、あったか?」


 相変わらず、アスプザットの兄妹は容赦ねえな!


 王立歌劇場は、王都の北にある。大通りからは少し奥に入るけれど、十分大きな通りに面している美しい建物だ。


 外観にはいくつもの彫刻が並び、太い柱は古代神殿を思わせる。そこに、着飾った紳士淑女が入っていく姿が馬車の中からも見えた。


 そして、今夜は私もその一人という訳。緊張するわー。


「レラ、背筋を伸ばせ。ここは華やかに見えるが、その実魔の森以上の魔窟だぞ?」

「そうだよレラ。魔物よりも怖い紳士淑女がいるからね」

「気を付けないと駄目よ?」


 そんなに!? ああ、でもそう考えると、魔物をいなす方向で考えればいいのかな。ちょっと気が楽になった。


 歌劇場に入ると、まずは控え室に案内される。今夜招待されている学院生は、優秀学生だけなんだって。


 例え社交界デビューしていたとしても、招待状は送られていないそうな。


 で、優秀学生の入場は上の学年から順にって決まってるそうで、一度ここに全員を入れて並ばせるんだとか。


 こんな入場の仕方は、この優秀学生を招く舞踏会だけらしい。他にも、招待客を絞った舞踏会だから、少々のミスはお目こぼししてもらえるって。


 ヴィル様は卒業生だけど、私のエスコート役という事で一緒に控え室へ。そうしたら、あっという間に他の学生に囲まれちゃったよ。


「ヴィル様の人気、凄いね」

「本当にね」


 コーニーに耳打ちすると、嬉しそうな返事が返ってくる。あ、ロクス様も捕まった。


 二人とも監督生だし、成績も良ければ人望もある人達だもんね。


 ぐるりと室内を見るけれど、同学年以外に見知った顔はいない。他にも、学生ではないエスコート役の人がちらほらいる。


 親族の人だったり、婚約者だったり。中には同じ優秀学生同士で組んだ人達もいるね。


「シェーナヴァロア嬢とかいるかと思ったんだけど……」

「あの方とベーチェアリナ様は、王族に連なる立場という事で、別の控え室にいらっしゃるの」


 ああ、そうなんだ。そういや、一組の王子の姿もないや。絡まれなくなったから、別にいいけど。


 何だかなあ。あの王子が悪い訳じゃないんだけど、どうも受け付けない。何というか、現実ちゃんと見てるか? って言いたくなる。


 理想を追い求めるのはいいんだけどさ。それは許容出来る他の人に対してやってよって思っちゃう。


 しばらく控え室でコーニーとおしゃべりしていると、入場時間になったようだ。


 控え室の出口の方で、名前を順番に呼ばれる。その度に、人が減っていく。


 コーニーとロクス様は両方招待枠の学生だけど、ロクス様が先に呼ばれるので、それに合わせてコーニーも控え室を出て行った。


「じゃあ、お先に」

「レラ、ヴィル兄様の言う事をよく聞いてね」


 子供じゃないんだからさあ。


 とはいえ、最後まで嫌だとぐずったのは私だ。文句言えない……


 ロクス様から少しして、とうとう私達の学年も呼び出された。


「ローレル・デュバル嬢」

「はい」

「さて、行くか」

「よろしくお願いします……」


 ああ、売られていく仔牛の気分……




 舞踏会会場は、歌劇場の客席部分を全て使っていた。舞踏会場にする為に、

座席を外しているらしい。


 入場は、優秀学生全てで列をなしていく。最初に主催者である国王に挨拶して、それから所定の位置につくんだって。


「何度も経験してるから、任せてくれ」

「お願いしますう」


 ヴィル様がエスコート役で本当に良かった。コーニーもロクス様も、それ込みでヴィル様にエスコートを任せたんだな。二人のサムズアップが見える気がするわ。ありがたや。


 列は順調に進み、とうとう私の挨拶の番になった。挨拶といってもこちらが何か言う必要はなく、侍従が読み上げる名前に従って礼を執るだけでいいんだって。


「ローレル・デュバル嬢並びにウィンヴィル・アスプザット卿」


 私はヴィル様と並んで淑女の礼を。はー、これで義務は終わったー。


 と思ったのに。


「ふむ、そなたがデュバル家の娘か」

「へ?」


 ここで、話しかけられるなんて、聞いてないよ? 思わず気の抜けた声が出ちゃったじゃないですか。


 目の前の席に座る国王は、年齢は四十そこそこくらい? ちょっと苦み走ったイケオジですよ。


 アスプザット侯爵サンド様もイケオジだけど、国王はまたタイプが違うイケオジだね。


 その国王が、哀れみを含んだ目でこちらを見ている。


「色々とあるだろうが、気落ちせずに励みなさい」

「は、はい、ありがとうございます」


 何か、凄い微妙なんですけどー。まあ、言葉通り励まされたのだと思って、深く考えない事にしましょう。


 国王の隣にいらっしゃる、おそらく王妃様も、可哀想な子を見る目で見てる。


 隣のヴィル様を伺うも、視線を合わせてくれないし。エスコートされるまま、所定の位置まで向かう。


「……さっきのあれ、何ですか?」

「あー……多分、陛下も一言言いたかったんだろう」


 だからって、予定にない行動をしないでほしい。パニック起こしそうになったじゃないか。


 とはいえ、後はファーストダンスを終えれば、本日すべき事は完遂した事になる。


 ああ、早く帰りたい。

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