第17話 騒動の後始末は大変そうですね
食堂の騒動から三日後、三つの家の当主が学院にやってきて、話し合いがもたれたという。
アンニール伯爵家、ミネガン伯爵家、そしてホグター男爵家。
そしてその翌日から、ミネガン家の嫡男とリネカ・ホグターの姿は学院から消えていた。
私とコーニーが昼食時、個別食事会に招かれたのはさらにその翌日にあたる今日でーす。
ちなみに、招待してくれたのは王太子とシェーナヴァロア嬢、それにヴィル様。
なんだけど、何故か白黒騎士もいるよ。護衛ではなく、食事の席につくらしい。
こっちはロクス様とコーニーと私。ベーチェアリナ嬢はいないんだね。
「まずは、食事にしようか」
個室で振る舞われる料理は、食堂のそれとはメニューからして違うらしい。普通に侯爵邸でいただくような食事風景です。
一通り食事が終わって、デザートとコーヒーが出される。本日のデザートはチョコレートケーキ。
実はこのチョコ、魔の森でとれるんだぜ……しかも地球のカカオとは違い、発酵がいらないというね。
他にも色々食べられるようにする為の工程があれこれ違うけれど、味と香りはチョコレートまんまです。おいしい。
見た目オペラっぽいケーキを、ちまちまといただく。
「さて、では騒動の顛末を話そうか」
おっと、本日のメインはこれですよ。おいしい昼食をいただく事ではなかった。
一応、半端な形とは言え巻き込まれた形なので、王太子自らその後を教えてくれるらしいよ。
「まずは騒動の中心、リネカ・ホグターだが、学院を退学、社交界からは家共々追放となった」
ほほう。でも、社交界からの追放って、あるの? 首を傾げていたら、コーニーがそっと教えてくれた。
「要するに、どこからも社交行事の招待がもらえなくなるって事。うっかりホグター家に招待状を送ったりしたら、その家も同じ扱いになるからどの家も招待しなくなるわ。もちろん、王家もね。招待されない以上、社交場に出ても誰にも話しかけてもらえないし、話しかけても無視される。それじゃあ、『社交』にはならないでしょ?」
つまり、追放と言っても何かをする訳ではないんだ。でも、逆に怖いわ。社交界、何て恐ろしいところ!
「大分不満を口にしていたがな。学院の風紀を乱す行動は、十分退学理由になる。何せあの女が絡んだ婚約解消話は、三件以上あるんだから」
「ちなみに、ペイロンとも関係があるニード男爵家でも、嫡男がリネカ・ホグターの毒牙にかかっていたそうだ」
「え」
思わずロクス様、コーニーと一緒に声が出てしまった。ニード男爵家って、国内外で手広く商売をしている家だよね?
そして、ペイロン産の魔物素材も、多く扱っている家だ。コーニーの友達であるイエセア嬢の実家、ゴーセル男爵家も大きな商会だけど、取り扱う量が違う。
ニード家は国外にも販路があって、しかも魔物素材を専門に扱う商会を持っている。その分、ペイロンとは付き合いが長いし深いんだよね。
そのニード家にもしもの事があると、ペイロンとしても大打撃かも。
「とりあえず、ニード家の方は何とかなった。というか、させた。だから安心していい」
ヴィル様に言われて、私達はほっと一息。その辺りの詳しい話を、王太子がしてくれた。
「ニード家は嫡男ラッヒを廃嫡、妹のリュシーナ嬢が跡を継ぐ事が決まった。そのリュシーナ嬢に、リラー子爵家から長男セウロ卿が婿入りする。リラー子爵家は、ラッヒに嫁ぐはずだったパレシナ嬢が跡を継ぐ。彼女の婿は、来月解禁の舞踏会シーズンに、陛下がお選びになる事が決まった」
ちょっと頭がこんがらがりそう。えー、本来結婚するはずだった男女が婚約破棄し、男性は廃嫡、女性は嫁入りではなく婿取りをして実家を継ぐ事に。
で、廃嫡された男性の妹が、婿取りするお嬢様の弟を婿に迎えて一件落着。
これ、リラー子爵家が丸儲けじゃね? 跡取りを他家の婿に出すのは惜しいかもしれないけど、息子の縁でニード家に大きな影響を与えられるだろうし、娘には国王のお声掛かりで婿が来る。
まあ、ニード家の長男が全面的に悪い婚約破棄だから、当たり前か。
「リラー家は、随分とうまく立ち回りましたねえ」
白騎士が、グラスを掲げて笑う。誰が見ても、そう思うよねえ……
「その分、家も令嬢も本来負わなくて済む傷を負ったのだ。その程度のうま味はあっても良かろうよ」
「まあ、殿下ったら」
王太子の言葉に、シェーナヴァロア嬢が窘める。彼女の表情は心配の色が濃い。
「パレシナ嬢は現在三年生。来月の舞踏会で社交界デビューです。その前に、こんな事になるなんて。本人が気を落としていなければいいのだけれど」
「確かにな。それにしても、リネカ・ホグターというのは、本当に普通の男爵令嬢なのかね。他国の諜報員と言っても私は信じそうだよ」
ああ、ハニトラ要員ですか。確かに、男を誑かす腕だけは良さそうだもんなあ。まあ、高位貴族には通用しなかったみたいだけど。
と思ったら、白騎士がとんでもな提案をした。
「いっそ、彼女を我が国のそういう機関にでも紹介しますか?」
「やめておけ。少し話を聞いたが、あれは我々の手にあまる。ああも人の話を聞かないのでは、制御など出来まい」
王太子、凄い嫌そう。
「自分に処分が下される場だというのに、こちらにすり寄ってきたぞ。しかも、訳のわからない事を言いながら」
「訳のわからない事?」
「コウリャークがどうとか」
ブフォ! 飲んでたコーヒー吹いた!
「大丈夫? レラ。どうしたのよ、急に」
「な、何でもない……です」
こうりゃくって、攻略!? しかも日本語だったし! もしかして、ここって恋愛ゲームの世界なの!?
えー……全然知らなかった。そういや、ゲームはもっぱらロールプレイングゲームばかりで、恋愛シミュレーションとか手を出してなかったわ。
つか、それにしては攻略対象がショボいな! 普通は王太子とか公爵子息とか大聖堂関連のお偉いさんの息子とか、騎士団長の息子とか!
まあ、この国の神官は妻帯禁止だし、騎士団長も四人いるしねえ。あ、王太子には粉かけたのか。あっさり躱されてるけど。
いやいや、今注目すべきはそこではなくて。
もしかしなくても、リネカ・ホグターも転生者? でもこれ、ここで言う訳にはいかないよなあ。
「アンニール家とミネガン家だが、こちらも表向き婚約は破棄だ。ミネガン家も嫡男がリネカ・ホグターに惑わされた為、廃嫡、退学が決定している。アンニール家のデネーゼ嬢だが、しばらく休学するそうだ。現在は領地で静養中との事らしい」
デネーゼ嬢は、このまま進級するまで学院を休むかもしれないんだって。その間は、家で家庭教師を雇い、そちらと学院とのやり取りで、進級に必要な単位を取得する方向らしい。
このまま学院にいても、噂の的になるだけだから。そういう意味では、リラー子爵家のお嬢さんもそうなんだけど、あちらは人前での騒動にはならなかったから、そのまま学院に残るんだって。
あれ? って事は、ベーチェアリナ嬢のやった事って、余計なお世話?
でも、あの騒動がなければリネカ嬢はそのまま学院に残っただろうし、そうするとさらに被害者が増えたかもしれない。
そう考えると、あの騒動は必要だったんだよ、うん。
一人納得していたら、ロクス様から王太子に質問が飛んだ。
「殿下、表向きは婚約破棄だと仰いましたが、実はそうしないという意味ですか?」
「表向きというのは、実は水面下でミネガン家の次男とデネーゼさんとの婚約話が進行しているからなの。これはデネーゼさんが了承すれば、という前提付きなのだけれど」
答えたのはシェーナヴァロア嬢です。おお、ロクス様の言った通りになったよ。まあ、貴族の結婚は家同士の利益が絡む場合が多いからね。
何でも、ミネガン家は次男の方が出来が良くて、既に飛び級を使い学院を卒業済みなんだそうな。
本来の学年は四年生で、デネーゼ嬢と同い年。しかも、シェーナヴァロア嬢によれば、次男もこの話に乗り気だという。
「アリーの話によると、次男であるギーアン卿はデネーゼさんを大切に想っているそうなの。だからこの話が出た時に、アリーがデネーゼさんにぜひそうした方がいいと言ったくらいで……」
ベーチェアリナ嬢……デネーゼ嬢を心配する気持ちはわかるけど、ちょっと首を突っ込み過ぎではないかね?
シェーナヴァロア嬢もコーニーも同意見らしく、女子三人で苦笑いしてしまいましたよ。
「君達に関する辺りでは、これくらいかな。他にもダメになった縁組みの仕切り直しなど、しばらく王宮も振り回されそうだ」
やれやれと言った風の王太子。お疲れ様です。
無事個別食事会は終了し、私達は授業へ。教室に行く道すがら、ロクス様がぽつりと呟いた。
「今日もユーイン卿が来ていたね」
ユーイン……? ああ、黒騎士か。何か、コーニーがこっちを見てニヤニヤしてる。
「……何?」
「ううん、何でも。そういえば、ユーイン様って社交界でもとても人気の方なんですってね」
あー、あの見た目ならあり得る話だ。容姿が整っているって、得だよなあ。
「兄上によれば、ネドン家のイエル卿の方が人気だそうだよ」
ロクス様が横から意見を言ってくる。コーニーは白騎士がお気に召さないらしい。辛口の評価が出てきた。
「あら、あの方少し軽薄ではなくて?」
「そういうところが、モテるんじゃない?」
「社交界の方々の趣味って、わからないわ」
ぷんすかしているコーニーに、ロクス様は肩をすくめるだけ。コーニーの理想って、ヴィル様だからなあ。ブラコンなコーニーです。
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