第16話 閑話 お兄ちゃんの方はといえば
弟達がいる部屋を後にし、殿下と共に学院の廊下を歩く。卒業したのはほんの少し前だというのに、妙に懐かしく感じるのは何故だろう。
「これから先は、叔父上のご機嫌伺いだけだ。ユーイン達は先に王宮へ戻って、今回の騒動を父上に報告しておいてくれ」
「は」
フェゾガンは異論なく承知したが、ネドンの方は一言忘れずに言っていく。
「殿下、今更ですけど、それ、我々の仕事ではありませんよ?」
「騎士団入りたてなんてのは、まだまだ下っ端だろう? 今は私に貸し出されている雑用係だとでも思え」
まあ、大抵はこうして殿下に切り捨てられるのだが。それでも「なるほど」などと納得した風を装って、丁寧な礼まで返してくる。
こういうところがまめで女にモテるのだろうな。顔立ちだけならフェゾガンの方が引く手あまたとなりそうだが、あいつは如何せん愛想がなさすぎる。
「ではな。行くぞ、ヴィル」
「はい」
短く返して、殿下の後を追った。
現在、私は期間限定で王太子レオール殿下の側近をしている。というか、その真似事か。
本来なら、侯爵家嫡男として家の仕事を覚えなくてはならない身だが、ご本人から是非にと請われては拒否できない。
学生時代から何かと行動を共にする方ではあったが、何と言うか、人好きのする方なんだよな、殿下は。おかげで拒むものも拒めない始末だが。
とはいえ、これはこれで面白い人脈が築けるので、将来の為にはなるだろう。親から引き継ぐ繋がりもあるけれど、今後を考えるならより手を広げるべきだ。
これは父と母とも話し合った結果でもある。いやしかし、まさかそれで学院に連れてこられ、弟達が騒動に巻き込まれる事になるとは。
いや、あれは全てフェゾガンが悪い。何だあいつ。普段は無愛想で女性に対する礼儀もなってないのに。
レラに対しては、珍しくも紳士の礼を執るとは。いつもなら、女性に対して紹介を頼むなんてこと、しないはずなのに。
「ヴィル、眉間に皺が寄ってるぞ」
いつの間にか、しかめ面をしていたらしい。殿下の前でしていい顔ではなかった。
「申し訳ありません」
「あの従姉妹殿の事か?」
「レラなら、従姉妹ではありませんよ。もっと遠い親戚になります」
正確には、母方の遠縁で、母の曾祖母と現デュバル伯爵の曾祖母が姉妹だったとかなんとか。
おかげでデュバルとの付き合いは今では最低限だという。我が家も、ペイロンも。
だが、レラは三歳からペイロンで育った「身内」だ。あの子に何かあるなら、ペイロンはもちろんアスプザットも全力で事に当たる。
アスプザットとペイロンは、同派閥に属しているという以上に親密な間柄だ。
無論、母がペイロンの出身という事もあるけれど、その前からの付き合いが深い。
あの領を田舎と馬鹿にする者もいるけれど、それは周囲が見えていない愚か者だけだ。
何故、ペイロン伯爵である伯父が、先触れもろくに出さずに陛下に会う事が出来るのか。
重要な舞踏会や夜会で、必ず開始当初に伯父に声を掛けるその意味。考える頭があれば、王家に頼りにされている家だとわかるものを。
デュバル家当主は、典型的な考えなしの部類だ。未だにペイロンを田舎貴族と侮っているのだから。
それだけではない。現在進行形で愚かな行動を取り続けている。
レラを家から追い出したのはまだいい。あの子はあのままデュバル家で育つよりは、ペイロンで養育された今の方が幸せだから。
だが、王都に戻ったレラを蔑ろにし、レラと庶子を入れ替えようとした行動は許せん。
大体、正常な思考の持ち主がやる行動ではない。露見しないと、本当に思ったんだろうか。
だとしたら、王宮を甘く見過ぎだ。
おっと、レラといえば、目の前を行く方の弟も、何やら絡んできたなあ。
「そういえば、弟君の件では早々の対応、感謝いたします」
「う……いや、あれに関してはこちらの不手際というか……」
困ってる困ってる。兄として弟は可愛いのだろうが、王家も巻き込む問題に発展しているレラの実家を思うと、頭の痛い事だろう。
こちらとしては、早めに対応してもらったおかげでレラの物思いの種が減ったのでよしとする。
「まったく、シイニールも何を考えて彼女に近づいたのか……」
「兄君や叔父君に話を聞いて、救いたいとでもお思いになったのでは?」
子供らしい、英雄願望の表れじゃないか? こちらとしては迷惑でしかなかったが。大体、レラの方があの王子より対応能力は高い。
伊達に魔の森で討伐に明け暮れていた訳じゃないのだよ。その辺り、第三王子も色々と見誤ってるよなあ。
私の言葉に嫌味の棘を感じたか、殿下が恨みがましい目でこちらを見た。だからといって、相手をする訳ではない。これも、学生時代からの事だ。
私が第一に守るべきは、殿下の弟ではないし、ましてや殿下の弟君に対する思いでもない。
我が家と家族と領民、それに繋がりの深いペイロンとレラ。そこからずっと下がって王家の方々だ。貴族のあり方として如何なものかと言われても、これが本音なので変えるつもりはない。
しばらくいじけた様子で前を歩いていた殿下が、いきなり足を止めた。
「……ユーインの奴、本気だと思うか?」
嫌なところを突いてくる。
「……あえて聞きますが、何の話ですか?」
「ローレル嬢の事だよ」
「ああ、珍しくも紳士の礼儀を守っていましたね。その割には、手を離すのが大分遅れていましたが」
しっかりレラの手を掴みおって。たたき落としてやろうかと思った。
「おいおい、同級生に訪れた春の兆しだぞ? 素直に祝福してやれよ」
「他の女子相手なら、いくらでも祝福しますよ。ですが、レラはダメです」
「……お前、ユーインの事が嫌いだもんな」
嫌いなのではない。相性が悪いだけだ。あの何を考えているのかわからない仮面のような顔が、どうにも好かない。
まあ、それだけではないけれど。
「殿下。あの娘の事情は殿下もよくご存知のはずです。実家を継ぐべきフェゾガンは、レラの相手には出来ません」
「そこは何とでもなるだろう? 侯爵はまだお若いし」
「いいえ。ダメです。レラの相手には、最低でも魔の森の深度四は越えてもらわないと」
「ヴィル……お前は何と言う無茶を……」
殿下が呆れた顔でこちらを見てくるが、これだけは譲れない。
大体、レラ自身が深度四まで行くんだぞ? 伴侶となる男がそれに付き合えなくてどうする。
そのくらいなら自分も入れるので、この目で色々確認出来るのもいい。もしフェゾガンがたわけた事を言ってくるなら、ロクスと一緒にその辺りを攻めてみるのもいいだろう。
レラを可愛がっているコーニーも、きっと乗ってくるに違いない。
フェゾガン、魔の森の魔物は、甘くはないぞ?
学院長室では、部屋の主が頭を抱えていた。食堂での騒動の報告が届いたのだろう。
「お疲れ様です、叔父上」
「ああ、殿下。いやまったく、今年はどういう年なのか……」
学院長がそう言いたい気持ちもよくわかる。学院は若い貴族の子女が集まる場所だからか、毎年何かしらの騒動は起こるものだ。
だが、今回の騒動はその範疇を超えている。
「リネカ・ホグターは、相当厄介な存在のようですね」
「既に三つ、結婚の話が消えた」
「それはまた……」
それが全てリネカ・ホグターの仕業だとしたら、余所の国が送り込んだ間諜ではないかと疑いたい。それ程、ある意味「腕がいい」のだ。
「中でもニード男爵家の問題は厄介だ」
「え」
ちょっと待て。ニード男爵家って、聞き覚えがあるぞ? ペイロンの関係者じゃないか?
内心焦っていると、学院長がこちらを見た。
「知っての通り、ニード男爵家はペイロン領産の魔物素材を扱う商会を持っていて、かなり手広くやっている。そこに事業提携を持ちかけたのがリラー子爵家だ。その証として組まれた婚姻だというのに……」
「という事は、ニード男爵家の?」
「よりにもよって嫡男が毒牙にかかったそうだ。おかげでリラー子爵家との提携は頓挫しかねない。いくら金を持っていても、男爵家と子爵家では家格が違う。ニード家が潰されかねん」
しまった、かなりの大事だこれ。ニード家は男爵家だけど、手広い魔物素材の商売で知られている家だ。扱う量は国内随一。
ペイロンから産出される魔物素材はデュバルで加工され、ニードの手で売りさばかれる。
その販路は国外にも及んでいて、余所の家では太刀打ち出来ない。新たにいくつか参入している家もあるけれど、扱う量と質が段違いだ。
そんなニード家が潰れたら、ペイロンやアスプザットはもちろん、国も大打撃を被る。魔物素材の売買にかかる税金は、他の品よりも高いんだから。
だが、そんな事情も家の体面の前にはもろくも崩れ去るのが貴族というもの。
リラー家としては、娘が恥をかかされたという事実しかない。そうなれば、家の面目にかけて娘の名誉を取り戻しにくるはず。
その結果として、ニード家が潰される可能性が高い、と。何せ、リラー家の方が爵位も家格も高い子爵だからな。子爵家の怒りは相当だろう。
「ニード家とリラー家、他に婚姻に使えそうな駒はいないんですか?」
「ヴィル、もう少し包んだ言い方をしないか」
殿下はそう言うけれど、これが一番わかりやすいだろうに。貴族家の子供なぞ、所詮は駒だ。自分もそうだと思っているし、弟達も同じだと思う。
ただ、その駒には感情があるので、出来れば幸せな結婚をしてほしいとは思うけれど。
渋い顔の殿下に、学院長は鷹揚に笑った。
「構わんよ、ここには私達しかいない。にしても、駒か……確か、リラー家には令嬢の弟が、ニード家にも妹がいたはず。年回りも丁度いいと思ったが……」
「では、その弟をニード家に婿入りさせては?」
「だが、リラー家の跡取りだぞ?」
「跡取りはリラー家の、本来ニード家に嫁ぐはずだった令嬢に婿を取らせるのもありでしょう。何なら、陛下のお声掛かりとかで、いい相手を見繕ってはいかがかと。家格が上の家の次男、三男辺りを薦めてみては?」
「ふむ……それでリラー家に恩を売れれば、王家としてももしもの時に使える札になるな」
それに、今回の騒動を押さえ込んでニード家を存続させられれば、ニード家のみならずペイロンにも恩を売れますよ。遠くはうちにもだけど。
殿下、そこで渋い顔していますが、こういう話は本来、あなたの口から出ないといけないんですが。
まあ、今回は身内に影響が出る危険性があるので、出しゃばらせてもらったけれど。
それにしても殿下、自分だって親に決められた相手と結婚するのに、他人がそうなのは嫌なんですか?
とはいえ、シェーナヴァロア嬢との仲は良好のようだし、どちらかといえば、政略で用意された相手に一目惚れした人だからな、この人。
おかげで頭の中が割と恋愛色になりがちだ。先程のフェゾガンの事も、その辺りからの発言だろう。ムカつく。
「ニード、リラー両家に関する話はまだ決着がついていないから、私から陛下にそれとなく進言しておこう」
「お願いします」
学院長がいけると思ったのなら、多分平気だ。自分のような若造が言ったところで「青二才が何を言う」と鼻で笑われる程度だから。したり顔のジジイ共め、今に見てろよ。
それはともかく、ここは一つ、学院長の王弟という立場を遺憾なく発揮していただきたい。でないと、ニード家が潰れてしまう。そうなると、うちもペイロンも困るから。いや、本当に。
こちらの話が一段落したとみて、殿下が学院長に尋ねた。
「それで、叔父上。今回の食堂での騒動はどうなりそうですか?」
「使者から聞いた限りだが、事情を聞いたアンニール伯爵が怒りで顔を真っ赤にしていたそうだ。おそらく、ミネガン家との婚約は潰れるな」
「ミネガンに、他に駒はいないんですか?」
つい、好奇心から聞いてみる。それにしてもミネガン……何だか、聞き覚えのある名前だな。
あ! 飛び級して同期卒業した者の中に、そんな名前の奴、いなかったか?
と思ったら、学院長の口からそいつの名前が出た。
「ウィンヴィル君は覚えていないかい? 君と同期で卒業した飛び級の学生、彼がショーグ君の弟のギーアン君だ」
「え? 兄を飛び越して、弟が先に卒業を?」
殿下、うちの学院、飛び級制度を取り入れてますよ。だから、やろうと思えばロクスも飛び級して一緒に卒業、とか出来たんだよなあ。
あいつ、変なところで面倒くさがりだから、絶対にやらないけど。
まあ、殿下も下に弟がいる身だから、身につまされるものがあるのかもしれない。いや、うちの弟も優秀だから、わかると言えばわかる気持ちだ。
でも、弟が優秀だと嬉しくないか? うちの子、こんなに頭いいんだぞーって自慢しまくるけどな。余所は違うんだろうか。
殿下の言葉に、学院長が苦笑しながら答える。
「ミネガン家は、弟の方が優秀と評判なんだよ。ギーアン君は卒業した後、領地に移ってそちらの経営を学ぶという話だったが……」
「今回の件で、王都に呼び戻されるかもしれませんね」
正直、ミネガン家とアンニール家はうちとは派閥違いだから、関係が続いても壊れてもあまり支障はない。
とはいえ、あんな場面を見た後だとなあ。つい令嬢の方に肩入れしたくなってしまう。
もし、あれがコーニーやレラだったら……いかん、相手の首を切り落とすくらいじゃ済まさないかもしれない。
とりあえず、学院長の愚痴もいくらか聞いて、少しは気が楽になったようだ。
にしても、これって殿下の仕事なのかね。いや、側近の真似事をしているだけの身なので、文句は言わないけど。
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