第15話 匿ってもらいました
あの後、収拾が付かないって事で、王太子の手により私達まで別室に連れてこられた。
案内された部屋に入ったら、先程まで激高していたベーチェアリナ嬢と、シェーナヴァロア嬢もいる。
「ロア、すまないが、彼等を少しの間匿ってやってくれ」
「それは構いませんが……どうかなさったんですか?」
「ユーインがしでかした」
「まあ、珍しい事」
王太子とシェーナヴァロア嬢との間は良好のようだね。手を口元に当てて優雅に笑う姿は、深窓の令嬢という言葉がぴったりだ。
「さて、私はあちらの方を見てこないとならない。ヴィル、ユーイン、イエル、行くぞ」
「は!」
王太子に連れられて、ヴィル様達は行っちゃった。残されたのは、お嬢様二人と私達の五人。
「どうぞ、お座りになって。学院ではあまり顔を合わせる事はありませんね、コーネシアさん」
「そうですね。学年も違いますし」
「僕は同じ監督生でもあるから、顔なじみですね」
「まあ」
そっか。二人はお嬢さん方と知り合いなのか。
あー、でもコーニーは女子寮で一緒だし、ロクス様は先程本人達が言ったように監督生繋がりがある。知り合いでも不思議はないんだ。
「こちらは、ローレルさん……で、いいのよね? 私はシェーナヴァロア・セユサーヤ・ローアタワー。公爵家の娘で、レオール殿下の婚約者でもあります」
「ローレル・デュバルです。お初にお目にかかります」
「ベーチェアリナ・ヴェヘレア・ロプイド。侯爵家の娘です。先程は、見苦しいところを見せてしまったわ……」
「いえ、お気になさらず……」
うう、空気が重い。
「あの、シェーナヴァロア様。先程の事って……」
おずおずと、でもしっかり聞くのがコーニーのいいところ。シェーナヴァロア嬢も、聞かれるのは当然と思ったらしい。
「そうね。向こうでも話をしているでしょうけれど、あなた達にも伝えておきましょう。といっても、あそこで話していた事が殆どなのだけれど」
噂話を聞くのに夢中になっている間、ベーチェアリナ嬢がミネガン伯爵家子息ショーグ・ラバロット相手に色々言っていたっぽい。
あの女子をかばっていたなよなよ男子、そういう名前なのか……
「先程まで一緒にいたミネガン家のショーグ卿とアンニール伯爵家のデネーゼ嬢は親の決めた婚約者同士なの。貴族ですもの、家同士の関係が先に来た婚約は珍しくはないわ。でも……」
シェーナヴァロア嬢は深い溜息を吐いた。
「学院に入ってしばらくは、二人の関係も良好だったそうよ。それが……」
「あの女のせいです!」
シェーナヴァロア嬢の言葉をひったくる形で、ベーチェアリナ嬢が叫ぶ。まだ、大分激高しているらしい。
「あの女が学院に入ってきてから!」
「アリー、本当に落ち着いて頂戴。あなたがそんなに興奮したままでは、ルメス殿下も困ってしまわれるわ」
「それは……申し訳ありません、ロアお姉様」
「いいえ、それだけ、お友達であるデネーゼさんが大事なのでしょう? よくわかります。リネカ嬢は、他にも多くの問題を起こしている人だから」
え? まさかさっきのあの女子、他の男にも手を出してるの? すげえな。
「確か、リネカ・ホグター嬢だよね? 三年の終わりに編入してきた変わり種と聞いてるけれど」
ロクス様も知ってたんだ。まあ、監督生という立場上、編入生なんて存在は記憶に残っていても当然か。
貴族学院という性質上、編入生なんて殆どいないから。
「ええ、ロクスサッドさんの言う通りよ。ホグター男爵の庶子で、つい二年程前まで市井で暮らしていたのですって。そのせいか、貴族の礼儀や約束事に疎いらしく、その、度々問題を起こしていたようで」
「ロアお姉様、言を濁す必要はありませんわ。あの女、学院に入ってすぐにあちらこちらの男子を誘惑したのよ! 家が男爵位で財産も少ないからって、伯爵位や実家が裕福な男子ばかり見繕っているんだわ!」
「アリー、口が悪いわよ」
「でも、本当の事でしてよ」
その辺りは、あの場での噂話にも出ていたっけ。
「学院には貴族の方ばかりがいるでしょう? しかも社交界に出てしまったら、そうそう声を掛けられない身分差のある方もたくさんいらっしゃる。それで、毎年色々とおいたをする生徒はいるのだけれど……」
「リネカ嬢は、群を抜いているという事だね?」
「ええ、残念ながら」
待って。毎年いるの? あんな騒動起こす生徒。やだわー、本当に貴族学院、爛れてるわー。
「家でしっかり躾けられていれば、婚約者のいる身で他の女に目がいくような事はないと思うけれど」
「紳士な殿方ばかりではないという事ですね」
ロクス様の意見を、シェーナヴァロア嬢がばっさり切った。ロクス様、ちょっと目が泳いでるよ。
たおやかで触れたら折れそうなお嬢様だけど、それだけじゃないんだね。さすがは未来の王妃様。
件のリネカ・ホグター嬢の餌食になったのは、伯爵位以下の家の男子が殆どなんだって。
侯爵位以上の男子にも粉を掛けてたそうだけど、さすがに高位の家の男子は家名を背負っているところがあるので、なびかなかったそうな。
伯爵位の男子も、殆どなびかなかったそうだから、今回落とされたあの男子は、周囲からの評判が最悪になるだろう。
「今回の件、どうなると思う?」
ロクス様からの質問に、シェーナヴァロア嬢はしばらく考え込んでから答える。
「……おそらく、デネーゼさん側からの婚約破棄になるでしょうね」
「当然です!」
「アリー……それと、これも推測ですけど、ショーグ卿は廃嫡されるんじゃないかしら」
「彼は長男だったっけ」
「ええ。すぐ下に弟さんがいらっしゃるから、そちらが次の後継者になるでしょうね。こんな事を言っては何だけれど、どうも弟さんの方が出来がいいらしいという噂よ。貴族学院も、飛び級で既に卒業してらっしゃるそうだし」
そう言ってウインクしながら笑うシェーナヴァロア嬢は、可愛いけれど小悪魔っぽく感じる。うん、やはり王妃になる人は、一筋縄ではいかないんだ。多分。
「……もしかしたら、その弟御との婚約がまとまるかもね」
ロクス様の言葉に、部屋の中の誰もが驚く。
「だって、家同士の政略結婚だろう? だったら、兄でも弟でもいいんじゃないかな? 今回の件で、デネーゼ嬢のショーグ卿への評価は最悪だろうし、もし想いを寄せていたとしても冷めた頃じゃない? だったら、次の後継者である弟御と結婚するのも、手だと思うよ」
「確かに、家としてはその方がいいでしょうけど……弟さんがどんな人物かわかりませんもの……」
「まあ、あくまで僕の推測だから」
「そう……ね、推測ですものね」
ふふふほほほと二人が笑い合う中、残りの三人はなんとも言えない思いでいた。
まあ、仮にそうなったとしても、デネーゼさんの傷心が癒えるまでは、待ってあげてほしいなあ。
そんな事を考えていたら、部屋の扉がノックされた。
「おや、盛り上がっているね」
王太子、この微妙な空気をそう理解したのなら、ちょっと表でお話ししようか。いや、嘘だけど。
「殿下、あちらはどうなりまして?」
「それぞれ個別に話を聞いて、今日は帰したよ。三人の家にはこちらから連絡を入れて、後日学院に来るように通達したし。本番は、その時かな?」
王太子、にやりとするのはやめてください。腹黒が顔を出して、悪役っぽいですよ。
後ろにいるヴィル様も、顔をしかめてるじゃないですか。あ、黒服と白服もいる。
「アリー、悪いがデネーゼ嬢の事を気に掛けてやってくれ。同学年で部屋の近い君の方がいいだろう」
「もちろんです!」
「ロア、君はアリーが暴走しないよう、見張っておいてほしい」
「承りましたわ」
「ちょ! お姉様!?」
「アリー、お友達が大事なのはわかりますが、もう少し周囲を見るようにしましょうね?」
「……はい」
さすがのベーチェアリナ嬢も、王太子とシェーナヴァロア嬢には敵わないらしい。
「さて、我々はこれで」
そう言って席を立つ王太子に、シェーナヴァロア嬢が声を掛ける。
「そういえば殿下、何故本日学院へ?」
「ああ、ただの叔父上のご機嫌伺いだよ。最近頭を抱えたくなるような事が立て続けに起きてるから、愚痴の一つも聞こうかと思ってね。彼等はその道連れだ」
「まあ」
そうか、ヴィル様道連れか。
「ヴィル様、お疲れ様です」
「ありがとう、レラ。そういえば、お前達、午後の授業は……」
「遅刻ですね」
やべー。騒動ですっかり頭からすっぽ抜けてたわ。午後は選択授業なのに。熊の怒り狂う姿が目に浮かぶ。いや、今回に関してはニヤニヤ笑いかな?
「私は選択の乗馬だわ。後で挽回出来るので、問題ありません」
「僕は剣だ。こっちもまあ、何とかなるよ」
コーニーとロクス様はさすがです。この流れで、ヴィル様の視線がこちらに向いた。
「レラは?」
「……総合魔法の授業、です」
「ああ……まあ、頑張れ」
「うう」
どうして、よりによって熊の授業の時にこんな騒動が起こるかなあ!?
もう午後一番の授業は半分以上過ぎてるし、今から行っても無意味だろう。サボりですな。
そして次の総合魔法の授業の時、熊に笑われるんだ……くそう。
「あら、ローレルさんは、総合魔法の授業では成績がいいのではなくて?」
「確かに。優秀学生にも選ばれているし、総合魔法は学年一位だろう? うちの弟が負けて悔しがっていたよ」
確かに魔法は得意だ。でも、そうじゃないんだよ……これをどう説明するべきか。
「お二人とも。そういう事ではないんですよ」
「今の総合魔法の授業を担当している教師は、ペイロンの魔法研究所の人間なんです。それで、僕らや彼女とは昔からの馴染みでして」
「あの人、すぐレラの事をからかうのよ」
アスプザット兄妹による説明でした。ありがとうございます。話を聞いた王太子もシェーナヴァロア嬢も、微妙な顔をしてるよ。
あ、よく見たらベーチェアリナ嬢もだ。
く! 何か、凄く悔しい!
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