第14話 騒動です

 短い冬休みはあっという間に終わり、新年が明けて数日、再び学院での生活が始まった。


 ただいま昼食の時間。私はコーニーと一緒に食堂に来ている。


「珍しい事。レラの方も、お友達が個別食事会に招かれてるなんてね」

「本当にねー」


 個別食事会というのは、貴族学院内の食堂に設置された個室を使う食事会の事。


 要予約で費用もお高めだけど、個室での食事を堪能する事が出来るんだとか。


 大勢の人との食事が嫌って坊ちゃん嬢ちゃんの望みを叶える為に設えられたそうだけど、現在ではちょっと違う使い方もされてるらしい。


 いわゆる、同じ派閥の子供達同士で交流しましょう、という場に使われるそうな。そういうのを、個別食事会って呼んでるんだって。


 で、私の友達ランミーアさん達や、コーニーのお友達のセイリーン様達が、今回別々の個別食事会に同時に招かれたって訳。


 なので、あぶれた私達で一緒に食事を、という事になったんだけど……


「どうしてロクス様もいるの?」


 食堂の入り口でばったり出くわし、そのままの流れで一緒のテーブルにいるよ。


「いちゃ悪かったかな?」

「いえ、そういう意味ではないんですけど……」

「お兄様がいらっしゃると、周囲の女子生徒の視線が鬱陶しいのよ」


 あー、コーニーがばっさり言っちゃったよ。ロクス様って、母親のシーラ様より父親のサンド様の方に似ている。


 甘いマスクに神秘的な黒髪と緑の瞳。ヴィル様とは違う意味で目立つし、モテてるんだろうなあとは思ったけど、本当に女子生徒の視線が怖い。


 そういえば、ランミーアさんもロクス様のファンみたいな事、言ってたっけ。


 コーニーの言葉に苦笑を返すロクス様は、それでもこの場を立ち去る気はないらしい。いや、いいんですけど。本当にいいんですよ?


 ただただ、周囲の嫉妬の目がうるさいだけで。


「そういえばレラ。あれから殿下からうるさく言われていない?」

「ええ、大丈夫です」


 あの王子様、冬休みの件以来、随分とおとなしくなっている。


「今では視線があっても気まずそうに逸らす程でして」

「はははは。兄君方からのお説教が余程効いたんだね」

「そのようです」


 冬休み前までは、何かと絡んでこようとしてたけどねー。それがなくなったので、大分すっきりしてます。


 いや、さすがに王族だから、やんわりあれこれ断るのも大変だったのよ。


 ここは王子のお兄様方に感謝かな。その前に、そうなるよう手紙を書いてくれたヴィル様に感謝しとこうっと。


 そんな和やかな昼食も終わろうかという頃、事件は起こった。


「いい加減にしなさい!!」


 怒鳴り声が響いたのだ。くどいようだけど、ここ、貴族学院。在籍しているのは、貴族の坊ちゃん嬢ちゃん。


 なのに、淑女教育を受けているはずのお嬢様が、人前で怒鳴る?


 騒動の中心は、私達のテーブルからは少し離れた場所、食堂の中央付近だ。ここの食堂は円形になっていて、中央には空間がある。


 騒動の元は、そこにいるらしい。


 そっと目線で訊ねると、兄妹どちらも軽く頷く。私達は既に食事は終えているので、そっと席を立って人垣の向こうが見える場所へ移動した。


 中央にいるのは、女子三人組と男女一組の合計五人。男女ペアの方は、男子が前に出て女子をかばう格好だ。


 女子三人組の方は、怒鳴ったと思われる女子と、その後ろで泣きそうな女子を宥めている女子。


「あの後ろの金髪の方、王太子殿下のご婚約者のシェーナヴァロア様だわ。女子の監督生でもあるわよ」

「怒鳴ったのは、第二王子ルメス殿下の婚約者、ベーチェアリナ嬢だね」


 うお、王族の婚約者敵に回して何やってんだ? あのペア。


「アリー、落ち着いて」

「落ち着いてなんかいられませんわ! ロアお姉様。私のお友達であるエーナがどれだけ苦しんだ事か! そこの売女にはわからないんだわ!」


 おーい、お嬢様の口から凄い言葉が出て来たね。


 ふと、周囲が噂する声が聞こえてくる。ちょっとだけ、魔法で耳の能力を上げちゃおうかな。


 学院では、攻撃や他者を傷付ける目的ではない魔法は、お目こぼしされるんだって。


 で、聞こえてきたのが……


「あの泣いてる子、アンニール伯爵家のデネーゼ様でしょ? ほら、そこであの女をかばっているミネガン家の長男の婚約者よ」

「あのかばわれてるのって、リネカ・ホグター? ホグター男爵家の」

「そう。引き取られたって庶子よ。本当に男爵家の娘かどうかも怪しいんですって」

「そこは親子判定くらいはしたんじゃない? でも、所詮庶子よねえ」

「母親仕込みの手練手管で、そこらの男子を食い物にしてるっていうぜ」

「おー、怖い怖い。でも、噂の女なら、ちょっとくらいは……」

「やめとけやめとけ。うちやお前のとこみたいな貧乏男爵家はお呼びじゃないってよ。金か爵位のある男でないと」

「あー、やだやだ。ここでも爵位と金かよ」


 んー、つまり、あの王太子の婚約者が宥めている女子の婚約者を、あのかばわれている女子が寝取ったと。


 で、この騒ぎ。やだ、学院って爛れてる!


「レラ、何一人で百面相してるの」


 やべ、ロクス様に見つかった。


「どうせ魔法を使って何か知ったんでしょう? 私達にも教えなさい。防音の結界は張ったから」


 コーニー、相変わらず手際のいい事で。仕方なく、先程聞いたばかりの話を二人に教える。


「なるほど、じゃあ、あれが噂のリネカ嬢なのか」

「お兄様、噂ってどういう事?」

「まあ、それは色々。そろそろ止めないとだね……あ」


 ロクス様の視線を辿ると、今し方食堂に入ってきたばかりの集団が目に入った。


「こんなところで、何をしている?」


 そう声をかけたのは、キラキラの人こと王太子だ。そしてその後ろには以前王都で迷った時に送ってくれた黒服と白服、彼等に並んで何故かヴィル様もいる。


「これは!」

「殿下……」


 騒動の中心の人達も驚いた様子だ。そりゃそうだね。いくら貴族が通う学院とはいえ、既に卒業したはずの王太子がいたら、びっくりだ。


「ロア、そちらの令嬢は大丈夫かい」

「ええ。デネーゼさん、落ち着きましたか?」

「は、はい。お見苦しいとこをお見せしてしまい、申し訳ございません、殿下」

「いや、よい。さて、道々色々と話が耳に入ったのだが。事はお互いの家が絡む。早急に関係者の家を呼びだし、話し合いの場を設けるとしよう」


 王太子の言葉に、騒動の中心人物達は皆従うつもりらしい。ただ一人を除いて。


「え? ええ? そんな、親を呼ぶなんて。そこまでの問題じゃないでしょう? ただのちょっとした恋愛のもつれじゃない」


 慌てているのはリネカ嬢。いや、デネーゼ嬢とあんたをかばっていた男が婚約状態にあったのなら、そりゃ婚約継続不可と見なして破棄もしくは解消になるでしょうよ。


 その場合、家同士の問題に移るから、親を呼ぶのは当然。もつれっていうなら、恋愛じゃなくて痴情じゃね?


 騒動の中心人物五人は、そのまま学院の警備員に付き添われて食堂を後にした。


 で、今。


 五人が連れて行かれた後、ちゃっかり見物客に紛れているのが見つかって、ヴィル様に捕まりましたー。


「お前達まで見物客になるとはな」

「いやあ」

「騒動があったら、止めるのが監督生の役目だからさ。いつ出ようかと思ってたんだ」

「食堂でいきなり怒鳴り声、それも女子のものが聞こえたら、誰だって驚くでしょう? 騒動の元を確認しようと思っても、当然だと思うわ」


 三者三様の言葉に、目の前のヴィル様からは深い溜息が漏れる。ヴィル様だけでなく、王太子もいる場だからねー。


「アスプザット、少しいいか?」


 お説教をしようと口を開いたヴィル様の背後から、声がかかった。あ、あの時の黒服。


「ああ、何だ?」


 あら? ヴィル様の対応がぞんざいだ。普段は誰にでも気さくに対応するのに。


 この黒服、何かあるの? 訝しんで見ていると、黒服が一歩こちらに近寄ってきた。


「そちらの令嬢を、正式に紹介してほしい」


 令嬢? コーニーの事?


「……妹をか?」

「違う」


 え? まさか……コーニーとロクス様、それにヴィル様の視線が私に集中する。


「……そういえば、前に王都で迷子になった際、フェゾガンとネドンが送ってくれたそうだな。改めて、礼を言う」

「それはいい」


 黒服、ヴィル様の顔をじっと見る。無言で「紹介しろ」と圧力をかけているようだ。


「……こちらは、私の伯父が後見人を務めているローレル・デュバル嬢だ。レラ、こちらはフェゾガン侯爵嫡男のユーイン卿」

「ユーイン・サコート・フェゾガンと申します。以後、お見知りおきを」


 紳士の礼と共に、手をさっと取って甲に口づける。途端、周囲から黄色い声と破裂したような悲鳴が上がる。そういやここ、人が多い食堂でした。


 周囲の視線が怖いから手を引っ込めたいけど、マナー違反なのでする訳にもいかない。私はいいけど、アスプザットの兄妹に迷惑かかるのは困る。


 私はまだ社交界デビューしていない、いわゆる子供扱いの年齢だけど、そこは学院生。準成人と見なすらしいよ。


 なので、こういう礼もされるし、マナー違反をしたら評判が落ちる訳だ。


 でも、なんかこの礼、長くね? たっぷり三秒は経ってるんですけど。手を引くのも、マナー違反だしなあ。


 と思ったら、ようやく終わった。あのー、手を離してほしいんですが。まだ握ったままだよ?


「……フェゾガン、いつまでレラの手を握っている」

「失礼」


 ようやく、黒服は手を離してくれた。ふと気付くと、周囲はしんと静まりかえっている。


 悲鳴を上げられるのも困るけど、静かすぎるのも怖いわ……

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