第13話 お出かけですよ

 六日程度の冬休みなので、荷物は寮に置きっぱなし。制服のまま侯爵邸に行ってよしという事になっている。なので、ほぼ手ぶら。


 コーニーとは、校門の前で待ち合わせ。行ったら、ロクス様も一緒だ。


「やあ、レラ。聞いたよ、優秀学生に選ばれたって? おめでとう」

「ありがとうございます、ロクス様。……魔法と魔道具で大分かさましした結果ですけど」

「それも含めて、レラの実力だと思うよ。所長はそういうところ、手は抜かないから」


 ですよねー。ペイロンの魔法研究所にいる人達って、優秀なんだけどその分魔法に関しては一切譲らない。


 なので、いくら馴染みのある相手でも、試験結果に手心を加える事はない。


 特にあの熊は。何せ私のあら探しするのが好きだからね!


 そんな魔法の授業で点数取れたのは、やはりペイロンでの経験があるからだと思う。


 普通の貴族の子女は、魔法を使う機会なんてないから。学院に入って、初めて使ったって人も多いはず。やっぱり経験値の差だな、うん。


 貴族学院は百年近く前に建てられたもので、敷地内は当時からあまり変わらないらしい。


 広大な敷地は、王都の壁のすぐ外にくっつけるようにして建てた為、確保出来たんだって。


 学院の正門は、王都の壁を一部崩して作ったもの。正門の前には壁沿いに道が左右に伸びているんだけど、そこには連なる馬車の姿が。


「あれ、お迎えの馬車?」

「そう。正門の中は、生徒の馬車は乗り入れ禁止なの。それと正門前までつけられるのは、一部の伯爵家と侯爵家以上の家のみよ」


 ああして脇に並んでいるのは、残りの伯爵家とそれ以下の家の馬車だそうな。


 王都の南端にある学院から、王都東にある侯爵邸までは歩くと大体一時間くらい。歩けない距離じゃないけど、ここはやはり馬車を待ちましょう。


 校門でコーニー達と落ち合って程なく、侯爵家の馬車が到着した。


「よお、三人とも、待たせたな」


 中から出て来たのは、ヴィル様。侯爵家嫡男が馬車でお迎えですかー。




 馬車に乗って十数分、あっという間に侯爵邸です。


「ロクス、コーニー、それにレラ! お帰りなさい!!」

「お母様!」

「母上、ただいま戻りました」

「シーラ様! お久しぶりです」


 なんと、侯爵邸にはお戻りになっていた侯爵ご夫妻がいた。旦那様のアスプザット侯爵サンド・クオヴァル様、そして夫人のシーラ様。


「本当に久しぶりね、レラ。ああ、顔をよく見せてちょうだい」


 うおお、シーラ様の美貌は相変わらずで。近くで見ていると、本当に吸い込まれそうな引力を感じるよ。


「元気そうで何よりだわ。義務とは言え、ペイロンで生き生きと暮らしていたあなたに、王都は厳しいと思ったのだけれど」

「あら、レラはどこででも生きていける子だもの。大丈夫よ、お母様」


 いや、コーニー。その通りだと自分でも思うけど、君に言われるのはちょっと違う気がするな。


 シーラ様も同じ事を考えたらしい。


「コーニー、いくらレラと仲がいいと言っても、言い方というものがあるでしょう? もう少し考えなさい」

「はあい」


 反省していないな? まあいっか。


 玄関で立ち話も何だからと、居心地のいい居間に移動する。ああ、お茶のいい香り。


 侯爵夫妻は、しばらく国外に行っていたそうな。あー、オーゼリアの近辺は、小さい国が多いから、そちらとの調整だね。


 大きな国はあるんだけど、全て魔の森の向こう側だから、ぐるっと森を避けて遠回りをしなくてはならない。


 また、森は大きな円環状の山脈に囲まれてるから、森の縁を行くって訳にもいかないんだって。


 だから、大きな国との行き来は、今のところ出来ていない。空でも飛べるようになったら、また違うのかもね。


 もしくは、魔の森を踏破出来れば、あるいは。


「レラ!? 話聞いてる?」

「え? ごめん、聞いてなかった」

「もう!」


 コーニーがふくれ面だ。ごめんて。


「学院の優秀学生に選ばれた話をしていたのよ。おめでとう」

「レラ、よく頑張ったね」


 侯爵ご夫妻に言われて、何だかじんわりとする。ああ、自分、頑張ったんだなあって、今頃実感したよ。


「これで来年の二月が楽しみね。今から支度をしておかないと」

「え? 支度?」


 何の? 首を傾げる私に、侯爵一家がにんまりと笑った。


「冬休み前の学期末試験で優秀学生に選ばれると、翌年二月にある国王主催の舞踏会に招待されるのよ」

「ほえ?」


 シーラ様の説明に、思わず変な声を出してしまう。


 ぶとうかい? 打とう会とか、武闘会とかじゃないんだよね? あれか? 男女で組になって踊るやつ?


「社交界デビュー前の子でも招待されるから、特に一年と二年の学期末試験は激戦になるのよ」

「そうなの!?」


 何それ知らない。てか、コーニー、教えてくれなかったよね? じろりと睨んだら、ペロリと舌を出された。


「だって、レラに教えたら試験の手を抜きそうだったんだもん」

「ああ、レラならあり得るね」

「コーニー、よく読んだな」


 ちょっと、ロクス様にヴィル様まで! いや、確かに知っていたら点数取らないように計算したかもしれないけど……


「レラ」

「はい!」


 シーラ様から名前を呼ばれて、つい背筋が伸びる。


「来年の冬前の学期末試験、手を抜いたら承知しませんからね」

「はい……」


 これはもしや、来年の冬の学期末試験の点数が悪かった場合、手を抜いたと思われるって事?


 来年の私、頑張れ……




 王都に来てすぐに学院に入学してしまったので、まだ王都をよく見て回っていない。


「という訳で、四人で王都を見て回ろうか」


 そう笑うのはヴィル様。そーですね。一人で出歩いて、うっかり迷子になったのがここにいるもんな……


 本日、私とコーニーはおそろいコーデにしている。冬休みで寒いから、厚手のスカートとブラウスにジャケット、それにコートを羽織った。


 髪型も二人ともおそろいのおさげ。長さは私の方が少し長いかな。


 帽子とブーツも色違いでデザインは一緒。コートも上着もスカートも、魔の森産の毛糸をたっぷり使ってる。


 これ、ペイロンにいる時に毛糸だけ採取しておいたやつ。いくつかアスプザット侯爵家に送ったんだけど、まさかこういう形で返されるとは。ありがたい事です。


 魔の森は、羊の魔物もたくさん出るんだ。角と毛皮、お肉が取れるので大変おいしい獲物……魔物である。


 侯爵邸から、商店が集まる商業地区の入り口までは馬車で送ってもらった。帰りも、時間を決めて迎えにきてもらうんだって。


「おお」


 商業地区は、王都の西側にあって大きな広場を中心に広がっている。広場の中央には大きな噴水が三つ、等間隔に並んでいた。


「噴水の前は、特に大きな商店があるのよ」

「へー」

「広場に面した店は、どこも品質のいいものを提供しているよ。路地に入ると、ちょっと怪しいけど面白いものを扱ってる店もある」

「よせよ、ロクス。そんな事を言うと、レラが興味を示して……遅かったか」


 そうか、怪しい店か。それは楽しみ。ヴィル様がロクス様に何か言ってるけど、気にしない気にしない。


「さあ、まずは二月の舞踏会に向けて、いくつか店を見て回りましょ!」


 えー? そういうのって、出入りの商会があるんじゃないのー? わざわざ見て回らなくたって……


「何か、言いたい事でも?」


 反論出来ませんでした。コーニーには勝てないわ。


 広場の店を見て回って、お腹が空いたら出店で軽食を買って食べ歩き、路地の小さめの店を見る。いやあ、楽しいねえ。


「あ、ねえ、あの細工綺麗」

「本当だ。銀かな?」

「路地裏なのに、いい腕の職人がいるんだなあ」

「隠れた名店かもしれないぞ」


 四人であれこれ言いつつ歩くのも、また楽し。



 そうして両腕一杯の戦利品を抱えて侯爵邸に戻ったら、困り顔のシーラ様が待っていた。


「どうかしたの? お母様」

「それがね……先触れもなく、第三王子殿下がいらっしゃっていて……」


 はい? 思わずコーニー達と顔を見合わせる。


「誰か、約束していたか?」


 ヴィル様の問いに、三人で首を横に振る。シーラ様も、先触れもなくって言っていたもんね。


「レラ、確か教養クラスが一緒よね? 何か言われていなかった?」

「特に何も……あ、冬休みは王都にいるのかって確認されたくらい?」

「え? まさかそれ?」


 まさかね?


「やあ、ローレル嬢、お邪魔しているよ」


 本当にいるよ、王子様。応接室とはいえ二人きりはよくないという事で、アスプザットの兄妹も同席してくれている。


「ようこそおいでくださいました、殿下。ろくなおもてなしも出来ません事、また、殿下をお待たせした事、心よりお詫び申し上げます」


 全員を代表する形で、ヴィル様が挨拶をする。うん、表向き詫びを入れてる言葉だけど、裏を返すと「先触れ出しとけや」って事だよね、これ。


 普通、貴族間でもよほど親しい間柄でない限り、「いついつ行くね」「了解、もてなしの準備しとくわー」って連絡は必須なのに。


 それをやらずにいきなり「来たぞー」とやる家は、出禁になっても文句は言えない。


 でも、さすがに王族となると……ねえ。


 と思っていたのに。


「兄君方にも、後で私の方から詫び状をお送りしておきます。この場はこれにて、お許し願いたく」


 これって「お前のやらかし、兄ちゃん達に報告しておくからな!」って事だよね? ヴィル様! やる気満々!


 王子様の兄君といえば、王太子と第二王子。どちらもヴィル様、ロクス様と同学年で仲がいいんだって。気のせいか、王子様の顔が引きつってる。


「いや、それには及ばない。知らせもなく訪れた私が悪いのだから」

「いえいえ、いついかなる時も王族の方々を歓待出来ないとは、我が家の名折れにございます」

「いや、本当に」


 そんな感じで、ヴィル様と王子様の間でやり取りがあり、最終的には王子様が涙目になって終わったというね。


「今度いらっしゃる時は、ぜひともお知らせください。本日の失態を取り返すべく、侯爵家を挙げて歓待させていただきます」

「う、うん……そうするよ……」


 帰りに玄関先までお見送りした王子様に、ヴィル様のとどめの一撃。王子様、半べそなんですけど。


 その後、本当に詫び状という形の「弟ちゃんと躾けろや!」という怒りのお手紙を兄王子達に送ったらしく、お二人からの「しっかり躾直す!」という返事がきたとヴィル様に見せてもらった。


 相変わらず、アスプザットの兄妹って強いわ。

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