第12話 濡れ衣を着せられるところでした

 学院で勉強し、放課後は魔道具科や総合魔法科で所長の実験や研究を手伝う毎日。


 ちょっと王子様や布山ことダーニルが鬱陶しい事もあるけど、概ね楽しい毎日だ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、もう冬目前。年末年始は、学院も短い休みに入る。


 まあ、休みの前には試験という地獄が待ってるけどね!


 週末は、よくコーニーがお菓子を持って部屋に遊びに来る。コーニーのお友達だったり、ランミーアさんやルチルスさんも一緒の時があって、ちょっとした女子会気分だ。


 今日はコーニーとランミーアさん、ルチルスさんの三人がお客様。話題は、もうじきやってくる冬休みの過ごし方だ。


「そうそう、年末年始はうちに来るのよね?」

「冬休み? うーん、ペイロンまで行って帰ってするのは、ちょっと無理そうだしなあ」


 何せ王都とペイロン領は離れてるからねえ。


「夏なら三ヶ月近くあるから、ペイロンに帰るのもありだけど、冬休みって六日くらいだっていうよね? 移動だけで時間切れだし。コーニーのお家に、お世話になるしか手はないね」


 私の言葉に嬉しそうなコーニーの隣で、ランミーアさんが興奮した顔で聞いてくる。


「コーネシア様のお家って事は、アスプザット侯爵家ですよね? あの大通りにある」


 ランミーアさんが、うっとりしてる。あの家に、うっとりする要素、あったっけ?


 シーラ様は美人だけど同性だしなあ。侯爵はイケオジだけど、年齢離れてるし。


 ヴィル様とロクス様は、見かけは普通だけど中身はペイロンだ。ちなみに、ペイロンと書いて脳筋と読む。


 ランミーアさんの言葉に、コーニーはお茶を飲んでからにっこり微笑む。


「ええ。冬休みの期間は短いし、寮に残るのもあれでしょ? ……まあ、この部屋は居心地がいいけど」

「いいなあ。監督生のロクスサッド様も、ご一緒なんですよね?」

「もちろん、兄だもの」

「それにそれに! 今年卒業されたウィンヴィル様もいらっしゃるんですよねえ」

「ええ、そちらも兄だから」

「ああああああ、ローレルさんがうらやましい……」


 どうやら、ランミーアさんはロクス様やヴィル様のファンらしい。そういう女子生徒、多いんだってさ。そうか……脳筋のファンか……


 大抵の女子は、コーニーを「あのウィンヴィル様の妹」「ロクスサッド様の妹さん」として見てくれるけど、一部の困った人達からは嫉妬の嵐だそうな。


 妹ってだけで彼の側にいるなんて! って事らしいよ。いや、よくわからん感情だわ。家族なんだから、仲良くても普通だし、むしろいい事じゃね?


 ちょっと微妙な思いに駆られていたら、ルチルスさんが話題を戻してくれた。


「そういえば、私の隣の部屋の子、冬休みは寮に残るそうですよ。周囲でもちらほら、そんな話を聞きます」


 冬休みは、それなりの数の居残り組が発生するそうな。王都に邸宅を構えていない家は、領地が遠いと帰省できないからね。その救済措置らしい。


 ただ、寮の職員は殆ど休暇に入るので、食事や洗濯などは自分でしなくちゃだめなんだって。

 お金さえ出せば、食事は王都のレストランがあるし、洗濯も代行屋がいる。部屋の掃除は、普段から自分達でするように指導されているから問題なし。


 どっちも、私に限って言えば、自力で何とか出来るからいいんだけどね。


「寮に残ると、レラの実家やあの子が絡んでくるかもしれないわ」


 コーニーの言葉に、ちょっと室内の空気が重くなる。それがあるから、居残りはやめようと思ったんだよ。


 コーニーはなおも続けた。


「そうなったら、危ないでしょ向こうが。その点、うちならデュバル家を排除出来るもの」


 排除って言っちゃったよ。ランミーアさんもルチルスさんも頷いてるし。


 それとコーニー、さらっと向こうが危ないって言ったね? 王都って、許可を受けないと魔法を使っちゃいけないんでしょ?


「自分の身を守る為なら、その限りじゃないわ。もう、ちゃんと覚えておきなさいよ? 私、王都に来た時に説明したからね?」

「そうだっけ?」

「レラは変なところが抜けてるから。本当心配」


 えー? そんな事はない……はず。




 学院も、間近に迫った冬休みのせいで浮き足立っている。その前に、期末試験があるのになあ。


 気を付けるべきは、教養科目。これはまあ、読み書き計算、歴史や地理、文学などなどなので、普通のお勉強って感じ。


 選択科目の方も、魔法や魔道具は問題ないし、錬金術も実技が主だから多分平気。今まで失敗してないから。問題は騎獣と弓かな。


 騎獣に関しては、向こうに怖がられちゃってね……未だ乗れていません。


 弓は慣れていないせいか、まだ的にうまく当てられない。でも、基礎を繰り返す事で身につくはず。頑張れ私の脳筋魂。


 という事で、自主練はとりあえず弓のみ。試験まで頑張った。


 結果。


「やったー!」


 騎獣、弓ともに合格ライン突破。騎獣は口頭試問で何とか合格した感じ。


 教養、魔法、魔道具、錬金術はいい成績が出せたので、全体的にいい出来だった。


 試験の総合結果は教養クラスで発表されたので、現在はランミーアさん、ルチルスさんと一緒。


 成績発表は、口頭で優秀者の名前と順位、それと個人の成績がプリントで個別に配られる。


 私の成績は、さっき優秀者として発表された。特に総合魔法、魔道具は学年一位だそうな。


 ちなみに、成績順位は七位。四位には、王子様の名前もある。他は、一組のクラスメイトの名前ばかり。


 ランミーアさんが、目を丸くしている。


「ローレルさん、凄いねえ。魔法と魔道具、一年では一位でしょ?」

「う、うん。ありがとう」


 これに関してはなー。ちょっとズルな気もする。何せ、ペイロン領で散々魔物とやり合って、研究所であれこれ作ったからねー。


 ある意味経験値が段違いだもん。


 ともあれ、学院に入って最初の定期試験の結果としては、上々だと思う。




 今日は成績発表と冬休みの注意事項のみで終わり。この後はクラブ活動がある人や、早々に帰省する人で周囲が賑やかだ。


 そんな一組の教室に、大声で怒鳴り込んできたバカがいる。


「ちょっと! あんた!」


 ダーニルだ。あいつ、あれからも制服にあれこれつけ続けて、さらに布の山になりかけている。


 ドスドスと足音を鳴らしつつ、一組の教室に踏み込んできた異物に、教室内は水を打ったように静かになった。


「どういう事よ! 何であんたが優秀学生に選ばれるの!」

「……何でと言われても、試験で優秀な成績を収めたからでは?」

「あり得ない! あんたなんかが優秀学生になるなんて、あり得ないのよお!」


 いや、きちんと勉強した結果だよ。普通にあり得るよ。つか、あり得ねえのはお前だよ。


 おっといけない。ついペイロンの癖で口が悪くなる。コーニーにも散々注意されているんだけど、抜けないなあ。


「……そうよ、わかったわ。あんた! 私の成績を盗んだわね!」

「……はい?」


  な ぜ そ う な る ?


「そうよ、あんたみたいな辺境暮らしの田舎娘が、貴族学院の優秀学生に選ばれる訳ないんだわ。ふん! この私の成績を盗むだなんて、みっともない真似したわね!」


 どうしよう、伯爵が言っていた事が、本当に起こったよ。マジかー。


 あまりの事に呆然としていたら、誰かが教師を呼びに行ったらしい。うちの担任フンソン先生が戻ってきた。


「何だ、これは何の騒ぎだ?」

「先生! この女、私の成績を盗んだんです!」

「何だって? 君は……確か、ダーニル・デュバル君だったね。いや、成績は盗めるものではない」

「でも!」

「まず、教養試験はクラスごとに行われる。この教室で行われた試験に、君は参加していない。君は二組だからね。選択科目に関しては、二つが同じだけだ。しかも、この二つは総合魔法と魔道具。どちらも担当官の前で実技を行う試験の為、成績を盗めるはずがないんだよ」

「き、きっと私の名前とあいつの名前を入れ替えたのよ!」

「この学校で、答案の名前入れ替えなどという事件は起こった試しがない。試験期間中、常に教師が監視しているからだ。不正を行おうとする生徒は毎年現れるけれど、全て未然に防いでいる」

「で、でも……」

「大体、何を根拠に成績が盗まれたなどと言っているのかね?」

「そ、それは……」

「入学してからの君の学院での行動は目に余る。これ以上の事を起こせば、最悪退学も覚悟するように」

「た、退学!?」


 え。貴族学院を退学なんて、あるの? 周囲も先生の一言にざわついてる。


「さあ! わかったら自分の部屋に戻りなさい!」


 フンソン先生に追い立てられるようにして、ダーニルは一組から出て行った。


「何あれ?」

「成績を盗んだとか……正気かしら」

「大体、人前であんな大声で喚くなんてな」

「デュバルって、伯爵家だろ? あれがその娘?」

「デュバル家、終わったな」


 ダーニル退場で教室内にざわめきが戻ったけど、話題はやっぱりそれだよねえ。


「さあ、君達も教室を出なさい」


 冬休みに入るから、教室を閉める時間も早まるらしい。生徒がいる間は鍵を閉められないから、私達も先生に追い出される形となった。


「大丈夫だった?」


 ランミーアさん達と教室を出たところで、声がかかる。王子様か……


 でも、フンソン先生を呼びに行ってくれたの、この人なんだよねえ。


「殿下、先程はフンソン先生を呼んでいただき、感謝いたします」


 質問に対するのとは、微妙に違う返答をしておく。何となくだけど、関わりたくないんだ。ダーニルが目の前の人物を狙っているのもあるし。


 王子は私の言葉を聞いて、ちょっと苦い笑いを浮かべている。


「いや、何事もなくて良かったよ」

「では、これで失礼します」

「ああ、待って」


 えー。この後コーニーと待ち合わせなのにー。


 でも、助けてくれた相手に嫌な顔は出来ない。愛想笑いを貼り付けて対応した。


「何でしょう?」

「冬休みは、王都にいるのかな?」

「そう……なりますね」

「そうか。それだけ聞きたかったんだ。じゃあ」


 王子様は、そう言うと取り巻きと一緒に颯爽とその場を後にした。


 何だったんだ? あれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る