第11話 通報案件です

 最初の魔道具の授業は、こんな事をやっていくよ、という説明で終わった。


「今日の授業はここまで。次回は簡単な魔法回路を組むからな。それと、レ……ローレル・デュバルはちょっと残れ」

「……はい」


 今、レラって言おうとしたな? いつもはそっちで呼んでるもんね。


 ダーニルがこっちを睨んでるけど、王子が教室を出て行ったのに合わせて、奴も出て行った。やっぱり、狙いは王子かー。


 まあ、それはいい。今の問題はこっちの熊だ。


「んで? どういう事なのか説明してくれるんでしょうねえ?」

「はっはっは。びっくり作戦大成功だな!」


 何その「サプラ~イズ!」とか言いだしかねない顔は! 大成功じゃないよ!


「もう! 通信で連絡した時は、もう王都にいたんだ?」

「いんや? 俺が王都に来たのは昨日だよ」

「はい?」

「移動陣を使ったんだ」

「ああ……」


 そうだった。移動陣って、人も送れるんだった。ただし、余所からだとペイロン伯爵領を挟む必要があるし、移動陣の設置にもの凄くお金がかかる。


 その上、陣は基本一回限りの使い捨て。なので、王族とかが緊急用にストックしてるってのは、嘘か本当か聞いた事がある。


 あの技術は研究所のものだし、目の前の熊なら自力で陣を敷ける。移動陣で王都まで来ていても、不思議はないのか。


「私は長時間、馬車に揺られたのに……」

「そりゃしょうがないだろ。ケンドと一緒なんだから」


 伯爵と一緒だと、どうして馬車に揺られなきゃならないのさ。恨みがましい私の視線に気付いたのか、熊がやれやれといった風に教えてくれた。


「あいつ、普段は領に籠もってるだろ? だから、たまに領外に出たときは近隣の領の領主や代官なんかに挨拶回りするんだよ。付き合いは大事だからな。ここ数十年は兆しすらないが、いつ魔の森が氾濫するかわからねえ。その時、周囲の領の手助けが期待出来ねえと、ペイロンは詰むんだよ」


 魔の森の氾濫。それは、普段は何故か森の外に出てこない魔物達が、大挙して森から出てくる事を指す。


 記録では、直近で五十七年前にあったそうだ。


「ん? でもじゃあ、王都側の陣は誰が敷いたの?」

「おお、それならケンドに持たせたぞ。簡易版の陣を開発してな。魔法士でなくとも陣を敷く事が出来る。手間いらずだな!」

「え? いいの? そんなの作っちゃって」

「まあ、相変わらずペイロン領との間だけでしか、移動出来ないって事になってるがな」


 そう、ペイロン伯爵領からどこか、もしくはどこかからペイロン伯爵領までの片道移動というのは表向き。


 実は敷く陣をちょっといじるだけで、任意の場所から陣を敷いた場所まで移動が可能である。


 まあ、先に移動先に陣を敷いておかなきゃいけないって手間や制約はあるけれど、実質どこでも行き放題な術式。


 これも、アイデアの種は私が出した。いや、魔法がある世界にいるなら、使いたいじゃない? どこにでも行ける魔法。


「そういや、水回りは無事受け取ったか?」

「うん、ありがとう。助かった」


 日数かからなくて本当良かった。これで十日とかかかってたら、その間コーニーにお風呂とか借りなきゃいけなかったもん。


 私の言葉に、人の形をした熊はにやりと笑う。


「こっちも助かったぜえ。あれを作ったおかげで、一式揃った簡易宿泊所を作る計画が通った」

「何それ?」

「持ち運べるよう改良した、宿泊所を作る計画なんだよ。そうすりゃ、魔の森での野営も、もうちっと快適になるんじゃないかってな」


 さすが研究者。自分の興味が向いた事はとことん極めたいらしい。


「いや、森で快適だったら、戻ってこなくなっちゃうじゃない……」


 その危険があったから、あれこれ提案しないでおいたのに。でも、目の前の熊にはどこ吹く風だ。


「そんなもん、腹が減りゃ戻ってくるんだよ」

「遊びに出た子供じゃないんだからさー」

「似たようなもんだ」


 まあ、所長の言う事にも一理ある。何せ戦闘民属脳筋科の連中だ。細かい事なんぞ考えやしないし、どちらかというと本能に忠実。


 人間の三大欲求のうち、食欲と睡眠欲に大幅に振っているのはありがたい。


 まあ、領内にはでかい歓楽街もあるけどねー。


「ところで所長」

「ん?」

「私、名指しでこの選択授業を取るようにって言われたんだけど」

「おう。当然だろ? 俺が王都で教師なんぞをやる際に、つけた条件だからな」

「やっぱりあんたかああああ!」


 本当にもう、選択授業くらい自分で選ばせてよね。




 その日の授業が全て終わり、クラブ活動などの課外活動の時間。私は何故か実習棟にある魔道具科準備室にいた。


「よもや王都でも熊と一緒とか」

「聞こえてるぞレラ。何が熊だ。立派な人間だっての」

「いやいや、立派な人語を解する熊だよ」

「まったく、お前といい研究所の奴らといい。ちったあ俺の肩書きに敬意を払えっての」

「んじゃ所長、伯爵に敬意払ってます?」

「俺はいいんだよ。ケンドとは幼馴染みだからな!」

「んじゃ後でその旨、伯爵に伝えておきますね」

「やめろ。本気でやめろ。あいつ、本気出すとこっちの魔法攻撃、剣一本でぶった切るんだぞ」


 さすが伯爵、戦闘民属脳筋科のトップにいる人。つか、あの人そんなに強かったんだ……


 私が知ってる伯爵は、魔の森に自分で入るのではなく、兵士や魔物専門の狩人達のバックアップに努めている人。裏方さんだね。


 でも、大事なんだよ。バックアップ体制が整っていないと、あれだけ魔物が多い森に入るのは危険だから。


「伯爵が戦ってるところ、見た事ないんですよねー」

「ああ、ほら、あいつはあれだ。彼女を亡くした時から、自分が前に出る事をやめちまった奴だから」


 狭い準備室の中で、デカい熊としんみりする。


 伯爵が家族を持たないって決めたのは、婚約者を亡くしたからだ。これはペイロン領では割と有名な話で、当時を知らない私よりも小さい子でも知っている。


 昔、ペイロンからは少し離れた領と、魔物素材の関係で政略結婚が組まれたそうだ。


 相手は折れてしまいそうな程細くてか弱い、伯爵家のお嬢様だったとか。


 その頃のペイロンでは、魔物素材の販路を広げようと、あちこちに営業をかけていた時期だったらしいよ。


 で、件のお嬢様が伯爵の嫁になる事が決まった。当時は伯爵ではなく、子息だったけど。


 関係は良好だったらしい。何度かお互いの領を行き来している最中に、途中の山道でお嬢様の乗った馬車が襲われた。


 盗賊に見せかけたこの襲撃は、魔物取引に噛みたい家の仕業だったという。自分達が参入出来ない腹いせだったらしい。


 全てが明らかになってから、伯爵は家を捨てる覚悟で、黒幕の家に乗り込んだ。


 結果、その家は本家も分家も取り潰され、姻戚関係にあった家まで被害が及んだという。


 伯爵が黒幕の家で何をしたかは、私は知らない。でも、結果として王家からの咎めはなく、黒幕の家の方が衰退した。


 その後、伯爵は家を継がずに国外に出ると言ったそうだけど、前当主で伯爵の父親がぶん殴って止めたらしい。


 この家に生まれた責任を果たさずに、甘えた事を言うな。そう言ったんだって。前伯爵、酷くね?


 でもまあ、それで伯爵が家を継いで今に至るんだから、いいんだろうけど。


 そんな過去があるから、伯爵は家族は持たない。自分の妻は死んだ彼女だけだって言って、跡取りには早々に分家から養子を取ったって訳だ。


「人相手じゃなく、魔物相手ならいいと思うんだけどよお。ケンドはまあ、ああいう性格だから」

「そうだね……」


 一本気、と言えば聞こえはいいけど、折れない頑固さというのかな。ペイロンの人間には、多かれ少なかれそういう気質がある。


「つう訳で、お前も余計な事を奴に言うなよ」

「それとこれとは別だね」

「な! 今のはいい話でそうだねって頷くところだろうがよ!」

「やだなあ、所長。長い付き合いじゃない。私がそういう性格じゃないって、知ってるでしょ?」


 本当、魔法研究所のメンバーとは、十年からの付き合いだからね。


「で、結局なんで私が魔道具科を選択する事が条件になったの?」

「そりゃおめえ、王都でも面白いもん作ろうと思ったら、お前の手伝いは必要だろうがよ」

「その為だけかよ」


 つい突っ込んじゃうよ。熊はガハガハ笑うだけだけど。


 まー、でもクラブ活動する訳じゃなし、屋根裏部屋も綺麗にしたし、たまには所長の手伝いくらいするかー。


「そういや、屋根裏部屋どうなった?」

「綺麗になったよー」

「よし、今度見せろ」

「女子寮に入ろうとか図々しい熊だな通報すっぞ! ニエールに告げ口してやるう! 冷たい目で『最低』って言われればいいんだ!」

「やめろ! 本気でやめろ! アイツ怒らすと寒気がするんだよ!」


 知らんわ。熊が図々しいのが悪い。

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