第10話 熊でした
無事選択授業の履修届も出し終え、本日はこれにて終了。学院の食堂でランミーアさん達とお昼を食べてから、寮に戻る。
彼女達はクラブ活動を見学していくというので、別行動。別にクラブに興味はないし、何より屋根裏部屋の改造がまだなのだ。
綺麗になった階段を上って屋根裏部屋へ。
「よしよし、終わってるね」
入った屋根裏部屋は、とても広い居心地のいい空間に変わっていた。やっぱり建材は白を選んで正解だったね。
ガラクタ撤去した時から思ってたけど、ここ広いのよ。多分、寮の個室五、六室分くらいあるんじゃないかな。
天井は屋根の形に添って作り、腐って穴が開きかけていた箇所には天窓を。屋根材の方も周囲の色に合うよう色調を調整してる。
そして、長方形の部屋の長辺部分に並ぶ窓。断熱を考えて、全部内窓を着けました!
元からあった窓とは大きさが違うけど、そこは内壁の方で調整している。
これだけでも、なかなかいい部屋に思えるんだ。
んじゃ、まずは伯爵に連絡だな。
「伯爵ー伯爵ー、こちら学院のレラでーす。応答願いまーす」
『おう、どうした? レラ』
「あのですね。本日教養クラスで第三王子という人に出会いました。同じクラスです」
『シイニール殿下か。何かあったか?』
そう聞くって事は、あの王子は何かやらかすタイプの人なのかな?
「表向きは何も。ただ、私の名前を呼んで、両親から聞いている、何か困った事があったら相談してほしいって言われました」
『勝手な真似を……こちらから、抗議しておこう』
「それとですね。私と布山……じゃなかった、向こうの子の事、周囲に知れ渡ってきてますけど。多分、向こうの行動のせいで、正体がわかりつつあるというか」
『うーん、一応向こうが本物だと言い張っている以上、こちらからは何もするな。周囲がお前を本物だと思うのは、放っておいていい』
「そうなの?」
『ただし、自分から本物の娘はこちらだ、とは明言しないように。大人の世界には、色々とあるからな』
「了解でーす」
なんだ、バレてもいいのか。心配して損したー。でも、あの王子がくせ者だってわかったから、良しとしておこう。
「さて、じゃあ家具を送ってもらおうかな」
建材を送ってもらった移動陣は撤去済みなので、部屋の隅の床に再び移動陣を貼り、座標を取得。
こうしておかないと、下の床の上に物が移動されて、せっかく綺麗にした床が壊されちゃうからね。
「メーデーメーデー、こちら王都のレラ。研究所、応答願いまーす」
『はーい』
「あれ? 今回もニエール?」
『そうよー。もうちょっとで交替だけど。今度は何ー? あ、水回りの魔道具、そろそろ送れるよ』
「本当に? じゃあそれと、家具一式を送ってほしいんだ」
『あー、なるほど。レラの部屋にある家具でいいの?』
「いや、家具屋からそろそろ届くと思うから、それを全部送ってほしいんだ」
ペイロンを出立する前に、伯爵を通して寮の部屋で使う家具を揃えておいたんだよね。
備え付けのものを使う人、殆どいないんだって。なので、毎年入学式前には寮に大量の家具が届けられるのが風物詩だそうな。
家具は業者や入学生の家の使用人達の手で、先に部屋に設置されるのが通常なんだって。
私の場合は、部屋が決まったら移動陣使えばいいやって思ってたからなあ。まさか、部屋の改造からやる事になるとは思わなかったけど。
『そうなんだ……あ、本当に来た。てか、あれ全部?』
「うん」
『何度かに分けて送る事になるけど、いいよね?』
「よろしく!」
なるほど、向こうから送ってもらう物が多いから、通信の担当も交代制だったのか。ありがたや。
通信のすぐ後、移動陣から次々に家具や洗面台、風呂桶、便器などが送られてくる。
それらを場所を決めて設置していき、部屋の体裁を整える。
「よし。これで完成」
窓にはカーテン、あちこちを木製のパーティションで区切り、水回りは防水性のカーテンと背の高いパーティションで区切った。
この辺りは、余りの素材で適当に作成。建材、少し多めに送ってもらっておいたんだー。
カーテンには、ささっと防音と防水、防汚の付与を施しておく。全て蜘蛛絹だから、付与も簡単に出来るのは嬉しい。
ベッドには寝具もついている。蜘蛛絹の寝具は肌触りがよく、寝心地抜群だ。
「あ、この蜘蛛絹、アルの糸だ……」
アルというのは、私がテイムしている蜘蛛の魔物で、正式にはアルビオンという。
真っ白な体色に青い目の特殊個体で、数年前に魔の森で出会った。
蜘蛛型の魔物の中でも、体色が白に近いものは森で生き残るのが難しいと言われている。
そのせいか、白っぽい体色の蜘蛛は、人に慣れやすい。生存本能のなせる技なのか、人と契約し餌をもらう代わりに、糸を提供するって訳。
この糸を薬液に漬けた後、製糸したものが蜘蛛絹。特殊個体が出す糸は、その中でもグレードが高いと言われている。
「ペイロンに帰ったら、強い魔物をたくさんアルにあげないとなあ」
蜘蛛は、食べる餌によって出す糸が変わる。強い魔物を餌として与えると、より強靱でつややかな糸を出すんだ。
この寝具を作る分、アルは頑張って糸を出してくれたんだと思う。だから、ペイロンに帰ったらお腹いっぱい強い魔物をあげるんだ。
その為にも、王都でも気を抜かずに鍛錬しなきゃ。
一通り部屋の改造が終わったので、一息吐いていたらもう夕食の時間。早く下に下りないと。
「あれ? コーニー」
「やっと来たわね、レラ」
階段の下には、コーニーの姿が。待っていてくれたんだ。
「部屋の方はどう?」
「うん、一通り終わったよ」
「もう? 早いわねえ」
「いつでも来られるようになったから」
「本当に? じゃあ、今度の週末にでも、焼き菓子を持って遊びにいくわ」
「うん」
後で、研究所に連絡してコーヒー豆を送ってもらおうっと。その辺り、全然用意してないや。
本日は、初めての選択授業の日。しかも指名された魔道具の授業ですよ。どきどきしながら実習棟に向かう。
選択授業は、上の学年の人もいる事があるんだって。おかげで教室が広いわ。
後ろの席に座っていたら、いきなり大声が響いた。
「あー!! 何であんたがここにいるのよ!」
布山こと、ダーニルである。うわあ……こいつもこの授業、選択したのかよ……
おとなしくお嬢様芸を選んでおけばいいのに。何でこの授業を選んでるの?
ダーニルはうんざりする私の前にきて、こちらをびしっと指差した。
「お父様に愛されないあんたは、ここから出てお行き!」
周囲はしんと静まりかえっている。うん、ここにきて、私達が一応姉妹だって事、広めちゃったね。
女子寮では既に広まっているみたいだけど、ここには男子学生もいる。
溜息を吐きつつ、とりあえずこちらを指差してくる手をはたいた。
「選択授業に何を選ぶかは、個人の自由です。それは学院が認めている事。なのに、私に命令する権利があなたにあるとでも?」
「当然でしょ! お父様は私の言う事なら、何でも叶えてくれるんだから!」
そのお父様の威光も、ここには届かないんだよバカ娘。
何か見た事のある髪色の男子がこちらに向かってこようとしたけど、手で制した。横から口を差し挟まないように。
「そう、ではあなたのお父様が私の授業選択に文句を言うのね。そう解釈して、間違いないかしら?」
「そうよ! あんたはお父様に頼んで、またあの辺境に追いやってやる! あんたにはあそこがお似合いよ」
私も最後の言葉だけは同意する。本当に、伯爵に迷惑がかかるんでなければ、来なかったよ王都なんて。
だが、それとこれとは別問題。肯定したな? あんたのお父様が授業選択に文句をつけるって。
「では、あなたのお父様とやらは、国王陛下に逆らう訳ですね」
「え?」
にっこり笑って言ってやれば、ダーニルは面白いくらい呆けた顔をしている。
周囲も、こちらを助けようとしていた男子も、ぽかんとしているのが見えた。
「だってそうでしょう? 王族が学院長を務めるこの学院内において、生徒の自由に選んでよしとされている授業選択に文句をつけるという事は、それをお許しになった国王陛下に文句を言う事と同じでは?」
大分こじつけだけどね。でも、王家の肝いりで作られている学院のやり方にあれこれ言うって事は、そのくらいの覚悟があっての事なんでしょう。
多分。知らんけど。
さすがのダーニルも、貴族が国王に逆らう事の恐ろしさは知っているらしい。途端に慌て始めた。
「そ、そそそそそんな事は――」
「でもあなた、先程私が確認した時に、そうだと言ったでしょう?」
「で、ででででででも!」
「じゃあ、授業選択に文句はないのかしら?」
「……」
「文句はあるの? ないの? どっち?」
「な、ないわよ! これでいいんでしょ! ふんだ!」
またもやどすどすと足音を鳴らしつつ、彼女は前の方の席に腰を下ろす。周囲が蜘蛛の子を散らすように逃げてる様は、ちょっと面白い。
誰もあんなのに関わりたくないよね。
「……間に合わず、申し訳ない」
「いいえ。あのくらい、自分でどうにか出来なくてはいけませんから」
決して、第三王子のせいではございませんて。おっと、ダーニルがこっちを睨んでる。
あいつ、もしかしてこの王子様狙いでこの授業、選択したの? どっから情報得たんだか……
内心溜息を吐いていたら、教室の扉が開いた。担当教師が来たらしい。
そういえば、始業の鐘って、もう鳴ってたよね? 教師が遅刻?
って……えええええええええ!?
「遅くなったな。俺が今日からこの魔道具の授業を受け持つ、フーマンソンだ。よろしくな」
そこにいたのは、見慣れた熊のような人物である。
所長おおおおおおお!?
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