第9話 ご指名でーす

 夜のうちにガラクタ撤去完了。いや、移動陣使ってペイロン領に送りつけただけなんだけど。


『いやあ、全部燃やせるからいい燃料になるわー』


 喜ばれたようです。木製の家具ばかりで良かったよ。


 通信の相手は、ペイロン伯爵領の魔法研究所。そこの研究員をしている女性でニエール。


 男爵家の娘らしいけど、とにかく魔法が大好き。家から押しつけられた結婚を嫌がり、家出して研究所に入った人。


 その結婚を嫌がったのも、相手が魔法に理解がないからだっていうんだから、筋金入りだよね。


 通信の向こうで、ニエールは何かを数えながら応答してきた。


『じゃあ、こっちからは建材を送ればいいんだね? 天井と壁と床だっけ?』

「あと窓を二重窓にしたいから、三番の窓を十六、あと天窓も四つほど。それから、トカゲの鱗の加工済みを……二匹分送ってもらえる?」

『そんなに? 随分な改造だねえ』

「うん」


 ガラクタ撤去したら、大変な事がわかりました。屋根のあちこち、雨漏りして腐ってるよ……


 屋根材そのものを全部変えるのは面倒なので、痛んでる一部を取り替えるだけにしておく。


 あと、腐ったところは補修という名で天窓にしちゃおうかと。一応、建物を壊さない限りは改造オーケーって許可は得ているし。


 屋根に関しては、壊すどころか補修するんだから、感謝されても怒られる筋合いはないよね。


『んーと……よし、計算終了。じゃあ、必要な建材を送るから、移動陣で受け取ってね』

「ありがとう、ニエール」

『どういたしまして。頑張ってね、レラ』


 頑張って……か。魔物相手ならいくらでも頑張るけど、貴族相手って、何だか肩凝りそう。




 コーニーに頼んで、夜のトイレとお風呂、朝の洗面台を借りた。


「水回りの品は、今日中に送ってくれるんですって?」

「うん。野営用のをいじるだけだから、そんなに手間じゃないみたい」


 建材は先に届いているので、今日学院に行ってる間に魔法で工事を進めておこう。


 もう術式は全部構築してあるので、後は出がけに魔力を入れて起動すればいいだけ。


 コーニーは水回りの品の出来上がりの速さに、ちょっと呆れている。


「まあ、あそこの人達ですものね」


 研究所の本質を理解しているからこその言葉だ。信頼ではなく、単純にそういう存在だって知ってるっていうね。


 入学式翌日の今日は初授業。寮では男子女子に別れるけれど、クラスは男女混合だそうです。


 貴族学院に関しては、社交界に出る前段階、慣らしの要素もあるんだってさ。


 寮から学院までの道すがら、コーニーがあれこれ教えてくれた。


「異性に免疫がないまま社交界に出してしまうと、思いもよらない事故が起こるから、ですって」

「事故……過去に起こったとか?」

「ええ、百年近く前の事件だけど、未だに語られているわ」


 マジかー。コーニー曰く、箱入りで育てられた男爵家の娘が、騎士爵家の息子に欺されて、嫁入り前に子供が出来たらしい。


 男は逃げたけど、娘の父親である男爵が家の体面の為に、男の実家ごと潰したそうな。特に男は物理的にも潰されたんだとか。


「もう一つ、今度は立場が逆で、伯爵家の嫡男が女性に免疫のないまま社交界に出て、身持ちの悪い未亡人に手玉に取られて結婚までしたそうよ。親族がよってたかって離婚させたそうだけど、家の財産をごっそりもっていかれたらしいわ。まあ、その後、その未亡人も行方知れずになったそうだけど」


 貴族、怖えええええ。


「それ以来、社交界に出す前の年齢で、それなり異性に慣れさせる場所が必要という事になったそうよ」

「で、この学院が出来た訳?」

「そういう事」


 貴族学院設立にも、色々あるんだなあ。




 クラス分けは昨日の段階でわかっていたので、教室に入る。私は一組。大体一学年二クラス程度なんだそうな。


 もう一つは当然二組。わかりやすくて大変ありがたいですよ。これで変なクラス名ついていたら、多分突っ込んでるわ。


 教室に入ってざっと見渡したところ、布山はいないらしい。良かった。多分、クラス分けでも色々配慮されたんだろう。


 それにしても、クラス中が何だか浮き足立っているように思えるんだけど……何だろう?


「ねえねえ、あなた、夕べ上級生のお姉様方とお夕食をとっていたでしょ?」


 ぼんやり席に座っていたら、後ろから声を掛けられた。振り返ると、三つ編みお下げとくせっ毛を高い位置でポニーテールにしている女子がいる。


「ええと?」

「あ、ごめんなさい、私、ランミーア・カーゼ・モッド。モッド子爵家の娘なの。こっちはルチルス・ツエナ・フラカンイ。フラカンイ男爵家の娘よ」

「……ローレル・デュバルです」

「え……」

「あの、デュバルって……あの?」


 二人の顔が、瞬時に固まる。布山ああああああ! 本当お前何やったああああ!


 ちょっとここに引っ張ってきて、小一時間説教したい! やっても無駄だろうけど。あいつ、絶対人の話聞かないタイプだ。


「ええと、デュバル家の者なのは確か……です」


 ああ、穴があったら入りたいって、こういう時に使うんだろうなあ……


 固まっていた二人は、何やらお互い小声でやり取りし、やがてこちらに向き直った。


「うん、私は自分の目を信じる。あなたはあのダーニルとかいう子とは違うと思うわ!」

「私も、そう思う」


 う! 何ていい人達なんだ! 思わず感動で涙が出そう。てか、向こうはタフェリナ・ダーニルっていうんだね。


 でも、多分通達が向こうにもいってるだろうから、学院内ではダーニル・デュバルとしか名乗れないはず。


「ありがとう……」

「ううん、それで――」


 ランミーアさんが何か言いかけた時、教室の入り口から黄色い声が響く。何だ?


「とうとう来たのね」

「? 何が?」


 私の疑問に、ランミーアさんは信じられないといわんばかりの顔だ。


「王子様よ王子様! 私達の学年には、第三王子のシイニール殿下が入学してるの! しかも、教養クラスはこの一組よ!」


 なぬ? 王子様とな。じゃあ、あの騒ぎは王子様がご登場したから?


 黄色い声は、段々と静かになり、人の輪の中から一人の男子がゆっくりとこちらに向かってくる。


 栗色の髪、焦げ茶の瞳。ん? どっかで聞いた色合いだな……あれが、王子様? 王太子とはあまり似ていないね。


 王子様らしき男子は、後ろに三人の男子生徒を従えて、私の前まできた。


 ランミーアさんとルチルスさんと一緒に、椅子から立ち上がる。さすがに王子様を前にして、座ったままはヤバいでしょ。


「君が、デュバル家のローレル嬢かな?」

「……はい」


 これはあれか。王太子が来た例の件絡みか! もしかして、ここで王子様が私に声をかける事で、こっちが本物ですよって周知させるつもりとか?


 あれ? でも、本物偽物に関しては、そのままって事になったんじゃなかったっけ? 変更したんなら、教えておいてよ伯爵。


「両親から話は聞いてるよ。何か困った事があったら、相談してほしい」

「あ、ありがとうございます……」


 これ、部屋に戻ったら伯爵に質問だな。




 本日の教養課程は、これから一年かけて何を学ぶかのざっくりした予定と、教養以外の選択授業の種類と受講方法について。


「手元に用紙は行き渡りましたね? では、説明していきます」


 教養クラスの担任は、フンソン先生という四十代くらいの男性教師。優しそうな風貌で、何となく安心出来る感じ。


 選択授業は、主に魔法系、技術系、騎士系、令嬢系とある。いや、どれも通称だけど。


 魔法系はそのまんま。攻撃魔法や補助魔法、治癒魔法など得意分野を選んで選択出来る。それら全てを身につける総合魔法ってのもあるらしい。


 技術系は魔力を使った技術、大体は魔道具関連。錬金術もここに入るね。


 騎士系は、騎士を目指す人が選ぶ。剣や弓、その他の武器の扱い、乗馬や馬の世話の仕方などを学ぶ。


 変わったところでは、馬以外の騎獣の授業もあるみたい。おとなしい魔物を飼い慣らして、騎獣にするって聞いたな。


 令嬢系は、ご令嬢が結婚までに覚えておくべき嗜み全般。刺繍から始まり詩作、絵画、楽器演奏、礼法など。


 この中で選ぶとしたら、やっぱり魔法系かなあ。でも、術式に関してはペイロンの研究所が最先端だからね。習う意味あるのかという。


 いっそ技術系の錬金術を学んで、魔法薬でも作ろうかな。そっちはさすがにやった事ないから。


 魔法薬は、伯爵領で一括購入したものを融通してもらってたっけ。この先を考えて、身につけるとしたらやっぱり錬金術か。


「あ、ローレル・デュバル君。君には担当教官から指名があってね。総合魔法と魔道具を必ず選択するように、だそうだ」

「はい?」


 なんで、指名? それって普通なの? ……違うよね? 周囲の反応から考えるに。


 あれか? ペイロン伯爵領出身というのが、教師陣にも広まってるのかな……




 結局、選択科目は総合魔法と魔道具、錬金術、それと系統は違うけど弓と騎獣を選んでおいた。


「……なかなか雄々しい選択ね」

「そうかな? ちなみに、ランミーアさん達は、どんな選択?」

「私は治癒魔法と刺繍に詩作、楽器演奏と乗馬よ。最近の淑女は、馬くらい乗りこなせないとね」

「私は魔法は苦手だから、刺繍と礼法、絵画と楽器演奏を選んだの」


 ほうほう。席が近いという事もあって、ランミーアさんとルチルスさんとは何となくお友達になれそうな予感。


 それにしても、この二人は見た目から受ける印象と中身が逆だなあ。


 おさげでおとなしそうに見えるランミーアさんが実は気が強めで、ポニテのルチルスさんはおとなしめ。


 まあ、見た目云々言ったら、私もそうか。あ、布山が言っていた不気味ちゃんってワードが、いきなりよみがえってきたわ……

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