第8話 水回りは大事ですよ
階段の浄化が終わった後、屋根裏部屋に戻ってお片付け……と思っていたら、夕食の時間だとコーニーに言われた。
「作業は食べ終わってからよ。結界くらいなら手伝うから」
「本当に? ありがとうコーニー。大好き」
「はいはい。じゃあ、食堂に行きましょうね。友達にも紹介するわ」
食堂は、寮の一階奥にある。私が屋根裏部屋に行くのに使う階段とは、真逆の位置だね。
さすが貴族学院の食堂、内装も凝っていて、王都の一流レストランと言われても通りそう。
高い天井には優美なフレスコ画。壁には風景画が何枚も掛けられている。
室内にはいくつものテーブル。形も大きさもまちまちで、グループの人数ごとに案内されるらしい。
学校の寮の食堂で、案内って……
「お二人様ですか?」
「いいえ、先にお友達が来ています」
コーニーが案内を断って、食堂の奥へと進む。窓際の六人掛けの席に、四人座っているところへ進んだ。
「お待たせしたかしら?」
「いいえ、まだ注文もしていないから」
「コーネシアさん、そちらが例の?」
「ええ。紹介するわね。こちらペイロンの伯父様が後見人を務めるローレル・デュバルよ。レラ。こっちは私と同じクラスのお友達でセイリーン、イエセア、アンフォサ、ヘランダ」
「ローレル・デュバルです。よろしくお願いします」
「ふふ、同じ家の方でも大分違うわね」
そう言って笑ったのは、アンフォサさんだ。それにしても布山め、既に何かやらかしたな。
「何かあったの?」
コーニーの質問に、皆様苦笑してらっしゃるわー。
「ええ、つい今し方。ああ、私はアンフォサ・シシーナ・ナルエーサ。ナルエーサ子爵家の娘です。今し方あったっていうのは、彼女、この寮の不文律を知らなかったようよ」
アンフォサさんは、意味ありげに入り口の方を見た。それに釣られるように、テーブルの皆が同じ方向を見てる。
「誰も教えてはくれなかったようね」
「大抵は、入り口で在校生の誰かが教えるのに」
「それは仕方ないわよ。だってほら、あの娘は……」
「ああ」
コーニーのお友達方、そこで意味ありげに私を見ないでいただきたい。いや、言いたい事はわかるんだけどさ。
ていうか、布山の方が庶子って、周囲にバレてるんじゃないの? これ。父や布山の行動は、無意味だった訳だ。
それにしても皆様、貴婦人の会話が既にお得意のようで。決してそのものズバリは言わない、でも対象が必ずわかるような話し方。
コーニーも涼しい顔で会話に参加しているから、慣れているんだなあ。私には、無理そうです。早々に白旗をあげておきます。
「それにね、部屋でもなかなかの騒動だったわ。その前に、私はセイリーン・キリア・キージャロス。キージャロス伯爵家の娘よ。あの娘の部屋、私の近くなの。もう昼から騒いで騒いで、迷惑ったらない」
「一体何をそんなに騒いでいたの?」
「やれ部屋の広さが気に食わない、やれ二階は嫌だ、やれ窓の形が気に食わない、部屋の位置が気に食わないと、文句を付けないところがない程よ」
「まあ」
よくそれだけ文句が言えるな。貴族学院の寮なんだから、それなりの部屋だろうに。
これには、コーニーが怒ってる。
「レラを屋根裏部屋に押し込めておきながら、いいご身分だこと」
「本当に屋根裏部屋なの? 私の名前はヘランダ・ラトール・タチャレス。タチャレス伯爵家の娘です」
「本当に屋根裏部屋よ。でも、見てらっしゃい、多分どの部屋よりも居心地のいい場所になるわよ。ねえ? レラ」
「コーニー、ハードル上げるのやめてくれない?」
「はーどるって何? ともかく、期待しているんだから、がっつり改造なさいよ? そして早く披露してちょうだい」
えー? 披露って何よ披露って。とりあえず、話題を変えておこうっと。
「えーと、先程不文律って仰ってましたけど、どういう事か、聞いてもいいですか?」
「ええ、問題ないわ。私も名乗っておかなくてはね。イエセア・シアトス・ゴーセルです。家は男爵家。王都のゴーセル商会はそこそこ有名だから、ご存知かしら」
「ゴーセル……王都の方は申し訳ありません、存じませんが、ペイロン伯爵領の方でしたら、存じてます」
いやあ、いつも魔物素材を高値で買い取ってくれる、大事な取引先だからね。でも、そうか。あの商会のお嬢さんなのか。
他にも昔からの付き合いがある大手の商会があるけれど、ゴーセルはここ最近急激に伸びてきた商会だ。
魔物素材を専門に扱っている訳ではないんだけど、逆に頼むと国内から何でも持ってきてくれる商会だとかで、伯爵が喜んでたっけ。
「いつもありがとうございます」
「え?」
「あ、いえいえ、こちらの事です。えーと、不文律の事ですよね」
「ああ、そうね。この食堂、新入生は奥のこの領域を使ってはいけないの。あちらの入ってすぐの辺りが新入生用の場所なのよ」
あれ? 私、奥に来てますけど? 私の表情から察したのか、ゴーセルのお嬢さんはころころと笑った。
「あなたは大丈夫よ。コーネシアさんが連れてきたでしょう? 先程の不文律には続きがあって、ただし在校生に招かれた時はその限りではない、というものなの」
良かった。入学してそうそうトラブルなんて起こしたくない……って、もう大分起こしてるな。
家絡みで寮監がクビになり、廊下では布山に因縁を付けられ、屋根裏部屋で行った浄化は副寮監にバレる。
あれー? どうしてこうなった?
その後無事夕食を食べた後、部屋に戻る。うん、屋根裏部屋です。そういやここ、水場がないね。排水設備、どうしよう?
こういう時には、研究所に相談だ!
「メーデーメーデー、こちら王都のレラ。研究所、応答願いまーす」
『お? レラか? 連絡を今か今かと待ちわびたぜえ』
「絶対嘘だ」
魔法通信の試作版から聞こえてくるのは、懐かしい研究所の所長の声。でも、待ちわびたってのは嘘だ。
絶対酒飲んでたはず。既に声に酔いが混じってるのがわかるもん。この酒飲み熊め。
魔法研究所の所長って、見た目熊なんだよね。デカいし髭だらけだし顔怖いし。
『で? どうしたよ?』
「うーんとね、貴族学院に入ったはいいんだけど、寮で用意された部屋が屋根裏部屋だったんだ」
『屋根裏部屋だああ!? ぎゃははははは! 王都の連中は怖いもの知らずだなあ、おい!』
うるせーよ全く。魔法が規制されてる王都では、暴れようがないじゃん。私、魔法がなければ割とか弱い女子なんだぞ?
……嘘ですごめんなさい。近接戦闘の手ほどきも受けてます。プロの兵士を一対一で下すのは難しいけど、素人なら男性でも何とかなるくらい。
いや、それはいいんだ。今問題にしているのは別なもの。
「それでさあ、排水設備がないところに、お風呂と洗面台と便器って、つけられる?」
『んー、森での野営用のをいじればいけるんじゃねえか?』
ああ、なるほど。魔の森で野営する場合、人間の痕跡はなるべく残さないようにする。
もちろん、排泄物も置いて行かない。ではどうするか。便器の中で全部分解するのだ。もちろん、魔法で。
そんな代物も作っちゃうのが、マッドな研究者揃いのペイロン魔法研究所である。
あそこ、攻撃魔法の研究のみならず、そういう魔の森対策をほぼ一通り研究してるからね。
人間の痕跡を残すと、人を覚えて魔物が森から出て来やすいってのを突き止めたのも、この研究所。
で、どうするかを考えた時、前世の携帯トイレから着想を得てアイデアを出し、全てを魔法で分解する便器を開発してもらったのが私。
いやあ、魔の森ではお世話になってます。
『便器以外のも、排水をその場で分解するようにすれば、排水設備いらずになると思うぞ』
「ぜひ! よろしく! あ、お風呂は洗い場を作って、そっちで排水処理を一気にするようにしてほしい。図は昔書いたのがあるから、引っ張り出して」
『よし! 明日の昼までには仕上げる。あと、利益関係はいつも通りでいいな?』
「うん」
『それと、出来上がった品は移動陣で送っていいのか?』
「大丈夫。許可はもらった」
『よし。じゃあ、今夜中に陣を敷いて、座標を送ってくれ。出来上がり次第、まとめて送る』
「よろしく!」
いやあ、変人揃いだけれど、話が早いのは助かる。って訳で、今夜だけしのげばなんとかなるか。
天井や床の補強は手持ちの建材で何とかなりそう。お風呂とトイレは……コーニーに頼んで貸してもらおうかな。
よし! まずはガラクタと一緒に埃を掃除して、床と天井と壁の補強と断熱からだ。終わったら移動陣だね。
おお、一挙に忙しくなってきた。
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