第7話 未知との遭遇でした……

 壊れた家具やら置物なんて、欲しい人はいないでしょって思うんだけど。


「勝手に処分して、後で怒られるよりいいでしょ」


 コーニーがそう言うから、副寮監の先生を探して許可を取る事にした。こんな事なら、学院長の前でガラクタ処分する許可ももらっておくんだったわ。


 屋根裏部屋から一階に下りて廊下を歩くと、目の前から何やらゴテゴテに着飾った女子がやってくる。


 あれ、学院生なの? 貴族というには、少々品位にかける格好に思えるけど。


「あらあ、その髪色、もしかしなくても我が家の不気味ちゃん?」


 はい?


 目の前の女子は、薄い色の金髪を細い縦ロールにして揺らし、扇子を手に持っている。


 それはいいんだけど、ここにいるって事は学院生だよね? 着ているの、制服のはず。


「コーニー、あれ、学院の制服なんだよね?」

「大分手を入れてるわね。まあ、色々付け加える人は毎年いるらしいけれど、あそこまでは見た事も聞いた事もないわ」


 そうなんだ、制服改造OKなんだね。にしても、改造しすぎじゃありませんかねえ?


「ただ、ああいうゴテゴテした服、最近一部で流行ってるらしいわ。それを制服にまで持ち込む人は、初めて見たけど」


 あー、ゴスロリ……ともちょっと方向性が違うけど、デコラティブなデザインを好む層って、こっちにも一定数いるんだ。


 ジャケットにもワンピースにも、フルリとレースがたっぷりとつけられている。もう元の形がわからない程。


 容姿は悪くないけど表情が意地悪だし、制服も飾りを付けすぎてもはや布の小山。何だろう、色々と残念な感じだ。


 うへえ、これが腹違いの姉妹とか。どんな罰ゲームだよ。


 にしても、我が家の不気味ちゃんって……もう少し、どうにかならんのか。人の事言えないけど、酷いネーミングセンスだのう。


「ちょっと! 何をこそこそ話してるのよ! 私に聞こえないじゃない!」


 いや、君に聞かせないように小声で話したんだよ。え? まさか、そんな事もわからないの?


 思わずコーニーと顔を見合わせる。彼女も困惑してるのが見えた。


「無視するんじゃないわよ! お父様に嫌われてるくせにいいいい!」


 癇癪を起こしたもう一人のタフェリナは、その場でドスドスと足を踏みならす。これ、淑女としてやっていい事ですかね?


「ええと、レラ?」

「コーニー、皆まで言うな」


 腹違いの姉妹なんていう微妙な関係の相手が、まさかこんな性格だったとは。元々のものなのか、それとも生育環境のせいなのか。……両方だったりして。


 しばらく足を踏みならした事で少し気が紛れたのか、もう一人のタフェリナ……言いづらいな。もう布山でいいや。


 布山は、こちらを見て意地悪そうに目を細める。


「ふふん、そういえば、あんたの部屋、屋根裏部屋なんですってねえ。ルワーズ先生がそう言っていたわ」


 あー、つい先程クビになった寮監ですね。そういや、こいつと父がわざわざ寮監に差別するよう進言したんだっけ?


 結果として嫌がらせにもなっていないけど、目の前の布山はそう思わないらしい。


「あーっはっはっは。お父様に愛されない娘なんて、惨めなものよねえ」

「レラ……」

「押さえて押さえて。ここで騒動起こしたら、シーラ様に怒られる」


 多分、私も一緒に。コーニーは騒動起こした張本人として、私は止めなかったから。そういうとこ、シーラ様は容赦ないもん。


 思っていたような反応が得られない事に、さらに布山が激高する。


「ちょっと! なんで悔しがらないのよ! なんで泣かないのよ! 生意気なのよ!!」


 いや、なんでって言われても。顔もろくに覚えていない相手に愛されてないって言われても、特にダメージ受ける事はないってだけ。


 つーか、生意気ってなんだ生意気って。何目線なんだ。


 コーニーも何言ってんだこいつって顔してる。ダメよコーニー、淑女がそんな顔をしちゃあ。


 お前が言うなって? はいすみません。


 廊下でぐだぐだやっていたからか、奥の方から誰かがやってきた。


「廊下で騒いでいるのはあなた方ですか? おや、そこにいるのはアスプザット家のコーネシアさんですね」

「ごきげんよう、シェノア先生」


 どうやら、教師らしい。寮にいるところを見ると、この人が副寮監かな?


「在校生のあなたがついていながら、この騒ぎですか?」

「申し訳ありません、先生。そちらの方に、いきなり絡まれたものですから」

「あなたは、新入生ですか? 何です? その格好。ここは学院ですよ。華美な装いは避けるよう、習わなかったのですか」


 お、布山がシェノア先生とやらに追い込まれている。


「確かに一部、制服の意匠を変える生徒がいますが、ここまで酷いものは初めてです。早々に手直しをしてらっしゃい」

「わ、私はデュバル伯爵家の娘なのよ!」

「だから何です?」

「え?」


 ぬのやまは せんせいにいわれたことが りかいできないでいる



 思わず、脳内で古いゲーム画面風のテキストが見えた気がした。ぽかんとしている布山に、シェノア先生は容赦しない。


「家の名を出せば、どうにかなるとでも? 本当に、ここをどこだと思っているんですか。オーゼリア王国の貴族学院ですよ。ここに通っている生徒は皆、貴族の家柄です。そこにいるコーネシアさんも、侯爵家のご令嬢ですよ」

「こ、侯爵家が何よ! 私のお父様は凄いんだから!」


 子供だ。いや、十三歳だとこんなもん? いやー、違うか。去年のコーニーは、布山よりも大人だった。


 確かに侯爵家より羽振りのいい伯爵家もあるだろうけれど、爵位の上下だけは変わらないのに。


 そういうとこ、貴族は早いうちから教えられるものだと思ってた。ペイロンですら、その手の教育はしているんだぞー。


「あなたの父親がどう凄いのかは知りません。それらは今後、この学院内であなたが築く人脈には影響しますが、我々教師陣には何ら影響を及ぼすものではありません。それをしっかりと覚えておきなさい。さあ、もう部屋に帰るといいでしょう」


 反論を許さず、という感じでぴしゃりとやられた布山は、何も言い返せない事にまた癇癪を起こし、ドスドスと足音を立ててその場を去って行く。


「足音を立てない! そのような態度は、淑女として恥ずかしいものだと思いなさい!」


 そう背中からシェノア先生に言われるも、布山は「ふん!」と大きく鼻息を鳴らしてそのまま消えていった。


「まったく……ところで、そちらの新入生がローレル・デュバルさんですね?」

「あ、はい」


 にしても、ついさっき名前を「ローレル・デュバル」にするって決まったばかりなのに。この先生、耳が早いんだな。


「私の前任者が失礼をしました。代わって謝罪します」


 そう言うと、シェノア先生は本当に頭を下げる。ちょちょちょ! ここ廊下! 誰が見ているかもわからないのに!


「あ、頭を上げてください。その、シェノア先生に謝っていただく筋の話ではありません」

「ですが」

「そうですわ、シェノア先生。私達、先生を探していましたの」


 コーニーの言葉に、シェノア先生が眉をピクリと動かした。ちょっと怖いです、先生。


「何か、ありましたか?」

「実は……屋根裏部屋のガラクタ……いや、置いてあるものを、処分する許可がいただきたくて」

「ああ、構いませんよ。出来れば、全て処分してください。ええ、おかしな人形もね」


 ギク。そーっとコーニーを見る。向こうもこっちを見ていた。


「私、大聖堂には伝手があります。浄化も何度か側で見た事があるのですよ。魔法は独特な波動を持ち、それを見る事が出来る者も少なくありません。特に、この学院には」


 さっきの浄化の件、バレてますね。


「階段と共に、そろそろ浄化をと考えていたところでした。ああ、ついでに階段も綺麗にしてもらえませんか?」

「……いいんですか?」

「大変、助かります」


 再びコーニーと顔を見合わせる。彼女が頷いて私の肩をぽんと叩いた。うん、これは、やらないとダメな奴だね。


 結局その後、コーニーに再び結界を張ってもらって、階段を丸ごと浄化した。何か消えた手応えがあったから、魔物化したのがいたみたい。


 まだ弱かったから、反応を見逃したんだと思う。となると、このタイミングで「綺麗」にしたのは、良かったんだな。


 でも学院もさあ、もうちょっと早めに浄化しようよ。

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