第4話 入学しましたー

 とりあえず、学院入学までペイロン伯爵はアスプザット侯爵邸に留まる事になったそうな。


「こんなに長く王都にいるのは、久しぶりだなあ」


 普段、魔の森の管理で大変だもんね。


 多分、伯爵が入学まで付き合ってくれるのは、私の実家の事があるからだと思う。


 あの家、私の事が邪魔だから、どんな嫌がらせしてくるかわからないんだよね。


「入学許可証が出ている以上、新入生の名簿にレラの名前は載っているから、入学を邪魔する事はないはずだ」


 というのが、伯爵達の読みだ。何せ貴族学院の入学を邪魔するって事は、国王陛下にたてつく事と一緒だそうだから。


「あの小心者に、そんな度胸はないだろうけどな。ちょっと気になる事があるんだよ……」

「何です? 気になる事って」

「んー、いや、それはその時になったらな。とにかく、入学式でおかしいぞって事があったら、すぐに報告しろよ?」

「了解です!」


 伯爵をして、小心者と言わしめる実の父。裏でこそこそ動くのがお好きなようで。




 そしてとうとう入学式。これまたいつの間にか仕立てられていた制服に身を包み、学院へ。


 女子の制服は、灰色地に黒の縦縞模様のワンピースに黒のジャケット、ロングブーツ。


 男子は灰色地に縦縞のズボンに黒のジャケット、灰色のベストに革靴。


 女子は襟元にリボン、男子はタイを使う。これらに学年で決められた色が使われるんだ。


 ちなみに、一年の時は臙脂。これ、持ち上がりではなく一年生の時のみ使う色らしいよ。二年になると、別の色のリボンやタイになるんだって。


 入学式の本日、私は髪を編み込んできっちりまとめておいた。いやあ、長く伸ばしてるけど、この髪カールがきつくてさ。


 髪の重みでカールが伸びるけど、その分セットが面倒でな……ペイロンにいたころから、髪は魔法で編み込んでました。


 今日は式と教室確認と、寮の部屋の確認のみ。本格的な授業は明日からだってさー。


 この学院、全寮制でした。下は騎士爵から上は公爵家の子女まで、全員等しく寮生活を送るらしいよ。


 でも、そこはそれ。爵位の上下がある以上、細々したところで差別はあるもの。


「わーお」


 私に与えられたのは、寮の屋根裏部屋でした。って、ここ物置小屋じゃん!


「部屋があるだけ、ましだと思いなさい。まったく、学院長もどうして妾の子など入学させたのかしら」


 背後でブツブツ言ってるのは、寮監の先生でクワナ・ルワーズ女史。神経質そうな見た目通りの性格だっていうのは、コーニー情報。


 式典会場である講堂からまっすぐ寮へ来たんだけど、入り口に新入生がたくさんいたから少し離れたところで待ってたんだよね。


 で、人が引けたから部屋番号を聞こうと思ったら、黙ってついてくるように言われて、屋根裏部屋に連れてこられた訳。 


 しかもここ、鍵がないんだってさ。酷くね?


 にしても、さっきこの女史、気になる事を言っていたよね? 妾の子がどうとか。


「あの、どういう事でしょうか?」

「あら、聞こえていたのね。言った通りの意味ですよ。ここは由緒正しい貴族学院です。本来なら、庶子の立場で入れる学校ではないのですよ」

「つまり、私はデュバル家の庶子だと、そう届が出ているんですね?」

「今更なんです? さあ! 部屋の掃除も淑女の嗜みですよ。掃除道具くらいは貸してあげます。掃除が終わらなければ、今夜は眠れませんからね!」


 いやー、参ったね。何かしらしてくるとは思ってたけど、こうくるか。


 つまり、父の愛人の娘と私、立場が入れ替えられてるらしいよ。




 という訳で、寮から出て王都の侯爵邸へ戻ってきた。寮の門限は十八時。現在時刻は昼の十三時。五時間もあれば十分だ。


 学院を出て、大通りを走るか! と思ったら、丁度辻馬車が通りかかった。よっしゃ! ついてる!


 タクシーみたいなものだから、侯爵邸までいっちょ頼む。お金はペイロンにいた頃に、しっかり稼いでいたので持ってるし。


 侯爵邸に到着したら、ちょうどコーニーが寮に戻るところに出くわす。


「あら、レラ。どうしたの? 忘れ物?」

「ううん。伯爵、まだいるよね?」

「伯父様? ええ、まだいらっしゃるけど、何かあったの?」

「うん、あった」

「私も話を聞くわ」


 おお、コーニーが臨戦態勢です。こういう時、ペイロンの血筋って面白いくらい同じ反応するんだよね。


 ちなみに、ロクス様は監督生に選ばれているので、一足先に寮に戻ったらしいよ。


 監督生って、成績優秀で人望もある生徒しか選ばれないんだってさ。ロクス様、凄いな。


 伯爵がいる居間に入ると、ヴィル様も一緒にいた。


「どうした? 二人とも……何かあったんだな?」


 伯爵は、一目で緊急事態だと見抜いたらしい。途端に、ヴィル様も臨戦態勢に入る。本当、ペイロンの血筋って以下同文。


「さあ、レラ。何があったのか、話してちょうだい」

「実は……」


 先程寮であった事を、包み隠さず話した。ら、伯爵が凄みのある笑みを浮かべているんだけど。


「ほほう、そうか。あのクソ男、己の妻が産んだ娘と愛人の子を入れ替えたのか」

「らしいです。どういう届になっているのか知らないけど、私は庶子って事になってますよ」


 まあ、それでもいいっちゃいいんだけどね。庶子って、家の権利が一切ない代わりに、家に縛られる事もない。


 向こうが私を自由にしてくれるっていうのなら、乗っかるのも手のような気がしてきたわ。


「貴族学院への届け出に、虚偽記載があるのは問題だな」

「そうよね。下手をすれば、不敬罪に当たるわ」


 アスプザットの兄妹が、不穏な事を言ってますよ。


「何かやらかすと思っていたが、こんなバカな事をしでかすとは。終わったな、あの小物」


 清々しい笑顔なのが、逆に怖いです伯爵。




 結局、伯爵は夕方近いというのに「ちょっくら王宮行ってくるわ」って言って出て行っちゃった。


 残された私達は、ヴィル様の手で学院に送られている最中。


「とりあえず、新しい部屋を用意させるか?」

「いえ、それなら手を加える許可がほしいです」

「レラなら、その方がいいでしょうね」


 コーニーの言葉に、ヴィル様も頷いている。私という人間をよく知っているからこその発言だね。


「王宮の方は伯父上が対応してくれるから、こちらは学院か。今日は入学式があったから、まだ学院長も残ってるだろう」


 え……いきなり学院のトップにねじ込みに行くんですか? さすが侯爵家嫡男ですな。


「ロクスが監督生に選ばれたし、私も務めたからな。卒業したのはついこの間だから、教師陣もまだこちらの顔を覚えているだろう」


 そこで黒い笑みを浮かべないでいただきたい。隣に座るコーニーも、長兄の言葉に力強く頷いているし。


 てか、ヴィル様も監督生をやったんだ。兄弟揃って優秀ですなあ。


 馬車は程なく学院に到着し、ヴィル様に続いて本館に入る。この学院、建物が凄く多いんだよね。


 正門を入って真正面にあるここは本館で、基本的に教師の為の建屋。職員室やら応接室やら学院長室なんかが集まっている。


 学生の為の建屋は教養棟、実習棟、実験棟、音楽堂などがある。


「失礼。我がアスプザット侯爵家に縁のあるデュバル伯爵家長女の件で、至急学院長にお目にかかりたい」

「しょ、少々お待ちを」


 受付のお姉さんも、いきなり侯爵家の人間が来たら驚くよね。普通はちゃんとアポ取って来るものだろうし。


 つか、アポなしだと会えないんじゃ……


「こちらにどうぞ。学院長がお会いになります」


 会えるんだ……さすが侯爵家ってところ?

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