第5話 さて、お話し合いといきましょう

 通された応接室は、広くもなく狭くもなく。華美な調度品は置いていないけど、よく見ると手の込んだ家具が置かれている。


 いわゆる、本物志向の部屋ですな。


「レラ、私がいいというまで、何も話すなよ?」

「はい、ヴィル様」


 理由はよくわからないけど、ヴィル様に限って私が不利になるような事をするはずがない。なので、素直に従っておく。


 座って待ってると、すぐに学院長がやってきた。ってか、入学式の時も思ったけど、若いなあ。


 長い金髪を首の後ろで一つにまとめ、さらりと流している。片眼鏡も、オシャレな感じ。


 刺繍の入ったローブを纏い、その下には仕立ての良さそうなスーツを着ている。


 服の型はちょっと古めだけど、スーツなんだな……そういや、ヴィル様が身につけているのもスーツだよ。三つ揃いってやつ。


「やあ、ウィンヴィル君。卒業式ぶりだね」

「ご無沙汰……はしていませんね、急な訪問を謝罪します」

「いや、大体予想はついているからね。デュバル家のタフェリナ嬢の事だろう?」

「ご存知でしたか」


 どこまで有名なの? うちの家。絶対いい意味での有名じゃないよね!?


 実際、学院長は苦笑気味にヴィル様に聞いて来た。


「で、どんな問題が起こったんだい?」

「こちらのタフェリナ・ローレル・レラ・デュバル嬢が、寮にて、寮監のルワーズ女史に、屋根裏部屋に案内されたそうですよ」

「何?」


 ヴィル様、わざわざ区切って強調して言ってるよ。その辺りに、この人の怒りが表れている。


「さらに、ルワーズ女史は彼女に対し『部屋があるだけましだと思え』『どうして学院長は妾の子を入学させたのか』とも言ったそうです」

「ほう?」


 おっと、麗しの学院長様のご機嫌が大分斜めな様子。さっきヴィル様が口にした言葉は、学院長の能力を疑うような内容だったからね。


 まあ、実際に言ったのは女子寮の寮監だけど。


「お尋ねしますが、いつ、彼女がデュバル家の庶子になったのでしょう。学院には、『タフェリナ・ローレル・レラ・デュバル』が庶子であると、そうデュバル家から届け出がなされているのでしょうか?」

「すぐに確認させる。それと、ルワーズ女史をここへ」


 なんか、話が大きくなってきてないかね? 大丈夫か? これ。


 そっと隣を窺うと、ヴィル様もコーニーも同様に怒ってる。ヴィル様にとって、私はコーニーの友達だし、もう一人の妹のようなもの。


 コーニーにとっては、私は幼馴染みで気のあう友達だ。これだけでも二人が戦闘態勢に入る十分な理由になる。


 ペイロンの血筋は、決して身内を見捨てない。


 そのまま部屋で待っていると、大きな本を抱えた職員がやってきた。


「こちらが今年の新入生に関する書類一式です」

「ご苦労。……ふむ、確かにデュバル家からは娘が二人、入学しているね。だが、どちらの名も『タフェリナ』としか入っていない」

「え?」


 もしかして、あの父、腹違いの娘二人に同じ名前つけたの!? しかも、タフェリナとしか届け出ていないって……


「意図的ですね」

「だろうな。その上で、庶子の娘に父親が付き添っていれば、そちらが正妻の娘と思われるだろう」


 つまり、届け出に嘘は書いてませんよー、ちょっと周囲が誤解しちゃったかもしれないけど、自分達から「こっちが正妻の娘ですー」とは言ってませんよーって事?


 セ、セコい……


 デュバル家の娘に関する書類のページを開いたまま、学院長が渋い顔をする。


「しかし、こちらの記載がこれとなると、王宮に届け出ている名簿にも、同様の事が起こっている可能性がある」

「そちらは、伯父が確認していると思います」

「ペイロン伯か。ならば陛下が対応していらっしゃるだろう。伯は、こちらに来るのか?」

「おそらく。単独でかどうかは、わかりませんが」

「ふむ」


 学院長、こちらにわからない話をヴィル様としないでいただきたい。あと、笑い顔が二人とも真っ黒なんですけど。怖いよ?


 くつくつと笑う二人に背筋が寒い思いをしていたら、女子寮寮監のルワーズ女史がやってきた。


「学院長、お呼びと伺いましたが……」


 入ってきて、こちらを見た途端顔をしかめるの、やめてくださる? 隣のコーニーの怒りゲージが振り切れそうなんで。


「ああ、ルワーズ女史。我が学院は、いつから入学生を差別する場所になったのかね?」

「はい?」


 言われている意味がわからないといった風の女史に、学院長は重ねて問う。


「庶子の身分であれ、入学が許可された時点で我が学院の生徒だ。確かに学院内で身分にまつわる上下関係が発生しているのは認めるが、職員が差別をしているなど、聞いた事がないし、厳しく取り締まっているはずなのだが?」

「それ……は……はい……」


 女史の顔色が、段々と悪くなっていく。ここに呼び出された理由に、やっと思い至ったらしい。


 たかが庶子と侮っていたら、最強戦闘民族に守られて反撃しにやってくるなんて、誰も予想しないだろう。


「さて、ルワーズ女史。君はここにいるタフェリナ嬢に寮内でどの部屋を割り振ったのかね?」

「そ……それ、は……その……」


 おおう、学院長もネチネチと凄いなあ。ヴィル様もコーニーも、平然として出されたお茶を飲んでるし。


「寮内の部屋は、全生徒に割り振っても問題ないだけの数が用意されている。また、寮生に過不足なく部屋を割り振るのも、あなたの仕事だ。違うかね?」

「学院長の、仰る通りです……」

「では、もう一度聞こう。ここにいるタフェリナ嬢に、寮のどの部屋を割り振ったのかね?」

「や、屋根裏部屋です……」

「はて? 寮の部屋に屋根裏部屋はあったかな?」

「ありません! わかりました! 今すぐ別の部屋を用意します! それでいいんですよね!!」

「いい訳があるか」


 学院長の、静かだけど力のある一言に、ルワーズ女史が小さな悲鳴を上げた。


「謝罪もなしに、新たに部屋を割り与えるからそれでいいだろうと? 君は自分がやった事がどういう事か、本当に理解しているのか? 君の行動は、見ようによっては王家への反逆の意思有りと取られるのだぞ」

「そ、そんな……」

「貴族学院の学院長に、代々王族が就く意味を考えた事があるのかね? 全ては王国の未来の為だ。だからこそ、この学院は王家の意向の元設立されている」

「わ、私は――」

「寮監という立場をはき違えたな、ルワーズ女史。君は今日限りで罷免する。二度と我が学院に立ち入らないように」

「お、お待ちください学院長! わ、私はデュバル伯爵に言われてその通りにしただけでございます!」


 なぬ? デュバル伯爵? それ、うちの父の事じゃない?


 思わずコーニー達を見ると、彼女達もこちらを見ている。


「伯爵が、何と言ったのだ?」

「あ、あれは我が家の庶子で恥だ、通常の学院生と思わなくていい、だから部屋はうんと粗末な場所にしてくれ、と……」


 父自ら、私の事を「庶子」と言ったのか……


 親愛どころか情のかけらすらない相手だけど、はっきり出自までねじ曲げられたと知るのは、ちょっとくるね。


 大体、庶子を家の恥と言うなんて。その恥を生産したの、あんただろうが。本当、浮気する男ってどうしようもないな!


「だからといって、ろくに確かめもせず、言われた通りに屋根裏部屋に通すとは。やはり君は当学院の職員には不適当だな。罷免は撤回しない。すぐに荷物をまとめなさい。当然、紹介状も出さない」

「お、お待ちください学院長! お願いです! お慈悲を! お慈悲をおおおおお!」


 叫びながらも、ルワーズ女史は部屋から引きずり出されていった。学院内に、武装した兵士がいるんだ……


 まあ、貴族の子女を預かるんだから、それなり警備は厳しくしてるんだろうね。

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