第3話 迷子になりましたよ

 さて、私は本日一人で王都の散策に出て来ております。街歩き用に作ってもらった可愛いワンピースを着て、帽子を被って。


 意気揚々と侯爵邸を出たのに、現在どこを見ても、人とか石壁しか見えない。


 ここ、どこー!?


 ほんの数時間前の自分をぶん殴りたい。コーニーに「王都に一人で出て大丈夫?」って心配されたのに、平気平気大丈夫大丈夫なんて言った自分を!


 今! 見事に! 迷子になってます!!


 いや、魔法を使えば簡単に居場所がわかるんだけどさ、王都に来てコーニーに最初に注意されたのが「王都では許可を受けないと魔法を使ってはいけない」だったんだ。


 何でも、王都のあちこちに魔法を感知するセンサーが仕込まれていて、許可を受けた魔法以外はすぐにとっ捕まるんだって。


 そのセンサー、作ったのペイロン領にある魔法研究所だよ! しかもアイデア出したの私だよ!


 まさかこんなところで、自分が作った道具に苦しめられるとは!


「どうしよう……」


 今いるのは貴族街のどこかっていうのはわかる。貴族の屋敷はどこも一区画全てを使って建てられているから、一目でわかるんだ。


 でも、ここから大通りへ出るのが難しい。


「おかしい……何で大通りに出られないのよ……」


 まっすぐ進めばいいだけのはずなのに。前を向いても後ろを向いても、同じような景色が続くせいで、大通りに近づいているのか離れているのか判断出来ない。


 それに、さすがに街中を歩きすぎて、疲れてきた。今はいてる靴は、ペイロン領で使っていたのとは違い、大変華奢なデザインのもの。


 当然靴底も薄くて、石畳からの衝撃がダイレクトに響きます。いや、お嬢様用の靴って、歩く事を想定して作られてないから。


「余所様の邸宅の脇だけど、ちょっとお借りしよう……」


 壁に寄りかかり、少しだけ出っ張ったところに座るようにしてしばし休憩。


 見上げた先には、厳めしい感じの建物。一区画同じ外観をしているから、ここも貴族の屋敷なんだろうなあ。


「そこで何をしている?」

「ほえああ?」


 い、いきなり耳元で声がしたんだけど!? 慌てて振り向いたら、随分と見た目のいい男性が立っている。あれだ、イケメンって奴だ。


 黒い軍服っぽい服にマント、日に輝く金髪の髪はさらさらで、ちょっと長目の前髪が妙に色っぽい。あ、瞳は緑だ。


 背、高いなあ。まあ、私の身長が高くないからってのもある。


 私は、決してちびではない。私はまだ、十三歳なのだ。これから成長するのだから、まだ焦る時期ではないのだ。


 黒服のイケメンは、眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしている。ちょっと、殺気立たないでくれます? 魔物相手で慣れてるけどさ。自分に向けられるのは、やっぱり気分がよくない。


「そこで何をしていると聞いている」

「休憩してました」

「はあ?」


 おや、先程までのピリピリした空気はどこへやら、何だか呆れている様子だぞ?


「何故、こんなところで休憩を?」

「歩き疲れたので。あの、ここどこら辺ですか?」

「知らないのか? いや、そんなはずは……」


 何やら、黒服のイケメンがブツブツ呟いている。いや、ここがどこかなんて知らないし、教えてほしいくらいなんですが。


「私、王都には出て来たばかりでして。大通りはどちらでしょう?」

「大通りなら、この道をまっすぐ行けば出られるが」


 なんと! 逆方向に歩いていたらしい。もう、これだから人工物だらけの街は嫌いだよ。森なら迷わないのにさー。


「あっちですね、ありがとうございました」

「待て! 大通りのどこに用事がある?」

「アスプザット侯爵邸に。そちらでお世話になってるんです」


 言ってる間に、教会の鐘が鳴った。やべ! この鐘が鳴り終わるまでに帰れって言われたのに! 今からじゃ、どうあがいても遅れる!


「あああああの! 私、急いでるんで!」

「少し待て。今馬を……ああ、イエルか。悪いが、それを借りていいか?」

「ん? あれ? まだここにいたのか? ってか、馬を使うって、何で?」


 呼びかけられた方は、白い服を着てる。黒髪で、濃い色の瞳。こっちもイケメンだな。


 それにしても、着ている服がイメージと真逆なのはなんで? 金髪の方が白い服着そうだし、黒髪の方が黒服着そうなのに。


 髪の色だけで見てます。ごめんなさい。


 何故か黒服と白服のイケメン二人が、馬に乗ってこちらに来る。


「乗りなさい。アスプザット侯爵縁の者なら、このまま帰す訳にはいかない。侯爵邸はここからは少し距離がある」

「送っていくよ。いくら治安のいい王都でも、身なりのいいお嬢さん一人で歩くものじゃない」

「いえ、大丈夫です」


 送ってもらう程じゃない。それに、身なりがいいとはいえ、中身はペイロンの戦闘民属脳筋科だ。十年もあそこにいると、そうなるのよ……


 そう思って断ったのに。


「素直に言う事をきくように」

「え? いや……ってええええええ!?」


 道さえわかれば一人で帰れると言おうとしたのに、馬の上から腕が伸びてきた。


 と思ったら、あっという間に馬上に引き上げられてイケメンの腕の中。この黒服イケメン、凄い腕力じゃね?


 馬上で目を白黒させていたら、隣の白服イケメンが呆れている。


「お前……女の子はもう少し、丁寧に扱えよ。そんなだから縁談が次から次へと壊れるんじゃないか」

「余計なお世話だ。大体、縁談を望んだ覚えは一度もない」

「ああそうかい。お嬢さん、諦めてくれ。こいつはこういう奴なんだ」

「馬に馴れていないなら、口は閉じておけ。舌を噛む事がある」


 馬は乗り慣れているけど、横向きで乗せられているから、普段と勝手が違う! 乗馬服、ペイロンの乗馬服をプリーズ!




 結局、そのまま馬に乗せられて運ばれました。うう、姿勢が違うと使う筋肉も違うらしく、あちこちが疲れてる……


 侯爵邸に到着すると、玄関に出て来たのは白いおひげがチャームポイントの執事ヨフスさん。


 彼と一緒に出てきた従僕の二人が、私を馬の上から下ろしてくれようとしたんだけど、何故か黒服が拒んでる。


 内心首を傾げていたら、本人が下りてから私を下ろしてくれましたよ。最後まで面倒見たかったんだね。ありがとうございます。


 下ろしてくれたのに、まだ手を握ったままなのは何故? はてなと思って相手を見上げたら、こちらをじっと見ていた。


 何か、変な事をしたかな?


「騎士様?」


 ヨフスさんの声に、やっと黒服イケメンが動く。


「こちらの家に縁の者を連れて参った。家人にお伝え願いたい」


 言い終わってから、私をヨフスさんに引き渡した。口を開いたのは黒服のみ。白服は面白そうに馬上からこちらを見ている。


「これは、黒騎士団と白騎士団の方ですね。少々お待ちを。主は不在でございますが、若君がご在宅です」

「いや、良い。では、しかと送り届けたぞ」

「あ、ありがとうございました……」


 連れてきてくれた事には、素直に感謝してる。ただ、いつもと違う状況に、ちょっと声がよれていたような気が。


 黒服は颯爽と馬に乗り、白服と共に通りの向こうへと消えていく。はあ、何だか疲れた街歩きになっちゃった。


 まーいっかーと思っていたら、ヨフスさんがにっこりと微笑む。


「お帰りなさいませお嬢様。先程から、伯爵様がお待ちでございます」


 うひい! 伯爵の説教だー。


 逃げたかったけど、ここで逃げると後が怖いのは知ってる。結局、おとなしく出頭して伯爵から大きな雷を落とされる羽目になりましたとさ。




「という事がありまして」

「もう、だから一人で大丈夫かって聞いたじゃない」


 やっと伯爵の説教から解放されて、ただいまコーニーと一緒に夕飯前の軽いお茶の時間。


 本当にお茶を飲むだけで、茶菓子はなし。食べたら夕飯、入らなくなるもんね。


「でも、黒い騎士服で金髪のいい男ねえ……多分、フェゾガン侯爵家のユーイン様だと思うわ。彼と親しく話していたっていう白い騎士服は、イエル様ね。あちらは伯爵家。どちらもヴィル兄様とは同学年で、今年卒業されたばかりだわ」


 そういや、そんな名前で呼んでいたような。ヴィル様と同学年かー。あ、だから

「アスプザット侯爵家縁の者をこのまま帰す訳にはいかない」って言ってたのか。そりゃ元同級生の関係者だもんな。


 にしても。


「侯爵家の人なんだ。そんな家の人が、騎士団に入るの? あ、近衛とか?」

「近衛は金獅子騎士団よ」


 なんと、制服は赤地に金の飾りが入る、大変派手なものらしい。目立つ事が犯罪抑止にも繋がるそうだ。騎士団も大変だね。


「黒い騎士服は黒騎士団?」

「正確には黒耀騎士団ね。王都とその周辺警備が専門なの。白い騎士服の方は、白嶺騎士団。特に担当の場所はないけど、三つの騎士団に魔法の専門家として参加しているわ」

「三つ? 金と黒と白?」

「白はこの場合数に入らないわよ。残りの一つは王城警備が担当の銀燐騎士団。王都で騎士団と名乗るのはこの四つだから、覚えておくといいわ」


 全部色が付いてるんだねー。王都守護が仕事の黒耀騎士団の仕事は、警察と軍を混ぜたような感じらしい。


 何せ王都だし、事件や事故を起こすのも庶民とは限らないんだとか。貴族相手だと、国王から直接権限を委譲されている騎士団でないと対応しきれないんだって。


「王都での犯罪って、庶民のみの組織は少ないらしいの。大抵下級貴族が、偶に高位の貴族が関わっていて、隠蔽するんですって。厄介よねえ」


 高位貴族が絡む犯罪は、高額の資金が動く場合が殆どで、捜査にも気を遣うそうな。


 はあ、王都は魔物のいるペイロンよりも危険な場所かもしれない。


「ユーイン様がいたって事は、レラは黒耀騎士団の本部まで行ったんじゃないかしら」

「本部?」

「ええ、灰色の、厳めしい建物よ」


 そういえば、目の前にあった建物はそんな感じだったっけ。でも、あの黒服のイケメンことユーイン氏は、私の背後から現れたんだけど。


「多分、本部に帰る途中でレラを見つけたんじゃない? 王都の子供なら、誰だってあの付近に近寄ろうとはしないもの」

「また子供って」

「未成年なのは本当でしょ? 学院在学中に十五歳になったら、社交界デビューして大人の仲間入りよ。それまで我慢なさい」

「げー」


 やだわー、そんな場所に行くなんて。コーニーには口が悪いって怒られたけど、右から左に流して置いた。


 でも、そうか。この世界の成人は、十五歳なんだね。

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