第2話 王都到着です
ペイロン伯爵領から王都までは、馬車で約四日の道のり。馬で早駆けすれば、何とか一日半でつけるかなーってところ。
「レラ、いい加減機嫌直せって」
「不機嫌にもなりますよ。いきなりこんな……」
私の不機嫌の原因は、着慣れないドレスを着せられているせい。ペイロン伯爵領では、兵士の服にちょっと手を入れたような軽装で過ごしていたから、コルセットでギチギチに締め上げるドレスは苦しくて仕方ない。
「てかこんなの、いつの間に仕立てたんですか?」
「ああ、シーラが必要になるっていって、今年の夏場に仕立てさせたんだよ」
「シーラ様の裏切り者ー」
あの人も、ペイロン伯爵領にいる間はほぼ男装なのにな。ご本人が妖艶な美女だから、男装してもお色気ムンムンで、周囲を悩殺しまくってたっけ。
本当、あの美人と目の前の四角い人が兄妹って、今でも信じられないわ。
そのシーラ様が、私に黙ってドレスを仕立てていたなんて……
「まあ、あいつもお前に知られると嫌がられるってわかっていたから、黙っていたんだろうよ。実際、なきゃ困っただろうが」
「う……それを言われると……」
さすがに王都で貴族学院に行くのに、いつもの軽装でって訳にはいかないのは私もわかってる。わかってるんだけど!
馬車は順調に街道を進み、やがて王都に入った。
「ここが王都……」
「覚えていないか?」
「そうですね。家から出たのは、ペイロンに行く時だけだし」
初めて家から出たのが、追い出された日だったんだよねえ。あ、そういえば。
「伯爵、デュバル伯爵家に行かなくてもいいって、本当ですか?」
「本当だ。俺は正式なお前の後見人だからな」
良かったー。追い出された家になんて、行きたくもない。
ペイロン伯爵家はほぼ領地から出ない家なので、王都に邸は構えていないらしい。
ここに滞在する時は、アスプザット侯爵の厚意で、あちらの王都邸に滞在するそうな。
「と言うわけで、レラの滞在先もそこな」
「はーい」
アスプザット侯爵家なら、問題ないや。
王都に入った馬車は、大通りをそのまま東に進んでいる。突き当たりに見える大きな建物が、王宮だそうだ。
「王都はあの王宮が先に造られたんだよ。で、周囲を区画整理して貴族の屋敷を建て、その反対側に庶民の暮らす場所が造られた」
最初から計画的に街をデザインしてるんだね。だから道がまっすぐなんだ。
「王都は建物が綺麗に並んでいるから、逆に迷いやすいぞ。気を付けろよ」
「そうなんですねー」
大通りの両脇には、建物がびっしりと並んでいる。その通りと直角に交わる道が、何本も横に伸びていて……
これ、碁盤状態だ。ああいうのって、東洋風だと思っていたのに、異世界で見る事になるとは。
よもや私以外にも転生者がいた!? ……まあ、おかしくないか。ペイロンも通称「脳筋の里」って言われてるし。
絶対昔にいたよね? 日本からの転生者。
侯爵邸は、王宮のちょっと手前の大通り沿いにあった。
「さすが侯爵家。王宮がもうすぐそこですねー」
「アスプザット家は、古くからの家系だしな」
ペイロン家も、そこそこ古い家系のはずなのにねー。だからこそ、シーラ様がアスプザット家にお嫁に行ったんだし。
お屋敷は街中の建物らしいデザインで、周囲の景観にも溶け込んでいる。いやー、いいねえこういうの。前世ではテレビでしか見た事ないけど。
馬車が停まったと同時に、玄関の扉が開いた。使用人がお出迎えしてくれるとか?
「伯父様! レラ! ようこそ王都へ!」
違った。コーニーがお出迎えしてくれたよ。背後には、彼女の兄であるヴィル様とロクス様の姿も。
コーニーは綺麗な黒の巻き髪を揺らしながら、満面の笑顔で駆け寄ってくる。相変わらず綺麗な子だ。
「今年の夏は来なかったから、一年と少しぶりか? 元気そうで何よりだ、コーニー」
「あら、私ももう学院に通う淑女ですのよ? そうそう脳筋の里に遊びに行くものではないわ」
「そ、そうか」
可愛がっている姪にすげなくされて、ちょっと伯爵がしおれてる。コーニー、わかっててやってるな? 小悪魔め。
彼女は満面の笑みでこちらに向き直る。
「久しぶりね! レラ。元気だった?」
「うん、すっごく。でも、このドレスのせいでちょっと疲れてる」
「早く慣れなさいな。王都でペイロンのような軽装をしていたら、あっという間に捕まって牢屋に入れられてしまうわよ?」
「そうなの?」
たかが軽装でいた程度で捕まるとは、王都とはなんと恐ろしい場所なんだ。やっぱり来るんじゃなかった。
そう思っていたら、コーニーの背後から笑い声が聞こえる。
「嘘だぞ、レラ。コーニー、レラは単純なんだから、欺すんじゃない。すぐ信じるだろうが」
「え? 嘘なんですか? ヴィル様」
「僕達の妹は、可愛がっている相手の事はいじめる悪い女だからね」
「あー、わかります、ロクス様」
ヴィル様は今年学院を卒業されたって伯爵が言っていたっけ。十八歳の彼は、ストレートの長い黒髪を背後で緩くまとめている。長目の前髪は、邪魔じゃないのかな。
紳士用の服をしっかり着こなしている今はそう見えないけれど、この人脱いだら凄いんです。筋肉で。
魔法も使いこなすけど、大剣で大型の魔物を一掃する姿は、ペイロンでも尊敬のまなざしで見られる程。強いよー。
次男のロクス様は、軽く癖の入った髪を男性にしては長目に整えている。彼は細身の剣を使うけど、攻撃はもっぱら魔法。でも、一番の武器は知略だと思うわ。
魔物の特性を調べ上げ、その種族に適した追い込み方で魔物を狩る。一番敵に回したくない人でーす。
コーニーも、ペイロン伯爵領では魔物討伐に参加する。彼女は完全魔法タイプ。その技が多彩で、研究所の魔法士達も舌を巻く程。
でも、彼女の将来の夢は可愛いお嫁さんなのだ。私だけが知っている。そしてあのドリルな縦ロールを毎晩巻くのにも、魔法をつかっているのだ。
玄関先で兄二人に酷評されたコーニーは、頬をぷくっとふくらませた。
「まあ、お兄様方ったら。ヴィル兄様、すぐに嘘だと教えてしまっては、楽しめないではありませんか。ロクス兄様も、私は悪女ではなくってよ」
「お前は私達にとっては可愛い妹だよ。それは変わらない。なあ、ロクス」
「そうですねえ。でも、レラを欺すのはやっぱりよくないよ」
なんだかんだで、仲がいいんだよね、ここの兄妹は。
侯爵夫妻は不在だそうで、代理でヴィル様がペイロン伯爵と話をしている。私の王都での後見役を、アスプザット侯爵家に一旦移すんだって。
居間で話している二人とは少し離れて、私はロクス様とコーニーといる。
それにしても、少し見ない間にヴィル様ってば大人になったなあ。ほんの少し前まで、魔の森で勝手気ままな行動ばかりしていたのが嘘みたい。
にしても、なんか気になるワードが出て来てるんですけどー?
「俺は基本、領地を離れられん。王都でのレラの事、くれぐれも頼んだぞ」
「了解。うちの両親からも言われてるしね。学院にはロクスもコーニーもいるから、心配いらないだろ」
「心強いばかりだよ。……向こうの娘の情報は、何か聞いてるか?」
「金を積んで、許可証をもぎ取ったってさ」
「学院長からか?」
「いや、特例扱いで副学院長にねじ込んだらしいよ」
「バカな事を……まあ、一度出した許可証が覆る事はないから、致し方ないか。まだ十三歳。社交界にも出ていないのでは、顔もわからんか」
「それらしい娘を連れて、余所の茶会や私的な園遊会に出ているらしいぜ。ただ、うちの周囲にはさすがに連れてこないようだけど」
「一応同じ派閥、遠縁なんだがな……」
「レラが伯父上のところにいるからだろうね」
んん? 私の事?
「ちょっとレラ。お兄様達の事はいいから、ペイロンでの事を話してちょうだい」
「あ、うん。今年はいい糸がよく取れてるよ」
「そうなの? それって……」
「いくつか布にして持ってきてるから、後で渡すね」
「きゃあ! ありがとう、レラ」
魔物素材の中でも、蜘蛛型の魔物が吐き出す糸は蜘蛛絹と呼ばれて、王都の貴婦人方にも大人気だ。
蜘蛛は人間と契約をし、餌をもらう代わりに糸を生み出す。言ってみれば、WinーWinの関係だ。
特に今回持ってきた蜘蛛絹は、最上級と呼ばれる糸を織った品だから、王都で暮らすコーニーのお眼鏡にもかなうでしょ。
その他にも、今年の夏に討伐された魔物の中で、どれが一番多かったとか、それが一番大型だったとか、誰がそれを討伐したかなどを話していく。
……これ、どう考えても普通の貴婦人の会話じゃないよね? まあ、コーニー達も、ペイロンの血筋だからいっかー。
そうは見えなくても、基本戦闘民族なんだよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます