第1話 捨てられました

「はっはー! やっと倒したよー!」


 目の前に転がるのは、本日やっと倒したこの森のサル型の魔物ペイロンヒヒ。いやあ、硬かったわあ。


 先日考案して、頼んで作ってもらった鋼鉄製の鏃、いくつ潰しただろう。でも、おかげでこうして無事討伐出来たんだから、よしとしよう。


「にしても、本当でかいわ……」


 思わず呟いたら、周囲からも似たような声が聞こえる。


「すげえな、あれ倒したとか」

「しかも単独でだろう?」

「お嬢、怖い物なしだな」

「移動陣のおかげで、森の奥ででかい魔物を仕留めても、一瞬でここに戻ってこられるしな」

「その移動陣の開発にも、お嬢が手を貸してるってよ」

「本当かよ……」


 ここはペイロン伯爵領に接している広大な森、通称「魔の森」の入り口にある広場だ。


 周囲にいるのは、魔の森に入る事が許された腕利き達。彼等も今日の成果を自慢し合っていたのに、私が戻った途端、あれだよ。


 まあでもお? ペイロンヒヒを狩れる人間はこの領とはいえ少ないからあ? 当然の事かもしれませんけどお?


 ふっふっふ、自慢しちゃうぞー!


 上機嫌でいたら、呆然とした声が聞こえる。


「おいおいおい、本当に倒したのかよこれ……」


 大柄なこの男性、ペイロン伯爵領を治めるペイロン伯爵ケンド・ノプデス卿その人だ。


「えー? 疑うんですか? 伯爵」

「いや、そうじゃなくてな……はあ……」


 溜息を吐く伯爵は、大柄な体を縮こまらせている。そんなに困るような事かなあ。


 確かに、これだけの魔物になると、滅多に森の外縁部までは出てこないし、無理して狩らなくていいって話だけど。


 でも、この毛皮や爪、牙、内臓はいい素材として高値で取引されるって聞いてる。


 売ったお金は私の懐にも入るけど、税金として領にも入るんだから、伯爵としては嬉しいはずなんだけどなあ。


「ともかく、ペイロンヒヒを倒したんだから、森に入る際の深度を進めていいですよね!?」


 私の野望の為には、この森を踏破出来なくてはならない。その為にも、さらに森の奥深くへ入る必要があるんだけど、なかなか許可が下りなくてね。


 今の私に許された深度は四。これを五に進めるだけで、かなり違うんだけど。森で動ける範囲も、出てくる魔物の強度も。


 だから、このペイロンヒヒを狩ったんだから。伯爵が言ったんだよ? ペイロンヒヒを単独で狩れるようになったら、深度を五に進めてもいいって。


 なのに……


「それなんだがな。レラ、お前さんには王都に帰ってもらう」

「え?」


 目の前の伯爵が、何を言っているのか理解出来ない。なんで、今更王都に帰るの?




 私がこのペイロン領に来たのは、前世の記憶が戻った三歳の頃。どうやら、記憶が戻ると同時に熱をだしていたらしく、それが引いた途端馬車が仕立てられて、ここに放り込まれたんだ。


 いやー、あの時はびっくりしすぎてなすがままだったね!


 何故私がここに連れてこられたかって言ったら、高熱上げてる間に魔力がいきなり増えて、見た目が変わったからなんだって。


 生まれた時は、栗色の巻き毛に焦げ茶の瞳だったそうな。それが今じゃ、青みがかった銀髪に、深い青い瞳だからね。そりゃ親もびっくりするだろう。


 びっくりしすぎて、私を実の子と認識出来なくなったんだとさ。


 で、魔力が増えて外見が変わった娘を、遠縁であり魔法関連に詳しいここペイロンに送ったという訳。体のいい捨て子だよな。


 でも、ここで育って良かったと思ってる。あのままあの家にいたら、多分精神病んでたから。


 家を出される時の、家族や使用人達の目を、今でも覚えている。それくらい、酷いものだったから。


 はっきり口に出して「化け物」と言ったのは、年齢からして多分兄に当たる子。それ以外にも、気味の悪いものを見る目や、怖いもの見る目ばかり。


 でも、ここに来たらそんな視線は一つもなかった。逆に増えた魔力を歓迎され、魔法の正しい使い方も一から教えてくれた。


 おかげで六歳になった頃にはいっぱしの魔法士として魔の森に入れるようになったんだ。伯爵は嘆いていたけど。何でだろ?


 他にも、魔法を研究している場所で色々とアイデアを出し、いわゆる魔道具と呼ばれるものを作った。


 重い荷物や大きなものを一瞬で移動させる「移動陣」も、私が出したアイデアが元だよ。


 いや、自分が欲しいものをあれこれ言っていたら、みんなが頑張って作ってくれたんだけど。


 おかげで、森での討伐が楽になったと喜ばれている。倒した魔物、全部持って帰れるからね。


 他にも携帯型のテントやトイレ、シャワー、移動用の乗り物などなどなど。いやあ、よく作ったもんだ。


 ともかく、私がここに捨てられてから、約十年が経過した。現在私は十三歳。


 七年魔の森に入って魔物討伐を頑張っていたのに、何故今になって王都に行けなんて言われるんだろう。


「不満そうだな」

「当然だと思いますけど」


 魔の森入り口から場所を移して、ペイロン伯爵の居城ヴァーチュダー城の一室にいる。


 石造りの無骨な城だけど、対魔物の最前線にある軍事施設でもあるから、仕方ないね。


「相変わらず年に似合わない対応だなあ」


 ぼやく伯爵に、内心びくつく。そりゃあね、中身は十三歳とはとても言えないから。前世の記憶は割と曖昧だけど、社会人だった事は確か。


 あれ? って事は、私の中身は三十オーバーって事に……いやいかん。考えちゃダメだ。


 それはいいとして、今は目の前の王都行きの方が問題だ。


「なんでいきなり王都に帰る事になるんですか。もうここに来て十年ですよ? 実家だって、私がいない状態が普通になってますよ」

「それはそうなんだが、王都に帰ってもらわないとならない理由があるんだよ」

「何ですか? その理由って」

「これだ」


 伯爵が差し出したのは、白地に金の飾りが入った大きめの封筒。前世感覚でB6くらい。


「これがどうかしたんですか?」

「これは王都の貴族学院への入学許可証だ」

「きぞくがくいん? 何それ?」


 おいしいのかな。


「国内の貴族子女が十三歳から十八歳まで、通う事を義務づけられている学校だ」


 違った、おいしくなさそうだ。


「この入学許可証は学院長が出すもので、これを受け取った者は必ず学院に入らなくてはならない。必ずだ」


 そんな重ねて言わなくても。


「それ、私も行かなきゃダメって事ですか?」

「そう言ってるよな?」


 そーですねー。伯爵の笑顔の圧が強くなってきた。テーブルに置かれた許可証とやらを、見てみる。


 中身は二つ折りのカード状態で、「タフェリナ・デュバルの入学を許可する」とだけ書いてある。


 うん、この名前は確かに私のものだ。ここペイロンではレラと呼ばれているけれど、正式名称は「タフェリナ・ローレル・レラ・デュバル」と長ったらしいんだよね。


「伯爵、王都に行きたくないです」

「行きたくないと言われても、俺はこの国の貴族家の当主として、期日までにお前を王都に送り届ける義務があるからな?」


 んな殺生な……でもこの笑顔の時の伯爵は、絶対に折れないって知ってる。


「どうしても、行かなきゃダメ?」

「どうしてもだ。そんなに嫌か? 学院」

「というより、王都が嫌いです」


 わずか三歳で追い出された実家がある場所。さすがに年齢が年齢だったから、覚えている場所なんてほぼないけれど。


 それに、王都に行ったらあの家に行かなきゃいけないんじゃないかと思うと……ね。


「レラ、学院には俺の甥っ子姪っ子も通ってるぞ」

「アスプザットのロクス様とコーニーですか? あれ? ヴィル様も?」


 コーニー、ロクス、ヴィルはそれぞれコーネシア、ロクスサッド、ウィンヴィルの愛称で、家族と親しい人以外には呼ばせていない。私は身内扱いだからいいんだー。


「ヴィルは今年卒業した。下二人はまだ在学中だな」

「そっか……コーニーもいるんだ……」


 アスプザットというのは、ここペイロン伯爵領の南に領地を持つ侯爵家で、伯爵の妹ヴィルセオシラ様がお嫁に行った家。


 先程から名前が出ているウィンヴィル、ロクスサッド、コーネシアの三人は、ヴィルセオシラ……シーラ様の子供達だ。


 三人の子供達を連れて、よくペイロン伯爵領に遊びに来ていたから、自然と付き合いがある。いわゆる、幼馴染みってやつだね。


 長男のヴィル様は無鉄砲、次男のロクス様はおっとりのんびり、末っ子長女のコーニーは上二人を口でやり負かす気の強い子だ。


 でも、三人とも母親に似て大変顔立ちが整っている。母譲りの黒髪と、父譲りの緑の瞳。コーニーは巻き髪も母であるシーラ様に似てる。


 同性という事もあって、私は彼女と一番仲がいい。そのコーニーが、先に学院に入っているというのは、心強かった。


 それに、さすがに十三歳で独り立ちは早いよね。せめて成人年齢までは、この国にお世話になるつもり。


 そうなると、国の方針には従っておいた方がいいね。


「しょーがない。行きますよ、王都」

「そうか! よし! じゃあとっとと荷物まとめて行くぞ!」

「ええええええ!?」


 伯爵、仕事早すぎいいいい!

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