作家とイラストレーターは知らないところで出会っている
いつも通りのお昼の時間。いつも通り屋上へつながるはずの階段を登る。ここだと誰もこないから気が楽でいい。
それに、通常なら開いていないはずの扉が空いているんじゃないかという期待感が胸を占めるから、嫌なことも苦しいことも忘れさせてくれる。
いつも通り、屋上のドアノブを回してみる。
ガッ
分かってはいるけど、やっぱり開かない。まあ、屋上にきちんとした鉄格子があるのなら屋上が立ち入り禁止になることはないだろう。だが、至って普通の高校にはそんな予算はない。それに、そもそも屋上に登ることのできる学校自体が珍しいのだ。
だから、開かないと分かっていて挑戦するのは無意味かもしれない。だけど、もしいつか開いたなら。そう思うと毎日でも試したくなってしまう。
そして、ここにくる目的はもう一つある。
それは、昼食を食べることだ。
本当なら教室とかで食べなきゃいけないんだろうけど、落ち着かないので、入学早々に探し当てたこの場所でいつもお昼を食べている。
「にしても、来週はテストか」
お弁当に入っている卵焼きを頬張りながら、孝は思わず呟いた。
学生作家として自立できる程度には売れているので、学校を辞めることも可能だ。
最初の頃はそんなことも考えていた。だけど、それをやらないのには理由があった。
簡単に言ったら学歴。もっと掘り下げるとしたら、箔をつけるため。
それ以上の理由はないし、別に暁人とだったらメールのやり取りもできる。
でも、最終学歴が中卒、もしくは高校中退は流石にやばいと感じたし、せめて大学ぐらいは出ようと思っていた。
元々、それなりに勉強ができるので、簡単に復習しておけば、それなりの点数は取れる。ただ、課題の提出をしなければならない上に、変に頭を使うのでその分疲れる。だから、テスト勉強は嫌いだった。
「あっ……。もうなくなっちゃったか」
そんなことを考えているうちに、いつの間にかお弁当の中身を食べてしまったらしい。時計を見ると、まだ一時十分前だ。
午後の授業は一時十分からなので、それまでの間、何をしていようかと一瞬考えて、図書室に行くことにした。
図書室に着くと、日向でうたた寝をしている生徒がいた。
スカートを履いているのでおそらく女子生徒。ネクタイの色から判断して、おそらくと同じ高二。よく見ると、ベリーショートの髪で、横には季節とは真逆の桜色をした可愛らしい眼鏡が置かれていた。そして、手には文庫本を持っていた。影になっていてタイトルはわからないけど、多分柳原出版だろう。本の裏側の表紙まで緑色の文庫本は柳原出版ぐらいだ。
この時、同じ学年の中でそんな格好をしている人を、孝は一人思いついた。
だが、交友関係が広いとはお世辞にも言えない孝は、顔を知っていても名前は知らなかった。
キーンコーンカーンコーン
呑気な音をしたチャイムが鳴った。これで適当に時間は潰せれた。が、目の前で寝ている彼女をどうしようかと悩む。
本来なら、起こすべきだろう。
だが、人見知りな孝にとって、初対面の人に話しかけることはかなり勇気がいる行為だ。そう思いながら、どうしようかと悩んだのと同時に、ガタッという、派手な音を立てながら彼女が起きた。
「やば!寝過ごした!」
そう言ったかと思うと、本を閉じてメガネを手に持って席を立った。
そして、寝起きで目が冴えていないのか、はたまた目が悪いのにメガネを手に持って歩いているせいなのか、迷いなく僕に向かって歩いて来た。
「ちょっ、ぶつか」
「あ、わああ」
そう言い終わらないうちに、彼女は僕にぶつかって来た。その衝動で、彼女が手に持っていた物が床に落ちた。
「え……」
「あ、すみません」
王道恋愛小説だと、ここからなんの捻りも事件もなく恋愛につながるのだろう。
だが、彼女が持っていた本は、僕が書いた本だった。しかも、つい昨日、うちに見本が届いたばかりのライトノベルものだった。
一瞬、この学校にも読んでくれている人がいることに驚くと同時に喜んだが、時間が差し迫っていることに気がついて、何をするでもなく、紳士のように本を渡した。
「えっと、これも落としましたよ」
本と共にメガネも落としたのか、彼女は眼鏡を一生懸命に探していた。すぐに探し当てた彼女は、今度はちゃんと眼鏡をかけて僕の方へ向き直った。
「しゅっみません」
「……あ、うん。別に大丈夫です」
「本当すみまって、時間がやばい」
言われて時計を確認すると、残り一分になっていた。
「それじゃあ」
そう言って,二人同時に図書室を出た。
懸命に廊下を走ったおかげで,五時間目の授業には間に合った。
まあ、ギリギリになって教室に入って来た孝を見た教師が心配してきたことと、
暁人がこちらをニヤニヤしながら見て来たことはまた別の話だ。
その日の授業を滞りなく終わらせた孝は、胸の中で燻る悶々とした悩みを解消すべく、件の図書室に向かった。
さっきの少女が向かった方向は孝とは逆。つまり、文系クラスということになる。
孝と暁人が通っている高校は、アルファベットのHに似た作りをしていて、真ん中の棟である一号館が図書室や職員室などの文系理系関係ない施設が入っている。そして、左側の棟である二号館には理系クラスが集まっていて、右側の棟である三号館には文系クラスと音楽室などの特別教室が入っている。
図書館に着くと、テスト前ということもあって、どこも早々に座られていたが、その中には彼女の姿はなかった。
今日はテスト前ということもあって、執筆活動はお休みさせてもらっている。
ちょうど新しいラノベの話も浮かんできたし、うちに帰ってそれでも考えていようかと思いながら、図書室を出た。
――寒い……
校舎から出た途端、冷たい風が体を震えさせた。手袋とかを持って来たらよかったと思った。駅までは十分近くかかる。早くつかないかなと思いながら、少し急ぎ目に歩く。
こんな寒い日なら、自分の書いている小説に登場するキャラクターたちはどんなことを考えるのか、どんなことをするのか。そんなことを考えているうちに、駅に着いていた。
適当に、人のいなさそうなところを選んで並ぶ。
寒々と吹き付ける木枯が寂しく思えた。
それは嘘ではない。
実際、段々と自然の生力が弱くなっていくのを感じる秋という季節。その終盤とくれば、どうしても寂しい感じが付きまとってしまう。
それなのに、駅のホームに溢れる人々の話し声や気配は、何故だか、あまり寂しさを感じさせてはくれなかった。
どうやったらこんな雰囲気を出せるんだろうと、少しだけ不思議になった。
その答えが出ないまま、孝はちょうどきた電車に乗った。
家に着くと、母さんも帰っていなかった。いつもの金曜日では考えられない時間に帰ってきたからかもしれないけど、少しの疎外感を覚える。
二階の部屋に行くと、少し散らかっていたので簡単に片付ける。貰ったゲラは一纏めにし、洗濯された衣類はタンスの中に入れる。ベッドの上も、掛け布団を整える。少し寒いのを我慢して、窓を開ける。外はちょうど陽が沈んでいるみたいで、空がオレンジに染まっていた。
少し外を眺めていると、携帯のバイブが鳴った。
通知を見ると、神谷さんからのメールだった。
件名からして、内容はテスト頑張ってくださいねということのようだった。一応何かしらの連絡がないかとメールを開く。
***
こんにちは。ちゃんと勉強してる?点数悪くて親に何か言われても知りませんからね!それで執筆作業が遅くなるのはあまり好ましくないんですよ。
まあとにかく、テスト頑張ってくださいよ!
ああ、それと、アヅマレン先生から孝君宛にメールが来てたので添付しておきますね。
追伸
何か原稿に関することで進展があったら、いつでも知らせてくださいね!
***
メールの本文は、いつも通りの神谷さんの口調をそのまま落としたようだった。
それにしても、いつもは手紙で送ってくるアヅマレンさんが、メールで何かしら送ってきたみたいだけど、なんだろう。
少し不思議に思いながら、添付されてきたメールを開く。
***
神谷さん、このメールはこのままくるコウ先生に回してもらえますか?
コウ先生、すみません。
私、今日出先で来月の新刊を一回落としてしまって、ある男性の方に拾ってもらいました。その時に、本当に少しなんですけど、中を見られてしまいました。発売前なのにすみません。
いつも私が小言を言っているのに、その私が失態を冒してしまったので、連絡させてもらった次第です。
本当にすみません。
あと、今までコウ先生の連絡先を知らなかったので、神谷さんを通してやり取りしてましたが、よろしければ、直接このアドレスにメールを送ってもらえますか?
ご検討の程よろしくお願いします。
***
読んだは読んだでいいけど、どう返したらいいか少し悩んでしまう。
多分、アヅマレンさんはこういうことをきっちりさせておきたい人なんだろう。
そういえば、来月出る新刊ってなんだったっけ?
夏休みの時に書き溜めた原稿を各月で出しているので、正直な話、どの話がいつ出るかを覚えていない。それに、出版される順番はアヅマレンさんが絵を書き上げた順に出るので、正直なところ分からない。それに、興味もなかった。
でも、この際だから、いつどの話が出るのかを確認しておくのも良いだろう。そう思って、神谷さんに電話した。
「コウくん、どうしたの?何か新しい話でも思いついた?」
「神谷さん、流石に秒で新しい話を思いつくほど、勉強から逃げてるわけじゃないんですよ?」
「分かってるわよ?」
一瞬、神谷さんが本当に分かっているか疑いそうになったが、そこは神谷さんだと割り切って本題に入ることにした。
「さっき送られて来たメールなんですけど」
「ああ、見ました?」
「はい。それで、この際だから自分の本がいつ出るのかを把握しておきたくて。予定でいいので教えてもらえますか?」
「いいわ。ちょっと待っててね」
そう言って、神谷さんがゴソゴソとしている音が聞こえて来た。
「コウくん?」
「はい」
「今分かってるのだと、来月のところで、ラノベのやつが出て、来年の一月にライト文芸のやつ。その次も同じで、三月にBLの新刊。ここまでは決まっているわ」
知らなかったけど、そんな順番で出るんだということに、今更ながら感動した。これで、Twitterとかをやっていたら毎月、宣伝をしているのだろうけど、SNS関係は得意ではないので、そういうことも出来ない。
そして、偶に柳原出版のホームページに載せるからと、コメントを書くよう求められるけど、どんな風に使われているのかも気になって来た。
ネット小説のサイトとかでは、随分前に一回だけ上げたことがあったけど、今は読む事しかしていないから簡単に宣伝も出来ない。第一、そのアカウントの名義はペンネームと違うものだから、色々と面倒臭いだろうし変えたくない。
「ありがとうございます。もしテストが終わるところまでに何か思いついたら、その時は連絡しますね」
「それって、何も思いつかないことのフラグですか?まあ、テスト頑張ってください。それじゃあ」
そう言って、短い電話は終わった。
ふと、だいぶ前に書いてネットにあげた小説を思い出した。
それは一匹の猫にまつわる話だった。
ある春の日、一人の男の子がある猫を見つけた。そして、その猫をうちで飼おうとしたけど、猫アレルギーの両親からダメと言われる。その次に、少年は近くに住む大学生のお兄ちゃんに相談することにした。すると、ネット上で呼びかけることを提案された。そのお兄ちゃんの手伝いのもと、猫の里親探しをささやかに始める。
だが、簡単には里親は見つからなかった。
そして、その年の冬、その猫は静かに眠りについた。呆気なかった死を見て、男の子はそれを詩にして呼びかけを行っていたサイトに掲載した。それを見たある女の子がそれを歌にして動画投稿サイトにアップした。
その動画はあまり有名になることもなかったけど、たまたま見つけた少年はその曲を聴いて思わずあの猫を思い出した。
悲しいだけで終わってしまう、落ちが見えにくい作風。
それは、今の作風とあまり離れていないけど、まだまだ拙い文章力で書き上げられたものだった。当時の僕はあまり集まらない閲覧数を見て、一時期はすごく落ち込んだ。
そういえば、そんな落ち込みから救ってくれたのは多分僕と同じくらいの年齢の子だった。その子は物語の中に出てくる少女が好きらしかった。そして、僕の作品が今まで読んだ中で一番キャラクターが生き生きとしていて、心の底から共感できる作品だって教えてもらった。そして、人生で初めて小説を読んで泣いたと言われた。
その言葉を聞いて、幼いながらも嬉しくなった。
さて、そろそろ陽も沈んで寒くなって来たし、閉めますか。何もすることないし、どうせだから勉強しよ。
こうして、孝はテスト勉強を始めるのだった。
***
コウ先生、本当にすみませんでした。
東 蓮は今日、学校で起こってしまった些細なトラブルについて、神谷さん経由で、早急にコウ先生ヘ知らせるべくメールを書いていた。今日拾ってくれた同学年らしい男の子には申し訳ないけど、あれは発売までは中を見せちゃいけなかった気がする。
いつもは自分が説教してしまっている立場。それなのに、自分の犯した失態について何も言わないのは流石に気が引けた。
そう思ってコウ先生に直接メールを書こうと思ったけど、よく考えたら、やりとりしているのは神谷さんとで、連絡先も知らなければ、実際に会ったことすらない。
それは別に構わないけど、逆に言えば、私が学生だってバレることも極力避けたい。多分、神谷さんは知っているんだと思う。ペンネームを変えたとは言え、柳原出版のイラスト賞で受賞してプロとして活動しているのだから、受賞時点での年齢は割れている。それは外部に出ないようにお願いしたけれど、神谷さんは私に連絡した時点で知っていたんだと思う。だから、少ししてから親の同意書なんて送られて来たんだ。
そういえばコウ先生ってどんな人なんだろ。
性別ってどっちなのかな?ていうか、年齢ってどのくらいなんだろ。
メールを送りながら考えていると、既に送れていたのか、神谷さんから返信が来ていた。
***
アヅマレン先生へ
了解です。
あとでコウ先生に送っておきます。それと、送らせてもらった本は、発売日まで中を見せないことがベストですが、中古販売として売らなければどう使ってもらっても大丈夫です。まあ、ネットに挙げたりするときは相談してもらった方がいいですが。
なのでアヅマ先生がそこまで心配する必要はないので大丈夫です。
それじゃあ、アヅマ先生もテスト頑張ってくださいね。
追伸
四月以降はまだずらせるので、満足のいくものを書いてくださいね。
***
「も」ってなんですか!
でも、よかった。
見せちゃダメで、これでクビになったらどうしようかと思ってたけど、杞憂だったみたいでよかった。
そう思いつつ、頭の中で終わっていないイラストを思い浮かべる。今原稿が上がっているのが確か、ライトノベルが三巻分。ライト文芸が六巻分。BLが一巻分。そのうち、一番納期が近くて終わっていないのはライト文芸のシリーズ物。BLは夏に出るし、ライトベルの方も夏までに出るものは描き終わっているし、もう出した。
そして、ライト文芸のイラストは口絵と表紙絵だけだから、多分すぐ描き終わる。
それに、納期は来月の中旬だから、問題無し。
「よし、心置きなく勉強しますか!」
アヅマレンから東 蓮に切り替えるためにも、カーテンを開ける。
「わー。きれいに空が染まってるな……」
窓の外の空は、綺麗な亜茜色に染っっていた。
思わず、写真に収めてしまう。
ピロリン
携帯の着信音が鳴った。振り替えると、パソコンのほうにもメールが届いているようだった。
開いてみると、知らないメールアドレスからだった。
だが、最後までざっと目を通した蓮は思わず飛び上がってしまった。
「え⁉︎まじ?コウ先生のメアドゲットしちゃったの?やばくない?」
一旦心を落ち着かせようとベッドに腰掛ける。
そして、スマホの方に届いているメールをもう一度読んだ。
***
アヅマレン様へ
こんにちは。いつもお世話になっています。
先生の絵をいつも楽しみにしながら執筆作業を進めています。今年の夏に原稿をたくさん書き上げてしまって、先生のご負担になっているのだろうなと思っています。それについてては、本当にすみません。
あと、
いつになるか分からないんですけど、ライトノベルの方で新しい話を始めることのなりそうです。その時にはご協力お願いします。
一ファンのコウより
***
これならなんだって許しちゃいますよ。
なんですか、この反則級に私の心を揺さぶるメールは!
この時、多分人生で一番心が張り裂けてしまいそうなくらい嬉しかった。
それもそうだ。だって、昔から好きな作家さんなんだから。その人本人から私の絵が好きだなんて言われたら、嬉しいに決まってる。
ていうか、今度からは気兼ね無く絵のリクエストとかを聞けるじゃん。いやいや、仕事は仕事として節度を持って接しなきゃ。ていうか、
なんでこんなことを考えてるの私。
スマホを安全なところに置いて、恥ずかしさのあまり足をジタバタさせた。
そして、一通りジタバタさせて疲れた足を労るように一回仰向けになった。
その後、喉が渇いたからお茶を取りに行こうとベッドから起き出した。パソコンの前を通り過ぎようとした時にメールの返信をしていないことに気づいて、急いで「これからもよろしくお願いします」の様な挨拶文を書いて送った。
送った後から実感が湧いてきて、メアドを貰えたことに嬉しくなって、休めようとして全く休まっていない足でぴょんぴょんと数回飛び跳ねた後、疲れて床に座り込んだ。
「ハァー…、ハァー…。ちょっとはしゃぎすぎたかな。ハハハ……」
少し疲れて逆に冷静になってしまった。
とりあえずお茶を取りに行こうとして立ち上がった。
部屋を出ようとしてドアノブに手をかけた時、
「あれ?なんでコウ先生は私のメアド知ってるんだろ……」
記憶の中を探しても思い当たる節がない。
「まあいいか。先生のお近づきになれたし」
ラッキーってことでいいか。お茶取りに行こ!
そう思いながら満面の笑みを浮かべて部屋を出た。
この時の蓮は衝動で書いてチェックもせずに送ったメールに、『あと、今までコウ先生の連絡先を知らなかったので、神谷さんを通してやり取りしてましたが、よろしければ、直接このアドレスにメールを送ってもらえますか?』と書いていることを忘れていたのだった。
***
「ハァ……。アヅマ先生も、思い切ったことしますね」
孝の担当になってから、ライトノベルの編集部から柳原大賞運営係に籍を置くことになった。
珍しく金曜日に自分のデスクにいる神谷は、送られて来たアヅマレン先生からのメールを見て、ため息混じりに愚痴をこぼす。人生でまあ縁のない類の謝罪を二度も体験したのだから、愚痴をこぼすのも無理はない。
そう自分に言い聞かせながら、一回目のことを思い出した。
やっぱりあのバカは許せないわよね。本当、あいつが好んで着てたフリルのあしらわれた青色のドレスを思い出した。
そもそも、書いた張本人の作家は見本誌を見ないことが多い。もちろん絵を見るために本をめくることはあるだろう。それに、少ないが、直っていないミスを見つけるために見直す作家さんもいるという話は聞く。実際にあったことはないけど。
だが、イラストレーターはまた違う。だから、見本誌が送られて来たら読みたくなるのは分かるし、ましてや好きな著者の作品なら読むだろう。
それにしても、なんでアヅマ先生はこうもまあ面白くツンデレなんだろ。
前に送って来た手紙だって、わざわざ素直な感想を書く用の
まあ、そこはアヅマ先生の勝手ですし、仕事さえちゃんとしてもらえれば文句はないんですけどね。
それに、見本誌を発売前に売ったなら怒りますけど、見本誌を落としたぐらいなら何もお咎めなんてないわよ。
「あの……、神谷さん?ちょっといいですか?」
「何よ?」
小説大賞運営係の部下である女の子が声をかけて来た。名前は……なんだっけ?まあ、分からないから仮名を『部下』にしておくか。
「審査結果の集計を持ってきました。確認お願いします」
「そんなの自分でやりなさいよね。私はそこまで暇じゃないの」
「分かりました。とにかく、一旦ここに置いておきますね。もう一度確認しておきますね。一応神谷さんに出す前に何回も確認したので大丈夫だとは思いますが」
「わかったわ。目は通しておくから。ほら、ちゃっちゃと仕事に取りかかりなさい」
「分かりました」
そう言って、部下は自分の席に戻っていった。
一応、私はこの係の係長になるらしいが、私は週末はいないし、そもそも、この係自体仕事が少ないので私も部下も、この係の仕事と一緒に編集業に携わっている。それが、私の場合は孝くんだったりするし、部下の場合は筆が遅い新人作家の担当らしい。まあ、
この係には大きな仕事なんてほとんど来ないからまあ楽と言えば楽だけど、いろんなレーベルの編集長と話しつけるのって結構大変なのよね。
そんなことを思いながら、チラッと時計を見ると、すでに午後の7時を過ぎていた。そして、携帯には夫からのラインが届いていた。
「あら、偶には気が効くじゃない」
ラインには、久しぶりに仕事が早く終わったから、ご飯を食べに行かないかと送られて来た。
「……あのさ、さっきから名前思い出せなかったんだけど、何君だったっけ?」
「悠木です。ほら、声優の悠木碧と一緒の名字だって言ったじゃないですか!」
部下改め、悠木さんがきっちりとリアクションを返してくれた。
「ごめんね?ほら、私、たいてい他のレーベルのところ行ってたり担当の子のところ行ってたりでここのデスクにいるのって、午前中じゃない?その時間は、あなたの担当の子を缶詰にしてるんだから、どうしても偶にしか合わないのよね」
「まあ、いいですけど。で、なんですか?」
渋々ながらも納得してくれたようでよかった。
そう思いながら、悠木さんに事情を話した。
「夫から久しぶりにご飯食べようって連絡が来たから、今日はもう帰るわね」
「ああ、そういうことですか。それなら、楽しんできてくださいね」
「うん。ありがとう」
手早く荷物を片付けて、神谷は退社した。
残された悠木は、一人だけの空間で淡々と粛々と残業をこなしてた。
「私だって、私だって、お一人様を早く卒業したいですよ!」
思わず悠木が嘆いてしまったことを、神谷はだいぶ経った飲み会の席で近くにいたあるレーベルの編集長から聞かされたのだった。
学生小説作家は何かと忙しい! 帳要/mazicero @magisero
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