第5話 魔獣の噂

この世界のお金を持っていない事に気付く正人の言葉を聞いて、やれやれと言う顔をするティナ


「あの串が食べたいの?」


ティナの質問にコクリと頷く正人

それを見てティナが串を三本買って、一本を正人、一本をメアリに差し出す。


「ありがとう!」


メアリがティナに言うと、ティナはにこやかに頷いて返す。

正人も申し訳なさそうに言う。


「あ、ありがとう」

「いいわよ、このぐらい。色々珍しい話も聞かせてもらってるし珍しい物も見られたし」


そう言って気にしないような態度を取るティナ

この世界も通貨がある事は事前のドローンによる調査で知っていたが、どのぐらいの価値の物なのかは分かっていない。

露店で売られている食べ物だから大した金額じゃないだろうとは思うのだが、それでも、そもそも奢ってもらっている事が申し訳ないと感じた。


「にしても、今後も無一文じゃあと二ヶ月困るな………何か俺でも出来る仕事は無いかな」


正人がボソッと呟くと、ティナが思いついたように言う


「仕事探してるなら、私が紹介しようか? 知り合いの食事処で人手が足りないって聞いたから」

「俺、料理なんて作れないけど……」

「大丈夫よ。給仕の仕事だから。そのぐらいは出来るでしょ?」


確かに現地の言葉も何とか理解できるようになって来てる今、給仕ぐらいは出来ると思った正人は、ティナの言葉に甘えてそこで仕事をすることにした。


『レストラン・ドンナ』


日本語風に言えばそういう店に案内されたのは、その直後だった。

活気がある店内は、いい匂いが漂っていて、客の入りも悪くないように見えた。

ティナが店主のドンナさんに合わせてくれて、異国から来て、事情からお金が無くて、ここで働かせてほしいと伝えると、さっそく手伝いを依頼される事になった。


メニューすら完全に理解できていないので、初日は注文を取るにもとても苦労するが、そう言えばブラックキャットの船内にタブレットがある事を思い出す。

翌日は全てのメニューをタブレットに記憶させ、ボタンタップでテーブル位置と注文を把握できるシステムを午前中に組み上げ、その夜からは猛烈な効率改善をさせた。

客は持っているタブレットが不思議に見えたが、魔法具の一種と言う事にしておいた。

この地方にはこんな魔法具は無いらしく、魔法具としてもとても不思議だと言われて、お客さんからも興味津々に質問をされた。

その事がちょっとした評判になり、店も今まで以上に繁盛。

ドンナさんも大喜びで給金を奮発してくれたりもした。


タブレットの電力は基本的にブラックキャットの重力反応炉を使って作っているので重力がある場所なら実質的に無尽蔵。

元々地球用に作った物なのでこの星の重力との相性も良く、ほぼ全力で発電が出来ている。

そうやって日々充電したタブレットと携帯バッテリーを使って仕事の道具に使っていた。


この仕事で得られる日給は日本円の感覚で言うと五千円ぐらいか。

少し安いが、寝る場所も電力もあるので、食事と現地の衣服ぐらいにしか使わない事を考えると、取り立てて問題にならない。

なにより、せいぜいあと二ヶ月弱だけ耐えられれば地球に戻れると分かっていたので、この程度の給金の低さは気にしていなかった。


平和に現地の人々と交流をし、徐々に現地語も流ちょうになりつつあったある日、その出来事が起こった。


二日前にこの街を発った旅人が、血相を変えて戻ってきたのだ。

その旅人は、まず街の交番に当たる警備兵のいる詰め所に出向いて事情を説明。その後、街で交流のあった何人かに戻ってきた理由を明したのだと言う。

たまたま食事に来ていた人がその話を知っていて、内容を説明してくれた。

それによると、この街から王都に向かう街道の途中に、大きな魔獣が出ると言うのだ。

正確な数は分からないが、数体では済まない数が、エストリル山脈と呼ばれるこの街の後ろにそびえる巨大な山脈の峠の辺りにいると言う。

馬を走らせ命からがら戻ってきたその旅人は、このままだと街から王都に移動が出来ないから、対策を立てる必要性を知らせに来たのだ。

警備兵の詰め所では早速、街の町長や町議会の人間に話が行き、状況調査のための兵士も何人か現地に向かわせたと言う。


魔獣が出たのはここから離れた峠と言う事なので、この街がすぐに危険と言う事では無さそうだが、王都と行き来が出来ないと、様々な物資が街に入ってこなくなる。それは街の生活を疲弊させる事になる為、このまま放置しておくことは難しいだろう。


ティナやメアリも困った顔をしている。

特にティナは、王都から運ばれる砂糖が無くなると、大好きな焼き菓子が作れなくなる事を心配していた。


魔獣と言う存在はティナたちから聞いた。強い魔力と殺戮衝動を持った動物達との事で、兵士でも簡単に勝てる相手ではない魔獣は多いと言う。もしそんなのが何体も存在していたら、恐らく数人の兵士で討伐に向かったとしてもあっという間に返り討ちに合うだろう、と言う。


ただ、正人は多少楽観的ではあった。

魔獣がどういう存在かは分からないが所詮は動物だろう。

科学の結晶と言えるブラックキャットの能力があれば、魔獣がどれ程強力な存在でも何とか抑える事ぐらいは出来るんじゃないか、と考えていた。


ドローンを飛ばして目撃情報がある方向を調査させると、割とあっさりとその魔獣たちは見つかる。

空中から複数のドローンを使って状況を確認すると、魔獣の数はおおよそ二十体。数体と言う数字は全くの誤報で、実際にはもっと多い数が存在していた。


ドローンのセンサーを使って様々な情報を調査すると、持っているエネルギー量などはおおよそ生物とは思えない膨大な量になっていた。

これが魔力なのかどうかは不明だが、確かにあれなら、魔獣一匹を倒すのに兵士が数十人連携してなんとか倒せる、と言うレベルだと感じた。


正人は、得られた情報を持って再び街に戻り、ドンナさんをはじめとするかかわった人々に説明。

ドンナさんも、ティナもメアリも、状況を聞き、当初の想定より魔獣の数は多く、しかも強力な魔獣が多そうだと知り、少し悲観しているようだった。

正人がそんな三人に向けて言う。


「この魔獣を全部殺しても構わないですか?」


この言葉に、呆れた顔をしてドンナさんが言う


「はあ? あんた、自分が何言ってるか分かっているの? 訓練された兵士が何十人も集まって戦っても勝てるかどうかわからない魔獣を二十匹も相手にして、全部殺すって?」


それを聞いていたティナもメアリもドンナさんの言葉に賛同する。

ティナやメアリはほかの人と違い、自分が異世界の人間だと知っているのだが、流石に魔獣の強さは絶対的だと思っているらしい。


確かに正人も見知らぬ世界から現れた人が、自分なら飛んでくる核兵器を無力化できる、なんて寝言を言ったら「何言ってるんだお前は」と返しそうだと思った。

ただ、正人は勝算があった。

魔獣がどれ程強大なエネルギーを持っていても、センサーで読み取った値が確かであれば、ブラックキャットの持っている火力から比べたら、子供のゴム鉄砲ぐらいの威力にしか感じないのだ。


「まぁやるだけやってみます。いずれ兵隊さんの助けを借りる事になるんでしょうけど、その前に一度試してみたいんです」


いくら説得してもやると言う正人に、ドンナさんはとうとう根負けする。

提案を取り下げる気が無いと思ったのか、しぶしぶ、一度だけ試してみる事を承諾した。


「分かったよ。よそ者のあんたが魔獣の強さを理解できていないのは仕方ない。実際やってみて知ればいいさ。ただし、危険だと思ったらさっさと逃げる事。この魔法の小瓶は回復剤だ。一度だけなら重度の傷も治せるから、なんとかこれで逃げ切るんだよ」

「ありがとうドンナさん。大切に使わせてもらうよ」


ドンナさんから小瓶を受け取った正人は、そう言って返すも、内心ではこの小瓶を使う気は全くなかった。

そしてティナは不安そうに聞く。


「ねぇ。正人。もしかしてあの不思議な物に乗っていくの?」


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