第4話 ティノナの街

魔法の存在・エルフ・ケットシート言った種族の存在は、まさにファンタジー小説そのものと言えた。


一方で彼女達からすれば、この黒い異様な物体に乗っている正人は、いったい何者なのだと言う気持ちなのだろうが、こちらが状況を誠心誠意説明し、実際にブラックキャットの中を見せたり、ゆかりの翻訳システムの事を教えたりした。

彼女はそのシステムに興味津々らしく、正人は彼女達と仲良くなるためにも彼女達の質問に答える。

その代わりに、彼女たちがこの世界の基礎的知識を色々と教えてくれた為、ゆかりのデータベースにも様々なデータが加わって行った。


それから連日、昼過ぎぐらいに彼女達が正人のもとに訪れ、話し相手になっていた。

その会話も含め、ゆかりの言語解析システムがほぼ完ぺきにこの世界の言語を解析してのける。


結果的に文法は極めて日本語に近かった。地球上では日本語の文法は珍しい部類に入ると言うが、この世界の言語は日本語に近い物だった。つまり発音と単語さえ覚えられれば、会話は出来る。

その話をして、言葉を覚えたいとティナとメアリに伝えた所、現地の言葉の講師を買って出てくれた代わりに、日本語も教えて欲しいと言われる。

この交換条件が成立したのが、この地に不時着して二十日程経過した頃だった。


こうしてティナ、メアリ、正人がそれぞれの言葉を学習する。意外にも正人が現地語を覚えるよりも、ティナたちが日本語を覚える方が早かった。

おかげで途中からはティナやメアリが日本語で現地語の講習をしてくれた。

二対一なのに覚えの悪い正人に対して、メアリが全部機械に頼ってるからだ、と意地悪を言うぐらいに、彼女たちの日本語レベルは高くなっていた。


そんな講習会をしている時、ゆかりからの通知音が船内に鳴った。


「ん?何の音?」


ティナが流ちょうな日本語で聞く


「あぁ。ゆかりから何かの知らせが来てる。通知って言うやつ」

「通知」

「そう。まぁゆかりのコンソールを見てこよう」

「コンソール?」

「そう。あっちの部屋にある。まぁ見に行こう」

「私たちもいいの?」

「あぁ構わないよ」


こうしてゆかりの通知の内容を見に行く三人。

ゆかりにはフル稼働してもらって様々な事を調べて貰っていたが、そのうち一つ、とても懸案だった事が判明する。


ここが何処で、どうやったら帰れるのか、だ。


ゆかりのコンソールを操作し、結果を見ると驚くべき事が分かった。


『ここは我々の住む世界では無く、分かりやすい言葉で言うと異世界です。この星の座標までは分かりませんがこの世界の物理法則も基本的には地球の法則に従っているようです。ただ魔法と言う存在がその法則を一部無視しているようです。魔法については引き続き解析を行いますが、サンプルが足りないので限界があります』


「異世界?」


『そうなります。ジャンプ実験の時に間違った座標に飛んだのですが、その際時空の固定が出来ていなかった為、全然違う時空に飛んでいます』


「えっ………マジですか………」


『状況から考えて事実です。地球の時空座標はN11553.22-64Aに固定されているのですが、ここはV63224.39-55Sです。全く違う異世界です』


「ねえ。何言ってるの?異世界ってどういう意味?」


メアリが口を挟む


「異世界……異世界ってのは自分のいた世界とは違う世界って事だな。理屈の上では異世界は存在するんだろうけど、空間ジャンプをするときに異世界に飛び込んでしまう事があるとは思わなかった………」

「つまり、正人は全く違う世界の人で、この機械に乗って飛んできたって事?」

「平たく言えばそういう事だな」

「もう元の世界には帰れないの?」

「それは……俺にもわかんない……」


異世界と言われると単に空間の座標が分かっただけで帰れるとは思えない。

つまり帰る方法があるとは思えなかった。


『帰還方法はありますが、タイミングが問題です。地球の空間座標とこの世界の空間座標が重なる周期が、おおよそ三ヶ月周期なのです。つまりその周期を捕まえて、適切な座標にジャンプすれば元の世界に帰れる筈です』

「周期があるのか……」

『周期は厳密に言えば三ヶ月と十五時間三分六秒。この瞬間に重なります。前回のジャンプミスでは、偶然この世界の空間座標を捕まえてしまった事になります』

「なるほど……」

『あと二ヶ月程で次のジャンプのタイミングがありますので、そこで試せば戻れます』


「三ヶ月、って何? 暦の一種?」


とティナが質問する。


「あぁ、俺のいた世界の時間を図る目安の一つだ。ここがおおよそ地球と同じと考えると、だいたい三十日で一ヶ月。三ヶ月は九十日だ」

「なるほど。じゃあその時間に、そのジャンプ? って言うのをすれば元の世界に戻れるのね?」

「理屈の上ではそうなる」

「そっか。でもあと六十日はこのままって事ね」

「そうだな。食料は何とかなるけど、せっかくだし外を探検してみようか」


正人のその言葉を聞き、二人はふうとため息をつく


「やっとその気になったのね」


メアリが言う。


「安全だって言ってるのにこの機械の周りしか移動しないから、心配だったのよ」


ティナも言う


「いやさ。万が一ってあるじゃん。この世界の知り合いは君達しかいないし、文化も価値観も知らないし」


俺がそう返すとティナは更に言う


「だーかーらー。街に行こうって言ってるんですよ。いろんな人がいるし」

「あーそうだな。一ヶ月かかっちゃったけど、街に行くかな」


こうして着陸から一ヶ月。ようやく正人は街に行くことに。

ドローンで周辺の地図は作ってタブレットに読み込ませてある。

GPSSが無いので正確な位置情報までは分からないが周辺の地形を解析させる事でおおよその自分の位置を把握できる。

その為、迷うことなく街の入り口に辿り着いた。


-----


「正人ー。こっちこっちー」


街が近づくとティナは走って門の前に移動し、正人を迎え入れるように言う。


『ティノナの街』


特に大きな門のある城塞都市のような街では無く、本当に街道沿いにある小さな街と言う感じ。

入口にも特に検閲をする人がいる訳では無く、誰でも自由に出入りが出来た。


街ゆく人々は、人間の他にドワーフやエルフ、ケットシーと言ったファンタジー世界の住人がいて、さながらファンタジーテーマパークに紛れ込んだような錯覚を覚える。

事前にドローンで状況は見ていたが、実際にこうして来てみると、ファンタジー世界感はとても強かった。


小さな街だがそこそこの賑わいはあって、露天などでは雑貨や食べ物も売られていた。

おいしそうな串焼きがあったので、自分も食べようかと思った所でふと重大な事に気づく。


「あ。俺。この世界のお金、持ってない………」

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