第3話 異世界

「ここ……どこ?」


窓から見える星は、地球によく似た緑と茶褐色の大地に透明感のある水色の空、白い雲、そして青い海を持っていた。だがそこに見える大地は、自分の知っている地球の大地の形ではないように見えた。


星をぐるっと回ってみたが、どこにも知っている地形は無い。大陸と海の面積の比率は知っている地球のそれに近いし、星の大きさもほぼ地球と同等。重力の力も地球と差は無いように見える。つまり地球に見えるその星だが、明らかに大陸の形が地球ではないのだ。

ゲシュタルト崩壊でもして見えているのかと思ったのだが、ゆかりのマッチングでもここは地球ではないと言っている。


状況が呑み込めないが、一旦星に降りてみる事にした。

下降中も大気成分を調べる限り、本当に地球と変わらない。

宇宙には無数の惑星が存在するからいくつかは地球に似た星がある、とは言われているが、ここまで成分がそっくりな星がある事にも驚くし、そこに自分がジャンプしてしまっている事にも驚いた。


下降しながら上空から適当な大陸を目指して移動する。ブラックキャットの動力システムであればこの程度は造作もない事だから、自転車で買い物に行くノリで空を気軽に移動できる。


大陸の海岸は海があるようで、成分分析をする限り地球の海そのものだった。

大気も周辺の木々も、基本的に地球の物に似ている。植物に関しては、正直に言えば見たことが無いものもあったが、それは不気味なものと言うより、自然の中で生まれた似た品種の一つ、ぐらいの差でしかなく、つまり進化の過程も地球に似ていたと言う事かもしれない。


ゆっくり平野らしいところに移動すると、舗装はされていない物の、明らかに人為的に作られた道がある。


「本当になんだここは……」


謎が多いので身を隠す意味で少し茂みが深い場所に着陸し、収集した様々なデータを分析し始めた。

全部で五十機程搭載している超小型の情報収集ドローンも飛ばして周辺のデータ収集をした。

同時に、ゆかりには様々な状況から、何が起こっているのかを分析させた。


少なくとも、大気成分は地球と差は無く、普通に呼吸も出来るし特別な病原菌が存在する事も無さそうだった。

ブラックキャットは、最大七人の人間が数ヶ月寝泊まり出来るように食料や水の備蓄も、居住スペースもある。

だから当面は困らないとはいえ、帰る方法が分からないと、このままここで餓死する可能性すらある。

そうならないためにも、周囲を調べて、とりあえず当面の食料や水を手に入れる方法を考え始めていた。


大気に問題が無い事が分かってからは、自分も船外に出て実際に色々な物を診たり触ったりして確認していく。

動物も植物も、地球とよく似ているが何処か違う、と言うものが多く、一部、地球の物に本当にそっくりなものもあった。


また、ドローンを飛ばして二日程で大発見をする。

人がいるのだ。

文明レベルはお世辞にも高くはないが、一応集落があって人々が暮らしている。

ドローンが捉えた映像を見る限り、ファンタジー小説にでも出てくるような街だ。

しかも、人間以外にもファンタジー小説に出てくるようなエルフ族やドワーフ族、によく似た雰囲気の人達もいる。

何かのコスプレなのか、あるいはテーマパークの一種なのかと思うぐらい、様々な姿の『人々』がそこに生活しているようだった。


彼らとコミュニケーションを取るには言葉が理解できる必要があるのだが、ドローンが拾った音声を聞く限り、言葉は全く理解が出来なかった。


とは言え手はある。

こちらにはサブセットとは言え、ゆかりがある。ゆかりのシステムの三割程度を言語解析に充てれば、一週間もすれば何かがわかるかもしれない。ドローンを街中に何台か隠して配置し、街の音声を拾って言語学習と解析をさせる事にした。


-----


最初にこの見知らぬ星に着いてから十日が経過しようとしていた。

ここでゆかりがある問題に気づいた。

最初の瞬間移動実験の後、次に上空二万メートルに移動する直前に、座標のリセットを行っていなかった可能性があった。

つまり、本来の座標とズレた場所に移動した、と言う事になる。

だがズレたとして、ここが地球そっくりの別の星だと考えると、そのわずかなズレでこんなに遠くまで飛ばされる理由が分からなかった。


だが、その理由がなんとなく判明するのもそう時間はかからない事になる。

茂みに隠して止めておいたブラックキャットが現地の人間に見つかってしまったのだ。


正人がブラックキャットの船内で解析作業をしていると、窓をコンコン叩く現地人が現れた。

その現地人は金髪をし、青い目をし、美しいスタイルを持ち、長い耳を持っていた。


「え……エルフ……?」


正人はそうつぶやく。

そう。彼女はファンタジー小説に出てくるエルフそのもの。そしてその傍らには猫耳を持った小柄な女の子。

街の情報を収集している過程で、エルフっぽい人が存在する事は確認していたが、こうして現実に間近で見ると、本当にエルフと言える姿だった。

猫耳を持った女の子も、同様の姿の人々を街中で確認していたが、それでも実際に間近で猫耳を見ると、アクセサリーでは無い事が良くわかる。


彼女たちは俺に外から何かを言っている。外の音を聞こえるようにしても当然言葉は分からないが、実はゆかりの言語解析はある程度完了していて、簡単な翻訳ぐらいは出来るようになっていたので、さっそくそれを使って話を聞く。


「おまえば誰だ。ここで何をしている」


まぁべたな質問だが、見知らぬ物体がこんなところにあったら、そういう疑問は湧くよな、とは思った。

機械翻訳だが、こちらの状況を簡単に伝える。


「問題が発生してここで待機している。危害を加えるつもりは無いから、安心してほしい」


言葉が分からない事を伝えたうえで、そう返した。


「言葉が分からないのに何故返事が出来る?」


と、実にごもっともな質問が返る。


「機械に翻訳させている。まだ正確ではないが、ある程度の翻訳は出来ると思う」

「機械?機械とはなんだ?魔法の類か?」


なるほど。ここの住人は機械の存在を知らないのか、と思ったと同時に、正人は魔法と言う言葉に仰天する。


「ま……魔法?」


驚きのあまり、彼女に聞く


「魔法とは何だ?」

「何を言っている。お前は魔法を知らないのか?」

「知らない」

「例えばこう言うものだ」


彼女はそう言うと、手に念を込めるようなポーズを作り、何かを呟く。

すると手の先に光の玉が作られ、放出される。

放出された光は近くにあった大きな岩に当たり、岩を粉砕した。


「ま……まじか………魔法ってファンタジーの世界の話じゃないの………?」


船内で窓の外の現象に驚き、呟く。


「お前はそこから出てこられないのか」


彼女が聞いてくる。閉じ込められていると思っているらしい。


「いや、出られるが、外が安全かどうか分からないから中にいる」

「ここは安全だぞ? 特に魔獣も出てこない地区だからな」

「魔獣?」

「魔獣も知らないのか?」


こんな会話が窓越しにゆかりの翻訳を使って続いた。

結局、言語が分からない事を説明した上で、危害を加える気が無い事を説明する為に船外に出る事にした。


エルフの娘、猫耳の娘の二人が不思議そうに正人を見ている。

服装が明らかに現代のオタクな服装である正人。

ファンタジー世界の住人の様な衣類のエルフや猫耳娘から見たら奇抜な服装なんだろう。


直接の会話はお互いに何を言ってるのかが全く分からなかった。

が、ゆかりの性能は素晴らしく、お互いの意思疎通はゆかりを通せはしっかりと出来た。


聞くところによると、ここはフェリナール大陸の中にあるエストリア王国の一部、ティノナの街の外れにある山間部に開けた草原らしい。

エルフの娘は、やはりエルフ族で、ティナと言う名前らしい。猫耳の娘はケットシーと言う種族でアメリと名乗っていた。

正人は、正人と言う名前は独特らしく、不思議な名前だと言われていた。

それにしても、魔法の存在や、エルフ、ケットシーと言った種族の存在は、ファンタジー小説そのものと言えた。

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